242 港の仕事
水牛の引く荷車に詰められ出荷された俺は、さてどこに連れて行かれるのやらと頬杖をつき景色を眺めていた。少しばかりガタガタと揺られていると、やがて町門にたどり着く。町の外で仕事をする事は別に珍しくも無いけれど、この時ばかりは妙に嫌な予感が頭を過った。
南門は俺とイグニスがこの町に入る時に利用した場所だ。つまり海側で港などがある。いや、港しか無い場所なのである。そんな所で一体何の仕事が待っているのかと考えた時、マグロ漁船や蟹漁船という答えにぶち当たるのは当然ではないか。
「助けてー! 船にだけは乗りたくなーい! この人攫いー!」
「うるせー! 船になんか乗せねえよ、人聞きの悪い!」
(カカカのカ。その疑惑は致し方なし)
カシラに黙って乗ってろと怒られるのだけど、この人達は俺をどの様に連れて来たか覚えていないのだろうか。嫌がるいたいけな少年を大人数で担ぎ上げて荷台にぶん投げやがったんだぞ。その勢いで船にと想像しても俺は悪くないと思うのだ。
「ったく。こっちだこっち」
そうして案内された仕事は造船所であった。中の景色を見ながらジグと共におおーと声が漏れてしまう。初めて踏み入れる工場の様子に心躍る俺は、仕事である事も忘れついつい視線を動かした。
まずなんと言っても圧倒されるのは土地の広さだ。この場所で船を造るだけあり、30メートル以上はあろう大型の帆船が丸々余裕で入ってしまう程の大きさがある。
そして船の両脇には高い櫓が組まれていてロープが幾つも垂れ下がっている。クレーンだ。流石に油圧じゃあるまいが、大きな滑車がギコギコ動き丸太を持ち上げていた。
何より面白いのは場所だった。水を堰き止め、水面より低い位置に船が横たわって居るのだ。横になる船というのも中々に珍しい光景だが、こっちは意図が明白である。船底の掃除をしているらしい。
俺と同じ冒険者と思われる男達がデッキブラシを使いゴシゴシと貝やら海藻がへばりつく船底をこすっていた。どうやら銅板が張られているらしく、少しづつ綺麗になっていく様子は心も洗われる。俺もあれをやらされるのだろうか。
「なんであんな低い場所で作業してるんですか?」
「水を抜きながら少しずつ傾けたからだ。んで、起こす時はまた水を入れる。そうすりゃそのまま出庫出来るって寸法よ」
なるほど。水の浮力をジャッキ代わりに使っているのか。頭良いなと感心しながらフムフムと頷いていると、お前はこっちだと一人だけ奥に連れていかれる。
俺に割り振られた仕事はクレーンの操作であった。そう言うとなんか格好良く聞こえるけど、言ってしまえばコレは滑車が付いただけの巨大な釣り竿だ。人間よりも大きなリールをハンドルで手回しするのである。
「さっ、期待しているぜ魔力使いのお兄ちゃん」
「や、やってやろうじゃないの!」
俺はハンドルをひたすらにクルクルと回した。なまじ身体強化が使えるばかりに、やたらと大きな物や重量物がこちらに集められてくる。実のところある程度の物なら手で担いだ方が早いなとも思ったのだけど、悲惨な未来しか見えないので口にはしない。
職場に人間は大量に居て、中にはドワーフやエルフもチラホラと見えた。職人は鋸やカンナを使い材料を加工する。ギコギコ、シャッシャ、トンテンカンと、工具の奏でる音をBGMに一心不乱に手を動かす様はなんとも格好の良いものだなと憧れてしまう。
これぞ職人。手に職を持つという事なのだろうが、俺たち冒険者の搬入組は悲惨なものである。木材や鉄材などの重量物をそれはもう必死で持ち上げ運ぶのだ。クレーンの種類には足踏み式。車輪の中に入ってハムスターの様にカラカラ回す物までもあり、どこか世紀末じみた光景が広がっていた。
どれだけ回したか。手応え的にはもうクジラだって釣り上げたくらいにはクレーンを上げたり下げたりしたね。
「おお、すげえ。本当に十人力だな。もうずっと居て欲しいぜ。仕事を覚えればお前は最高の動力に成れる!」
「ぜぇ……はぁ。せ、せめて人間扱いをして!」
(人力、すなわち人間動力であるな。カカカ)
◆
「よーし、3の鐘だ。お前ら飯にすっぞー!」
「「「おー」」」
ここではお昼をサービスしてくれるらしく、目の前の海で取れた魚貝類たっぷりの鍋が振舞われた。売り物にならないような小さな物を漁師が差し入れしてくれるのだとか。
