244 自分へのご褒美
フェヌア教の道場。違った。教会には見知った顔のお姉さんが居た。同じ勇者一行の仲間であるカノンさんだ。何をしてるのかと聞かれ、お爺ちゃんの荷物を持ってあげたのだと説明すると、それは良い事したわねとお礼の言葉と共に荷物を受け取ってくれる。
「あ、凄く重いんで気を付けてください」
「はいはいって、あらやだ本当に重いわねコレ」
俺が闘気を纏いギリギリに持ち上げた物を、軽々とは言わないがカノンさんは受け止めてしまった。もしや自分が非力なのかと悲観するが、代わりますと駆け付けたフェヌア教のお兄さん達は4人掛りで必死に運んでいたのでカノンさんの腕力がおかしいだけなのだろう。
「だらしないわね。司祭もツカサも一人で運んできたって言うのに」
貴女が逞しいのだ。俺はその言葉を飲み込んで、果たして風呂敷の中身は何だったのかと興味を注ぐ。どうやら司祭であるお爺ちゃんは教会内に運び込まれたソレの包みをいそいそと解き始めた。
じゃじゃんと登場したのはただの鉄塊だった。ふざけるなよ糞爺。額に青筋が浮かぶのが自覚出来る。中身を知っていたら絶対に手助けしようなんて思わなかったわ。
(いや、お前さんはなんだかんだ助けたと思うぞ)
「ほっほっほ。これはただの鉄じゃ無いのですよ。ドワーフが丹精込めて鍛えた鋼鉄です」
凄いだろうと自慢気に言われるが、だからなんだと思う。しかし一緒に見ていたカノンさんは何やら神妙な顔つきになっていた。そして司祭は好々爺の様な優し気な声で「カノン・ハルサルヒ助祭」と僧侶の役職を呼ぶ。
「はい。司祭様」
「弛まぬ努力を尽くす貴女に道を示しましょう。コレを拳で打ち砕いた時、司祭に授けられる秘技の一つを伝授します」
「なんでわざわざ拳で打ち砕く必要が?」
(それがフェヌアじゃから……)
そういう所が脳筋だと思うよフェヌア教。この世界の宗教は敬虔な信者であるほどに神の力を取り込む事が出来る。お分かりだろうか。
健全な肉体に健全な魂が宿る。ならば善良な魂は鍛えられた肉体に宿るんじゃない?なんてふざけた教義を掲げるこの宗教は、偉い人になるほどに脳みその皺を筋肉で作るのだ。
「私がずっと頼み込んでいたのよ。フェヌア教は強くなる為に鍛えている訳じゃないのだけど、今はそうも言っていられないものね」
青髪ポニテのお姉さんは首をコキコキと鳴らしながら鉄塊の前に立った。
司祭含め、教徒の皆はまあ無理だろうな試練に挑む者に慈愛の眼差しを向ける。たぶん、目標が出来て良かったねくらいの、明日から頑張ろうぜという励ましの目だ。
けれど、と俺は思う。
普段は回復要員として後衛に控える彼女は、その実、近接戦闘だけならば勇者にさえも打ち勝つ猛者である。他の助祭とやらの実力は知らないが、巨大な人面樹を殴り壊したその拳で鉄塊くらいが打ち砕け無いものかなと。
「うらぁあ!!」
気合と共に緑の魔力を纏った拳が振り落とされる。その衝撃は地震の様に建物を激しく揺らし、石畳の床に大きな亀裂を走らせた。巻きあがる土埃を鬱陶しそうに手で仰ぐ僧侶は言う。明日から宜しく頼むと。足元にはすっかりUの字に変形したドワーフ自慢の鋼の姿があった。
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せっかく来たのだしお茶でも飲んでいけと教会に引き摺り込まれた俺は、これ頂き物ですがと果物屋さんにオマケで付けて貰った果物を手土産にする。小さい子供達からありがとうお兄ちゃんと感謝されれば、部屋で持て余すよりはずっと良かったと思えた。
