249 余興を楽しめ
余興を始めましょう。パパンと手を叩く王女の合図でゾロゾロと使用人が集まってくる。
何が始まるのか。俺も期待に沸く招待客と同様に会場の変化を眺める。
円舞を踊る舞台の奥には更なる空間があったようで衝立が外されスペースが解放されていった。明かりが設置され全貌が露わになると、察しの良い人は早速に理解をしたのか「ほう」や「なるほど」と納得をする声が聞こえる。
奥の部屋には小さな机と椅子が2脚。それがセットで10と1個置かれていた。カードゲームをやると聞いてはいたが、まさに2人が机を挟み向かい合う様に設置されている。
特筆すべきは一番奥の机か。他の10個の机とは隔離された明らかに特別仕様のテーブルがある。武術大会で映像を投影する魔道具があったが、それが置かれているのだ。その席の状況が壁に映し出されている。
間違いなく今日一番の大勝負をする場所であり、俺が座らせられる席なのだろうと判断が付いた。
「やーだー。やーやーなのー!!」
「ははは。諦めの悪い奴だな君も」
逃がさねえとばかりに魔女に腕を抑えられている俺は、散歩を嫌がる犬の様にズルズルと引きずられながら勝負の席へと運ばれた。
そこには全ての黒幕である王女様と、未だに状況を把握しきれていない仮面の男。推定ディオン氏が居る。一体何が始まるのだと警戒をするディオン氏と目が合い、俺は引き攣った笑みを返す。お互い大変ですね。
「お、おい。僕を巻き込んで何を始めるつもりだ」
男は当然に抗議をするのだけど、王女はそれを今から説明するからと片手で雑に払う。そして拡声器を持つもう一方の手を口元に運んだ。
「皆様。御覧の通り、卓には遊戯札がご用意してありますわ。勝ち残った方にはささやかながら賞品も用意していますので、是非ご参加くださいな」
目玉は最新の照明魔道具だよと紹介されて大人も子供も勝負への意欲を見せる。
乗り気な客を見て、よしよしと満足気に頷く王女は一応とカードゲームのルールを説明した。
「ランデレシアではクリークと呼ばれている遊戯なのですが、ご存じでしょうか。規則はとても簡単で、お互いに手札を一枚づつ場に出し合います。数字の大きい方が勝ちで、それを繰り返し最終的に勝ち数の多い方が勝者となりますわ」
俺はほうほうと頷きながらゲームのルール把握に努める。トランプで言うと戦争というゲームに近いだろうか。あれは手札を見ずに遊ぶが、こちらは互いに1~13までの札を手に持ち競うそうだ。
面白いなと思ったのが、奇遇にも数字が13までという所か。こちらでは10の先にフェヌア、マーレ、デングスの三柱教が加えられ、このゲームには使わないがジョーカー代わりに魔王があるそうだ。まぁこっちのトランプの話題よりも今はゲームだ。
ルールはかなり単純で、手持ちの1~13までのカードから一枚づつ出し合い大小を競うだけらしい。勝てばカードを総取り、自分と相手の出した分が得点として手に入る。
全26枚で戦うならば半数以上の14枚を先に集めれば勝ちだ。一度の勝負で2枚が動くならば、先に7勝をするゲームとも言える。1は13にだけ勝つ事が出来て、同じ数字を出した場合は、札を場に出したまま続行。次に勝ったほうが4枚を取れるらしい。
「ふぅん」
投影機で壁に映したスクリーンでデモプレイをする王女とイグニス。割とあっさりイグニスが勝つのだけど、俺は見ながらに上手い選択だなと思う。少なくともこの舞踏会ではピッタリの余興なのだ。
個人で強さに差が出過ぎず、そして運の要素を交えながら、しっかりと駆け引きの余地もある。これならば子供と大人でも交えて楽しむ事が出来るだろう。
「クリークか。こちらでもよくやる遊びだ。だが、僕だけ分けるという事は他意があるのだろう」
「まぁまぁ。そう気張らずに余興を楽しんで下さいな。この特別席では面白い物を賭けようと思ってますの。きっと貴方も気に入るわ」
不貞腐れながら席に座るディオンの前に王女はジャラリと何か置いた。金色のタグ。紋の入っている所を見るに何処かの名刺だろう。俺もシャルラさんからラルキルドの紋章を預かっているが、最上級の信用の証とされている。
「こ、これは。ウェントゥス領の大商会達の。いや、それだけでは無いな。知らない紋章もあるようだ」
「ええ。王都とエルツィオーネ領の大商会を選りすぐったわ。紹介状の一筆でもあれば、どこの商会も直ぐに大口の取引を引き受けるでしょう」
より一層疑惑の目を強める男に、王女はクツクツと笑いながらこの舞踏会の目的を知らなかったのだなと嘲る。
「先に宣言した様に、ここに集まる貴族達は特異点が破壊された後の状況を見越して動いているのよ。草原の民の代表、ディオン・ラーテリア。彼の掲げる政策は実に状況を弁えたものよねぇ」
草原の民の言い分は、最初からこうだ。
特異点が破壊されれば、止まない雨が止めば、徐々に失われた陸地が取り戻されるだろう。ならばこそ、草原の民が主導になり国を導くべきである。
だが、足りない物がある。いや、何もかもが足りないのである。
