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260 俺がやらねば誰がやる



「不味い茶だ」


 挑発にも聞こえる魔女の呟き。それをライエンは涼しい顔で流すも、自身も紅茶を口に運び「本当に不味いな」と顔を顰めた。後ろで茶汲みをやらされた偉そうな人は物凄く不満そうだ。


 まぁそんな事はどうでもいい。いよいよ反勇者派の親分と対面した俺達。交渉の席にはフィーネちゃんを差し置きイグニスが座るが誰からも反論の声は出ない。


 俺はもとより勇者や雪女も自分には荷が重いと判断したのだろう。思えば一見無謀な武力突入であったが、茶会と言いつつ騎士に囲まれているのが現状だ。これが正規の手段で入場を果たし武器を預けていたらと考えればゾッとする話である。


 状況を正しく理解していたのはイグニスだけなのだ。彼女はタルグルント湖での襲撃事件の後から今日この日の事を思いずっとずっと心に火を焚き続けてきたのである。


「俺が言いてえのは一つだよ。お前らもう国を出ろ。さもなければ、分かるだろ?」


 男の要求は一つだった。勇者が居なければ特異点の破壊は出来ない。政権争いの原点に帰る様に勇者に国外追放を申し出る。まるでチンピラの様な物言いだなと俺は思う。これでも宰相、立場を持つ人間の台詞と考えれば、敢えて威圧するように喧嘩腰で喋っているのだろうか。


「分からないねぇ。さもなければ何だよ。まさか殺してしまうぞなんて、そんなちゃちな脅しじゃあるまいね」


 そんな脅しに屈するならば今この席には座っていまいと魔女。その通りである。加え俺たちは城門を爆破し武器まで取った。こちらはこちらで、もう引き返せない所まで来ているのだった。


「今までの事は水に流そう。なんて言うつもりは無いが、この場に至ってしまったからには本音で行こうじゃないか。【軍勢】に会い、何を知った?」


 映画などで互いのこめかみに銃を突きつけるシーンがあるが現状はそれに近い。言葉を間違えれば一発触発の事態。ライエンの後ろに佇む騎士を警戒し勇者は即応出来る様に剣を握りしめていた。それを示す様にイグニス以外は出された茶に手を出そうともしていなくて。


 そんな中、魔女は核心にも触れる話題をポイと気軽に放り投げつける。あるんだろうと。国王を勇者を排除してでも特異点を維持しなければならない理由がと。


「何の事だ?」


 ライエンも流石と言っておこう。貫くポーカーフェイスはイグニスの言を受けてなお眉一つを動かさなかった。もし対面するのが俺ならば本当に知らないのかと勘繰る内に煙に巻かれてしまっていた事だろう。だがここには勇者が居る。人の悪意も嘘も見抜く心眼の持ち主が。


「ライエン宰相、私と顔を合わせたからには真実を語る事をお勧めします」


「ああ、くそ。勇者。そうか、そんな力も持ってたな。まったくテメェが来なければこんな騒ぎには成らなかったってのによう」


「なんだと」


「ツーくん、今は抑えて」


 その言い草に俺はむっとするも、嘘や虚勢は無駄だと悟ったか。ライエンは皺くちゃな手でそっと目を覆うと、力が抜ける様にずるりずるりと椅子の背もたれに体重を預ける。


「会った。というよりは、今も匿っている。相手は【軍勢】の魔王配下、【赤鬼】のキトと言う」


「それがどういう意味か分かっているのか」


「元を手繰ればランデレシアの落ち度だろうがぁ!!」


 抗議するイグニスに被せライエンが吠えた。赤鬼がシュバールに来れたのはランデレシアが放置した転移陣が原因ではないかと。


「ふざけるな。あれは神々の戯れだ。場所も獣人の領域で伝承すら途絶えていた。ならばシュバールは残って無いと言い切れるのか。この水没をした国で」


「……チッ」


 言い分は拮抗する。転移陣を放置した責任を問うライエンに、お前はどうなのだと返したのだ。過去に止まない雨のせいで土地の大半が水没した国。人の手の届かない場所などそれこそ数多く、さしもに相手も絶対とは言い切れないらしい。


「あくまで余計な騒ぎにならないように隔離をしているだけだ。下手に【軍勢】の幹部を刺激したくねえし、アイツも今は争いを望んでねえ」


 フィーネちゃんが反論をしない所みれば嘘は無いのだろう。追い出そうとして戦いになるよりは居場所を与え管理する方法を選んだのである。そしてそんな事をするには騎士と、魔導師団の協力が不可欠であり。両勢力がこの男の下に付いている理由でもあるという所か。


「そっちは【黒妖】と和平を結んだようだな。実際の所どうなんだよ。戦いになった所で勝ち目があると、そう思えたのか?」


「無いな。余りにも規格外だ。ハッキリ言ってアレが本気で暴れたらどのくらいの被害になるのか想像も付かない」


 だろうなと、意見を一致させるライエン。後ろのお偉いさん達も苦い表情をする辺り、実際に手痛い目にあっていると考えるのが妥当だろう。


 そもそもにシエルさんは勇者が精霊の力を借りる旅の原因にもなった存在だ。しかもシャルラさんの父親【影縫い】こと初代ラルキルド伯爵は、何万という軍を押し返し土地を守り抜いた英傑。言うなれば国にすら勝った男なのである。


