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240 珈琲の苦み



 魔女は俺が席に座ると作業していた机から離れて対面のソファにどっかり腰を落とした。来るとは思っていた。心を読む様にそう言い放ち、まぁお茶でも飲みなさいなと部屋に備え付けの魔道具で珈琲を淹れてくれる。


 湯気と共に煎られた芳ばしい匂いがふわりと広がるのだけど、室内では香も焚いている様で鼻には妙に甘ったるい匂いが混じる。イグニスのあまり見ない行動に何処か違和感を覚えて、散乱する部屋を見渡し気付いた。


「あれ、女中さんに部屋の掃除して貰ってないの?」


「いいじゃないかよ別に。洗濯物くらいは毎日出してるぞ」


 そう。俺の部屋は毎日メイドさんが掃除してくれているので汚れようが無いのだ。イグニスは王女と色々悪巧みをしていたせいか使用人には入室を禁止していたらしい。なかば引き篭もりの様な生活をしていたので慌てて片付けて苦し紛れに香を焚いた訳か。


「イグニスさぁ……」


 宿では部屋をそれなりに綺麗に使っているのだけど、この女は研究者気質というか一つの事に没頭すると他を犠牲にするタイプだ。そういえばルギニアの本宅も王都の別荘も物に溢れていたなと俺は遠い目をした。


 図星を付かれむっすりと唇を尖らせる赤髪の少女に、まぁそんな事はいいのだけどと本題を切り出す前振りをする。すると最初からそうしなさいと腕を組みながら続きを促してきて。


「シェンロウ聖国って場所は遠いの? 俺、そこに行きたいんだけど」


「流石に端を折り過ぎだろう。少しは説明をする努力をしなさい。ってまぁ理由は分かっているけどね。あのスクール水着という物の存在だね?」


 それしか無いので伝わるだろうと思ったが怒られた。イグニスはふーむと腕を組んだままに顎を擦り、幾つか確認するよと口をへの字に曲げる。俺と王子がスク水ではしゃぐ姿を遠巻きに冷めた目で見ていたイグニスだが、興味はあれど異世界に関わる話なのでその場では食いつかなかった様だ。


「一つ。アレは類似品では無く、君の世界から来たもので間違いないのかな」


「最初は似た物かとも思ったけど間違いない。日本語。俺の国の言葉で名前が書かれていたよ」 


(であるな。儂もクラスと組くらいは読めたぞ。えっへん)


「なるほど、それは決定的な証拠だね。では二つ。その事に関して心当たりは? 世界を渡ったのは1人だけ。いや2人か。とにかく事例が少な過ぎるから体験者としての意見を聞きたいね」


「それは……」


 無いから情報が欲しいのではないか。そう思いながらも、イグニスはゆっくりでいいから思い出してご覧と考える時間を投げて来た。俺はうんと頷きながらニチク茶を口に含む。


 口に広がるほろ苦さを感じながら、思考はそういえばあの日も珈琲を飲んでいたなと記憶を掘り起こす。


 いつも通りの朝だった。父さんが出社し空いたテーブルで食べる朝食。ブラックでいいと言っているのに毎度珈琲には砂糖が入っていて。飲んでいると、決まって母さんが今日は外に出れそうかと聞いてくる。そして俺はごめんないとまた部屋に籠るのだ。


 違いはあの日、俺は空を見上げた。


 閃光が走っていたのだ。今ならば分かるが、あれは間違いなく勇者の力だった。混沌の魔王と勇者ファルスの全力の衝突は次元の壁をも破壊し、光の刃は地球の空をも両断する勢いで駆け抜けた。


 そしてふわりふわりと俺の元に舞い散る黒い雪。最初は何かの燃えカスか何かだと思ったけど、それこそが俺がこの世界に飛ぶ原因となるジグルベインの魔力である。


 俺の掌で膨れが上がる魔力は視界を一瞬で黒に塗りつぶし、地球と異世界の中継とも言える亜空間を形成した。そこでジグの本体とも言える身体を発見したのだが、魔力が残滓故か亜空間は長続きせずに崩壊し、気付けば俺は廃城に一人立っていた。


 うーんと頭を捻る。スク水の入り込む余地が何処にあるだろうか。

 考え考え、弾き出した最悪の結論に頭の血はサッと引き、代わりに胃液が喉元まで込み上げてくる。


(ど、どうしたお前さん。何か心当たりでもあったのか!?)


