261 言い訳をくれてやる
「正直、特異点の破壊に関して私の意見はありません。それは国民の皆さんが決める事だと思いますので、私は新王の望むままに剣を振るいましょう」
けれどもと、勇者はライエンの心の隙を突いた。それは此度の政権争いについてである。現在草原の民の代表はライエンの息子のディオン・ラーテリア。そして彼の政策は特異点を壊した後に土地の開発では草原の民が主導になるべきというものだ。
ライエンは何故反勇者派なんてものを率いるのか。最初から魔王軍の脅威を説き特異点の破壊を拒めばいいではないか、と。
「……うるせえ」
「もう一度言います。貴方の考える方法で未来はあるのですか?」
「これしかねぇんだよ。堂々と国に侵入して来たキトに魔導士団の副団長が対応した。国最高峰の魔導士が軽く遊ばれ、合流した騎士団も手玉に取られた。幹部一人でこの有様だぞ」
「嘘です」
勇者が反応を示したのはこれしかないという部分か。魔大陸がいくら危険な状況にあろうと敵が攻めてくると確定した訳ではなくて。ライエンとて平穏な未来を。それこそ、ディオンが政権を握り特異点の消えた国で手腕を振るう将来などを考えないはずがないのである。
それでも、僅かでも国の危機があると考えたらこの男は動くしか無かった。後で何事もなければ、アイツは狂ったのだと後ろ指を指されるとしても実行をしようとした。まったく。ナハル王子の為に王に立候補するディオンといい似た者同士な親子だ。
「その未来を繋ぐ為にこっちは必死になってんだ! じゃあなんだ勇者様よ、お前が魔王軍も何もかも蹴散らしてくれるってのか、あ!?」
「やってやりますとも! 私は既に水精にも宣言をしました。悲劇の幕を終わらせる、刮目して見よと。この先魔王に怯えて過ごすくらいなら私に賭けたらいいじゃないですか!」
「馬鹿を言いやがる! 戦争も知らねえ餓鬼が大きな口を叩くんじゃねえ!」
互いに感情が高ぶったのかガルルとまるで犬同士の喧嘩の様に睨みあう二人。そこに魔女がパンパンと手拍子を叩き、少し落ち着きなさいと声を掛けた。
「魔王軍が攻めてくるとなれば他人事じゃないが、王が動かない理由も分かった。遠い大陸のいつ起こるか分からない未来じゃないか。けれど貴方には【赤鬼】を見た事で起こりえる現実になったわけだな」
イグニスが話を纏めに向かうと間を計っていたのかティアがねぇねぇと小声で話しかけてくる。雪女は金糸雀色の真ん丸な瞳に不安の色を映しながら、魔王軍の幹部とはそれほどに危険なのかと問うて来た。
「そっか。ティアはシエルさんに会って無いんだね」
「ええ」
なんだかもうずっと一緒にパーティーに居た気分なのだけど彼女はラウトゥーラの森には同行していないのであった。この場で一人魔王軍幹部の実力を知らないのである。
(ちなみにな、儂の四天王というのは三大天を参考にした。こっちの方が数字が大きいのでどちらが優れているかは瞭然じゃな)
また明日に使えぬ無駄知識が増えてしまった。そんな事を考えながらティアに【黒妖】という存在の壮絶さを告げる。あの勇敢なヴァンが雰囲気に足を竦ませ、イグニスは指で胸を貫かれ、俺なんて腕をもがれたよ。
「そ、そう。ありがと」
私たちはそんなものに挑むのねと表情を強張らせる雪女。そうね俺達は勇者一行だものね。一緒に頑張ろうと応援をして俺は耳をイグニスに戻した。
「うん。やるべき事は良くわかった。みんな、今日ここに来た理由を良く思い出しなさい」
「え? そりゃ忘れて無いけど」
ここに来てライエンではなく俺達に話題を振ってくるイグニス。それも本筋を思い出せなどと。今日この茶会にフィーネちゃんが参加した理由は、ディオンがナハル王子の為に政権争いに立候補したと知ったからである。
裏で手を引く反勇者派の意図を暴き、政権争いから切り離す。それはある意味フィーネちゃんが説得した通りだ。
ライエンは魔王軍の進撃を恐れ特異点の維持に動く。であれば、勇者の力を信じてくれれば彼はもう特異点にも政権争いにも関わらないだろう。もっとも相手は意見を譲る気は無いようだが。
「違う! 私達はタルグルント湖の復讐をしに来たんだよー!!」
「それたぶんイグニスだけだよ!?」
(度し難い女じゃ。カカカのカ)
赤い魔女はガタリと席を立ち上がり、かかってこいやオラァとファイティングポーズを取って。その様子を見て俺もなるほどと席を立ち黒剣を握った。
