254 やるべき事
「あの、ツカサ様?」
「ごめん。ちょっと頭を整理をさせて」
一夜で得た情報量が少しばかり多すぎる。俺は空き部屋……ここは談話室だろうか。窓から入る月明かりだけが僅かに照らす室内で、ソファーに背を預けながら天井に向かってはぁ~と大きな大きな溜息を絞り出す。
ディオン・ラーテリア。なんなんだよ、お前はもう。
奴と反勇者派との関わりは明らかだ。タルグルント湖の襲撃の後の間の良すぎる反乱。このドジ子さんという内通者の存在。良くて何も知らず持ち上げられる神輿というのが俺の中での評価だった。
けれど、あった。彼には彼なりに、この政権争いに本気で挑む動機があったのだ。
それが王子が今まで通り、海の男で居られる様にだって?これにはどう反応していいのやら。
「ディオンを応援する意味は分かってますよね。いくら王子の為と言っても貴女達はその王子を失脚させようとしているんですよ」
「勿論です。でもこのシュバールは合衆国。長の立場は対等で王とはあくまで代表に過ぎません。王子の肩書が無くなろうとナハル様は立派な公爵です」
確かに、と納得をしかけてしまう。つまり今のディオンと変わらぬ立場では居られるのだ。現国王が特異点の扱い一つで族長を招きこれだけ会議に会議を重ねる国ならば、或いは影響は少ないのだろうか。
「でも友人に裏切られるナハル王子の心境は?」
「それは……」
口籠るドジ子さんであるが、俺はきっと嬉しかったのだろうなと推測をする。
だって、そうじゃないか。一体どこの誰が王子に向かい、王様が嫌なら代わってやるよと言えるのだろう。
悩みを聞くのとか無責任に夢を応援するのは簡単だ。かくいう俺も勇者に向かい、君なら出来るさと無責任な事を口にした男である。
そんな口だけの俺とは違いディオンは実行した。お前海が好きなんだろう、王くらい引き受けてやるよと立ち上がった。凄い事だ。凄い奴だ。たとえ誰かにそそのかされての事だとしても、俺には到底真似は出来ない。
「そっか、だから」
王子はすぐに理解しただろう。でも立場的に考えて素直に首を縦には振れまい。海が好きだからなんて理由で捨てられられるほど立場は軽いものでは無いのだ。だから王子はせめて友の思いを汲み、真っ向勝負を願い出たのである。
愛されてるな王子。良かったなディオン。
無関係と思っていた政権争いであるが、ぼんやりとやるべき事が見えてくる。
この政権争いはナハルとディオンの決闘であるべきだ。邪魔なのだ、俺達も反勇者派も。 争うのは政権。裏に大人の利害が関わるのは仕方ないとはいえ、横槍だけは入れるべきではない。もうどちらが勝ってもいいから思い切りぶつかれと応援したい。
その為にはどうしたらいいかと言えば。
「……偶然、じゃないよなぁ」
ディオンから反勇者を切り離す。それは王女が魔女が狙いとっくに実行していた方法だった。彼女達は何もかも承知だったのだろうか。釈迦の手の平の上に居るのはこんな気分なのかと実感をさせられる。
でもと思い浮かぶのはフィーネちゃんの顔だ。この話を聞いたら彼女はまた曇りやしないだろうか。本来はナハル王子も王位継承一直線のルートだったはずだ。そこに無理やりにでも選択肢を挟み込めるのは、ずばり勇者の登場に他ならない。
しかも、ディオンの存在は。重荷を背負ってやるから好きに生きろよと言ってくれる存在は。勇者が待ち望む白馬の王子そのものの様にも思えて。
(曇るってあんな顔かの?)
