239 それの名をスク水という
「おお。おお、これはあの伝説の――!!」
「ふっ。流石は俺の見込んだ男だ。この服の素晴らしさを一目で見抜くとはな。そうとも、この未知なる素材は最高に尻を強調するのさ!」
俺は尻王子を無視して手に収まる着衣の存在を観察していた。良く伸びるスベスベの手触りはナイロン生地か。この世界では明らかに再現不可能な技術だ。何よりも紺色のワンピースタイプの形は学校指定の物として採用されている事からスクール水着、通称スク水と呼ばれるているものに酷似していて。
「ありえねーだろ」
俺はこの世界に召喚された訳でも神様に連れて来られた訳でも無い。だから同郷の人を探すという発想すら無かったというのにコレを見つけてしまった。小さな布に含まれる圧倒的な情報量に頭がパンクしそうである。一体何故この様な品がこちらの世界にあると言うのか。
ううむ。それにしてもこれが女の子用の水着か。ただの布とはいえサラサラの生地を撫でていると無性に背徳感がある。更に言えば、肩や胸元の若干くたびれた感じと尻の毛羽立ちは明らかに誰かが使用していた痕跡であり、何やらいけない事をしているのではと錯覚させた。
「そういえば内側になにやら書いてあってな。どこかの文字ではないかと思っているのだが」
そう言ってナハル王子は胸元をペロンとめくる。ああ、そうか。服なのだから当然内側も存在するのである。俺はこうなっていたのかと、やや興奮しながらパッドの縫い付けられた内側を眺めて。
「っ…………」
(おお、これはまた確信的な)
四角い白い布地には久しぶりに見る懐かしい言語が書かれていた。学校名、クラス、そして名前。――どうやらこの水着の持ち主は朝霧美咲さんと言うらしく、それを認識した瞬間に王子の肩を掴み詰め寄ってしまう。
「ど、どこでこれを手に入れたんですか! 持ち主には会ったんですか!?」
「ダメだよ。これでも王子ね」
細目のお兄さんが即座に俺を取り押さえた。極められた腕に痛みを感じながら失敗したと舌打ちをする。そう、相手はこれでも一国の王子。一時の感情で掴み掛かっていい相手ではなかった。俺は直ちに間違いを認め、謝罪の言葉を添えて頭を下げる。
「ごめんなさい。俺の故郷の品なので興奮してしまいました」
「んん。驚いただけだから構わないさ。それよりも君はこの文字が読めて、更にはこの服がどういう物か知っているんだな?」
じゃあ情報交換しようぜと、ナハル王子は日焼けした手でバンバンと俺の背を叩く。それにいいよと頷けば、饒舌にスク水を手に入れた経緯を語り始めてくれた。距離感が近いというか、人に近づくのが上手い人だ。
「手に入れたのはエルレウムという港町だ。懇意にしている商会が俺の為に色々珍しい品を集めてくれていてさ、これはその一つ。確かシェンロウ聖国から流れてきたと聞いたかな」
「シェンロウ聖国……」
そうだよなと王子が細目のお兄さんに同意を求めると、そうだねと頷きながら金貨30枚で買ったと教えてくれる。美咲さん、貴方の水着は150万の値が付いたみたいですよ。
なお金貨50枚で譲ってくれと申し出ると家宝にするのだと断られる。美咲さん、貴方の水着は国宝になりそうですよ。
では俺の番という事でこれは水着という物なのだと説明した。詳細を説明する知識は無いが水中でも動きやすく、それでいて水を弾き乾きやすい素材で作られていると話す。
「なんと。これは下着ではなく水に入る為だけの服だというのか」
「これを、人前で着る?」
そうなのよーと、男3人でスク水を囲みキャッキャッと盛り上がっていると、背後から誰のものかオホンと咳払いが一つ。俺がくるりと振り向けば、王女様が、勇者一行が、白百合の騎士が。それそれは冷たい瞳でこちらを眺めていた。
なるほど。明らかに女性用の着衣を撫で回しながらことつぶさに観察していては不審者に思われても仕方が無いか。けれども俺に他意は無い。例えここにあるのが男性用だったとしても俺は同じ事をしただろう。……したかなぁ。してないかも。
