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274 天を切り伏せろ



 展開される魔力の黒翼。名を破限。シャルラさんが操る影の様に、キトが纏う炎の羽衣の様に、身体強化の上から強引に魔法を扱う技術だ。フィーネちゃんへの手解きで見せてくれた技だが、今までは消費が激しいからと実戦で使った事は無い。


 それはつまりジグルベインの本気であり。過去の強敵を剣一本で屠ってきた魔王が、いよいよに魔法を解禁したという事であった。


「おや姐さん。やっと戻って来たかい。寂しかったとこだよ」


「カカカ、可哀そうに。安心せい、三大天の意味は儂がちゃーんと分かっておるよ。あの最強【軍勢】の誇る最大武力。たったこれしきで止められると思われるなんて、屈辱でしかないわなぁ」


「へえ、それじゃあよ。意味を分かってるアンタは俺をどうしようってのかな」


「言ったろう。暴力を見せてやる」


(うおっ)


 それは踏み込みであり踏み込みでは無かった。大地を蹴り込む力と同時、翼から発生するエネルギーがまるで背中を押す様に加速を促すのである。


 もはや異次元の加速。自身がミサイルにでもなり放たれた心地だ。たかだか数十メートルの距離は刹那に潰れる。気づけば剣の間合いであり、鋭き刃は加速度を持ったままにキトを狙い定めた。


「おっ、速いねえ」


 けれどもこの速度を持ってして鬼は反応をする。剣の持ち方から軌道を想定し身を躱した。ましてやカウンターを狙い平然と攻撃まで打って来るではないか。ジグの中で無ければ俺は目を瞑ってしまいたい心地だった。


「であろう。そしてこんな事も出来るぞ」


 高速移動の最中に眼前に打ち込まれる拳。当たればその衝撃たるや如何ほどに。その考えは杞憂であるとばかりヒラリと魔王は避けて見せる。なんて自由な歩法。いや、これはもはや歩法とすら呼べないのかも知れない。


 まるでアイススケートの選手の様に地面の上を滑って見せたのだ。一瞬だけの浮遊。だが魔力の翼は魔王をこうも自由に解き放つ。もとより型も持たぬジグの暴力は一段と無軌道になり襲い掛かった。


「ぬぉおお!?」


 完全に意表を突いた斬撃は吸い込まれる様にキトの首へと向かう。下手すれば上級騎士の刃さえも弾く鬼肌であるが、ジグの攻撃は本能で危険と判断したか。首筋に食い込む黒剣に魔力でバリバリと抗っている。


 赤鬼は堪らず離れろとばかりに高熱を周囲に振りまいた。その熱量は凄まじくジグルベインは翼を盾に防ぐ。だが包囲する様に群がっていた戦士達は灼熱の空気に肌を焼かれ阿鼻叫喚の地獄絵図が出来ていた。


「ええい邪魔くさい奴らじゃ。広い所でやるためにも、すまんが降り出しに戻れ」


「あ、畜生。ここまで来てそりゃねえだろう!?」


 魔王が手を振るえば黒翼が衝撃波を飛ばす。並みの攻撃ではびくともしないキトは、しかしそれだけでフワリと足を浮かせた。先ほど加速に使ったエネルギーを、今度は浮かす事に使ったのだ。


「なるほど、それは名案ですね」


 既に鬼の背後に待機するのは白百合の騎士。披露するのは欄干で見せた技か。地より両足を離したキトに風を圧縮した突きが放たれる。


「くそ、なんなんだお前は。風精の加護でも持ってやがんのか!?」


「生憎自前ですよ!」


 だが、あの後とは威力が違った。炸裂する風の威力をなんと例えよう。もはやレーザービームの様にビュンと風が奔ると、遅れ大気が切り裂かれた事を理解し震えた。


 なんという一撃。下手したらキトは数キロ先まで吹き飛んだのではないだろうか。町にはハリケーンが寝ころんだ様に一筋の破壊の痕跡だけが残った。風は今だ荒ぶり、キトの放った熱も空気に紛れて掻き消えている。


「や、やったのか?」


 それは誰の呟きか。消え失せたキトの姿に勝利を思い浮かんだらしい。それを「いいえ」とやんわりと否定するアルスさん。


「これしきで倒せるなら、そもそもアイツはここまで姿を見せていませんよ。私も結構本気なのですが、いやぁ強いですね三大天」


「カカカ。渡り合えてるお前も大概おかしいがな」


 行こうかと、散歩にでも誘う様にジグは歩を進める。金髪金眼の女性はええと微笑んで隣に立った。しかし待て待てと王子が呼び止める。


「こんな事を聞くのは恥ずかしいのだが、我らはどうしたらいい。戦いになれば足手纏いでしかないのだろうか?」


「いえ、そこまでは言いません。けどあまり邪魔はされたく無いので、ここの守りをお願い致します。私にも騎士の意地があるので、力及ばぬまでも一矢報いて見せましょう」


(…………)


 俺は心の何処かでアルスさんならばと思って居た。俺の出会った中でぶっちぎりの最強であり、負ける姿など想像も出来ないからだ。だが、本人の口から敗北の可能性が飛び出し現実を知る。


 そこまでなのだ、三大天という存在は。国の総力を挙げても何千何万という剣を向けようと堕ちぬ。まさしく天に等しき者であると。


(ジグ……大丈夫……だよね?)


