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218 癒しが欲しい



 正装に着替えた俺は昼まで時間を持て余したのでイグニスの所にでも顔を出してみようと考えた。するとイケメン執事は、イグニスなら王女様と居るから一緒に部屋に行こうと言ってくれる。どうやら別館ではなく大使館にある王女様の私室に居るらしかった。


「レオーネ様、ツカサ様がお見えになりました」


「あらあら珍しいお客様ね。お入りなさい」


 扉越しにお姫様からお許しを得て、どうぞと執事さんが扉を開いてくれる。

 俺はモルドさんにぺこりとお辞儀をしながら入室すると、やあと気の抜けた魔女の声が聞こえて来た。見れば赤髪の少女は足を組みながら行儀悪くソファーに寄りかかっていた。


「二日酔いって聞いてたけど元気そうだね」


「怠いけど、王女を部屋に呼びつける訳には行かないしさ」


 イグニスが座ったらどうだいとソファをポンポンと叩くもので、俺はうんと大人しく魔女の隣に腰を落とす。普段通りのつまらないやり取りなのだが、何故か対面に座る王女様は口元をニヤニヤとさせて眺めていた。


「そんな事よりツカサ、君の恰好はなんだよ。随分と気合が入ってるじゃないか、ええ?」


「私も気になっていたわ。もしかしてこれから誰かと逢引かしら?」 


 興味深々といった態の王女様は置いておいて、不満げな赤い瞳に俺はおやと違和感を持つ。もしやイグニスはティアから何も聞いてないのだろうか。もしやと思い、恐る恐るに確認をする。


「ティアに食事に誘われたんだけど。え、もしかしてイグニスは聞いてない?」


「いや、それは聞いてる。好きに行ってくるといい。私は普段の正装はどうしたって聞いたんだ」


 どうやらイグニスは一緒に食事には行かないらしい。ティアは誘い方を間違えたのだろう。助けられなかったからと断ったようだ。気難しい事だと呆れながら、俺は着替えに葡萄酒を溢したのだと白状をした。


「間抜けな話だな。けれどまぁ、その服も似合ってるよ」


「そう? ありがとう」


 そこの執事さんのセンスなんだけどね。服装は灰色のスラックスと紺のジャケットだ。個人的には学校の制服のような色合わせだなと思っている。けれど似合うと言われれば嫌な気にはならなかった。


「間抜けといえば貴方、可愛い顔して凶悪なモノを持っているらしいわね」


「それ、一体誰から?」


「女中が噂をしてたわよ」


 もはやゲスとも言えるニヤニヤ顔を見せる王女様に俺はうわぁと頭を抱えた。やはり全裸で廊下に倒れたのは問題があったか。裏でフルチン野郎と噂をされていると思うと、部屋に引き籠りたくなる心地である。


「大体いつも通りじゃないか。そんな事より私に用事があるんじゃないのかい?」


「人の名誉をそんな事扱いしないでくれ」


(儂も火炎娘に同意なのじゃが)


 俺はむぅと唇を尖らせながら、何か手伝える事は無いかと口にする。フィーネちゃんに手は要らないと言われたので手持ち無沙汰なのだと正直に伝えた。


「なるほどね。手伝って貰いたい事はあるけれど、忙しくなるのはもう少ししてからなんだよなぁ」


 スティーリアも君と食事に行く余裕があるだろうと言われ、そういう事かと納得をした。

つまり今は手紙などを出すなりして相手の返事待ちなのではないか。


「そっか。じゃあ別に今すぐの用事は無いんだね」


「まぁ手伝いは要らないよ。それはそれとして、ツカサにはやって貰いたい事があるんだけどね」


「そうね。暇というなら都合はいいわ。時間も無いし三日くらいで張りぼて程度に仕上げましょう」


 二人の魔女がニチャアと笑い、俺も会話の運びを間違えた事を悟る。そうだ。手伝う事あるかと聞く前に、今何をしているのと、作業内容を確認すべきだったのだ。


「ち、ちなみイグニスは今何をしているのかなー?」


「何って、別にこの国の勢力図を調べているだけだよ」


 昨日も家の名前や関係を覚える為に夜更かししていたのだと赤い髪を掻き上げながら言う魔女。王女様はイグニスを補足する様に告げる。


「今はとても面白い状況なのよ。何せ会議の為に国の有力貴族のほとんどがこの町に集まっているのだから」


「そうそう。だから私も久しぶりに夜会にでも参加しようと思ってね。君には私をエスコートして貰いたい訳さ」


 俺はははあと頷く事しか出来なかった。夜会と言うのは晩餐会や舞踏会など、まぁ大勢で集まって趣旨に合った物を楽しみましょうというものらしい。勿論表向きはの話であり、交流を深める事で派閥の結束を深めたりするようだ。


