268 反撃の狼煙
「どうした、どうした! そんなもんかよ、勇者一行~!!」
赤鬼の進撃が止まらない。俺やヴァンの攻撃をものともせずに突き進み、唯一に食い下がるフィーネちゃんの剣ですら刃を僅かに肉へ食い込ませた程度であった。そしてキトは怯むどころかむしろテンションを上げて剛腕を唸らせる。
「今のが効かないなんて、っく!」
勇者は視線では攻撃を捉えるも対応が出来ない。剣が首の筋肉に挟まれて抜けないのだ。咄嗟に出すのは水の盾。しかし正面から刺さる拳はバシャンと易々に障害物を突破して。
「ぬがー!!」
それをただ見てる馬鹿が何処に居るか。キトの圧倒的な暴力は俺程度では逸らす事も弾く事も出来ないが、的を逃がす事は出来る。フィーネちゃんごめんよと思い切り背中を蹴飛ばした。やるもんだろう。
ただ、難点があるとすればアレだ。立ち位置的に今度は攻撃が俺に当たる。やばい死んだか。
「お?」
そんな間抜けな声はキトから上がった。相手の拳は俺の頭上をブンとフルスイングで空振ったのである。
「ラ、ラッキー」
いや、運ではない。背後から膝裏を斬った奴が居るのだ。刃は通せなかったものの、結果的に打撃となり上手い具合に膝カックンと成ったらしい。
「チッ、どんだけ硬えんだこの野郎。剣士名乗るのが恥ずかしくなってくんぜ」
「じゃあもう金槌にでも持ち替えろよ」
「コイツの前にテメエをぶっ殺してやろうか」
先ほどキトに足を掴まれハンマーでも振るう様に瓦礫に叩きつけられた少年が起き上がって来た。ひとまず生還を喜ぶのだが、頭部からは激しく出血し見るからに痛々しい。それでも止まれとは言えまい。何せまだその眼光は生きていた。
「イグニス、合わせなさい!」
「任せろ!!」
蹴られたお返しとばかりに僧侶が飛び蹴りを食らわせる。ダメージで言えば少なかろうが、カノンさんの脚力で思い切り脇腹を蹴られた鬼は横に弾き飛び。そこに射出された炎の騎兵槍が突き刺さる。
確か爆炎槍。イグニス曰く、火炎槍と比べ威力は3倍、コスト5倍という実用性無視のアホ魔法だ。着弾と同時炸裂する矛先は炎光が視界を奪い爆音が音を奪い、ついでに熱が空気を奪う。
フィーネちゃんの斬撃で家は崩れ周囲はすっかり瓦礫の山だったのだが、爆炎槍は輪をかけて町を破壊し、振り舞う火の粉がさながら戦地を思わせた。
「なんつー魔法使うのよアンタは!?」
「馬鹿にされて悔しかった」
「ああ、そいつは悪かった。今のは多少効いたぜぇ」
やりすぎ。とは誰も責められまい。何せ赤鬼は炎を振り払い立ち上がってくるのである。見たところ熱も酸欠すらも効いておらず、いい加減何したら殺せるのだと疑問に思う。
「けれど私たちはまだ生きている。一本は脆くても、束になれば折れはしない!」
いつだか話した三本の矢の様な事を口にするフィーネちゃん。確かあの時はジグが枝の束を全部へし折り烏合の衆と言い捨てたのだけどね。
けれど間違いではない。個人の力では圧倒的に劣るものの、今なんとか立って居られるのは数が有利であり、手数が勝っているからだ。相手がどんなに強かろうと、絶望しか見れないようでは勝てる道理は無かった。
「ねえ、ツカサ。ちょっといい?」
「はい?」
ヴァンが戦線に復帰し、再びにフィーネちゃんと攻撃を仕掛ける。俺も援護をしようと駆け出そうとした所でカノンさんに止められた。腹の傷を癒すという名目で、神聖術を掛けてい貰っている最中に耳打ちをされる。
「少し隙を作れないかしら。決めたい技があるんだけど、慣れないからまだちょっと時間掛かるのよね」
ああ、と思い出す。さっきの衝撃を貫通させる技の事だろう。この僧侶は勇者の力になりたいからと、フェヌア教の司祭に技の伝授をして貰っていたのだ。先ほどの手応えを見るに十分期待の出来る威力であり、俺はそういう事ならばと頷く。
青髪ポニテのお姉さんは治療完了と背を叩き、鬼を見据えながらフゥーと大きく深呼吸を始めた。
「よっしゃ、俺も一丁頑張るか」
人は考える葦である。とは誰の言葉だったか。相手は三大天。その力は凄まじく、たった一人で国をここまで滅茶苦茶にした存在。今となればライエンがビビりちらすのも理解が出来てしまう。
弱いのを認めろ。その上で考えろ。どうやって倒す。どうやって斬る。どうやって防ぐ。
しかしここは戦場。一瞬の遅れが迷いが命取りな綱渡りの最中。剣を振り拳を避けて、圧倒的暴力を前に頭ではなく身体が思考を始める。
「うぉおおお!!」
