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273 頼むぞ



 赤鬼を止めるのだ。シュバール国の騎士団と魔導士団は己が使命を果たすべく立ち塞がった。俺はその景色を見て感慨になんとも言葉が詰まる。


 スタンピードを乗り越えた戦士達の姿はボロボロだった。勇者一行がキトを止めている間も彼等はずっと何処かで戦い続けて来たのだ。鎧砕け、マント破れ、袖千切れ。軽傷ならば神聖術は体力を奪うからか、雑に布を巻き血が滲む。みんながみんな、そんな有様で。


 そして。


「勇者一行が命を懸けこの時間を稼いでくれた! ここで鬼を止めねば一生の恥と思え!!」


「そうだ、防壁を死守しろ。これ以上は近づけるな。三大天がなにするものぞ、今こそシュバールの意地を見せるのだ!!」


 威勢よく吠えるのは王子にディオン。君たち政権争いの最中だろうに、仲良く何をしているんだよ。危ないから下がってろよ。


 あの二人が必死に掻き集めたのか、目の前の人壁は正にシュバール国を象徴するものだった。


 小さくとも屈強なドワーフ達が居る。心なしか色白で耳が尖っているエルフ達が居る。きっと川の民も草原の民も海の民だっている。派閥も勢力も関係なく、シュバール国民として民を守れと立ち上がってくれたのである。


(そうか)


 一体どこからと疑問に思ったけれど、きっと護衛だ。服も装備もバラバラなのだ。レオーネ王女があの変態糞強執事を傍に置いている様に、偉い人達の近くには腕の立つ護衛が控えているではないか。もはや後が無いと、そんな個人所有の戦力達まで徴収して来たのでは。


 王子達とは言え明らかに越権行為。なのだが、これは確かにあの二人にしか出来ない事だと心中喝采をする。同時いよいよ壁の中は無防備なのだと悟った。


(頼む、ジグ。お前もキトを止めるのに協力してくれ)


「……とは言うがよ」


 いや、俺も無茶を言っているのは承知なのだ。なにせジグルベインの元にも武装をした集団が押し寄せて来ているのである。


 身元不明の魔族というだけでも大分アウトなのに、アルスさんとくんずほぐれつ殺し合っている場面を見られたものだから完全に敵対勢力と誤解をされているのだった。


 相手は恐らく上級騎士か。身体能力や技術だけでも俺より随分と強そうな男達だった。

それが5人係りで連携を生かしてくる。流石は戦闘のプロだ。勇者一行よりもよほど訓練され精練された動きだった。


 いくらジグでも顔は一つ、腕は二つ。死角は必ず出来て、捌ける攻撃にも限りはあるのだ。だから攻撃を重ね呼吸を重ねる。取り囲む様な陣形からは常に複数の刃が襲い掛かってきた。


(あ、殺さないでね!?)


「え!?」


 しかしそこは魔王様。カッと喉を鳴らし黒剣を奔らせる。暴力を振るう。一息に三人を斬り倒し、陣形は即崩壊。返す刃で残りの二人もバサバサと……斬っちゃった。


「もっちも早く言ってくれんと困るわー」


(そこは分かろうよー。この人達必死に町を守ろうとしてるのに)


「知らんがな」


 つま先でチョンチョンと倒れる騎士を突き、辛うじて生きている事を判断したジグは言った。とはいえ俺もあまり強くは責められない。そりゃ襲われたら反撃しちゃうよね。


「おうおう、こりゃまたゾロゾロと出て来やがったな。つまりこいつを乗り越えりゃ俺の勝ちって事かい」


 防壁付近は既に混戦だ。総力戦だ。ジグが簡単に騎士を倒した様に、キトもいとも容易く戦士を千切っては投げ。まるで人を雑草の様に扱っていた。本当にどうやったら止まるんだよアイツ。


 頑丈さ故に数の利が活ききらないのだろう。幾重にもよる魔法の攻撃を無人の野が如く歩を進め、何百という刃に怯みもせず、茂る草原を掻き分ける様に数多の戦士を薙いでいく。


 奴と真正面から戦えるのは上級騎士でも上澄みのほんの数人だけの様だった。その有様はまさに天災。たった一人でありながら、数万の魔獣のスタンピードに劣らぬ脅威である。


「さて、どうするかの。アルスも鬼の方に行ってしもうたし、儂も混ざってもよいのだが……」


 ジグは飛んできた水魔法をヒョイと避けつつ、戦場を俯瞰すべく建物の上に逃げた。言葉の通りにアルスさんも鬼退治を優先したらしい。というかジグが場を掻き混ぜたが、あの人の仕事は本来そっちだ。


 黒剣は確かに彼女の胸を貫いたはずなのだが赤鬼に負けず頑丈らしい。怪我を感じさせぬ獅子奮迅の立ち回りを見せていた。


(どうかな、今の戦力で止められそう?)