 イグニスは俺にそこへ参加する為の作法や踊りなどの教養を身に着けろと無茶振りをしてきた。王女様の後ろではお任せくださいとイケメン執事が白い歯を覗かせている。あの人知ってたなコラ。


「俺なんかよりヴァンとか連れて行った方がいいんじゃない?」


「嫌だ。隣に立つ男を選ぶ権利くらいはある。それに、君である必要もあるんだ」


 プイと顔を逸らしイグニスは言う。彼女が俺で良いと言うならば構わないけれど、肝心なのはコイツ等が夜会に出て何を企んでいるかだ。だから俺は分かったと頷いた上で、何を狙っているのと尋ねる。


「……君も知っているとは思うけれど、勇者の心眼というのは大したものだ。嘘から悪意、それにある程度の感情までも見えてしまうんだよ」


 いつもの様に遠回しな切り口。魔女は言いたい事を当ててご覧と言わんばかりだ。

 だから俺も考える。何故このタイミングで勇者の名を出すのか。そもそもイグニスは何が目的だったのかを。


「フィーネちゃんを夜会に連れて行って襲撃の犯人探し……なんかじゃないよね」


「そんな恰好の悪い事しないわよ。それに犯人探しをしてるなんて噂が立てば、関係者は皆引っ込んでしまうでしょうね」


 それはそれで絞り込めそうだと、王女様はケタケタと笑っている。

 俺はふぅんと顎を擦る。相手が勇者の能力を想定済みだとしたら、呑気に表舞台に出てくる可能性は少ないのではないか。


 では逆だ。深淵の事件の時アトミスさんはテネドール伯爵をパーティーに呼び出すのに一計をしていた。ならば同様に夜会に参加する事で相手を誘き寄せる餌を撒くというのはどうだろう。


「まぁ発想は似たようなものだね。そう、簡単な話さ。相手が引っ込んでいるなら引き摺り出せばいいんだよ」


 うへへと笑うイグニスを見てうわぁとドン引きをする。きっとこの短い期間で犯人をある程度予測したのであろう。だから今度はこっちの番と、メラメラと復讐の炎を燃やしているのだ。


「うふふ。イグニスが予想した通りの相手なら、ちょっと大物なのだけどね。いいわ、思いきりかまして来なさい。大体ね、草原の民だとか川の民だとか、身内同士で争うのは構わないけれど、ランデレシア無視してんじゃねーつうの」


 イグニスだけでは無い。こっちの王女様も、勇者一行が襲われた件にはかなり頭に来ているらしかった。それはそうか。フィーネちゃんは国の特使として派遣された。それを傷つけたのだから、心情的には顔に泥を塗られたと同様だろう。


「まぁランデレシアもシュバールの大使を斬り殺した事があるんだけどね」


「何があったの!?」


 つまらない話だよと魔女が語りだす。ランデレシアともシュバールとも接するベルモアという国は両国と長らく冷戦状態にあったらしい。その終結の折に、ランデレシアの王都で会合があったそうなのだ。


 その時の大使は騎士らしく、シュバールでも随一と名高い武の英雄だったらしいのだが、欠点は気性が荒かったのだとか。そのせいか、登城の時に剣を預けろと言われてごねたらしい。


 曰く、「女なんかに大切な剣を預けられるか。強国ランデレシアも人手不足とは」そして剣を預かろうとした彼女さんはこう返したそうだ。「規則ですので従わないと殺しますよ」と。


(カカカ! これもうあやつしかおるまいな)


 そして哀れ英雄は殺された。やってみろよと挑発に抜刀したばかりに、鞘から剣が抜けきった瞬間に宣言通りに斬り殺されたとか。掛ける言葉も見つからない。


「シュバール人はもう忘れたらしい。ランデレシアを舐めるとどうなるかをな」


 そんな話を聞きながら、ふと思っててしまった。イグニスは復讐に動いている。ならば王女様はどうなのだろう。シュバール狂騒曲を奏でると言った赤金の魔女。そしてこうも言っていたのだ。勇者が力を振るうならば、最大の利益を確保出来る様に動くまでと。


「ねえイグニス。王女様の計画って……」


「あれ、ツカサは聞いてなかったかい。レオーネはこの政権争いに第三勢力として加わり場を掻き混ぜるつもりだよ」


「やーねー。掻き混ぜるだけじゃなくてちゃんと利益も出すわよー。今はこの国が宝の山に見えるわ!」


 俺は事が大きすぎて何をすべきか見出せなかったが、キャッキャウフフと女子会のノリで国を混乱させようとする悪魔共を見て、実は自分が正常なのではないかと認識をする。俺の思考は早くもティアとの食事に向いていた。あー癒しが欲しい。




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