「そうそう……ひぃえ!?」
窓からこちらを覗き込む顔があった。金髪の少女が能面の様な顔で、目から光を消して、ただ眺めていた。ちょうど想像していた通りの顔が現実だと知り変な声が漏れる。
「ど、どうしたのフィーネちゃん。そんなところで」
窓を開き少女に声を掛けた。勇者の第一声は「その女……誰?」とまるで浮気現場を目撃した恋人の様な。それも包丁を持ち出すタイプの、湧き出る感情を全て殺意に転換している様な声であった。
「説明をさせてください!」
「分かってると思うけど、嘘は……駄目だよ?」
「勿論ですとも」
フィーネちゃんは俺が会場を出て行く所を見ていたらしい。最初はトイレかなと思ったようだが、少しばかり帰りが遅い。そして仮面舞踏会は少し風紀が緩む所でもあるからと俺が女性を誘ってイケナイ事してないか不安になり探していた様だ。信用無いね。
俺はそんな事しないよと、言葉を否定しながら起こった事実をかくかくしかじかと話す。ドジ子さんの事を説明するにはちょうどいい機会でもあった。紫髪の女性はもうドジ子でいいですと何かを諦めた。
「そう。モルドさんが……それはツカサくんも大変だったね」
俺の顔の腫れを撫でながら勇者は理解を示してくれる。こういう時に心眼というのは便利なもので、メイドの中にスパイが居て執事の中には暗殺者が居たと言ってもちゃんと本当の事だと分かってくれるのだ。というか言葉にすると大丈夫か大使館。
「とりあえず俺はこの後王女にドジ子さんの処遇を相談してみるつもり」
「うん、分かった。それにしても、そっか。ディオンさんのあの言葉はそういう意味か」
やはり思う所はあるのか勇者は月を背に表情を陰に隠した。その様子を見てなんて声を掛けようかと躊躇っていると、ツカサくんと逆に声を掛けられてしまう。
「見損なわないで。確かになんで私がと思った事はある。それでも誰かに勇者を代わって貰いたいなんて思った事は無い。それに、貴方が勇者と呼んでくれるなら、それだけで私は勇気100倍なんだから」
強がりだと一目で分かった。だからこそ余計なお世話だったなと反省をする。
月光を浴びる少女は黄金の髪を手櫛で梳きながら、碧の瞳で不機嫌に睨みつけてくるもので。俺はごめんなさいと素直に謝った。
逃げるならばとっくに逃げている。それはナハル王子とて同じ事だろう。
夢など胸の内に押し込めて、彼彼女は背負う責任を果たすべく椅子に座り続けているのだ。誰にも明け渡せぬその席を人はプライドと呼ぶのではなかろうか。
「フィーネちゃん。勇者としてこれから、どう動きたい?」
「見届けたい。私が勇者としてこの国に及ぼした影響を。その為にも、戦おう。政権争いを正当なものに。反勇者派は勇者一行で引き受けます」
「合点承知の助!」
◆
俺はドジ子さんを連れ舞踏会の会場に戻った。黒づくめの王女はイグニスと談笑をしていた様だが、ボロボロの姿になった俺を見てあらまぁと驚く。
だが流石の把握力か。連れてきた女性を見て何があったかを一瞬で理解したらしい。何も伝えて無いのに「モルドね?」と問うてきたのでハイと頷いた。ちなみに執事はフィーネちゃんが止めを刺しに行った。後で連れてくるそうだ。
「ふぅん。それで?」
王女はメイドが情報を流していた事実も、そのメイドを逆に利用していた事実も認め、その上で俺に何を求めるのかと、つまらなそうに聞いてくる。なので俺は報酬をくださいとカードを切った。
「大勝負の代打ちをしたんです。密偵の罪が重いのは分かりますが、温情をください」
「褒美はちゃんとあげるつもりだったけど、いいのかしら。そんな事で」
そもそもに王女はドジ子さんの処罰を考えていなかった。本当に執事の独断専行だったのだ。それならそれで構わないと、俺は命の保障を約束させる。目を離した隙に突然行方不明とか嫌だからね。
「そう。きつく言っとくわ。それで貴女はどうしたいのかしら。望むなら政権争いの期間は他所で保護するけど」
「恐れ多い配慮でございます殿下。如何なる処分も覚悟した身の上、仕事を首にし牢屋に放り込むのが適当かと」
「それをこの子が救いたいと言うのでしょう。真面目に働くのならばいいわ。変わらず奉仕なさい。それに私、今日はただの素敵な淑女なのよねぇー」
別に流されて困る情報渡してないしとカラカラと笑うレオーネ王女。軽い扱いが。
まぁ無事が約束されて良かったと思いながら、それでと聞いてみる。何がと目をパチクリする王女に発案は誰なのかと詰め寄った。
「「コイツ」」
王女と魔女が互いに指を向けあった。王女に暴行を働くわけにはいかないので、やっぱりお前かとイグニスの頬を両手で抓る。痛い痛いと藻掻くのを無視しながら俺は呟く。
「けど、少し見直したよ。ディオンを反勇者派から切り離すのは、二人の決闘を邪魔させない為だったなんてね」
悪女二人は「え、なにそれ」と言わんばかりに首を捻り、いかにも空気読みましたとばかりに「もちろん」と答えた。俺は違うんかーいとイグニスの頬を全力で引っ張った。




