213 どうしましょう
フィーネちゃんは無事に水精ウィンデーネの加護を得た。じゃあ目的も果たした事だし帰ろうかと、勇者一行は行動を開始する。
水精に会った場所が湖の浅瀬だったので、まずは浜辺まで引き返す。強大な力の扱いに戸惑う勇者の姿もあり、不調が出るかも知れないという事で、その日は様子見がてら砂浜で夜を明かした。
「むーん。水属性、慣れないなぁどうも」
「いきなり得意属性が変わりやぁな。けど戦略の幅はかなり広がってそうだな」
「うん。イグニスとティアに助言貰ったからね。何が出来るか試して見てるの」
どうやらフィーネちゃんは夜更かしして力の扱い方を考えていたらしい。そして朝には俺とヴァンを相手取り、早速に実践で試した。
「というか、魔剣技ってあんなに応用効くんだね。もうほとんど魔法じゃん」
俺もヴァンもコテンパンにされた。いや、もう凄いのだ。水の刃や水の盾は当たり前。以前武術大会で戦った人の様に衝撃は浸透してくるし、霧を出したり高圧の水まで飛ばしたりと自由自在だ。
俺の魔剣技はまだ夜に便利な発光剣がせいぜい。ヴァンにしても剣や足から風を噴出するくらいの範疇なので驚愕の応用力である。
「たぶんだけど絶界のおかげかな?」
俺はピンと来ないのだが、ヴァンは顔を青ざめ「ああ!?」と絶叫した。
勇者の師アルスさんの得意技【絶界】だが、なんでも体内で魔力を属性変化し、限りなく純度を上げていく技の様だ。そして四大精霊というのは、各属性の頂点に居る存在。
つまり、なんだ。絶界を極めると神の領域に踏み込むという事か。戦闘狂だとは思っていたが、いよいよ本気で頭がオカシイなあの人。けれどもそのお陰でフィーネちゃんは精霊の力の使い方に覚えがあるようだった。
「けど魔法の使用感とかもあるし、後は徐々に慣れていくしかないかな」
「俺も属性変化は勉強中だから色々教えてよ。一緒に頑張ろ」
「うん!」
そんなこんなで、今度は浜辺から森を突っ切り、入り江にある船を目指す。
聖地と言えど島自体は普通の島らしく、ありきたりな山岳地である。人が入らない場所だけに魔獣が結構な頻度で襲ってくるけれど、俺1人ならともかく、全員揃った勇者一行の敵ではなかった。
「で、どうするんだいフィーネ?」
入り江に到着し、まずは船と荷物の確認をした。お帰り魔道具達。思わずランタンと水差しに頬ずりしてしまう。
そうしたらイグニスがワクワク顔を隠しもせずに勇者にお伺いを立てた。魔女の隣では俺もご主人様から待てを掛けられた犬の様な表情で加勢する。
どうする、の意味する所は、行きに約束した水遊びをしてもいいかどうかだ。
フィーネちゃんは仕方ないなぁと口にしながらも口元には微笑を浮かべ、みんなはどうかなと声を募る。
「「「賛成ー!!」」」
そりゃあこんな水の綺麗な場所で遊ばないなんて嘘だよね。満場一致だった。
唯一霊体で水遊びすら出来ないジグルベインだけが、ふーんだと唇を尖らせている。拗ねるな拗ねるな。
◆
「ここが、天国か……!」
結論を言うならば、この世界にはまだ水着は無かった。それがどういう意味か分かるだろうか。俺とヴァンが服を濡らすのも嫌だなとパンツ一丁で湖にドボンと飛び込むと、まさかまさかに、それもそうだねと勇者と僧侶までもが服を脱ぎ捨てたのである!
