250 金貨1万枚の大勝負
腹黒王女が仮面舞踏会の余興として始めた金貨1万枚を賭けた大勝負。
初手、ディオンの2に対し3をぶつけた俺。最小限の数字で上回り、最高の滑り出しを決めると場はドッと沸いた。
「ふぇ?」
盛り上がる。それは観客がいなければ起こらない事だ。
確かに机上を魔道具で壁に投影しているのだけど、余りに声の多さに面を食らってしまう。
「面白いな君は。そんな大胆な手を出していて驚くなんて。賭けるのは金貨1万枚だ、注目されないはずがないだろう」
「で、ですよねー」
見れば会場には踊っている人がもう居なかった。カードテーブルは人気な様で10席全てが埋まっている。中には見知った人間も混じっているようだ。ダンスの出来ない僧侶はこれ幸いとカードを楽しんでいるようである。
逆にそれ以外の人は俺とディオンの勝負に注目している様だった。余計な事にティアやヴァンが、どういう内容の勝負をしているのかと言い触らして歩いているらしい。
「そろそろ次の手は決まったかしら」
王女から続行の声が掛かる。ハイハイと返事をすると、イグニスはその調子で盛り上げてくれと肩を叩き客席へと向かって行った。まじか、ここで俺を1人にするのかよ。もう、と半泣きになりながらカードを卓上に出す。
「はい、両者でたわね。それでは捲ります。10と、あら10。同数なのでこの札は次の勝者の総取りですわ」
王女は審判と進行を上手く両立していた。次と言われ、手札を眺めながらう~むと悩む。
1~13までの数字札を出し合い大小を競うという簡単なルールだが、これが案外嫌らしい。それを相手が2を捨てて来た事で確信する。
ディオンは俺が強いカードを出し、勝ちを取りに来ると読んだのだ。それがどうして2を出す事に繋がるのかと言えば。このゲーム、前半に強い札を出しすぎると、後半には弱い札しか手元に残らないのである。
そう考えれば遊戯の本質も見えてくる。つまり如何に弱いカードで勝つか、だ。
そうだろうと、ばかりに俺は次のカードを出す。被せる様にディオンもカードを伏せた。
「捲るわねー。ツカ……いえ、右が13。最強の札で取りに来たわね。そして左は……1。やだ面白くなってきたわね」
最強の札を切った俺に対し、相手は最弱の札を切る。しかし1は最弱でありながら13にだけは勝てるという、まるで勇者の様なカード。王女はディオンの勝ちを告げると、先ほどの引き分け分を含めて向こうが持っていく。
またもや会場が震えた。俺の勝ち点2に対し、ディオンはこれで一気に4点だ。華麗な逆転と勝負の見えなさが興奮を誘う。にしては盛り上がりが異常だった。きっと、こっそりこの勝負の行方を賭けてるのだろう。イグニスが俺から離れたのはその為と見た。
「おや、まさか13で来るとはね。本当に大胆だな君は」
「1の方が余程大胆だと思いますけどね」
「……案外そうでもないのさ」
そう言われて考える。確率の問題だ。勝ちに行くならば、11、12、13の三択。
しかし最初から負けても良いと考えるならば、3分の1で勝てる可能性のある1もありということか。
過程はどうあれ、俺は最強の札を失いながら逆転されるという事態に陥った。
流石に公爵家。草原の民の代表の男だ。度胸もあるし馬鹿でも無い。ならばと、勝負の最中にも関わらず、俺の思考はなぜ彼が勝負の席に付いたかに飛ぶ。
「7と4。これでまた同点ね」
本当に王女の口八丁に乗せられただけなのだろうか。王女は町の建設なんて大きな事を口にしていたが、俺にこんな勝負をさせている時点で実現させる気は無いだろう。彼女たちの性分ならば本気の時は真っ向勝負。この席には王女かイグニスが座っているはずだ。
「2と9」
そうとくれば、ディオンも余興程度にしか考えていない可能性がある。それでも付き合うという事は、この状況に何かしらの利があると見るべきか。いや、利という分には、この勝負の利自体が良く分からなくて。
「4と6」
気づけば倍の点差を付けられた所で、ガツンと椅子の足を王女に蹴られた。真面目にやれよと言ったところだろうか。まぁ口約束でも5億賭けてたら不安だよね。首をブルブルと振り気分を入れ替える。
しかし、俺たちに注目をする観衆の姿が目に入り、そうかと新たな閃きが生まれてしまった。
「11と11。あらまた同数ね」
そもそもディオン。コイツは一体何をしにこの場にやって来たのか。決まっている。政権争いの最中なのだから支援者を求めに来たのだ。
このゲームに参加し、ランデレシアの支援を受ける、更には政権を取った後に商業特区の開発をする。そんな約束の意志を見せたのだ。会場にはディオンを応援したくなる人も居ると思う。だってこの仮面舞踏会の参加者は、そこに利益を見つけて集まって来た人達なのだから。
「12と……12!! 次に勝った方が一気に6枚取り。現在8枚持っている左側は、勝てば半数を超えて勝利が確定するわ」
震える。いや、勝負にではなく王女の手管に。
