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280 寝てても時間は進む



 ジグルベインとアルスさんの全力の一撃でさえキトは倒せていなかった。そんな衝撃の言葉を聞き、俺は前のめりにそれでどうしたのか続きを促した。


 勇者一行全員が暗い顔をする中、魔女はああと頷き、これはアルスさんやその場に居た騎士達の証言を纏めたものだけどと、俺が意識を失った後の話をしようとして。ぐぅーと、それは大きな腹の虫が待ったを掛ける。


「おっと、果物摘まんでたら余計にお腹が空いたみたい」


「あはは。起きたばっかりだとそうだよね。ねえイグニス、詳しい話は後ででいいんじゃないかな」


「……そうだな。焦ることも無いか。先に食事の用意をさせるよ」


 いつ起きても良い様に準備だけはさせていたんだとイグニスは微笑んだ。ならばと皆に椅子を勧め、俺も席に着くべく立ち上がる。過保護なフィーネちゃんはベッドで横になっていてもいいと言ってくれたのだけど、むしろ動きたいのだとみんなと同じ机を囲んだ。


「ツカサ様、お目覚めになられたのですね。とても嬉しゅうございますわ」


 間もなくメイドさんが俺の食事とみんなのお菓子をカートで運んできてくれる。持って来てくれたのはドジ子さんであり、再び彼女のメイド姿を見る事で無事に仕事を続けられたのだなとこちらも嬉しい気持ちになった。


(お前さん、警戒しろ。奴なら熱々の料理をぶっかけてくるぐらいの事はしかねんぞ)


「いやぁ流石にそれは……」


(いいや、やる。だってアイツ、この五日間でお前さんにあんな事やこんな事を……)


「どんな事!?」


 寝ている間に何があったのか聞くのが怖い。株をすっかり落としたドジ子さんは、それでもミスをする事無く慎重に一人用の土鍋を俺の前に運んでくれた。どうぞとパカリと蓋が取られて、俺はわあと口内に唾液を溜め込む。


「おっ、良い匂いだな。こっちまで腹減ってくる」


「それってこの前ツカサくんが料理してたやつだよね。お米だっけ?」


「そうね。私も食べた事はないのだわ」


 鍋に入っていたのはこの前結局食べれなかったお米のお粥であった。これはきっとイグニスの計らいなのだろう。赤髪の少女はしてやったりと悪戯顔でスプーンを勧めて来る。


「お食べよ」


「うん。うんまぁ……!!」


 口で解けるトロトロの米。味は薄めで優しい塩気が食欲を煽る。味付けこそ和風とはほど遠いのだけど、スープには肉や野菜の旨味がしっかりと染み出し舌を楽しませた。


 胃の負担を考慮してか具は少ないがなんていう満足感。一口目をゴクリと飲み込むと、栄養が落ちてきたと胃が喜ぶのが分かるようだ。体の芯から溢れ出す幸せに、口からははわぁーと大きな溜息が漏れる。


「ね、ねえツカサ。一口だけ分けて貰いたいなぁーなんて」


 そんなに美味しそうに食べていただろうか。食べる様子を見て味が気になったらしいカノンさん。俺はどうぞどうぞとスプーンを彼女の口元に運ぶ。


「ず、ずるいよカノン!」


 しかしアーンと口を開く僧侶に待ったを掛けるフィーネちゃん。イグニスがそういう事なら追加で作って貰おうと提案をすると、ヴァンやティアも手を挙げ賛成した。


 何故か微妙に納得が行かなそうなフィーネちゃんだったが、そんなこんなで結局みんなでお粥を啜りながら話題を最初に戻す。


「で、キトはどうなったって?」


「ああ。奴は貴族街の壁付近に落ちてきたそうだ。腕は千切れ、胴体にもかなりの深手。とても戦闘を続けられる様な有様では無かったと聞く。けれど三大天の意地かな。立ち上がり、お前らに首は取らせないと抵抗を続けたそうだ」


(カカカ。そりゃ意地じゃな)


 つまり直接倒したジグかアルスさん以外に負けは認めたく無かったという事か。あの場に集まる戦士ならば心情は理解出来るだろうが慈悲を与えるかはまた別。息があるなら止めを刺せ。町を半壊させた大敵に最後の一撃を加えるべく幾百の刃がキトに向く。


「けれどそこまで。キトは騎士を倒せず、騎士もキトを倒せなかった。両方が第三者により倒されたんだ。アルス様が現場に着いた時には、既に立っているのはソイツ一人だったそうだよ」


「ええ!?」


 犯人は君も知っている人物だよと言われ驚き。正体を聞き二度驚いた。なんとタマサイの町で一緒に肉体労働をした謎の鎧男。通称鎧さんが現れたと言うのである。


 軍勢との戦いに手を貸してくれた人が何故軍勢側なのかとまた疑問が増えるけど、一つ妙に納得する事もあった。鎧さんはジグルベインをして生前でも良い勝負をすると言わしめた男だ。今ならばハッキリと混沌の魔王の強さが理解出来るだけに三大天という地位には頷くしかない。