「珍しくツカサと二人きりだから聞いちゃうけどさ、この前フィーネを連れ出してくれた時、あの子何か言ってた?」
「えっと……」
客間で机を挟むカノンさんはプライベートな事を隠れて暴き出す罪悪感か、快活さを控え若干に萎れた声で話しかけてくる。俺はどうしたものかと暫し茶を飲み間を繋ぐ。内容が内容なのだ。フィーネちゃんとしては恐らく誰にも。俺にだって聞かせたく無かった弱音に違いない。
「あーごめん。そりゃ言いたく無いよね。うん。なんとなくツカサがちゃんと受け止めてくれたって事は分かったわ」
「いえ。俺はただ話を聞くだけしか出来なかったので」
薄々に僧侶は察していたようで、フィーネは勇者の名前が重荷なのだろうと答えをズバリと当ててきた。気配り上手なこの人ならば正直驚きは少ない。けれどこうも確信を持つならば、何か事情があったのではと勘繰って。
「もしかして、歴史を調べてて何かありました?」
今日こそエルフの元を訪れている勇者だが、それ以前はずっとカノンさんと教会で歴史の勉強をしていたはずだ。その情報の中に勇者の心を曇らせる何かがあった考えるのは自然な事だろう。
「そうね。ツカサは知っているかしら英雄モアって。私とフィーネはここで初めて知ったのだけど」
(モア。モア。おお、魔王殺しか)
英雄モア。草原に掛かる大きな虹を見つけた時に魔女に教えて貰った名前であった。
確かジグルベインの死後に領地を狙い侵略してきた魔王を退治した人物である。その戦いでこの国には魔王の爪痕が残り、止まない雨により掛かる万年虹は、魔王の恐怖と同時に魔王を倒した英雄の証でもあると聞いたか。
「あー、そうか」
つまり勇者で無くとも実力さえあれば魔王は倒せる。そういう事なのである。
勿論勇者には無限の魔力デウスエクスマキナという武器があるし、特異点を壊せるという唯一無二に近い役割もあるが。
「【黒妖】は衝撃的でしたからね。今の私達じゃあ魔王どころか、幹部級にも敵わないって心底分からされた」
俺は静かに頷いた。フィーネちゃんの味わった無力感を理解したから。
そうだね。勇者じゃなくても魔王を倒した前例がある。ならば自分より強い人なんて幾らでも居るではないかと。勇者とはなんだ。なんで自分が勇者なのだと心が揺らぐのはしょうがない。彼女は俺と同い年の、まだ15歳の少女なのだから。
「私はあの子を支えたいわ。それが傍に居る事を許された勇者一行の役目よね」
教義を捻じ曲げ強さを求めた僧侶が言った。そうですねと心からの同意をする。
例え最強で無かろうと弱音を吐こうと、俺たちはフィーネちゃんという一人の人間が大好きで。彼女がまだまだと踏ん張るならば、誰しもが力に成ってあげたいと願っているのであった。
◆
「よう」
「おう」
そんなこんなで僧侶と共に大使館に帰った俺は、入り口でばったりとヴァンとティアの二人組に出会わした。今はなにやら王女様と魔女のお使いで右往左往しているらしいこの二人。しゃんとした正装をしているのに、心労ゆえか服にまで皺が寄っている様に思えた。
「おい、ツカサ。なんか港に勇者一行を名乗る冒険者が居たって噂を聞いたんだがよ、まさかテメェじゃねえよな」
「うーん、俺だね!」
(カカカ! お前さんしかおらんわなぁ!)
