259 ライエン出てこいやー!
「こらっ君達、止まりなさ――っ!!」
「ごめんなさーい!!」
廊下の曲がり角から飛び出して来た騎士に俺は問答無用で黒剣を叩きつける。横腹を狙った大振りな一撃をお兄さんは危なげなく剣で受け止めて。
所詮は子供の腕力だと思っただろうか。しかし余裕ある表情は刃が触れ合った瞬間に崩れ去る。暴力は容易くに防御の姿勢を打ち砕き、なお止まらぬ威力は剣を弾きながら騎士を壁に貼り付けた。
自分の未熟なんて百も承知。なので騎士が出てきた時点でこっちはとっくに闘気を纏いフルスロットルだ。先頭を走り露払いをしながら俺はイグニスに叫ぶ。
「イグニス、どっちに行けばいい!」
「招待状には白蓮の間と書いてあったね。場所は……分からん!」
「え?」
帰ってきた答えに愕然としていると、フィーネちゃんが俺の気持ちを代弁する様に「目的地も分からないで突入したの!?」と今にも泣きだしそうな甲高い声を出す。
「大丈夫、私が分かるわ。三階の奥よ、まずは突き当りまで進みましょう!」
「ティア素敵ー!!」
すぐさまにまともな返事が聞こえ一安心である。流石に王宮、その広さは途方もないのだ。廊下の長さは100メートル以上ありそうだし、部屋の数なんて数えるのも馬鹿らしい。目的地も知らずに騎士団から逃げ回るのは不可能だった。
加えてだ。ただ100メートルを駆けるだけならばほんの数秒で済む。けれどもここは現役に使われている建物。廊下や部屋には使用人が文官が大勢居て、なんだなんだと大混乱だ。そこを武装した集団が突っ走るのだから騎士団だって本気でやって来るよね。
「フィーネちゃん!?」
「大丈夫! 足止めないで!」
通過してきたエントランスではヴァン達が大暴れしているのか後方からは激しい雄叫びと衝突音が響いている。距離が開くたびに小さくなる残響だが、ここに来て背後でギャリンと大きな鋼の音が一つ。
振り向けば後方からの追っ手を勇者が止めていた。更にはその後ろから一人、二人とドンドンと追従する者の姿が増える。ヴァンやカノンさんがいくら優秀でも数で押されれば打ち漏らすのだ。念のためと最後尾をフィーネちゃんが走っていたのは正解だったらしい。ならば。
「ここは俺に任せて……」
「え? ツカサくん今何か言った?」
先に行け。そう言おうと思った時には水柱を放ち後続を追い払う勇者の姿があった。いえ、なんでもありません。そうとしか返せなかった。
(儂は聞こえたぞ。カカカ)
「忘れろ」
「その手いいわね。【凍える夜の白吐息】【朝待ち固まる水鏡】【触れても解けぬ雪化粧】」
雪女がえいっと可愛らしい掛け声で手をかざすと背後にパキンと氷の壁が出現した。広い廊下を埋め尽くす氷壁に俺は思わずヒューと口笛を吹く。道を物理的に塞ぐなんて魔法使いならではの発想ではないか。
「凄いティア! これでかなり時間稼げそうだね」
漂う冷気に若干に震えながらフィーネちゃんもティアを褒め称える。雪女はこれくらい当然なのだわと口では気取って見せるが、表情はそれはもうだらしのないものだった。
(あ、お前さん。そうのんびりしてる間も無さそうだぞ)
ジグルベインがそう言うやいなや、ティアの張った分厚い氷にビキリとヒビが走った。俺たちは嘘であって欲しいと頬を引くつかせながらズリズリと壁から離れ。そうしている間にもバキバキと亀裂は広がって行く。
「「「待ちやがれガキ共ー!!」」」
「「「「ぎゃー!!」」」」
これだからこの世界の騎士は舐められない。魔力使いの上澄みがなれる戦闘のプロ集団は、氷程度が何するものぞと力業で砕いて来やがったのだ。語気を荒げ追われては逃げ出したくなるのが人心。俺たちは走れ走れと一目散に駆け出した。
「よーし、今度は私が一発凄いのお見舞いしてやろう。【構えるは城壁崩す弩が如く】」
「やめて。お願いだからイグニスは黙って走って」
「……ちぇ」
名誉挽回しようとした魔女は勇者に冷たくあしらわれて、しょんぼりと肩を落とす。残念ながら同情は出来ない。だって今唱えたのは火炎槍の進化版、ジョ●ズの様な大鮫を跡形も無く吹き飛ばし川に大穴開けた爆炎槍なる魔法だった。こんな場所で一体何を考えていやがるのだ。
「止まるんだ。そろそろ観念をしなさい」
「んげっ!?」
なんとか突き当りまで進み階段を見つけるも、踊り場ではすでに魔導士達が魔法陣を展開し待ち受けていた。魔法が飛んで来ないと思えば待ち伏せをしていやがったわけだ。
「くそ、こっちは駄目だ」
「こっちももう駄目なのだわ!」
足止めを食う俺たちを背後からは騎士がじりじりと詰めてきて。なるほど挟み撃ち。本職の人達はしっかりしていらっしゃると感心をするばかりだ。どうしましょとフィーネちゃんと見合わせていると、オイと魔女のハスキーボイスが廊下に響く。
