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241 また来てしまった



「また、ここに来る事になるとは……」


 俺はその建物の前で立ち尽くしながらゴクリと唾を飲む。暫く来ることはあるまいと思っていたのだが、意外と早い再訪になってしまったようだ。


 確か最後に利用したのはベルレトル領のリーリャという町だったか。あの時も酷い目にあったけれど、お陰でドワーフのフォルジュさんと会う事は出来たんだよなぁ。そう。俺が今来ている場所は鳥さんのマークを掲げた派遣組織。その名も冒険者ギルドである。


(お主も好きよのぉ) 


「でも俺にはこのくらいしか出来ないし」


 最初に俺が冒険者ギルドで日雇いのバイトをして路銀を稼いでいた様に、転移者が働くならばまず此処だろう。


 壁で囲まれた様な町では市民権というのは割と大事な物で、それがなければ仕事探しすらままならない。冒険者ギルドというのは、そんな市民権も持たず放浪する住所不定の無職達に職を斡旋する場所なのである。


 だから、この世界に俺以外の日本人が存在している可能性が浮上した今、少しでも情報を集める為にと顔を出した訳だ。なぁに働きに来たんじゃないし気楽に行こう。自分にそう言い聞かせて、そいと扉を開く。


 頭上でカロンと軽快なベルの音が響く。ウェルカームと飛び出してくる兄貴の姿はまだ無い。しかし、草むらに潜みガゼルを狙うハイエナの視線がヒリヒリと肌に刺さった。これはあれか。服装から俺が冒険者かどうか見定めているのか。


「うう、狙われている」


 冒険者ギルドの中は複合施設だ。護衛も兼任しているハンターギルドや、募集した人材が集まるまでの時間を待機出来る食堂が設置されている。何処も変わらないのだなと見渡しながら、さてどう聞き込みをしようかと考えて。やはり受付のお姉さんに聞くのが早いだろうかと受付の列に並ぶ。


「いっらしゃいませー。本日はどの様なご用件でしょうかー?」


「あー。えーっと、少々お尋ねしたい事がありまして」


 今日もここでも受け付け嬢はニコニコの笑顔だった。金髪巨乳のお姉さんを前にして、どう質問するかと悩むのだけど、ストレートに俺の様な黒髪黒目の人を見て居ないかと尋ねてみる。


「いえ。結構特徴的な容姿なので、少なくとも私は担当してませんね。探し人ならば掲示板に張り出してみてはいかがでしょう。多少手間賃は頂きますが」


「掲示板。なるほど、そんな方法が」


 冒険者ギルドを利用するのは冒険者だけではない。人員募集を掛ける商人や工房の人達も当然訪れるのである。そんな人達に向けてこんな人を見かけませんでしたかと張り紙が出来る訳だ。


 結果の確認に足繁く通う事になりそうだけど、何もしないよりはましだろうとお願いをする事にした。


 内容は黒髪黒目で異国の言語を使う人間。連絡先にはランデレシアの大使館と書く。報奨金も出した方が良いのかと思ったが、そういうのはお金狙いが増えるからやめておけとの事だ。有力情報をくれた人にお礼をすればいいのだとか。


(これは、どうなのだ。見つかった方が良いのか悪いのか)


「どっちでもいいんだよ」


 紙代と掲示代を支払い終え、俺はペタリと張った張り紙にほくそ笑む。シュバールは貿易国家。その物流と情報の広さは、米やスク水で証明済みである。ならばそこで日本人の目撃情報を問う事こそ大事なのではないか。


 情報が無ければ無くていい。他に転移者が居ない証明だ。そして在るならば、会いに行く。それだけだった。


「それで、本日はどちらに行かれますか?」


 俺は受付のお姉さんの質問に「はい?」と振り向くと、俺が冒険者登録をしている事を知ったのだろう、マッチョ共がウチに来いよと筋肉を見せてアピールをしていた。


 行かねえよ。無職の時ならばいざ知らず、今の俺には勇者一行という立派な職があるのである。タルグルント湖への冒険の報酬だって勿論貰っていた。


「いえ、今日は働きに来たのでは無いので」


「私、勇者一行の身分でありながら庶民の仕事を手伝おうという気概に深く痛み入ります」


「あー。つまり、アイツ魔力使いだからお勧めだよと宣伝しちゃったと」


 お姉さんはニコニコの笑顔のままにフイと俺から視線を外す。これは見慣れた動作だ。これから人攫いの様な勧誘行為があろうと私は何も見ていませんよという責任放棄である。言わば審判が反則を見逃す行為に近い。