「ちょ、ツーくんまで!?」
「うん。まぁきっと、暴力が最適解な時もあるんじゃないかなって」
イグニスが本気でやる気ならば何も言わず魔法を放つ。そのうえで啖呵を切ったのは、俺やフィーネちゃんに理解を求めたのだ。
思えばライエンの覚悟は相当なものである。国を思い悪役を引き受ける男が少女に任せろと言われハイそうですかと折れるだろうか。折れない。折れられまい。
責任、矜持、不安。背負うだけ背負い、もはや止まれぬ暴走列車を相手にするならば、これ以上の言葉は不要で。暴力で無理やり負かしてやろう。負けてしまったと言い訳をくれてやろうと魔女は言うのだ。たぶん。
俺の言葉を受け、フィーネちゃんもそういえばお返しがまだだったねと席を立つ。続きティアが仕方ないとばかりに腰を上げ。席に座るままのライエンを庇う様に、後ろの騎士たちが抜剣をした。
「お前ら……正気か? ここに居るのは事情を知る精鋭達だぞ。勇者だろうが遠慮はしねえ」
「はっ、魔王軍なんかに怯える騎士に何を躊躇う。勇者一行は魔王とだって戦う覚悟さ。そもそも都合が良い。夜会をぶっ壊したのはどいつだ!」
これはアゴラさんの分だと魔女は拳を振り上げ魔法陣を殴りつける。魔力を叩きつけられた魔法陣は即座に発動し指向性のある爆発を生み出した。ドガンと派手な開戦の合図。机を椅子を吹き飛ばし、部屋にはモクモクと黒煙が満ちて。
「これはカノンのぶーん!」
やはり精鋭。イグニスの速攻魔法に魔法を合わせる猛者が居る。ライエンの前には風の盾が構えられ爆風から見事に無傷で守りきっていた。しかしそんな事は承知だとフィーネちゃんは前に出た。即座に二人の騎士が対応し宝剣の一撃を食い止める。
「じゃあこれはヴァンの分だー!」
俺は闘気を纏い勇者の横を走り抜ける。一人が俺を止めようとライエンの前に出てきたので黒剣を投擲し不意を付く。
飛来する剣を身体を捻り最小限の動きで躱す男。避ける動作に連動し流れる様に攻撃に繋げて来て。俺は再びに黒剣を握り直し斬撃を受け止めた。仕留めたと思ったのだろう、投げた武器が手元にある事に男は「何!?」と驚愕の声を上げた。
しかしそこまで。俺は闘気を使っているというのに受けた剣を押し返せなかった。ぐぬぬと目一杯に力を込めて僅かに刃を押し戻せる程度だ。
「え、えっと……これはヴァンくんの分だわ!」
(二度目じゃな)
均衡を崩したのティアだった。氷の礫がビュンビュンと発射されて内一つがライエンに向う。俺と対峙する男は氷塊を目で追うと忌々し気に宙に片手をかざした。それは魔剣技か、弾は軌道を反らし天井を撃ち抜いた。
鍔迫り合いの最中にそれは余りに大きな隙。俺はおりゃと前蹴りで騎士を吹き飛ばす。目の前にはもうライエンの姿が。彼は戦闘職でないからか何も出来ない。けれども椅子から逃げる事もせずに、下唇を結び俺を睨んでいた。
「これが、暴力だ!」
「させるか!!」
「こっちがな!」
最後に動いたのは魔導士だった。狭い部屋での混戦だからライエンの護衛に徹していた奴だ。俺の目の前で展開される魔法陣。けれども男は魔法を放つ前に後方に吹き飛んだ。まさか部屋の中で味方を巻き込んでまで火炎槍を打つ馬鹿が居るとは想像しなかったに違いない。
「……おい。俺は戦えねえが、殴られる覚悟くらいはあるぞ」
「俺は無抵抗なお年寄りは殴れませんよ。それに本当に暴力で解決したら、魔王軍と変わらないですしね」
「皮肉かよ、そりゃあ」
俺の拳はライエンの頬のすぐそばを走り椅子の背もたれをぶち抜いた。もう止まれ、そんな感情を込めながら鋭い瞳と視線を合わせる。「その件は、すまなかった」と重々しい口から一歩譲らせる言葉を確かに引き出して。
「なんだ?」
しかし会話はそれで打ち切られる。カンカンカンと激しく打ち鳴らされる警鐘に誰もが窓の外を眺めた。それは俺たちだけでなく、ライエンや勇者と戦っていた騎士達も同様だった。
「だ、団長に緊急報告! 大森林より大量の魔獣が一斉に移動を開始しました!」
数時間後にはこのラメールの町に到着するだろうと青い顔で報告する文官。スタンピードだとと俺はもう一度町に目を向けると、背中からライエンの悲壮な叫びが聞こえた。
「やりやがったなキト! なにが大人しくしてるだあの野郎!」
なんと99万文字超えました。100万文字の大台まで後1万文字!