「んー。なんとも。如何せん鬼の相手を出来る奴が少なすぎるな。消耗は時間の問題だろ。加えてアルスもあんな人混みじゃ本気出せぬだろうし……」


 振り返れば三人が大暴れし倒壊した街並み。それでもキトは立ち上がり、今こうして暴れている。けれどもこれより先はそんな大規模な攻撃が出来ないのだ。壁の向こうには避難した人がいて、周囲の被害はすなわち人命に関わるのだった。


(冗談抜きで、ここで止めないと詰むじゃん)


 いや、そもそもと。鉄火場を超えた事でようやく思考をする時間が出来た。キトは宮殿を目指しているらしいが、一体何が目的でこの様な馬鹿騒ぎを巻き起したのだろうか。


「お、今のはもしかしたら!」


 しばらく戦場を眺めていたジグは何を思ったのか突然人混みに飛び降りた。視界を共有しているはずだが何を見つけたのかサッパリ分からず困惑をする。


 けれども迷いなく突き進むジグルべイン。向かってくる騎士を殴り飛ばし、向かってこない戦士も蹴り飛ばし。ああ、ごめんなさい。


「カカカ。よっしゃ、当たり。回復役ゲーット!!」


「あ、おまっ! そうか、そう来たか。ぬおぉー」


 ジグは込み合う人の中から人攫いの様に一人の少女を肩に担ぎ、ドケドケと隙間を縫って走った。その子はトレードマークのとんがり帽子は被って無いが、黒い外套を着こんだ赤髪の女の子。そう、イグニスである。俺は彼女の顔を認識した瞬間、声が届かないのも忘れ大声を出していた。


(イグニス、フィーネちゃん達はどうなった!?)


「カー。お前さん、うるさいわい。おい、勇者達がどうなったかツカサが聞いとる」


「ああ、無事だ。ツカサのお陰で、なんとか皆の治療は間に合ったよ。今は動ける私がツカサの助けに向かった所だった」


 でも現地には俺の姿が無い。ならばジグと交代しキトに挑んでるとまで予想し、防壁に集まる騎士に同行した様だ。流石にそこにアルスさんまで加わり足を引っ張り合っていたとまでは読めなかったらしい。


「フン!」


「痛い!?」


 話を聞いていたジグが魔女の尻を引っ叩いた。結構強くいった。何しやがると文句を言うイグニスに魔王は怒気をあらわに捲し立てる。


「よいか、勘違いをするな。ツカサは儂に頼らなかったぞ。あやつはあそこを死地と定め、仲間を救う為に果てる覚悟であった」


(ジグ、今はいいよそんな事)


「いいや、良くない。名誉の話ぞ。人など死ねば残るは骨と名だけよ。ならばそのくらいはハッキリさせろ。ツカサはどうせ儂の力がある等と甘ったれた考えでは無かったのだと知っておけ」


「……分かってる。ツカサが命を懸けて、みんなを救ってくた。それはそれとして、どっちだ」


「どっちとは?」


「代わっている理由だよ。動くのが辛いくらいボロボロなのか、動けないくらいボロボロなのか」


(ボロボロ確定!?)


「カカカ。甘い、ボロ雑巾より草臥(くたび)れておる。戻ったらすぐ死ぬから、儂も迂闊に力を振るえなんだ」


 ストンと屋根に降ろされた魔女は予想より酷い答えに目を覆った。けれどだ。みんな助かり、俺もなんとか生きている。結果だけを見れば万々歳ではないか。後は、そう。赤鬼のキトさえ何とか出来れば。


(ジグ)


「言うなよ、お前さん。儂も町を守る理由を見つけた。ドワーフ共と宴会するならこれ以上町を壊されたら堪らんな」


「え、お前この有様でまだ飲み会が出来ると思ってるのか!?」


 カラカラと笑うジグルべインは気軽に鬼退治してくると剣を担ぐが、戦乱に飛び込む前にイグニスへと顔を向け、そっと頭に手を置いた。


「もし儂が魔力を使い切ったら、ツカサは怪我と反動で一瞬で気をやるだろう。どうかツカサから目を離さないでくれ、助けてやってくれ。頼むぞイグニス」


「……やっと名前を覚えたか。元よりその為に来たんだ。任せろよジグ」


 赤髪の少女の強い視線を受け、一瞬ふと表情を緩めたジグルべイン。タンと屋根を蹴飛ばし、そのままキトが暴力を振るう戦場へと身を投じる。邪魔だと蹴飛ばしたのはどこか見覚えのある顔で、確か軍団長だったか。キトと渡り合える貴重な戦力をリングアウトさせた。


「おうアルス。癪なのだが、ちと手を貸せい」


「おや獣殿。敵の敵は味方、という事でいいのですかね」


「カッ。理由なんてどうでもいいがの、この調子に乗った小僧に――暴力を見せてやるわ!」


 魔王から黒い翼がバサリと開かれた。



ごめんね。もうちょっとで戦い終わるからね。

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