 予測通りに大量の筋肉達磨達が動きした。まるで試合開始の合図を聞いたアメフト選手の様に、肉が壁となり労働力を求め押し寄せる。フフッ甘いな。今日の俺には秘策があるんだよ。


 腰を足を肩を男達に掴まれながらも、俺も受付のカウンターにしがみつく。これは建物に固定式なのでちょっとやそっとでは動きはもしないやつだ。


「お姉さん……」


「は、はい!?」


 俺を売った罪悪感か、それとも俺に集る男達という酷い絵面か。若干に笑顔を鈍らせるお姉さんに俺は言った。文字読めるようになりましたと。


 冒険者ギルドには実績というシステムがある。言ってしまえば資格の様なもので、これを持っていると他の町でも技術や知識が認められる。そうすれば他の冒険者とは違う本格的な仕事が回して貰える事もあるのだ。


 そしてこの世界では文字の読み書きもまた立派な実績。読んだり書いたりのデスクワークが出来る様になるし、依頼帖から自分で選択する事だって出来た。


 俺は大きなカブの様に引っ張られながらも、さぁさぁ検定を初めて下さいよと迫る。

 すると受付嬢は、それではこれをお読みくださいと木の板にサラサラと文字を書いて見せてきた。


「!?」


(カカカ! そう来たか)


「おやーどうしましたー。まさか読めないのですか?」


 そこには「力は十倍、賃料そのまま。まぁなんてお得な優良物件。早い者勝ちだよ」と書いてあった。俺は遠い目をしながら文章を音読すると、後ろではそうかそうかと引っ張る圧が強くなる。


「では次。これは」


「どんな辛い作業でもめげません挫けません」


「素晴らしい。はい次」


「肉体労働大好き。今日も元気に良い汗流そう」


 そしてお姉さんは合格ですよとこちらの文字で「あ」と掘られた銅板を渡してくる。  やった実績ゲット。そうお思い、銅板に右手を伸ばし己の迂闊さを呪う。後ろから大人数に引っ張られる今、机から片手を放すなんて自殺行為以外の何物でも無かった。


 チャンスだと大きく引かれて俺は宙に浮く。両足も掴まれたのだ。グイグイと網引く漁師の様に男達に身体を引かれ、左手だけが微かな抵抗として机を掴む。


「ど、どうして」


 指を机にメキメキとめり込ませながら、俺はお姉さんに問うた。

 どうしてそこまで俺に嫌がらせをするのだと。すると金髪巨乳の姉ちゃんはニコニコの笑顔のままでこう言った。


「嫌がらせだなんてとんでもありません。私は冒険者ギルドの受付嬢。冒険者(むしょく)仕事(じごく)に案内するのがお仕事です」


 そうか。そういう事か。俺は心のどこかでお姉さんに罪は無いと思っていた。人を攫いこき使う筋肉野郎共が元凶なのだと信じていた。けれども今確信しよう。こいつ等共犯じゃねーか。


 正解だとばかりに、受付嬢の人差し指が俺の左手に伸びてきた。払うような乱暴な事はしない。手の甲を触れるか触れないかのフェザータッチという奴だ。その指先のなんていうテクニシャンである事か。触れられている感触は無いのに、背筋にゾゾゾと寒気が走った。


「や、やめ!」


 身体強化は身体を頑丈にする。それこそ鋼でぶっ叩かれても死なないくらいには。

 ならば感触は鈍くなるのかといえば、そんな事は無く。例えば、くすぐられたりしたら普通に笑うし力は抜ける。


 産毛を撫でられた俺はうふんと悶えながら一瞬だけ握力が無くなって。しまったと気づいた時には手を振るお姉さんとドンドン距離が開いて行った。


「これだけは言っとくけど、俺はもう無職じゃなーい!!」


(そこかー。お前さんが突っ込むのはそこかー)




もう冒険者ギルドから逃げられないねぇ

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