「やっぱり本人なのね。そんな訳無いよねって笑い話だったのに私達固まっちゃったわよ」
まぁ本物の勇者一行が肉体労働してるとは思わないよね。あんまりバカな事してるなよと注意をされて、じゃあなと別れそうになった所を慌てて呼び止めた。そう言えばお土産があったのだ。
「これ、可愛いかったから買って来たんだけどさ。いらない?」
カノンさんもどうですかと、今でいう動物のストラップをじゃらりと見せる。
ヴァンはこんなものいらねーよとぞんざいに摘まみあげるが、キャーと黄色い声を上げてティアは食いついてきた。
「可愛いー。え、貰っていいの!? ありがとうねツーくん!」
「で、ヴァンはいらねぇって?」
「……いる」
どれも可愛いと迷っていた雪女は悩みに悩み、予想の通りに猫ちゃんを選んだようだ。
何処で買ったのだと詰め寄られるが、よもや後日コンプリートしている可能性もあるのではないか。
輸入品らしいよと答えるのだけど、もしかしてこのストラップの様な文化は無かったのだろうか。ふと自分の駝鳥ちゃんを見つめる。若干にデフォルメされた可愛らしいキャラクターデザイン。紐飾りというストラップに近い形状。そしてスク水の持ち主は女子高生。まさかなと思うも、答えは誰も知らなかった。
「んふふ~」
自室に戻り黒剣をクルクルと回す。こちらは今日1日頑張った自分へのご褒美である。
三つ買って来た謎の果物だが、一つは勇者一行の夕食のデザートにでもと料理人に頼んだ。もう一つは使用人の皆さんでどうぞと渡した。残る一つは、俺とジグルベインで楽しもうと思う。
見かけは色も形も亀の甲羅の様で、同様に皮も強度があるのか指で叩くとコツコツと硬い音がする。どう食べればいいのか検討もつかないので、まずはと縦に両断してみる事にした。
(ほう、なかなか美味そうな!)
そいやと刃を振るえば、パカリと両断される。こんな外見だが果実だと言われていた通り、中には白くツルンとした身がパンパンに詰まっていて。
「うっぐ! こ、これは!」
(なんじゃ?)
霊体のジグルベインには伝わらないだろう。しかし俺の鼻には割った瞬間から異臭が届く。臭い。臭すぎる。まるで真夏に放置した生ゴミの様な、煮詰めたドブ川の様な、到底に食欲を誘わない腐った様な臭いであった。
「おえー、くっさー!!」
大慌てで窓を全開に開けて換気した。船で運んだものなので、よもや腐ってはいないかと実を確認するのだけど、今まさに食べ頃とばかりに瑞々しい輝きを放っていて。
「これ、ドリアン系か……」
聞いた事がある。果物の王様と名高く、同時に凄く臭いという地球の果物の事を。
恐らくはこれも似たようなものなのだろう。外皮から匂いはむしろ甘ったるい香りを感じたのでこんな異臭は想像だにしなかったよ。
俺は勿体ないのでクサイクサイと言いながらも、皮から実をくりだし皿に取り分けた。
しかし香りは実から出るのか、匂いが減るどころか強くなる。刺激臭ではないはずなのに涙が出てしまいそうだ。
生ゴミを強くした匂いに完全に食欲は消え失せ、ジグが食べたいと言うのでバトンタッチをする。開口一番はやはりクッサだった。それでも恐れしらずの魔王は一切れをヒョイと摘み上げてパクリと口にする。
(!!)
「ほう、美味いではないか。くっさいがの! カカカ! くっさ!」
なんという糖度だろう。それはもう濃厚で、チョコレートでも口にした様な強い甘みが口に広がる。食感も凄く滑らかだ。もはやどうやって原型を留めていたのか不思議になるカスタードクリームのような口当たりだった。
美味しい。不味いか美味いかでいえば、間違いなく美味しい。
けれど、口の中には同時に臭いも広がり、これがまた舌に残るものだからいつまで経っても臭いが取れないのである。
「あ、なんか儂慣れてきた」
(はえーよ。俺まだ臭いよ)
俺の分はジグルベインが酒のつまみに滅ぼしてくれたのだけど、その間キッチンは大惨事になってなければいいなと無責任に考えていた。
そろそろ話が動き出す、はず!