もしや金貨1万枚などとふざけたレートを用意して、強引に注目を掻き集めた理由は、今まさにこの状況を作る為か。
ディオンが勝負に乗り、何を賭けてゲームをしているのかを観客達に目撃させる事こそが目的なのではないか。
たぶん、ディオンと裏に居る反勇者派を切り離すつもりなのだ。
反勇者派は特異点の破棄を拒む勢力。ディオンに実権を握らせ、何食わぬ顔で特異点の扱いを有耶無耶にする気だったと予想される。
けれども、魔王の爪痕が消えた後の利益の話をした。なんなら街作りなんて大きな話までをした。そうして集めた支援者達に、ごめんやっぱり嘘でしたなんて言えばそれこそ暴動が起きるだろう。
「選びましたか?」
「……!!」
黒いヴェールの奥より裁定の声が掛かる。ディオン・ラーテリアはこの場に来て大きな葛藤を見せた。それもそうだろう。
互いに同じ手札で開始し、更に捨て札が公開されている。なので消去法でカードは丸見だから気持ちは良く分かる。ちなみに今はこう。
ツカサ 1、5、6、8、9
ディオン 3、5、7、8、13
ゲームは相手の有利に進んだ。強いカードを温存し、後は堅実に行けば勝利は目前だった。だが、まさかの二連続同数。それもなけなしの11と12を消費して。
彼は未だ最強の13を持つが、俺は13を狩る1を残す。最強を切るか、切らないか。自身が綺麗な逆転を決めただけに大いに悩み。
「さて。出揃いました。5と……3! 六枚は左に移り、現在の得点は10対8。またまた大逆転。半数の14枚まで近いづいて来ましたわね」
ディオンは切れなかった。まぁ目に見えた勝負所。負けると思いわざわざ一番強いカード切る事も無いだろう。
確信する。この茶番劇の行方を。このゲームの目的は会場の視点を未来に向ける事だ。裏で横槍を入れてくる反勇者を切り離し、ディオンとナハル王子で真っ当に競わせる為に。
思えば王女が王と謁見した時にブチ切れていたのは、ディオンの後ろに反勇者派が隠れている事を許容し、それでも次世代に問題を丸投げをした事実を把握していたからか。
やるではないか。見直したよと内心でほくそ笑む。この腹黒ならば、特異点を破壊しなければ利益にならないからと宣っても驚きはしないけれどね。気持ちが少し前向きになった所で、さぁてと大詰めも近い遊戯に本腰を入れる。
「6と7。これで同点。10対10です。ですが手札は残り3枚。決着は間近です」
「驚いたね。君本当にこの遊戯初めてかい?」
「ええ。フィーネちゃん。勇者が居ると、駆け引きのある遊戯は成立しないんですよ……」
「……ああ、そういう」
とても同情の籠った相槌を打たれてしまった。そう、嘘を見破る勇者の心眼は駆け引きの要素をクソゲーにする。あれは戦闘でのフェイントすら見抜くバランスブレイカーなのだ。なので勇者一行で楽しむ遊戯は知恵比べの盤戯か運任せのサイコロが定番だったりする。
さて、残りの互いの手札はこうだ。
ツカサ 1、8、9
ディオン 5、8、13
ここまで来ると、ディオンも出す札を悩む。俺が1を握るあまり、13の出し場を見失ったのだ。もはや3択。しかし間違えれば詰む。俺もディオンもムムムと自分の札を睨みつけ。けれども王女が外野が、他人事だからと早く早くと急かしたてる。
「さぁさぁ。出ました! 行きますよ、捲りますよ!」
じゃじゃんと投影機に表示された数字は8と5。これで12対10となり、俺が勝利にリーチを掛けた。追い詰められたディオンは口元をきつく結ぶ。
まぁ13は出せないと思った。相手は賢い。俺が5と8に勝てる9を温存すると読むだろう。なら俺が出すのは1か8だ。事実俺は8を出すのだけど、ディオンの心理としては確実に勝つ為に俺が1を出す所を確認したかったと言ったところか。
さて、残るは1と9。8と13。組み合わせ次第ではまだどちらが勝つか分からなく。
「決まったかしら?」
「ああ」
「はい」
両者が差し出すカード。ペラリと捲れば1と13。再びに最弱が最強を蹴散らし、14対10に。遊戯の勝者として審判より腕を持ち上げられ、劇的な勝負の決着に会場は今日一番の盛り上がりを見せた。
「ふぅ。こんな白熱した遊戯は久しぶりだった。楽しかったよ、ありがとう」
「はぁこっちも最後まで緊張しっぱなしでした」
健闘を称えガシリと握手をする。仮面の奥ではどんな表情をするのやら、ディオンは代金だよと自身の家紋が入った金板を惜しみなく出して。
「勝負には負けたけど、政権は取る。その時が来たら町の建設計画について大使館に相談に行かせて貰うかな」
「楽しみにしてるわ。舞踏会はこれからだから楽しんで行って下さいまし、顔無しさん」
「今日は追い出されないようで何よりだ。それならば是非一曲申し込ませて貰おう」
ねえ王女様、俺への労いは無いのかなー。くぅーんと机に伸びると、雑に頭をよしよしと撫でられた。
(カカカ。最後の二択、儂を使わんかったなお前さん)
みんなには内緒だよ。
とうとう250話だよ!感想貰えたら嬉しいな。




