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215 閑話 レクシー嬢の憂鬱



 溜まる茶会の誘いを眺め憂鬱な気分に浸っていると、私室の扉をダンダンと荒く叩かれた。何事かと思えば「レクシーレクシー!」と慎ましさの欠片も無い声で女中が呼んでくる。私ははぁと大きく溜め息を吐き出し、「なあに」と扉を開き対応をした。


「レクシー。テル兄が呼んでるよ」


 扉の外にはえへへと歯を見せ笑みを浮かべる女の子が立っていた。

 薄緑の髪をおさげにし、身なりこそ整えるも躾はまだまだである。女中服が似合う淑女になるには時間が掛かりそうだ。


「呼んでるって何処にかしら?」


「えっとね、応接室。なんかデッカくって怖い人来てた」


 ええ。誰よ怖いわ。せめて名前くらい聞いて来れないかしら。

 この子が要領を得ないのは仕方がない。叔母が捻じ込んできた従妹でまだ見習いだ。今年で10歳だったか。身内採用は貴族ではよくある事で、その叔母自体、私の侍女として良くしてくれている。


「まあ、お客様。それは大変ね。分かりました、すぐに行くわ」


 私は仕事と私事の区別がまだつかない従妹にあえて固い言葉を使った。

 そしてあくまで態度には出さず心で舌打ちをする。ふざけんな、どこの誰だよ、と。


 家に訪問する時は手紙や先触れを出すのが普通だ。汚い恰好で出迎えるのは論外だし、もてなしにも準備の時間が掛かるではないか。それであの家はろくに客も迎えられない等と吹聴されてはたまらない。


 しかし来てしまったというのなら仕方ない。私は鏡台の前でささりと髪と服を整えて、せめてもと香水を振りかけ応接室へと向かう。


 部屋の前ではうちの執事が待機していた。私を確認するや、ノックし扉を開けてくれる。

 私はやや背筋を伸ばしながら、お待たせ致しましたと入室をした。すると。


「レグジ~!!」


 小さな人影が胸元に飛び込んで来た。人目も憚らず涙を浮かべ、ちょっぴり鼻水を垂らし、うわんうわんと抱き着いてくる少女。私はエーニイの頭をそっと撫でながら、お帰りなさいと声を掛ける。


「ああ、エーニイ。無事で良かったわ。ずっと心配していたのだからね」


「うん。ごめんね、ありがとう。私もずっとレクシーに会いたかった」


 泣きじゃくる幼馴染を前にしてこちらの目頭まで熱くなってくる。でも泣いては駄目だ化粧が流れてしまうではないか。私は無様を晒す前に、エーニイを送り届けてくれた客人に向け頭を下げた。


「ミッタール子爵家令嬢のアニー様ですね。私はレクシー・ポッターと申します。この度は友人がご迷惑をお掛けしたようで。なんて感謝をしたらよいか」


「感謝なんて止めてくださいよレクシーさん。私はコルデラ様から依頼を受け報酬も貰っています。それにエーニイのおかげでとても楽しい旅でした」


 私はおやと、人見知りのエーニイが彼女に心を開いた事に驚いた。

 その話を聞いただけでも、エーニイの過ごした冒険の時間が無駄では無かったのだと感じ再びに涙腺が緩みそうになる。


「それにしても、以前何処かで会いましたか? 私は失礼ながら初対面だとばかり」


「学園で見かけた事があるのです。派閥は別でしたが、同じベルレトル領の貴族と聞きお話したいと思っていたのですよ」


 オホホと笑って誤魔化す。お前デカいから目立つんだよとは口が裂けても言えなかった。

 男爵家は貴族でも末端だ。上位者に失礼の無い様に人の顔と名前を覚えるのは得意で無ければいけない。私からすれば実に覚えやすい人なのだった。


「フラウアから来たのならば長旅でお疲れでしょう。本日はどうか当家で休んでいって下さいまし」


「お気遣いありがとうございます。なら、代わりにエーニイを泊めてあげてください。二人の邪魔をするほど野暮ではございませんので」


 はあと空返事をする事しか出来なかった。アタシは体力あるから大丈夫だよと力コブを見せられようと、馬車で待機しているであろう従者は本当に大丈夫なのだろうか。それとも既に宿を取っていたのだろうか。