「……それで、鎧男はモアって名乗ったそうなんだ。この間、仮面舞踏会のモア祭をやったよね。その起源になる魔王殺しの英雄の名前」


 どんよりとした顔で告げるフィーネちゃん。そりゃ真偽はともかく、救国の英雄が今は魔王の手下と聞けばショックを受けるのは当然の事だった。俺としても衝撃の大きい話だ。過去に助けてくれた人がまさか敵の幹部で英雄だったとか情報量が多すぎる。


「話した感じだと雇われとか言ってたし、訳ありな気がしたけどね。騎士も命までは奪われていないし、理性的で話の通じる相手ではあったかな」


「まぁそんな奴が現れたから赤鬼には逃げられちまったんだが、この町を襲った理由は分かった。鳥に乗って空に逃げたんだが、最後に宮殿の回りを飛んで、捨て台詞の様に叫んで行ったってよ」


 既にお粥を食べ終わったヴァンが机に頬杖を突きながら言った。「宮殿まで散歩出来なくて残念だ。次は必ず辿り着いてやるぜ。はっはっはー」と。そして意味が分かるかと、少年はギロリと鋭い眼を持ち上げた。


「あの野郎、この国に敗北宣言かますつもりだった見てえだ」


「なるほど」


 確かに北門から堂々と攻め入り中心地である王宮までの踏破。それをされれば事実上の陥落である。用事があると言ったり、祭りという割に勝ち負けに拘っていたあたり、キトには宮殿に辿り着くゲームの様な感覚だったと言う事か。


「その辺は宰相から詳しく事情を聴いたわ。たぶん自分に力を見せつけるつもりだったのだろうって」


 ヴァンの言葉を補足する様にティアが教えてくれた。反勇者派というのはそもそもが王や国に脅威が伝わりきらなかったのが発端である。未曾有の災害が来るから備えろと口にしても、正確な規模や脅威が伝わらなければ備えるに備えられないのだ。


 もっともライエンの備え方が正しかったのかと言えば俺には疑問が残るが、そんな悲しいすれ違いも確実にあったはずで。


「だから、分からせに来たって?」


 静かに頷く雪女を見て俺は頭を抱えた。きっとライエンも今頃は。いや、五日前はこうしていたのではないだろうか。手段があまりにも滅茶苦茶なのだ。一歩間違えればその予行練習で国が滅んでいた事だろう。


「更には理由が酷い。キトは匿っていた礼をしたいと言った事があるそうだ。ライエンは大人しくしているのが一番の礼だと伝えたらしいが、もしかしたらこの一件はアイツなりの恩返しのつもりなのではないかと」


「嘘であって欲しかったよね」


 遠い眼で語るイグニスとフィーネちゃん。茶会の席でスタンピードが起こされ愕然としていたライエンだが、一番付き合いの長い者として彼なりに理由を考えて出した答えがそれだと言う。


「くそ野郎だな。いや、でもどうなんだろう。魔族だとそういう考え方するのかなぁ」


 声には出さず、どう思うと俺のお粥を指を咥え覗き込むジグを見た。どうにも暴力を問題解決の手段にする辺り、キトからはジグルベインと同類の匂いを感じるのである。もっとも彼女はラルキルドで暴れて以来あまり暴力は振るわないけれど。


(ぶっちゃけ理解は出来る。だって手っ取り早いし、何よりもお前さん達も良く理解出来たであろう?)


 そこなのだ。魔王軍幹部。三大天。凄そうな名前ではあるが、昨日までその意味を正確に理解していたのはきっとジグルベインただ一人だった。きっとライエンもそう。敵が強大でも国が一丸となりぶつかれば対処出来るはずだと信じてやまなかった。


 それがどうだ。見事に分からされた。敵は最強の魔王が誇る最大戦力。腕力で国さえ傾けてみせるのだとご丁寧に実演されては、認識が甘かったのだと認めざるをえまい。


「見事にしてやられたのか」


 スプーンを咥えながら、堕ちないから天なのだと胸張り暴れた鬼の姿を思い出す。【赤鬼】のキトめ覚えていやがれよ。俺はいち早く体力を取り戻す為に、ガツガツとお粥を頬張った。


「まぁキトに関してはこんな所だね。後はフィーネが話した方がいいかな?」


「そうだね。次は国のお話。勇者一行を表彰したいって話があるんだけど、皆で参加したいから延期して貰っていたんだ。ツカサくんの体調が戻ったら一緒にパーティーに参加して貰います。そこで正式に特異点の破壊が任命されると思うな」


「え、って言うことは次の王様が決まったって事?」


「うん」



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[一言] 赤鬼がいるなら青鬼もいる。これはこの世の真理()
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