214 前奏曲
ルメールの町にある大使館に帰って来たら、あらびっくり。なんと勇者一行の居ない間に宮殿で立て籠もり事件が起きているというではないか。これにはイグニスまでも声を荒げ、なんでそんな事にと突っ込みを入れた。
「おい、説明しろよ。一体何があったらそうなるんだ」
王女様はそうねーとのんびりと言いながらカップを口に運び喉を湿らす。そしてハタと俺たちが立ち呆けている事に気づいたのか、とりあえずお座りなさいなと着席を促した。
「何処から話そうかしら。ええと、宮殿で何の会議があったのかは知っているわよねフィーネ」
「ええ。特異点を破壊すると環境が大きく変わるから、族長達で検討をするという旨でしたよね」
その通りだとご満悦に頷く王女様と、それが何故こんなに拗れているのかと眉間に皺を深めるフィーネちゃん。次の言葉を待っていると、執事さんがどうぞと、お茶と焼き菓子を出してくれたので、俺はお礼を言って早速にお茶を頂いた。
「私の調べた限りだと、どうにも特異点の扱い自体は満場一致で破壊するという方針になったらしいの」
この国を侵す魔王の負の遺産【止まない雨】。それの扱いに関しては全員が同じ方向を向いていたらしい。けれど、これはかなり早くに出ていた答えであり、会議が長引く事になった要因は別にあるようだ。
「草原の民がね、次の政権をよこせと主張し始めたのよ。そこで今まで国を支えてきた川の民とぶつかり大喧嘩ってわけ」
はいお終いと、なんとも短く纏めてくれたお姫。
とりあえず大人しく話を聞いていた勇者一行は、そこでやっと思い思いの意見を口にする。
「んん? するとどうなんだ。草原側の反乱って形になるのか?」
「いいや。形式上この国は合衆国だ。政権交代と考えれば、主張は正当なものさ」
「はい出た政治ー。こりゃ私は何も出来ないかなー」
「カノンさんは何か問題でも?」
投げやりな態度で机に伏せた僧侶を見て俺は聞いてみる。すると三教はどこかの勢力に肩入れが出来ないらしい。仮に戦争などになった場合、癒しを与える神聖術が逆に泥沼の殺し合いへと発展させるからだそうだ。
(それは人間のルールだな。儂の時代では殿のフェヌアと言ってな。自らを癒しながらいつまでも粘る面倒な奴らであったわ)
まあ過去があるからの取り決めなのだろう。俺はジグルベインの豆知識にへへえと頷いていると、雪女は困ったわねと頬に手を当てながらお姫様に発言をする。
「レオーネ殿下。ウェントゥス領はシュバールと貿易しているのですが、国として関係は保てそうなのでしょうか」
「ごめんなさいね。今は何とも。川の民がここまで暴挙に出なければ少なくとも悪い方向には向かなかったはずなのにね」
しゅんとして見せる赤金髪のお姫様に、雪女は殿下が頭を下げる事ではと擁護に回る。
ハッキリ言って素の魔女ぶりを知る俺には猫を被るこの姿が不気味でしょうがなかった。
「はぁ。すると、結局特異点の扱いはどうなるのでしょうか」
そんな芝居がかった仕草も、やはりフィーネちゃんには通じないのだろう。流れをぶった切る様に勇者が斬り込む。なるほど確かにそうだ。会議では壊す事に決まっても、壊した後の事で揉めている様では迂闊に行動出来まい。
「もう少し早ければ、面倒だから国を出なさいと言えたのだけどね。残念ながら手遅れだわ。今や貴女はこの騒動の中心に立ってしまった」
お姫様は表情にやんわりと笑みを浮かべるも若干に視線の圧が高まる。けれどフィーネちゃんは威圧される事も無く、真面目な眼差しでコクリと頷く。
そう。彼女は今天秤を傾ける権利を持っている。特異点を破壊し改革をしたい草原の民の肩を持つか、このままに現状を維持したい姿勢の川の民の肩を持つか。外でいくら争えど、結局は勇者の力に帰結するからだ。