「ご、誤解だイグニス。俺にやましい気持ちは全くないんだよ」
「嘘です」
「ほぉ」
事情を知る魔女ならば理解を示してくれるはずだとふらりと近づこうとするも勇者により虚偽申告であると看破された。周囲の視線は一層に冷え込み、もう汚らわしい物を見ているそれだ。
俺は舵を取り直し、男のヴァンならばと味方を増やすべく視線を向けるも奴は一緒にするなと一蹴。この裏切り者めが。
だがこの雰囲気でも動じない王子はスク水の話をもっと聞かせろと俺に迫ってきて結局仲良く変態認定をされる事になる。本当に訴えてやりたい気分だった。
(いや、今回は言い訳できんじゃろて)
「ツカサくん、あんまりうるさいことは言いたくないんだけどね。もう少し勇者一行として品位というか、正しい振る舞いってあると思うんだよね」
「はい。すみません」
「ナハル殿下、貴方もよ。うちの馬鹿兄といい国を代表する者という自覚が足りないのではないかしら?」
「む、むう。珍品を見せびらかすだけのつもりが思いのほか盛り上がってしまってなぁ」
俺と王子は女性陣にこっぴどく怒られた。レオーネ殿下はそのまま王子を捕まえて、本題である政権争いや魔王軍の事について話している。どうやら勇者派はナハル王子を支持する方針との事だ。
「フィーネちゃんはそれでいいの?」
「良い悪いじゃなくて、もう選択肢が無い感じかなぁ」
諦めた様な顔で勇者が言う。始まったものは終わらせなければいけないのだと。そして王様はゴールを特異点の破壊と定めた。つまり政権争いに勝ち抜き、新王として勇者にデウスエクスマキナの行使を命ずる。そうして止まない雨が止み、ようやっとにこの争いは終わるのだ。
本来は魔王軍なんてものが関わってきた時点で休戦でもするのが正しいのだろうが、今は敵今は味方と切り替えられる程に人間の心は簡単ではなく。ならば一刻も早く事態が終息する様に動くまでということか。
「承知した。こちらとて【軍勢】を侮る気は無い。有事には国を上げ全力で敵を排除しよう。だが――」
王子は俺たちを見渡してから政権争いには手を出してくれるなと言った。落ち度も不手際の承知の上で、それでもランデレシアの力を借りる気は無いと啖呵を切ったのだ。
「国民の支持無き王など飾りにもならん。そもそもこの戦いに負ける様ならば、俺は王の器ではないという事だ。逃げぬし退かぬ。俺は真っ向からディオンと競いたい」
その態度にヴァンなんかはヒューと口笛を吹くが、王女は仕方のない人だと肩を竦めせて見せた。
「お好きになさいな。でも条件を一つ。期限を今月一杯にしましょう。勇者一行はあくまで善意の協力者よ。いつまでも拘束しているわけにもいかないわ」
「……なるほど。それは確かにそうだ。こちらで正式に告知させて貰おう。当然の事だが勇者に危害を加えた場合の厳罰も伝えておく」
レオーネ王女がこれで良いかと勇者にチラリと目線を投げる。受け取った金髪の少女は、特に条件を加える事もなくクイと顎を引いた。なるほど、王子の意を汲みつつ期限を付ける事で長期化を防いだのだ。
王子が帰って来たとはいえ今日明日で決着が付く事ではないだろうし、早く終わって欲しい俺たちとしてはギリギリ妥当出来る取り決めという所か。こうして激化していくだろう争いの予感を感じながら、王宮を後にして。
◆
「開いてるよ。入りなさい」
「うん」
俺は大使館に戻ってから早々に魔女の部屋をノックした。イグニスも薄々予感はしていたのだろう。机には焼き菓子が用意され、ニチク茶がお湯を注げば飲める様に準備されている。新型のランタンのお陰でやたらと明るい部屋を見渡しながら、俺は相談があるのけどと口を開く。
「どうでもいいけど部屋汚たくない?」
「うっさいわ! そんな事言いに来たのか君は!」
勿論違う。スク水という地球の異物が紛れ込んでいた事実に、この魔女の感想を聞きたかったのだ。