 でも、逆に気を遣われたのは確かで。ゆっくりとエーニイと過ごせる時間を考えたら、ありがとうという言葉しか出てこない。


「アニー様、本当に感謝致します。機会があれば、お茶会にお誘いしても宜しいかしら?」


「偶にはいいね。おっと、いいですね。喜んで参加しますので、その時はエーニイも連れて来て下さいよ」


「いいの? やった。じゃあアニー元気でね!」


「おう。またなエーニイ」


 別れにエーニイの頭をくしゃりと撫でていくアニーさん。二人が並ぶと随分と身長差があり、本当に同じ生物なのかと疑問に思った。けれど随分とさっぱりとした性格な様で、次に会うのが楽しみである。心の予定表にアニー様とのお茶会と書いて丸を付けた。



「聞いてレクシー。私ね、詩人を目指そうと思うんだ」


 残された応接室で隣に座るエーニイが言う。少女の出した答えに、私はそうと大きく頷き、いよいよに涙が零れ落ちた。


「ごめんね。ごめんね。私が変な事を言い出したばかりに、貴女を悩ませちゃったね」


 うちは成り上がりの新興貴族で、祖父が初代のポッター男爵である。

 歴史の浅いポッター家はまだ他貴族との伝手も少なく、むしろ商人との絆の方が深いくらいであった。


 エーニイはそんな商人の娘であり、成人後には家で女中として働いてもらう事になっていた。けれどこの子には文才があり、手慰みで書いた小説を見た私は、詩人になったらいいのではないかと言ってしまったのである。


 その軽口にエーニイはどれほど悩んだ事か。私は傍に居てくれるならばどんな貴女でも構わないというのに、私が望むならばと、独り立ちする将来を選ぶだなんて。


「泣かないでレクシー。私ね、ずっとレクシーに守って貰ってたから、一人でも頑張れる所見ていて欲しいの」


 これからも一緒に居てねと渡される腕輪。それはどうやらフラウアの町で買ってきたらしくシュバール国の意匠で作られたものだった。嗚呼と、私は強くエーニイを抱きしめてしまう。


 エーニイの書いた作品【女中リーナの恋物語】。その作品の最後は、男爵家の長男が爵位を放棄し、家のしがらみ無く一人の男として婚約を申し込むのだ。何故気づかなかった。あれはこの子の叫びだった。


 きっと親には貴族との伝手として将来私に尽くせと教育されて来たのではないか。

 でもエーニイは私が貴族だから仲良くしているのではないと。それを私の庇護下から外れる事で心身証明して見せたのである。


「もう、このおバカ!」


「えへへ。ごめんね。でも後悔は無いの。今回の冒険で本当に大事なものを知る事が出来たから」


「そう。聞かせて頂戴、貴女のしてきた冒険を」



 その後エーニイの口は止まらなくて、食事をしている時も、お風呂に入っている時も、お布団に入ってからも、ずっと喋っていた。どうやら20日以上の旅を一日で聞くのは無理があったらしい。


 彼女の心にこうも多くの革命をもたらしたのは、同行者の存在が大きかったようだ。

 ツカサ・サガミ。イグニス様の紹介でエーニイが護衛に雇った男性。彼は魔力が使えても平民の生まれらしく、それでも智爵家の令嬢であらせられるイグニス様と対等の関係を築けていたと。