「あった。あったんだよジグ」


 俺が別空間に飛ぶ瞬間は、つまり黒い魔力に包まれ飲み込まれた時である。

 それ以上の事を深く考えて来なかった訳だが、他人を巻き込んだ可能性があると考えるとどうだ。俺はジグルベインの魔力が何処まで広がったのかを知らなくて。


「そして、人を手当たり次第に飲み込んだなら、一番近くに居たのは母さんじゃないか」


(……なんと) 


 目を覆いたくなる事実だ。俺はジグが居たからこそ何とか生きて来られた。

 ジグルベインが話相手になってくれて、魔力も武器も貸してくれて、魔獣から守ってくれた。独りぼっちでこの世界に投げ出されていたらなんて考えるだけでも辛く険しいもので。


「イグニス、俺は一体どうしたらいいんだ!?」


 どうかその知恵を貸しておくれと涙ながらに縋れば、赤髪の少女は眉間に皺を寄せながらも落ち着きなさいと冷静な声で諭してきた。


「早とちりが過ぎるよツカサ。そんなに大勢が転移して来たならばもっと話題になるし私の耳にも届く。それに君は一つ肝心な事を見落としている」


 それは出口だよと言われて「あ」と少し冷静になる。

 今のは入り口が想像より大きかったらという仮定だが、なら出口はどうか。


 俺が現れたのはデルグラッド。ジグルベインとファルスの最終決戦の場であり、長く魔王の爪痕という濃い魔力が漂っていた場所だ。転移にはその場所の魔力が消費されたらしく、俺が知る廃城に特異点は存在しなかった。俺の異世界転移はかなり複雑な要素が混じりあい、それこそ魔王の気紛れで起きてしまった様な出来事なのだ。

 

「確かに出口が一緒なら。それに俺、城の周囲はかなり探索したから他の人が居れば絶対に気付いたと思う」


(おお、おお。ハラハラさせおる。とにかく母上が無事なら良かったわい)


 仮に見落とし町に出ていたとしても同じだろう。そこはイグニスパパのお膝元エルツィオーネ領だ。俺なんかは間が悪くパジャマ一枚で来てしまったが、現代人なら必ずと言って良いほど所持しているスマホなどは話題になっていると思う。


 けれど、すると思考は振り出しに戻る。果たしてスク水はどうしてこの世界に紛れ込んだのかという事だ。


「うん。その事を聞きたかったんだけどね。まぁいいさ。私の考えではやはり君が少なからず関係していると思っているよ」


 根拠としては転移の範囲が狭い事。世界が広いのに同じ国の出身なんて確率的にあり得ないよねと魔女は言う。漫画や小説のお約束とも言えるのだが、この場合はyesなのだろう。まず俺が日本人だから美咲さんも日本だと考えるべきだった。


「そして距離。魔王の爪痕は複数ある場合もあるけど、混沌の場合は勇者ファルスが追いかけていたからね。エルツィオーネ領に有ったのが最後だったはずだ。ならば何故シェンロウなんて遠い場所から手掛かりが見つかるのか」


「……それは?」


「そうだなぁ。別口というのが考え辛いならば、条件だ。そもそも一番最初に世界の壁を越えたのはジグな訳だろう」


 こんな仮説はどうかと魔女は足を組みながらピッと人差し指を立てて見せる。

 俺とジグはゴクリと唾を飲み込みながらイグニスの言葉を持ち。


「魂の類似性。ジグが君に引かれた様に、君がジグに引かれた。そう考えれば、美咲氏は君の転移を切っ掛けにシェンロウの誰ぞの元に転移したと考えられないだろうか。……自分で言ってなんだけどちょっと無理あるか」


「いや十分だよ。とりあえず母さんを巻き込んでないってだけで御の字だって」


(それな)


 そもそもにして、本当に人が来ているかも分からないのだ。名前で裏に人物を想像してしまったが、水着だけ紛れ込んでしまった可能性もあるわけで。結局の所、地道に情報を集めるしかない。現段階で俺に言える事は一つ。


「そこに日本人が居るなら会いたい。暮らしに馴染んでいるなら別にいいけど、日本に帰りたいと思っているなら一緒に帰る方法を探さないと」


 巻き込んだ可能性が少しでもあるならば、それが俺の果たすべく義務ではないか。

 だからシェンロウに向かいたい。付いてきてはくれないかと、イグニスの真っ赤な瞳を覗き込みながら聞く。


「ふふ。これでやっと話が戻ったね。そういう事情ならば勿論構わないとも。よし、ならばこのいざこざを、さっさと終わらせてしまわなければね」

 

 ツカサの頼みならばしょうがないなと、魔女はなんとも恩着せがましくニヘラと笑った。




感想貰えたら嬉しいでする。


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