233 思い出の味
イグニスが薬を取りに行ってくれている間、俺は米という存在にお思いを馳せていた。
俺はこっちの世界の食事も嫌いでは無いし、異世界ならではの味覚は唆るものがある。幾つか地球の料理を再現したことこそあるが、自分で作るより現地の料理を楽しむ方が好きだ。
だが、だ。それはそれとして、米と聞いたら食べたいとも思う。こちとら既に断米して半年近く。もはや茶碗にホカホカの白いご飯がよそわれる様を想像するだけで口内にじゅわりと唾液が溢れる。
「ジグ、米料理と言ったら?」
(牛丼、カツ丼、親子丼!)
「おおう、丼攻めで来たか。俺はやっぱり寿司、いや焼き肉か」
(焼き肉は……どうなんじゃ?)
「確かに米料理じゃないけどさ、タレをたっぷり絡めた肉の後に頬張る米は最高だぞぅ」
(ほ、ほほう?)
ジグルベインと食の話に華が咲く。話題はズバリ米に合うおかず。久しぶりの米を最高に美味しく頂くべく、魔王の様な最強の相方を見つけ出すのである。カレー、生姜焼き、変化球で濃厚ラーメン。いや、素材を味わうなら卵かけご飯はどうか。
二人でアイデアは幾らでも湧き出るのだけど、悲しきかな材料も知識も無いのよね。美味しい食べ物の話をしていたらグーグーと腹が鳴きだして食欲は余計に膨れだす。気づけば部屋に戻ってきた魔女に醤油は無いのかと詰め寄っていた。壁ドンだ。
「大人しく寝てろ、この病人が!」
「くぅーん」
両手の塞がる少女は頭突きをしてきた。容赦の無い威力に額を抑えると頭は若干に冷静さを取り戻す。
その後はイグニスの持ってきてくれた食事と薬を摂って大人しく寝る事にしたんだけど、持って来てくれた料理は俺のリクエスト通りお粥だった。ただし麦粥。ツルツルモチモチの食感で、これはこれで美味しいのだけど余計に白米が恋しくなったよね。ちなみにイグニスでも味噌と醤油は知らないらしい。
◆
翌日。完全復活した俺は目覚めて直ぐに部屋を飛び出した。金貨の入った財布を握りしめて一目散に厩舎を目指す。うふふ、待ってろよお米ちゃん。
「おはようございまーす」
「あら、おはようごっ……ツ、ツカサ様!? 駄目ですよ、お止まりください!」
途中メイドさんに挨拶をしたら二度見の果てに止められてしまった。用事があるのだけどなぁと思っていると、体調の不良を聞いていたのか部屋で寝てなければ駄目だと叱られてしまった。けれどもご安心ください、元気です。
「治りました」
「お顔真っ青ですよ。それに足元もふらついているじゃありませんか」
なるほど。服だけ着替え、顔を洗う事すら忘れていたのだから重症と言えば重症だろうか。病名は恋の病である。このくらいへっちゃらですよと笑顔で健在ぶりをアピールすると、失礼と額に手を添えられて。
「あっ熱! え、この熱で出掛けようなんて頭おかしいわ」
おっとドジ子さん、本音が漏れちゃってるよ。けれど昨日寝付くまでの間、ずっと美味しい食べ物の事を考えていた俺はもう止まる事が出来ない。たとえ露出狂の次は頭のおかしい男と烙印を捺されようとだ。じゃあそういう事でと華麗にメイドさんをスルーする。
「そういう事でじゃねえわ、ボケ」
「げえ」
「ああ、ヴァン様。良かった来てくれたのですね」
行く手を阻む様に立ち塞がる若竹髪の少年が居た。ヴァンは呆れ果てた顔でこちらを眺めるが、俺は凄く悲しい。まさか友人をこの手で葬る事になろうとは。やるならやるぜと拳を構えると、ヴァンは腕を組みながらに言ってくる。
「イグニスの読み通りだな。本気で米とやらを買いに行こうとしてたのか」
「だったらなんだってんだよ、おおん?」
「朝の内に使用人に買いに行かせたから、もうあるぞ」
(完全に先回りされとるな)
「……やだなー、そういう事なら早く言ってくださいよもう」
へへへと下手に笑い誤魔化そうとするのだけど、三白眼の鋭い目は多大な憐憫を含みながらもけして俺から視線を離さなかった。
◆
厨房にお米ちゃんを迎えに行くがてらヴァンに事情を聴いた。いや朝の内という言葉に違和感を覚えたのだ。するとだろうなと言われ、今がもう昼過ぎなのだという事実を教えてくれた。
俺は朝に起きる事が出来なかったのだ。そして風邪を引いたという事実はイグニスの口から全員に知らされ、暇をしていたヴァンが看病を言いつけられたらしい。なんで暇してるんだと思ったが、ティアをイグニスに取られたのだろう。可哀想なのでそこは聞かなかった。