 だが、話を追うとなんとも嫌な気配があるではないか。まるで宰相が、騎士団が、一人の魔族に勝てないからへりくだる為に政権を取ろうと企んでいる様にも思えて。


「だが、それだけではない」


「根拠は?」


「それだけならば特異点に固執したりはしない。貴方達が恐れているのはもっと大きな戦だ。それこそ王に理解を示して貰えないような、現実味の無い話を確信している」


 魔女は赤い瞳を細め、カラカラと糸を手繰り寄せていく。欠片を想像で補い絵を完成させようとしていく。そんな様子をライエンはハッと鼻で笑うと、「邪魔者はお前だったか」と鋭い目つきを一層に強めた。


「正直、勇者派の裏には大人が隠れていると思っていたんだが、どうやら本当に小娘なんぞにしてやられたようだな。忌々しいエルツィオーネめ」


 ライエンは良いだろうと、絵を完成させてみろとパズルの欠片を投げ出す。まるでイグニスが全てを理解した時にどのような表情をするのかを楽しむ様な卑屈な顔をしていた。


「【軍勢】の魔王の所に【深淵】を名乗る者が接触したそうだ。何かしらの交渉が決裂し、魔王同士の小競り合いがあった。そして両者、大きな深手を負ったらしい」


(ほぉん。どうせならちゃんと殺せよデゥオめ)


「……おい」


「互いに痛手。だが話はこれで終わらねえ。キトは言ったよ、君臨する最古にして最強の魔王【軍勢】が少しなりとも弱った。他の魔王共は魔王同盟なるものを結束し、軍勢堕としを狙っていやがると」


「……おいおい」


「なぁ嬢ちゃん。【混沌】が堕ちた時、この大陸はどうなった。魔大陸が弾けりゃよう、次はこっちに来やがるぜ。奴らはよう!!」


 俺は言葉を呑むしか無かった。軍勢や深淵がジグルベインの配下という古株にまで手を出すのは、それほどまでに切迫した状況だったからなのだ。


 でも同時に何故という感想が沸き上がる。そんな重大な情報は早くに共有し、国同士で連携を取るべきではないか。少なくとも政権争いなんて起こして国すら乱している場合では内容に思えた。


「それは国王には……」


 フィーネちゃんもやはり同じ事を思ったのか、ライエンに対し疑問をぶつけた。イグニスから逸れた瞳は悲しそうに勇者を見つめ、「言ったさ」と溢す。


「当然言った。だがアイツはキトに会っていない。あの脅威を理解出来るのは、その凄まじさを見たものだけだろうよ」


 なるほど。この男は言えなかったのだ。恐ろしさは告げても、ただの一人に騎士団が壊滅させられる可能性を。騎士団とは言わば希望。その誰もが敵わないと知れてしまえば、この国には敗北だけしか残らないから。


 だからこそ、俺がやらねば誰がやると、王や勇者さえもを敵に回し、ライエンは政権を奪う画策をしたと。


「……そうか。貴方の目的は土地の価値か。水場を上手く使い戦うだけではない。浸水し、飛び地だらけの土地ならば誰も興味を持たないと考えた訳だな」


「そうだ。水浸しの国、結構じゃねえか。他の誰にも不便な土地だろうと、俺たちは適合した。俺たちならやっていける!」


「なるほど、そういう事なのね」


 ティアが納得する様に頷き、俺もまた反勇者派が、ライエンが俺たちを強く敵対していた事実に納得をした。王女は特異点を破壊した後の利益に注目した訳だが、まさにその利益こそが不要なものだったのである。


 今は水だらけの不便な土地。畑も少なく、食糧は多くを輸入に頼る。確かにこう聞いてはシュバール国民以外には暮らし辛い国なのかも知れない。しかし特異点が無くなれば、雨が止み水が乾けば、自然に溢れ地下資源も豊富な大陸地へと早変わる。それが今後、侵略への動機になると睨んだわけだ。


(カー、甘いの。それは人間の理屈じゃ。こういうとアレじゃが、魔族はそこまで考えんぞ)


 考えろや。魔王様から実にありがたい意見が出たのだが、こんな事言えるはずもなく。俺はフィーネちゃんはどう思ったのかと、勇者の表情を盗み見た。金髪の少女は口を一文字に結び、碧の瞳を悲しげに伏せる。


「そこに未来はあるのですか。私も国の事は調べました。川幅は年々広がり、今なお水害は多いのでしょう。草原の民も川の民も、止まない雨には苦しんでいるのでしょう。それを貴方は見ない振りをしてしまうのですか」


「うるせえ! 俺だってなあ、あんな虹はもう見飽きたんだ。消えちまった方が良いのは分かってる。それが出来ねえって話をしてんだよ!」


「良かった。そんな理由で。つまり、邪魔なのは勇者じゃなくて魔王軍じゃないですか」


 少女は如何にもぎこちなく、無理にニッと口角を釣り上げてみせる。そして宣う。むしろ勇者の出番ではないかと。なるほど如何にもその通り。彼女こそはご存じフィーネ・エントエンデ。悲劇の幕を終わらせるべく立ち上がった、勇者なのである。




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