陸地が増えようと、そこは濡れた地だ。使えるまでに何年掛かる。新たな街、新たな道
、新たな畑。土地の開発には人が要り、人には物資が要り、物資には金が要る。
「我々はそこに一早く金山を見出している。貴方も一枚噛む気はなぁい?」
俺はうわぁと王女の手腕に引いていた。そう、王女は結構早い段階からその状況に注目し、ゴールドラッシュになるとすら予見した。
恐るべきはそのやり口。消費物を売りつける事を目的としていたのに、彼女はさもお前にはこれが必要なのだろうとばかりに餌としてぶら下げて、欲しければリターンを寄越せと脅す側に回ったのだ。
ディオン氏としても状況は分かっているはずだ。物資が不足するのを見据え供給してやるという話なのである。他国の大商会の伝手とあれば、今後を考えるに凄く欲しいはずであった。少なくとも、真っ当に雨を止める気があるならば。
「面白い余興だ。是非とも参加させて貰い所だが、そちらの見返りはなんだい?」
「うふふ。そう来なくてはね。エルフの商業特区、あれ面白いわよね。将来の話なのだけど、土地に余裕が出来ればランデレシアとシュバールの国境に同じ形式の町をどうかしら」
そう来たか。ディオン氏も同じ様に思ったか、静かに息を呑むのが分かる。
商業特区とは、勇者一行がタルグルント湖への道中に寄った町だ。大森林に住処を持つエルフが人間達と交易する為に作られた貿易拠点だった。
そんな町が出来れば互いに経済は大きく動くだろう。すると金板こそが、その町に店を呼び込む為の鍵となり得るのだ。この話は特異点を破壊する事が前提の条件だが、この男が草原の民の代表として政権を握ったならば、企業誘致としては魅力的ではないか。
「良いのかい。それは草原の民への肩入れになるのではないかな?」
「まさか。特異点の破壊は両陣営の望む事。そして利益はどちらにもある。ならば中立だわ」
ここに居る人を見ろと、王女は両手を広げてみせた。さながらに世界を手中に収めようとする悪役が如く。
止めとばかりに黒づくめの女は悪魔の様な甘言を口に出す。町の建設に乗るならば前金で金貨1万枚を用意しようと。言わば先行投資だ。金や宝石の産出で国が潤うと確信するからこそ資金提供を投げかける。
どこまでもお膳立てされた状況に然しものディオン氏も肩を竦めた。そして「いいだろう。一枚噛ませて貰おうじゃないか」と、自らの家紋の入った金板を卓上に出す。
「で、どこまでを賭けるんだい。金板、町の建設、金貨1万枚、全てを賭けるのはお互い身に余るだろう」
「金貨よ。町の建設なんて政権を握らなければ確約は出来ないでしょう。それに金板を今渡すのも不公平だわ。だから出資の約束だけ取り交わしましょう」
「面白い」
将来の約束手形。ディオン氏が勝負に勝ち政権争いにも勝ったうえで、町の建設事業に乗り出すならばその時は気前良く金を出そうと。現状にはどちらも損得が無いからこそ勝負は成立した。
「? 君は……」
さぁ勝負だと意気込んだディオン氏の出鼻を挫く様に、対面の席には俺が座らせられる。てっきり王女と試合をすると思っていたのだろう。仮面を被っていても、なんでお前なんだよと不服が目に見えた。
「残念だけど私は審判を務めさせて頂くわ。掛け金が大きいし、不正の無い様に捨て札はこちらで表示させて貰うわね」
本当に余興の一つとして扱うつもりなのだろう。机上が投影機で壁に映されているからに、勝負の状況は外野にも丸見えである。
「あ、えっと。この遊戯初めてなんですけど、宜しくお願いします」
席に座りペコリと頭を下げると、何を考えているのだと仮面の男はまた頭を抱えた。
だが俺は緊張そこそこに対面の男を哀れんだ。これは準備周到な、まるで蜘蛛の巣な罠であり。羽を広げた蝶が見事に嵌ってる。
王女は金貨を払うつもりなんてまず無い。状況が揃い過ぎているのだ。思えばイグニスが俺に黒い仮面を渡して来たのも反射で手札が見えない様にする為か。魔女共にすれば、舞踏会にディオンが紛れ込むのは承知の上で。金板をチラつかせて陸の発展を唆せば勝負の場に乗る事までお見通しだった。それだけだ。
「では早速始めましょうか。両者、札を前に」
合図を受け、俺とディオンは同時にカードを場に置いた。伏せて出されたカードを捲るのは審判である王女で。ディオンの札は1を除けば最弱な2であった。
読みは悪くない。先に7勝をすればいいのだから、俺は強いカードで先制点を奪に来ると予想したのだろう。なので負けてもいい2なのだ。
「おお!」と会場がどよめく。俺が出したのは3。ほぼほぼ最弱で、けれども彼の2よりは強い数。理想的な滑り出しに王女は満悦に俺の勝ちを宣言する。
(そりゃあ、負ける要素が無いものなぁ)
そう。机を挟もうと相手との距離は2メートルも無い。ならば俺から3メートル離れられるジグルベインは彼の後ろに立つ事も出来て。まぁ、なんだ。君の出すカード、全部丸見えなんだよ。
「アンタ、背中が煤けてるぜ」
誤字報告ありがとうございます。とても助かります。