「痛ってなこの野郎! せこい事してんじゃねえぞ、このすっとこどっこい!」
まずはヴァンが変わった。アイツは肌も斬れないからとキトの眼中に無かった。なので高速機動で攪乱し勇者のフォローに徹していたはずだった。
それがどうだ。脚力に使っていた魔力を攻撃に使い、刃が当たった直後に最大威力で風を噴出させた。狙うはフィーネちゃんが付けた小傷だ。それをさながら切り取り線の様にになぞり、抉る。
直接は切れぬが一太刀毎に微量ながら血飛沫が吹き、赤鬼とて無視出来ぬ存在に変わっていた。
「これなら、どうだー!!」
「足りねえ! もっと滾れよ、こんな一方的じゃ殺し合いにもなりゃしねーだろうが!?」
ヴァンの存在感が増せばフィーネちゃんも断然に動きやすくなった。いままで執拗に狙われていた標的が分散する事でコンビネーションが生きる様になったのだ。
今まで無抵抗に殴らせてくれている感じのあったキトではあるが、その実受ける攻撃はちゃんと選んでいるのである。思えば奴はデウスエクスマキナを避ける為に町壁にいきなり現れ、以前に戦闘していたアルスさんには一太刀も入れさせていないではないか。
このままコチラのペースに持ち込め。俺は攻撃の合間に鬼の正面に回り込み、驚愕の表情で後ろを指差した。
「あ、あんなところに……むっちり美脚のお姉さんが!?」
ぐしゃりと右頬を殴られ俺は後方に吹き飛んだ。馬鹿な、今ので振り返らないなんてアイツは精神力までも鋼だと言うのか!?
(なぁ。口出しせんと思うとったのだが、どうしても聞きたい。何故むっちり美脚?)
「UFOって言っても伝わらないと思ってアドリブ聞かせたら自然に」
(であるか。お前さんの振り向くものであったのだな。うむ、邪魔した)
痛ててと頬を撫でていると後ろから火球が飛んできた。外したのではなく俺を狙ったのだろうか。まったく状況を考えろというのだ。しかしご安心を、俺にはまだ策がある。
「ジーグ、魔力!」
(えー。お前さん、儂の力は借りんとイキッたくせに)
そう言いつつも魔力はくれる優しい魔王様。闇属性の魔力をそのまま黒剣にズゾゾと流し、再現するのはあの日ジグルベインが黒い悪魔に振るった魔剣技だ。重さは威力。ならば重くなれ。大剣を超えろ、戦斧も超えろ。何せパワーだけは有り余っているのだ、一トンだろうが振り回してやる。
俺は今度こそとキトに重量剣を振るった。ブオンと剣を振ったとは思えない程に重々しい音を響かせ、鬼の分厚い胸筋を横一文字に切り裂いてみせる。……ちょびっとだけ。
「へぇ。そう来なくちゃなぁ」
へへへと目を見て笑ってやる。戦闘中に目が合うというのは別段珍しくは無い。相手も視力を頼りに動いている以上、攻撃する際には目の端だろうと必ず攻撃部位を視認しているのだ。ならばこそ、眼球の動きで攻撃の予備動作を察知する事が出来て。
「そして最後。魔銃に続きいつかやってみたかったシリーズ、これが魔眼だ!」
「ぬぉおおお!?」
「んん目がぁああああ!! 目がぁああああ!!」
(カカカ! やめ、腸が、捩じ切れそうじゃぁカカカ!)
キトと目が合った拍子に予備動作無しに超光度で発光してやった。如何な戦車野郎だろうと少しは目が眩んだのではないか。しかし計算違いがあるとすれば、直接眼球を光らせたので一番被害が大きいのは俺という事だ。
「ちょっと言いたい事もあるけど、仕事は満点よ」
視界がまだ真っ白な内に僧侶の声が聞こえる。危ないから離れてろと肩を押され、よろける俺を支えてくれたのはフィーネちゃんか。声はしないが、ぜいはぁと肩で息をする荒い吐息が聞こえた。
「フェヌア流、破段の三。象踏磊崩山!!」
そして僅かに戻りつつある目で見た。緑光を闘気の様に全身で纏ったカノンさんは青髪のポニーテールを揺らしながらに、目を抑える鬼の前で構えて。
鬼の八つに割れた腹筋に深々と突き刺さる正拳突きは、瞬時、纏う魔力が拳から放たれたかの様に流れ込み、突き抜ける。
「うわぁ」
その拳はもはや打撃の範疇には収まらなかった。キトの背後から突き抜ける衝撃波は風を巻き込み振るえる空気が倒壊しかかっていた家をガラガラと崩す。
フェヌア教。あまりに脳筋すぎて神聖さの欠片もないが、勇者の賜る水精の加護と同様に神の力を宿す立派な聖職者であり。突き刺さる神の拳にいよいよ赤鬼も苦悶の表情を見せた。
これが反撃の狼煙。押し込め、倒せ。俺たちは天を堕とさんと最後の力を振り絞る。