 答えは無かった。けれど足を進める魔王は「そうだ」と軽い口調で話しを切り出した。


「アルスよ、弟子は可愛いものよなぁ。この前まで危なっかしい手付きで剣を握り、守ってやらねばと思っていたものが、今や一丁前に剣士の顔をしよるのよ」


「あら、獣殿にも弟子が。って、なるほど彼とはそういう繋がりでしたか。ええ、良いものですよね。剣を振るうしか能の無いこの獣を人間に戻してくれる気分です。私は弟子の前だとつい見栄張って恰好つけちゃうのですけどね」


「で、あるな。儂もじゃい。ならば気張れよ、共に恰好つけようぞ。敵は三大天、相手にとって不足は無いわ。カカカのカ」


「やれやれ、お互い楽じゃありませんね」


 二人は暢気にカカカウフフと笑い合い、やがてシャラリと剣を構えた。アルスさんはフィーネちゃんの想いを守る為に、ジグは俺の願いを叶える為に、天を切り伏せろと最強の同盟が結ばれる。


「おうおう、やってくれたなぁお二人さんよぉ!!」


 赤鬼が憤怒に表情を染めてもの凄い勢いで駆けて来る。大穴から飛び出してきた時の様に羽衣からは炎が噴き出し、奴の通る後にはパチパチと炎の道が残っていた。


「勝算はあるのですか、獣殿」


「短期決戦で行く。簡単じゃ、全力でぶちかませ。それで駄目なら死ぬだけよ!」


「……何と無く貴女が分かって来ました」


 キトは二人に怒りをぶつける様に拳を振った。放たれる拳は火拳とでも言おうか、もはや炎の壁となり町の残骸を掘り返しながら進む。


 絶望的な光景でありながら全く怯まずに飛び出す騎士。ぬぇいと剣を縦に振るえば、業火をいとも容易く両断する風の刃。分かつ炎の先に拳突き出す悪鬼の姿が見えるや、ジグが進んだ。


「なんだい、二人で手でも組んだのかい」


「卑怯とでも言うか、紅角の息子?」


「ハッハッハ。まさかだ。向かうもんは何であれ叩き潰すまでよ」


 意気やよし。そう言い振るわれる黒剣。魔力纏う刃は衝撃だけでズバンと地を刻む。だが鬼の身体には触れる事が叶わない。


 もう全員が本気という事なのだろう。行われる攻防の激しさにジグルベインの五感を共有するだけの俺は思考が追い付かなかった。


 さながら全速で走るレースカーの助手席に乗せられた気分だ。凄まじい加速Gにただ狼狽えながら、どうして今の攻撃に対応出来るのだと驚愕するばかりである。


 本当にその位わけがわからなかった。しゃがみ込んで斬撃を躱したキトは上に向かい蹴りを放つ。空中で身を捩り躱したジグは頭蓋をぶち抜くべく黒剣で突き刺した。けれど剣はザンと地面を穿ち。


 地面から飛び上がる様に起き上がり剣を躱すキト。今度は起き上がり際に裏拳でジグを撃墜しようとして、むしろジグの蹴りがキトの顔面を捉えた。だが同時、ズドンと腹部に重い衝撃が走る。


「ぺっ。しくじった。飛びながらも腕は振り切ったか」


「かー打撃も重いじゃねーの。どうだい、アンタならすぐに幹部に成れるよ。ウチに来ねえかい」


「骸骨野郎の下など御免じゃな。ああ、そうだ。思い出したぞ。紅ちゃんは散々うちの誘いを蹴った癖に軍勢なぞに組しおって。腹立ってきおったわ!」


 再びに剣と拳が交差しようとして、私を忘れるなとアルスさんがキトの背後に回る。好機。そう思うのは俺の未熟か。赤鬼は余所見もせずにジグルベインだけに集中をした。


 黒翼の衝撃波に今度は踏ん張り耐えて、手を熊手の様に広げて空気を引き裂く。その勢いは翼を薙ぎ払いジグを無防備にする。


「なっ!?」


 背中をアルスさんにバサリと切られようとも止まりもしない赤鬼。長く左腕を伸ばし、大きな手はジグの華奢な肩をこれで逃がさないとばかりに掴んだ。


 一瞬の隙。剣を持つ腕を封じられ、避ける事も出来ぬ状態。弓の様に引き絞られた右腕は無情にも顔面を目掛け拳を打ち込む。二対一は不利と見定め潰せそうな方を優先してきたのだ。


(ジグー!!)