なおイグニスとティアの淑女組は下着姿なんてはしたないとフィーネちゃんとカノンさんを止めようとしていた。そんな人間が人前で肌を見せる訳もなく、魔法使い達は大人しく裸足で水と砂の感触を楽しんでいる。
こう言っては何だが、二人の下着はサラシの様な胸帯とかぼちゃパンツの様な短パンで色気はあまり無い。けれどそれを抜いても有り余る本人達の魅力。健康的な肢体と、白い肌は真夏の太陽よりも眩しいではないか。
「ちょ、ツカサくん。そんなにジロジロ見られたら流石に恥ずかしいよ」
「大丈夫です。見てません見てません」
「そんなフィーネじゃなくても分かる嘘をつかない!」
これでもくらえとカノンさんに手で水を浴びせられるのだけど、それさえも青春を楽しんでいる気がして頬が吊り上がってしまう。
「おーいツカサー。泳ぎ勝負しようぜー!」
「えー俺あんまり泳ぎ得意じゃないぞ。というかお前は得意なの?」
「おお、騎士科じゃ鎧着て泳がされるよ」
「そんな事までしてるのか!?」
物理的に泳げるのかと疑問に思うが、少年は泳ぐのだと言い切った。不自由を想定し様々な環境での戦闘訓練を積んでいるのだろう。この世界の騎士の強さの一端を垣間見た気分だった。
「お前そんな泳ぎでよくティアを助けに行こうと思ったな」
「ぢ、ぢくじょう」
ヴァンから勝負を持ち掛けられて桟橋まで競争をしたけれど、勝負にもならなかった。
そりゃそうだ。俺の水泳経験は小学校での授業だけなのである。ヴァンは雑魚がと吐き捨てて、フィーネちゃんと魔魚を取りに潜ってしまった。
「ふいー。いや素敵な湖ね。まるで空を泳いでいる気分だわ。イグニス達も来ればいいのにね」
「あれ、カノンさんは漁に行かないんですか?」
「私もそこまで泳ぎは得意じゃないわ。ヴァンとフィーネには足手まといよ」
そう言い青髪のお姉さんは湖に大の字でプカプカと浮いている。よもや雪女の救出に向かった二人が泳ぎの不得意なものだったとは。というか市民プールなんて無いだろうし、魔獣の存在を考えると案外この世界は泳ぐ機会は少ないのかもしれない。
「おい、どこ見てるんだ。この変態」
カノンさんの大きな二つの浮きに釘付けになっていると、背後から罵声が聞こえた。突然の事に肩がビクリと跳ね上がり、恐る恐るに声の持ち主の方向を見る。いつの間に近づいてきたのか、イグニスが頬を膨らませながら桟橋に座り込んでいた。
(お前さんが胸をガン見してる間じゃ)
オージーザス。普段は炎を連想する赤い瞳は、色そのままに視線の温度がドライアイスの様だ。冷たすぎて火傷してしまいそうである。
「……イグニスも泳ぐ? 気持ちいいよ」
「君の様な色情魔が居てはとても脱ぐ気にはなれないね」
ああ、と自分の失言に反省をする。そうか、カノンさん達と比べるにはあまりに残酷な格差であったか。俺は気にする事無いよと魔女に優しい視線を向けた。死ねとばかりに魔法陣が展開される。
(凄いな。会話が無かったのにやりとりが手に取る様に分かったわ)
「ぎゃー!!」
「どうだー!!」
この悲鳴は俺ではない。イグニスが俺を標的にしている間に、カノンさんがこっそり橋下に忍び寄り、まるで妖怪の様に水に引き摺り込んだのだ。ワーキャーと女子のじゃれ合う声を聴きながら、無事で良かったと密かに胸を撫で下ろした。カノンさんありがとう。
「みんな楽しそうね……」
そんな俺たちの様子をティアが寂しそうに眺めていたので、じゃあ水に落とそうかなと近づこうとしたところ、びしょ濡れになったイグニスに止めろと引っ叩かれた。
◆
ヴァンとフィーネちゃんが戻ってきたのはもう少し経ってからの事。二人で「見て見て」と3メートル越えの獲物を担いで帰ってきた。もはやマグロの様な巨体には呆れるばかりで、よく水中で仕留めたものだと感心をする。
せっかくという事で魚をちょっと遅い昼食にした。丸焼きにするのも大変な大きさなので、イグニスが魔法の火力で一気に焼き上げたよ。塩を振り掛けながら齧りついただけだけど、新鮮だからかめちゃくちゃ美味しかった。
そんなこんなで聖地を後にして。エルフの町で船を返して馬車に乗り代える。何日か馬車に揺られ、勇者一行はラメールに帰還をした。
「あらお帰りなさい。随分と遅かったわね」
と。皮肉たっぷりで迎えてくれたのは、大使館で勇者の帰りを待っていたお姫様だ。
今回は一行揃い並ばされているのだけど、遅くなった心当たりがありすぎて反論する事が出来る者は誰も居なかった。
「こっちも色々あったんだよ。道中に襲撃された。心当たりは?」
魔女はまるで自分は悪くありませんとばかりに罪を襲撃犯に擦り付ける。ピクリと方眉を持ち上げる眼光の鋭いお姫様。やれやれと大袈裟に肩を竦めて、溜息と共にとんでもない事を告げて来た。
「貴方達が居ない間に川の民側の貴族が反乱を起こしてね、今宮殿に立て籠もっているわ。どうしましょ?」
「「「はぁ!?」」」
誤字報告貰いました。大変助かります。ありがとうございます!




