275 閑話 小さな鼓動
「ぬぅおお~!?」
赤鬼に立ち向かうジグルベインとアルス様の後を追っていると、大きな衝撃がすぐ近くを通り過ぎて行く。さながら鮫の背ビレが海面を進む様に黒い魔力の塊がスゥーと町を走ったのだ。
「【展開】!!」
危ない、などと思う暇も無い。これが斬撃なのだと直感した私は同時に次に起こる事を理解し慌てて火壁を作り出す。間に合え。メシリと軋む建物。やがて崩れ、吹き飛び、巻き上がる。走る刃の衝撃と荒れ狂う暴風がラメールの町をひっくり返してしまう。
第一波は強烈な爆風だった。火壁で防いでいても飛ばされてしまいそうな程に風が吹き荒れる。その流れに乗り、瓦礫や砕けた硝子が凶器として乱れ飛ぶ。私は火壁を火円に変え、ただ風が収まるのを待つことしか出来なくて。
「おいおい、ふざけるなよ」
天が落ちてくる。先ほどの衝撃で空高くに舞った残骸を見てそんな事を思った。
日暮れ前の茜空に一足早く夜が来る。水路の水に石橋に。通路の出店に馬車に。屋根が、壁が家具が。空を塞ぎ落ちてきた。
こちとらこんな事で死んで居られないのだ。きっとあの魔王は赤鬼を倒した。ならばこちらも約束を果たさねばならぬ。待っていろよツカサ。すぐに行く。
「爆炎槍~~!!」
頭上の物を悉く吹き飛ばし、僅かに出来た安全地帯で瓦礫の雨が止むのを待った。その間に被害は何処までと、来た道を振り返り、目を見開く。貴族街の壁を突破し更にその先。街の中心である宮殿にまで刃は届いていた。
なんていう暴威か。これではフィーネが勇者の力を振るっていても被害は変わらなかったのではないかと思い、結果論だなと頭を振りながら足を急ぐ。
地面に刻まれた底見えぬ深い溝を目印に進んだ。そうして辿り着く中心地の有様はもっと酷いものだった。一体どんな規模の攻撃がぶつかり合ったというのだろう。今まで見て来た被害はしょせん余波なのだと理解をする。
「おい、大丈夫なのかお前。どうなったんだ」
まさに破壊の中心に彼女は居た。その女の前には地割れの様に都市を割く切れ込みが。背後は左右に分かれ町が黒焦げで、水路の水は蒸発し大地が大きく陥没をしていた。ここで決着を付けたのだと嫌でも分かった。
「カカカ。良かったなお前さん、迎えが来たぞ。これできっと……大丈夫……じゃ……」
「……ああ」
勝者でありながら返事をする余裕も無いジグルベイン。地面に座り込む白銀髪の彼女は何をしたのか両腕に亀裂が走り体表がボロボロと崩れてしまっている。
そんな様子でもコイツはちゃんと私を待っていたのだ。残る魔力を必死に存在の存続に充て、ツカサを励まし続けていた。その強い愛は赤子を守る母親の様であると感じる。
ツカサは無茶をするものな。普段見ている事しか出来ないお前は心配だよな。混沌の魔王の見せる母性に女として共感をし、安心をさせる為にその身を回復魔法の炎で包み込んだ。
「言っただろう。後は任せろ」
ふと月の様に輝く金の瞳と目が合う。痛みが取れた訳じゃなかろうがジグルベインは表情を緩め口角を上げた。瞬間、やはり限界だったのか魔力が淡い光を放ちながら弾ける。任せた。そう言われた気がした。
何度見ても理解の出来ない光景だ。ジグルベインという外装が、或いは化粧が剥がれ落ちる様に、中からずるりと黒髪の少年が現れる。
「……ごぼっ!!」
「おい、ツカサ! おい!?」
ジグルベインと目が合った直後だったから同じ体勢だったツカサとも目が合う。しかし肉体が戻った直後に怪我の痛みが襲ってきたのか、少年は黒い瞳をクルリと白目に剥いて倒れこんでしまう。
ジグルベインがボロ雑巾より酷いと言い、必死に救助を待っていた理由が分かった。全身がぐちゃぐちゃにされ、もはや人の原型も保てない程に破壊された友人の姿があったのだ。
痛いね。辛いね。ごめんね。胸に沸く悲しさのあまり手を握りワンワンと泣き出したい衝動に駆られる。だが無駄だ。それでツカサは楽にならない。ならば1秒でも無駄にはするな。
「大丈夫だ、私が絶対に助けるからな!!」
◆
「はぁ……はぁ……」
私はツカサを背負い移動を開始していた。本当は動かしたくないけどそうも言っていられない。板を敷き寝かせたまま運ぶにも足元は瓦礫の山だった。せめてもう一人居れば担架で運べたのに。
内傷も外傷も酷かったが既に回復薬を使われた痕跡があった。きっとアルス様だろうか。とても適当な処置とは言えないけれど胸部に使った事だけは評価しよう。心臓と片方の肺はそのおかげで辛うじて機能をしている。
私も騎士団から回復薬を何本か喝上げ。いや、譲って頂いたのだけど、劇薬だけに使用量は適切に判断しなければならない。肉体の修復には大きく体力を使うのである。もはや呼吸もからがらなツカサにこれ以上の薬は逆効果だった。