「ウハハハハ!!」


 ぐしゃりという音を聞いた。例えようのない衝撃がジグを通し伝わる。助けようとするアルスさんまでも、ジグを盾の様に突き出され躊躇う隙に腹を蹴られ大きく吹き飛んで行ってしまった。


 そして二発三発と、苦悶の声も出なくなるまで暴行は続き。これで終いかと、フィーネちゃんの様に掲げられるジグルベイン。爪が肩に食い込み今にも引き千切れそうになりながら、まだだと魔王は魔力を高める。


「儂も背を示そうか。追うならしかと見とけよ」


 それは間違いなく俺に当てた台詞だった。


「魂は肉体を凌駕する。身体強化?超活性?しょせんは身体に縛られた者である。闘志を燃やせ、闘気を失うな。さすれば」


「なんだ……と!?」


 ジグルベインは左手でキトの腕を掴みギュッと捻りこむ。ゴキリと、腕力で全てを薙ぎ払ってきた男の手首が砕け散った。


 闘気は魔力で肉体にも負荷を掛ける、身体強化の先にある技だと思っていた。だが、これはどうか。身体から魔力が溢れ出してくるのだ。まるで肉体そのものが魔力に変換さえていく様な、何処までも漲る力強さを感じた。


「天だろうと捻じ伏せる!!」


「ぐぬぁおおお!?」


 魔王に顔面を蹴られ今度は鬼が吹き飛んだ。周囲にはもはや倒れる建物も無く、背中で瓦礫をどかしながら地面を掃除していく。だがキトから解放されたジグもダメージは大きい。両足が地面に着くと同時、倒れない様に剣で身を支えていた。


「ぬぅう。やはり手強いな、破限を使こうてもここまで粘るか」


「げほっ。生きてましたか、獣殿」


「お前もな。おい、今儂は切り札を使った。魔力がもう無くなる。だから次が最後の攻撃になるだろう」


「そうですか。なら私も覚悟を決めますかね」


 お先にどうぞとばかり、瞳を緑に輝かせながら剣に魔力を込めていく白百合の騎士。魔王は悪いのと黒剣を前に掲げた。すると黒っくろな凶器を被う様に魔力で出来た両翼が合わさった。


 その姿を黒翼剣とでも言おうか。膨大な魔力を纏いすっかりと大剣の様になってしまった愛刀をスッと天高く持ち上げて。


「覚悟は良いか、小僧!!」


「そんなもん、いつだって出来てらあ!! この俺を、堕とせるものなら堕としてみやがれい!!」


 ユラリと立ち上がったキト。あれが奴の最強の技か。赤い肌をなお燃え上がる炎の様に赤く滾らせていた。最後に頼るはやはり拳。これで砕けぬ物は無いとばかり、大きな拳を振りかぶり。


「うぉおらぁああ!!!」


 炎の羽衣をブースターに煽る炎。しかし推進力を踏ん張り耐える。キトの背後は既に山火事の様に燃え上がり、その出力が最大限に高まった時、鬼は地を駆ける流れ星へと変わった。砕け、燃えろ。自慢の拳を携え立ち塞がる全てを粉砕すべく飛び出した。


「うむ、敵ながら天晴。次に会えたら酒でも飲もうぞ」


(いっけー!!)


 魔力を直接力に変換する様にメラメラと輝くジグはただ剣を構える。これが暴力だと、黒翼剣を思いきりに振り下ろす。魔王の一撃は、まさに天を切り伏せる一撃であった。


 赤鬼の拳は触れる前から熱気と圧を放ち、軋む大気が破壊の波となり押し寄せた。だが黒剣は衝撃波さえも悉くを切り裂きながらキトの拳と当たる。


 そして拮抗し、拮抗し。両者獣の様に吼え立て力を振り絞り。ピシリと固められた拳骨にヒビ走り、パリンと打ち砕き。


「アルスー!!」


「お見事!!」


 最強の技を打ち破られたキトは驚愕に目を見開きジグルベインの刃を受け入れる。そこに駄目押しとばかり加わるアルスさんの一撃。暴力の刃と暴風の刃は合わさり凄まじい勢いで突き進む。それは今は遠い貴族街の壁を切り崩し、更に離れた宮殿にまで刃を届かせた。



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