248 夜の始まり
カロン、と舞踏会の開始を告げる鐘の音が窓より入ってくる。5の鐘。18時を示すものであり、長い夜の始まりの時間だった。
シャンデリアの灯す優しい明りが照らし出すは、表情変えぬ無貌の人々。貴族の集いだけにドレスコードは当たり前で。けれど今日は紳士も淑女も子供まで、顔はおろか名前も捨てる。
仮面舞踏会。またの名をモア祭。かつてこの国で人知れず魔王を討った英雄が居た。顔も名前も知らぬ誰かの偉業を称えよう、立場を捨て一人の人間として献身を見習おう。それがこの祭りの意義だとか。
ああ、魔王を倒した英雄の祭りなんて勇者一行が開くにはピッタリの催しだ。それも参加者達は政権争いで国が二分する中でも区別なく駆け付けてくれたとか。まさに仮面マジック。素顔を覆い名を隠す事で呉越同舟の闇鍋夜会が成立していた。
「で、イグニスは本当のところ何考えてるの?」
「し~。どうやら始まるようだよ」
真意を覗こうとすれば、魔女は口元に人差し指を立てて俺の言葉を塞ぐ。すると舞台の奥で天井からパァと一筋の灯りが降り注いだ。
新型の照明魔道具だ。ラウトゥーラの森底で採取されたという光の魔石は従来の物より大きいらしく、その分光度を高める事が出来る。明るさは蝋燭の灯りとは比べるまでも無く、スポットライトの様な強い光に周囲は驚きの声を上げた。
「皆さん、こんばんわ。本日は季節外れのモア祭にお付き合い頂きありがとうございます。本来ならば身分を明かす所なのですが、この様な日に名乗るのも無粋でしょうね。私の事はただの素敵な淑女と思って頂ければ」
光の中には黒いベールで顔を隠した女が立っている。手に持つ小さな箱は拡声器の魔道具で、まるで小型スピーカーの様に柔らかくしっとりとした声色を部屋中に運んだ。
中身は言わずと知れたランデレシア王国の姫君、レオーネ・シュフェレアン。というか正体隠す気あるのかと言いたくなる物言いだった。あるいは身を晒す事こそ信頼の証か、王女は同じ舞台より語り掛ける。
「既にご存知でしょうが、この会場には勢力を問わずあらゆる人をお招きしております。その上で宣言をしましょう。此度の政権争いにおいて、勇者派は中立の立場を貫かせて頂きますわ」
それこそはナハル王子の望みだから。けれど、と言葉を一旦溜めて。少しばかり大きな声で、中立だからこそ出来る事もあるだろうと明言した。どちらが勝とうと変わらぬ付き合いを約束しようと。
会場には小さく拍手が響き渡る。隣国として干渉しない。取引先として贔屓もしない。なるほど、これは蝙蝠ではなく中立である。
「しかしながら。実のところ、私達を含めシュバール国は一つの大目標に沿って動いております。それこそは特異点の破壊。魔王の爪痕を消し去り、止まない雨を止める。川と草原の政権争いは、言わばその先の物語」
そうでしょうと、黒いベールの奥から王女は会場を静かに見渡した。
うん、そうだ。言われてみればそうなのだ。草原の民は雨が止めば陸地が増えるのだから主導権を寄越せと主張しているわけであるし。川の民も王様と王子の説得により大半は納得しているとの事だ。
ならば。ならば、勇者一行は一体何と戦っていたのだと。頭に過った疑問に答える様に、王女はまさにそこを糾弾する。
「その中で勇者を襲撃する不届き者。言わば、反勇者派はその大目標を唯一否定する勢力であり、国の裏切り者であると思うのですよ」
一瞬ザワリと空気が揺らぐものの、そうだそうだと同意を示す声が上がる。何せ王女の語った様に現状のゴールは特異点の破壊なのだ。それは王もが認め、新王の初仕事として行われる大任だ。
俺は皆の反応よりも異常が無いかを確認する為に周囲を見渡す。先の舞踏会ではこの話題が出た時に魔法でテロが起こされたのだ。今度はどうだと一人手に汗を握る。
(……大丈夫だな)
「大丈夫さ。動けるわけがない」
「……そうみたいだね」
イグニスの声で俺は緊張を解く。二人のテロ対策の効き目は抜群だったという事だろう。
仮面で顔を隠す中で無差別攻撃は出来ず、何よりアルスさんが視線で制している。これでは魔法はおろか殺気でも放てば、たちまちに組み伏せられる事だろう。
「中立と申しましたが、勇者派にとって反勇者は明確な敵。彼らだけは許せない。いえ、むしろ公正なる政権争いを行う為に許してはいけないのではないかと考えます」
上手いものだ。裏切り者が居ると仮想敵を作り矛先をそちらに向けさせた。いや、実のところ明確に敵なのだろう。貴族として家名を背負う人間ならば、俺でも分かるちゃちな誘導には乗るまい。
あえて乗るのであれば、そこに明確なメリットがあるから。先に王女が言った様に、この人達は特異点の破壊を前提として利益の確保に動いていると見て良いはずだ。