なお魔女は俺が起きたら絶対に市場に行こうとすると予言をしていたそうだ。凄いね、ノストラダムスもびっくりだ。
「ま、冗談抜きで無茶はするなよ。フィーネも心配してたぜ。今日は早く帰ってきて顔出すってよ」
「そうか。じゃあ美味しい料理作っておいてあげないとな」
「動くんじゃねーって話なんだけどなー」
厨房に入るとドジ子さんがこちらですと麻袋を持ってきてくれる。大きさ的に5キロくらいはあるか。袋の上から伝わる崩れる様な手触りに思わず頬ずりをしてしまう。これだよこれ。
感謝の言葉と共に代金を聞くと勇者の活動費としてお姫様が奢ってくれたそうだ。でも気持ち的にお金を払いたいので、みんなでお茶でもしてとメイドさんに小金貨を握らせて。さあさあご対面と行こうかと袋を開けた。
「…………」
(ありゃ、これは)
「あ、あの。何か不備でもございましたか?」
俺はいやいやと首を振りながら粒を手に掬い取る。日本で見慣れた丸い形状ではなく、細長かった。タイ米に近い種類なのだろうが、確かにこれも米なのだ。少々期待は外れたが、待ちわびた白い粒との再会に久しぶりと告げた。
では早速炊いてみよう。取り合えずカップで摺り切り3杯をザルに移して研いだ。母さんの手伝いで米は良く洗っていたのでジャリジャリとした手応えが懐かしい。鍋に移し、水分は米の同量を入れるのだったか。後は少し浸してから炊飯器のボタンを押すだけである。簡単、簡……。
「しまったー!! ボタンは、ボタンどこだー!?」
そりゃあ炊飯器なんて無いのである。魔力式だから使い勝手はガスコンロと変わらないとはいえ、火加減なんて分かるはずもなかった。
(落ち着けお前さん。儂は米を炊く魔法の言葉を知っておるぞ。はじめちょろちょろ中ぱっぱ、じゃ!)
流石だぜジグ。中ぱっぱてどんな意味だろうな思いながらも頭脳は良しとGoサインを出した。魔道具の前で中ぱっぱと唱えながら小躍りしていたら何故かメイドさんが自分が炊きますのでと俺を鍋から引き離す。
「ド……お姉さんはお米の炊き方知ってるんですね」
「はい。祖父が海外の生まれなので、家では偶に食卓に上がっていましたわ」
「へぇ。どんな風に食べたりしてるんですか?」
「そうですね。お米を魚や貝と一緒に炊き込んだりしますよ。お出汁の味が移ってとっても美味しいですよ」
説明を聞く限りパエリヤの様な料理なのだろうか。好物なんですーとうっとり語るメイドさんの言葉に俺までお腹が空いてしまう。いつかその料理も食べてみたいものだ。
「人間弱っている時は故郷が恋しくなると聞きます。ツカサ様がお米を求められるのは、もしかしたら食材を通し、思い出を味わいたいのかも知れませんね」
そろそろですかねと、ドジ子さんは蒸らしていた鍋の蓋をパカリと開けた。
ヴァンも初めてみるのかへぇーと一緒に鍋を覗き込む。沸き立つ湯気のしたから現れる艶めかしい光沢の白い粒に、俺はただただ魅入った。
「で、お前は何作るんだ。俺で良かったら手伝うぞ」
「ん。そうだな、アレにしようかな。皿用意しとけよ、すぐに出来るから」
(カカカ。アレか!)
米を一摘み食べてみたが、やはり味は日本の米とは全然違った。少しパサパサしていて、粘り気も甘味も無いのだ。だから食べた瞬間にメニューは決まる。米に合う最高のオカズを色々と考えていた俺だが、思い出という最高の調味料を振り掛ける事にした。
熱した鍋に牛脂を溶かし、ニンニクとネギを焦げるまで炒めて。たっぷりの油に滑らせる様に溶き卵とご飯を落とす。後は時間の勝負、火力が命。
そうチャーハンだ。何故か料理が出来ない父親でも作れる一品であり、例外に漏れず俺の父さんもパラパラな奴を習得していた。妙に美味しくてドヤってくるが、だいたい洗い物をせず怒られるまでがセットだ。
「ヴァンの父さんは料理とかした?」
「いや。というか母ちゃんの料理も食ったことねえ。なんの為に料理人雇ってると思ってんだよ」
けっ、これだから貴族って奴はよ。なら食えよ、これが家の味だと皿を出したのはいいが、チャーハンを食べきったら俺の中で何かが満たされたのかぶっ倒れた。騒ぎを聞きつけたイグニスにヴァンとメイドさんを巻き起こんで大目玉を食らった。
「だから寝てろって言ったのによう」
「本当にすまねえ」