「オイ魔導士団。お前ら本当に打てるのか? 普通は警告なんてしないでとっくに放つよなぁ」
「……!!」
なるほど、恐らく魔導士団は出来るだけ魔法を行使ししたくないのだ。魔法は剣と違い広範囲に影響を及ぼす。この宮殿は歴史的価値も芸術的価値も高すぎて破損する事を恐れているのである。そりゃあ壊したら後で上司から何て言われるか分からないもんね。
だが魔女はそんな魔導士達の表情を盗み見るとニヨリと頬を上げて、「コチラは打てる」と躊躇なく火円を放つ。魔女を中心に火の輪が広がり、階段上の魔導士も背後の騎士も纏めて炎で包み込んだ。
何度も言うが相手は戦闘のプロ。突然の炎にも当然の様に対応する。魔法で魔剣技で炎を払い、もう堪忍ならんと動き出す。僅かな隙間があるとすれば、イグニスが作り出した心理の隙だった。
城は、周囲の被害は。無茶苦茶な場所での魔法行使は、戦士の気持ちをほんの一瞬、俺たちから建物に移したのである。
「「どりゃー!!」」
俺もフィーネちゃんももう分かっていた。イグニスは絶対に魔法を使うと確信があった。
なので炎に紛れ階段を駆け上り襲い掛かる。魔法使いは身体強化を同時には使えない。圧倒的な腕力差で行われるのはもはや暴力ではなく蹂躙だった。
「もーイグニス!!」
「大丈夫だよフィーネ。実は温度はそんなに上げていない、建物にはせいぜい煤が付く程度だろう」
「そういう問題かしら。屋内で火を放つ神経を疑うわ」
「よくある事だよ」
踊り場に居た魔導士団を倒して階段を強行突破した俺たち。ちなみに気絶するほど強く殴ったりはしていないよ。あくまで時間稼ぎが目的だからね。少々手荒いが殴って蹴って階段から突き落とした程度である。プロならこのくらいで泣くな。
なので急いで2階3階と駆け上がって。いよいよ茶会の約束をした部屋の前に立つ。果たしてライエンはちゃんと来ているのだろうか。なにせイグニスのせいでこの騒ぎだ。とっくに無効になっていてもおかしくはない。
扉を開けるのを僅かに躊躇うとフィーネちゃんがそっと肩に手を置いてきた。蒼の瞳が無言のままに頷き、行こうと告げて来る。確かにもう後戻りも出来ないか。俺は蹴飛ばすまでの不作法は働かないも、ライエン出てこいやーと力強く扉を開け放つ。
「あ、すみません。部屋間違えましたー」
「大丈夫だ。合ってるぜお兄ちゃん」
長机の奥に座る壮年の男性から声が掛かる。なるほど、ディオンとは顔も髪の色も良く似た男だった。彼がこのまま順調に成長し皺を刻めばこの様な顔になるだろうか。自分でその様な感想を抱き、いや、ならないだろうなと否定をする。
ディオンとの決定的なまでの違いは顔つきだ。笑顔ながらに眉間に刻まれる深い皺、鋭利な刃物の様に鋭く光る眼光。ライエンというこの男は、常々に苦虫を噛み潰したような顔をしているのだろうなと想像が出来た。
それよりもだ。俺は降参とばかりに黒剣を手放し両手をヒラヒラと振る。
せっかく騎士から逃げ切りゴールに辿り着いたというのに、この部屋にはズラリと騎士と魔導士が揃って居た。
相手は宰相だけあり最初から護衛を付けていたのだ。それも服装を見るに随分偉い人達なのではないか。流石に上級騎士に囲まれては反抗しようという気も起きなかった。
「やあライエン宰相。お初にお目にかかります。少々遅刻した非礼をお許し頂きたい。それよりも走って喉が渇いたんだ。お茶が欲しいな」
ずずいと前に出て限りなく無礼な挨拶をしたイグニスに、意外やライエンは腹を抱え笑ってみせた。そして一頻り笑い、おい茶を出せと声を出して。
しかし部屋には使用人も居ない。背後の護衛達は顔を見合わせると誰か行けよと仕事を擦り付け合い、恐らく一番立場の弱い偉い人が渋々にお茶の用意を始めた。
「記録は消せるが記憶は消せない、か。まずは上手くやったと褒めておくよ。おめでとう、俺はお前らを客だと認めてやる」
ぶわりと嫌な汗が出る。何が茶会だこの親父。つまりイグニスが城門をぶち破る暴挙に出なければ、この場に居る騎士達で武力行使も視野に入れていた。もっと言えば、勇者一行が突然に行方不明になろうとも、最初から王宮には来ていないと言い張るつもりだったと言ったのだ。
「そいつはどうも。貴方も随分運が良い。もしタルグルント湖で誰か一人でも欠けていたら、私は城門どころか宮殿を吹き飛ばしてやるつもりだった」
相手の圧にも負けずドカリと席に座る魔女。こんな態度でも一応は会話を続ける気があるらしく、俺たちもおずおずと椅子に腰を落とす。どうぞとお茶が出されれば、まさかまさかに普通にお茶会が始まってしまったのだった。