頑張ったから沢山食べろと器にたっぷり容れられた漁師飯の味は空腹もあってか溜息が出る程に美味しい。貝や海老も放り込まれたスープは出汁が良く出ていて、米を手に入れたばかりだからか締めのご飯が欲しくなる。
「どうでもいいですけど、これは新しい船を作ってる訳じゃないんですよね?」
「作ってるように見えるかよ。補修だ補修」
「ナハル殿下が帰ってきたからさ、次に出港する前に完璧に仕上げるのさ」
「何せ船団だからな。暫くの間は補修だけで手一杯よ。じゃないとこんな人数の冒険者をかき集めたりしないって」
頑固なイメージがある職人だが飯時だからか話かければ砕けた態度で接してくれた。
俺はははぁと相槌を打ちながら、そういう理由かと納得をする。確かに王子が帰って来たという事は、船は長い航海を終えて来たという事だ。次の航海までにメンテをするのは当たり前と言えるだろう。俺はなんとも間が悪かったのである。
「そういえばよ。若頭と言えば、いよいよ王位を継承するかもって話を会長から聞いたぜ」
「ああ、聞いた聞いた。でも草原の若が継ぐかもって話もあるらしいぜ」
王子が会ったのは昨日の今日だと言うのにもうこんな所まで話は広がっているようであった。まぁ造船なんて国の事業だろうし上には貴族が居るのだろうが、情報規制はいよいよ外された感じだろうか。
「全部本当だ。今後は若も気軽に顔を出してくれないと思うと寂しくなるなぁ」
俺を浚ってきたカシラが組員の雑談を肯定するのだけど、セリフに猛烈な違和感を覚えて俺は思わず突っ込んだ。
「え、なんか今の言い方だと王子が気軽に来るような感じじゃないですか」
「おう、来るぞ。なあお前ら」
「来る来る。あの人なんならここで俺達と飯食ってくよー」
「国外の話とか尻の話を聞くのがまた面白んだこれが!」
別人の話かと思ったがどうやら尻王子本人で間違いはなさそうだった。一体何をやってるんだあの人はと苦笑いが浮かぶが、カシラは誇らしそうに「あの人は船乗りだからな」と自慢をする。
「ただ乗ってるだけじゃねえんだ。ちゃんと船を知り、川を海を知るお人なのさ。あれこそ川の民の大将に相応しい男よ」
この世界には魔法がある。だから長い航海だろうと水には困らないし冷凍で食料の保存も効く。それだけならば地球の大航海時代より随分と難易度が下がる事だろう。
しかしそれを覆して有り余る魔獣の存在。間引きの出来ない海では大型、超大型がザラに居て、また特異点の様な変な気候や現象を含めれば、船出の難易度は一気に跳ね上がって。
それがどうだ。一国の王子が率先して海に出て船頭を執る。こればかりはランデレシアでも、いやまともな国ならば真似の出来ない事だった。
けれども効果は抜群だ。なんと言っても王子が海を越え直々に大使として活動をするのである。国の名を背負っているから信用度が違うし、大きな契約もその場で取り付ける事が出来る。事実、ナハル王子が外交に出てから連盟国は増え取引もより大きなものになった国が多いと言う。
「……凄い人なんですね」
「おうよ」
こうして民から支持を集めていて国さえも富ますならば、王子の立場は安泰のようなものだろうか。面白い話が聞けたなと思っていると、若い職人からは落胆の声も聞こえてきた。
「でも、王様になっちゃったら流石にもう海には出ないっすよね」
「いっそ草原の若が国を仕切ったほうが若は海に専念出来るんじゃねーですか。ほらあの二人は幼馴染なんだし」
「うるせえ! 気持ちだけでも若を応援しねえでどうする。この馬鹿野郎共」
「「へーい」」
「…………」
やはり色々な意見があるのだなと感じ、同時にそれもそうかと思う。俺の様に無関係な訳ではなく自分の国の事だもんね。耳を澄ませながら王子の愛されっぷりを聞いていると、そろそろ昼休みは終わりだ、ちんたら食ってるんじゃねーとカシラが怒鳴った。
慌ててお椀の残りを口に掻き入れて、さあもうひと頑張りだと気合を入れる。
なんとこの日の給料は小金貨1枚も貰ってしまう。流石に10倍は出せないとの事だけど、相場の3倍以上の金額に俺は震え上がったね。
(お前さんちょろいのー)
「う、うるせー」
ツカサ、貴方なら成れるわ。真の人間動力に。