しかも私の回復魔法は奇跡ではない。魂の傷を魔力で補填する事により、逆説的に肉体を復元するというものだ。即効性は薄いし、復元も肉体の体力依存。何よりツカサは霊脈までもがズタボロだ。
一体何をしたというのか。魔力を流せないくらいに霊脈が欠損するなんてあまり起きる事では無いのだけど。
だから私がツカサに施したのは止血や添え木といった応急処置程度である。あとはせいぜい痛み止めと栄養薬を無理やり流し込み、体を冷やさない様に外套で包む事くらいしか出来なかった。
「状況の確認くらいはしておきたかったな」
後悔するも後の祭り。ジグルベインは今も私を眺めているのだろうが、こちらにはもう姿も声も認識出来ないのであった。
そうしてどれくらい歩いたか。回復魔法を使いながらだと身体強化も掛けられないので女の細腕で男を担ぐのはそれなりにキツかった。けれど何とか貴族街の壁が見えて来て。誰かマーレ教の者は居ないか。駄目なら馬車を出して貰うか。そう考えていて。
「イグニス、来ては行けません!!」
何処ですれ違ったか。恐らくは赤鬼の死体を確認しに来ただろうアルス様が居た。そして全身鎧を纏った男と。血を流し地に伏せる赤鬼討伐の為に集まった戦士たち。
「これは……一体!?」
少し目を離した隙に精鋭部隊が全滅しているなどと誰が想像付くだろう。到底に受け入れがたい現実なのだが悲しき性かな。脳は状況を理解しようと目を動かし耳を澄ます。そして浮かぶ答えに歯を食いしばる。
「つまりはこうですか。キトの命を救う為に新たな敵が現れた。それも恐らくは三大天級の……」
答えは無いが、あのアルス様が獣の様な表情で剣を握っている。それだけ答え合わせとしては十分だろう。
何よりも、鎧男が片手で掴んでいるもの。それはキトの身体だった。腕が千切れ、胸から腹部に掛けて深々×印が刻まれた死に体の赤鬼。その頭部に生える角を雑に握りしめていた。
「君たちは……あの時の」
「ああ、小鬼の騒ぎでは世話になったな。自己紹介がまだだったが、まさか【軍勢】の手下だったとは」
「……そう言えば名乗って無かったか。名乗り遅れたが私は【軍勢】の雇われ幹部、【泡沫】のモアと言う。だが君達は大きな勘違いをしているぞ。私はこの馬鹿を止めに来ただけだ。今は敵ではない」
流石に死なれては困るからキトに止めを刺そうとする者や、敵意のある者。ついでに回復薬を持ってそうな者は倒したけどね。反響する声でそう陽気に語る男は、それでも殺しては居ないと肩を竦める。
ならば多くは気絶しているだけだろうか。確かに冷静に観察をすれば、か細い声を出す者や微かに身体を動かす者も見受けられた。だが、それよりも。何よりも。
「モア。モアと名乗ったか貴様、それだけは許さぬぞ、国辱だ!」
この国の英雄の名を出され、地に伏せていた王子が激高した。今にも殴り掛かりそうなナハル殿下を傷つくディオンとイゾラが必死に止めに入っていた。
「お前が、魔王殺し?」
そう。モアというのはこの国の英雄である魔王殺しの呼び名だ。かなり過去の人物ではあるが、私はかなり信憑性は高いと判断をする。
鎧男の件はラルキルド卿の手記にも出て来るのである。年代的には近く、しかも戦闘では混沌の四天王を圧倒したと記されていたのだった。
「過去なんてどうだっていいじゃないか。それよりもキトを止める人間が居る事に驚いた。もう手遅れかなと思ったんだけど、間に合って良かったよ。貴卿の名は?」
「ランデレシア王国、白百合騎士団所属。アルス・オルトリア。それは私の獲物ですよ、貴殿も戦士であるならば横槍とは感心しませんね」
「なるほど名高き【絶界】か、納得をした。手放しに称賛をしたいのだけど、すまない立場があるんだ。キトについてはこの場全員の命と思い諦めて欲しい。代わりに私がキツク叱っておこう」
冷たい殺気が場を覆う。歯向かうならば全滅させる事も出来るのだぞと脅されて、白百合の騎士は忌々し気に剣を手放した。あのキトを子供の様に扱う存在と戦う力なんてアルス様どころか国に残っていないのだ。
それを確認したモアはコクリと一つ頷くと、キトをぞんざいに掴みながら防壁を足蹴に宙に飛ぶ。
すると首の無い怪鳥がスゥーと奴らを迎えに来た。鎧男から赤鬼を受け取る少女の姿が見える。赤い肌に角。きっとあれが以前にツカサと戦ったという鬼娘だろうか。軍勢は王宮の上を二~三度クルリと回り、そのまま静かに海へと消えていった。
「くそったれが」
一先ずラメール防衛戦はこれで終わりだ。街は滅茶苦茶になってしまったが、なんとか市民は守れたと言っていい。だが果たしてこれを勝利と呼んで良いのだろうか。
たった一人に好き勝手にやられた悔しさが涙に滲み出て、しかし背に伝わる小さな鼓動に心から安堵する自分が居た。
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