「イグニス。ここまで煽るって事は、もう犯人は絞り込めているの?」
赤髪の少女にグイと顔を近づけて小さな声で耳打ちをする。どこかでバキバキと、まるで床でも踏み砕いた様な音が聞こえたのだけど、気のせいだろうか。
「そうだね。早い段階で予想は付いてた。けれど確信に変わったのはアルス様が来てからかな」
王女が反勇者派を糾弾するなか、イグニスが補足する様に教えてくれた。
まずは特異点を壊さない事になんのメリットがあるのか。それは軍事的な視点からではないかと。
シュバール国の地形は水没した過去もあり複雑怪奇だ。谷という谷に水が流れ、陸を遮り、移動をするには橋を経由しなければならない。
当然に地形や橋の在りかを把握する草原の民。水があれば大量の物資を素早く輸送する川の民。合わされば敵を寄せ付けぬ鉄壁の守りになる。それは過去の実績で証明済みらしい。
「けどそれは……」
「まぁまぁ。ここで感情を挟むのは良くない。今は事実だけを見つめるべきだ」
タルグルント湖で勇者一行を襲った仕掛けは大掛かりで急造の物とは思えなかった。そしてあそこは、精霊への祈願の為に王が通るルートでもある。
ならば2度目の襲撃。アゴラさんの舞踏会の時は、タルグルント湖での襲撃そのものの事実を消し去りたかったのではないか。ずばり、王の暗殺計画を揉み消す為に。
穏やかでは無い魔女の言葉に俺は声を失いながら顎を擦る。最初の罠は実は王を狙う為に仕掛けられていた。それを転用した事がバレない為に、俺たちに二度目の襲撃をかける。あたかも目的は勇者一行であるように。
有効だ。実際に俺は、というよりほとんどの人は、連続襲撃の方にしか目を向けていなかったと思う。同時に、そこまでするのかと疑問が浮かぶ。王を狙うのは大罪だ。それこそ先に深淵の事件の様に血の根絶やしという罰を与えられるくらいに。
いやいや。考えるのだ俺。イグニスが結論を出した。そして王女がまでが動いている。ならばもうピースは出揃っているのである。
「!! そう、いう」
床に落としていた視線をバッと跳ね上げて目は会場に居る人々を追う。幾ら素顔が仮面に隠されていようと、この世界は髪と目の色の組み合わせで結構な判別が出来て。居た。
「気付いたかい、たぶん正解だよ」
王の暗殺用の罠を何故勇者に流用したか。それはもう必要が無くなったからだ。思い出せ、俺たちがタルグルント湖から帰還したときラメールの町にあった異変。川の民の王宮立て籠もり。あれは草原の民を率いるディオン・ラーテリアが政権を奪いに出た事が発端ではないか。
そして勇者一行を消してまで軍事的優位を守りたい理由にも心当たりはある。【軍勢】の魔王の配下、【三大天】。そいつと、既に接触して何かしらの情報を掴んでいたならばどうだ。
思えば、鬼はランデレシアのサマタイからエルフの住む大森林を往復している。当時ランデレシアはゴブリンハザードや深淵の事件で手一杯だったが、シュバール国はどうだろう。
アゴラさんはエルフが情報を持っていると言ったが、俺たちの様に陸地を移動したならば、大森林に辿り着く前に結構な距離の草原を移動しているはずだった。ましてこの国は橋だらけ。道が限られる中で情報がエルフのみというのは少しおかしい。
つまり、なんだ。
勇者一行が来る前に、この国は【軍勢】の情報を把握していて。恐らく極秘だろうが、国王もそれは知る所で。実はもっと早くに特異点の扱いを話し合ったのではないか。
そして国防の為に残すべきという反勇者派の意見と、それでも破壊しようという国王の意見で割れた。だからこそ、この政権争いに発展してしまったと。
しかしディオン・ラーテリアは言った。私は勇者襲撃事件に一切関与していないと。勇者の心眼の前ならばそれは確かに嘘では無いのだろう。だが、‘私は’。言葉の裏を返せば、アイツ以外はどうなのだろう。
「イグニス、アイツもしかして」
「うん。傀儡、とでも言おうか。もしかしたら本人は誠実に政権争いしているのかも知れないけどね」
魔女とそんな会話をしている時に、ちょうど彼から「ふざけるな!」と怒鳴り声が上がった。王女が反勇者派を責める中、遠回しに家を侮辱されたと感じたのではないか。
「あら、ごめんあそばせ。どなたか心当たりがあったようね。不快にさせる気は無くってよ。けれどそうね。折角の舞踏会。子供も居るのに政治の話ばかりは退屈かしら。ここら辺で少し余興でもと思うのだけど」
おっと出番のようだねと言ったイグニスは、さぁ行くよとグイグイと腕を引っ張ってくる。俺はその場で踏ん張り、いやよいやよと首を振った。この流れで誰と戦わさせられるかなんて火を見るより明らかだもの。
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