「よろしい。正直、シュバール国の特異点の扱いにランデレシア国としては深く首を突っ込めないの。だから任せるわ。この国の出した結論に、貴女が納得したならば剣を振るいなさい」
王女様はあくまで選択権を与えた。勇者を兵器としてではなく人間として尊重するからこその扱いか。けれどもと、俺は思う。これはいっそのこと命令された方が楽だったのではないかと。
「おいおい。てことは、俺達はこの騒動が終わるまでここで待機って事か」
「仕方ないでしょー。見捨てる訳にもいかないし。というか、フィーネは大丈夫なの? 狙われたりしないお姫さん」
「大使館にいるなら平気なはずよ。ランデレシアを敵に回すほど馬鹿ではないと信じたいわね。でも草原側が警護の名目で身柄を寄越せと言って来ているのは事実。勇者獲得合戦はもう始まっているいわ」
大人気ねというレオーネ姫の冗談は実に笑えない。先のタルグルン湖での襲撃がなんとなく繋がってきたからだ。さてフィーネちゃんはどう動くのかなと横顔を盗み見ると、今までの内容を反芻しているのか、難しい顔でお菓子を摘まんでいた。
「ねえイグニス。なんか川の民が悪者みたいになっているけど状況的にはどうなの?」
なのでこっそりと魔女に意見を伺ってみる。イグニスはそうだなぁと顎を撫でながら、自分の見解を話してくれた。
「悪者、というか。立場が弱いのは川の民だね。立て籠りは暴挙だけど、本質的には政権争いだ。なら善悪じゃあないんだよ」
そもそも川の民も特異点の破壊には合意しているのだと。本当だ。その上で草原の民が主導権を渡せと言っているのが拗れている原因なのだった。
「ならば草原の民が悪かと言えば、それも違うだろう?」
「うん。まあそれは分かるかな」
環境が変わるのだ。特異点が消えれば止まない雨が止む。現状川や湖になっている場所も随分と水位が下がり陸地が増える事だろう。陸地、それは草原の民の領分だ。ならば草原の民に力を持たせ開発に力を入れようという意見も分からなくは無い。
俺はほうほうと頷いた。複雑に感じたが整理すれば随分と簡単な構図だったからだ。
悪者倒せば終わりとはいかないけれど、政策で揉めていると思えば案外円満解決も見えてくるのではないだろうか。
例えば、草原の民が川の民も納得する方針を打ち出したり、逆もまた然り。王をそのままに草原を説得する形でも良い。そうすればフィーネちゃんは誰にも恨まれる事なく勇者としての役目を全う出来るのだ。
そんな事を考えていると、勇者は考えが纏まったのか「うん」と声を出し顔を上げる。
「結果が出るのを待てと言うなら、私は少しこの国の勉強をしてみる。ごめんね。騒動が収まるまでみんなはちょっと待機で」
「りょりょー」
「ああ。まあいいけどよ」
「時間があるなら私は付き合いのある家に顔を出して見ようかしら」
フィーネちゃんは政治に口を出せる立場では無いと言いつつ、ただ舞台装置で終わるのも嫌だと。シュバールを知りたいと言った。俺は流石だなと感心する。当然両者には言い分がある事だろう。それを知ると知らないとでは、結果が同じでも終わった後の気分は違うはずだ。
「ふうん。時間が出来るのか。君はどうするんだい?」
「え、俺? そうだなあ。何かフィーネちゃんの為に出来る事があればと思うけど」
今の俺の立ち位置は完全に勇者側だ。
それというのも別にこの国に知り合いが居る訳でもないからだ。要するに他人事なのである。どっちでもいいから迷惑を掛けるなという気持ちの方が大きかった。
そういう意味では地域の人と交流し、生の声を聴いてみるのもありだろうか、などと考えて。イグニスの赤い瞳が持つ剣呑な雰囲気に勘づいた。
「その言い方だと、イグニスは何かする事あるの?」
「ああ。借りたものを返さなければならない。人として当然の事だろう」
赤い魔女は復讐に燃えていた。