 私はイグニス様にエーニイを預けて良かったと確信すると同時、激しい嫉妬に襲われた。

 まさか、まさかエーニイがイグニス様と入浴し御身体拝むどころかそのお背中までお流ししているとは。私ならば全身隈なくお洗いいたしますのに。


「さて……」


 翌日、エーニイは朝早くに親にも顔見せなければと帰っていった。当然だ。むしろ私の家に直接来ていた事に驚いた。


 そして今私の手元には紙束がある。エーニイが次回作の構想を練ったから感想を聞きたいと置いていった物だ。


「これはどう判断したものかしらね」


 窓辺の机でお茶を飲みながら考える。流石に王都でも人気の出た詩人。あの子の才能は本物なのだろう。とても面白かった。内容は冒険記になるのだろうか。少し自尊心の高い商人の娘が、平民ながら魔力使いの少年と旅をし、商売をしながら成り上がるというものだ。


 最初は護衛というお金だけの関係なのに、徐々に絆され硬い信頼を結んでいく工程がとても良い。魔獣に襲われ恐怖に染まる時、抱きしめられながらお前を傷つけさせないと囁かれるシーンの描写などとても秀逸だ。


 どれ程かといえば、こんな殿方になら抱かれたいというか、娘に感情移入するとついついお股に手が伸びてしまうくらいに良い。


「でも売れるかと言えば、どうかしら」


 詩を嗜むなんていうのは上流階級だ。つまり読者は圧倒的に貴族の層が多いのである。

 前作が人気が出たのは貴族のいざこざを上手く描写出来ていたからだと私は思う。貴族令嬢なら身に覚えのある事が多かったので、感情移入を助長したのではないか。


「そしてなにより、題材が」


 主人公達の行き先に魔族の町があった。流石にこれは露骨すぎるのではないか。

 ラルキルド卿は最近こそ表に出て来たが今でも何かと噂の絶えない人物である。私の耳にもあの吸血鬼は処女の生き血を啜っている等と聞こえてくるものだ。


 扱いが難しすぎる。魔族は良く書こうと悪く書こうと必ず種火になるだろう。ならば触れないというのが確実なのだ。


「~~~~!!」


 どうする。どうすればいい。うちは男爵だ。義務やら責務やらで、下手したら富豪の商人よりも貧乏な名前ばかりの貴族だ。とてもエーニイを他貴族から守れる程の力はない。ならば魔族には触れるなと忠告をすべきだ。


 けれどもと迷うのは、天秤があるから。傾くばかりではないから私は迷う。

 間が良く、エルツィオーネ家のターニャ夫人からお茶会の誘いがあるのだ。友人だけの小さな物。それには件のラルキルド伯爵も参加をするという。


「お許しを頂ければエーニイが取材に行けるかも知れない」


 知らず本になれば誰でも怒る。なら許可を取れたならばどうだ。 

 自分は伯爵様にお願いなんて出来る立場に無いが、ターニャ様を通じれば或いは。

 何よりもエルツィーネはラルキルド伯の後ろ盾である。良い見識を広めるのに貢献する分にはエーニイを保護してくれる可能性があった。


「イグニス様。まったく貴女というお人は、この状況までも想定済みだったのですか」


 言って、まさかねと頭を振る。エーニイから渡されたお土産にはイグニス様からだというハンカチがあった。今流行している魔法銀で刺繍が施されていて、それも貴青の羽衣なんて最上級の店の品だ。この小さな布でも金貨が消える事は想像が容易い。


 涙が出る程ありがたい品である。魔法銀が流行しだしてから、めっきり周囲は高級志向。

 「まぁ流行にも乗れないの?」なんて嫌味を言われるのは下級貴族では珍しくも無いのであった。


「私も少し、冒険をする時なのかしらね」


 イグニス様が不在なのにお茶会の誘いを貰えるのは、荷物を届けた縁で偶々名前を憶えて貰えたのだろう。上級貴族の茶会。不相応な場だと思いつつ、断る勇気すら無かったものだけど、お守りのハンカチを抱きしめながら、ええいと参加希望に丸を付ける。


 


|д゜) 感想貰えたら嬉しいんだな

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