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211 水の精



 スティーリア探検隊は無事に勇者達と合流する事が出来た。

 本来ならば、これでめでたしめでたし、というか。感動の再会にお涙頂戴というシーンだと思うのだけど。


「はぁんティアねえ。良かったな、おい。彼女と距離が詰められたようでさ」


「本当だよね。もしかしてまだ馴染めてないのは私だけなのかな、ウフフ」


 魔女が、勇者が、じりじりと詰め寄ってくる。口元は不気味に三日月を描くくせに、目元が一切笑っていない事に気づいた俺は、反射で背筋を伸ばしその場に正座をした。


「ば、ヴァン! 一体何が起こってるんだ。俺が何をしたって言うんだ!?」


「……知らね」


 ああ無情。勇者一行唯一の男仲間に救いの手を求めるも、少年は手を握るどころか唾でも吐き掛けそうな顔で見下ろしていた。こいつ等は駄目だ。ならばと一緒に苦難を乗り越え生還した雪女と僧侶に視線を向ける。


「「……」」


 フイと。まるで私は何も見てません知りませんと言わんばかりに顔を逸らされた。

 ジグルベイン、どうやら俺の味方はお前だけらしい。


「いやあ心配したんだよ。是非ともそっちで何があったのか知りたいなあ。勿論聞かせてくれるだろ、ん?」


「私もとっても興味あるなぁ。全部包み隠さず話してくれるよね、ツカサくん? あ、嘘は吐いても無駄だから」


 右を見ればイグニスの業火を宿した様な赤い瞳がギョロリと睨む。

 左を見ればフィーネちゃんの光を失いどんよりと曇る瞳が心を見透かそうと覗いてくる。

 魔王に誓いやましい事など無いのだけれど、二人の放つあまりの圧に、口からひいと悲鳴が漏れた。



「カノンさんとティアの裏切り者」


「いや、悪いとは思ったけどね。あれ私達が庇う分だけ逆効果だったと思うのよ」


「そうね。ツーくんは頼りになると言ったらヴァンくんもむくれていたのだわ」


 想像以上に俺たちの安否を心配してくれていたという事なのだろうけれど、昨日のイグニスとフィーネちゃんは本当に怖かった。特にフィーネちゃん。


 「それ嘘だよね」「ねえなんで本当の事言ってくれないの?」と勇者の心眼フル活用で詰め寄ってくる姿は夢に見そうな恐怖があった。話せない事はジグ絡みの事くらいなので攻略にあまり力を借りなくて良かったと心から思う。


「君が人の気も知らずに状況を楽しんでいるからだ」


「それについては悪かったって」


 イグニスならば前進の道を選ぶという予想は当たったものの、探して待っての後の苦肉の決断だった様だ。船には俺たちの荷物と共に書置きまで残してくれていたという。


 心なしか普段より若干近い魔女にごめんねと囁いた。

 尋問の様な報告会の後でコッソリと教えて貰ったのである。勇者が酷く狼狽していたと。

 

 思い当たる節はある。勇者一行の印を預かる時にフィーネちゃんは言った。命をくれと。

 そうだ彼女は一行の長として、全員の命を預かっている。それが自分の手から零れた時、無くさないように必死に探すのは当然なのであった。


 勇者はヴァンと二人で不満をぶつける様にガサガサと草を薙ぎ道を作っている。

 そんな少女の背中を見ながら、王女様の言う通り、これ以上の重石は背負わせたく無いと切に願う。



 「あ」「お」と短い呟きが前から同時に聞こえた。

 どうやら森を抜けた様で、鬱蒼とした景色からパァと視界が広がる。


「おや。島の反対側に出てしまったかな」


「そのようね。けれども、地脈の強い方向はやはりコチラかしら」


 フィーネちゃんとヴァンに続きぞろぞろと森を出た。そして一様に足を止めて立ち尽くす。砂浜に出てしまったのだ。目の前には海、ではないが、タルグルン湖が大きく広がり、ザザンザザンと細波が打ち寄せていた。


 そういえば船着き場も砂浜だった。地下の鉱山を歩いてきた後だと不思議な気分だ。

 きっと波が山の土や岩を削りこの様な景色に変えたのだろう。


「んだよ。これなら船乗って来た方が良かったか?」


「ううん。流石に船の上からじゃ地脈は探れないから。ねえイグニス、この辺りじゃ水精は呼び出せないのかな」


「どうかな、魔力の流れる範囲はどうしても狭まるよ。起点を探しているのは、より広範囲に魔力を流す為だからね」


 そういえばティアの言っていた呼び出すという発想は当たりの様だった。

 今やりたい事は簡単に言えば家のインターホンを鳴らす行為である。ウィンデーネさん居ますかーと、より大きな声で伝えられる場所を探しているらしい。


 話をしている隙という言い方は悪いけど、せっかくなので砂浜を小走りで駆けて、波打ち際に立ってみる。湿る砂の優しい踏み心地と、足元を何度も何度も行き来する水の流れは立っているだけでも頬が吊り上がる。


「綺麗ねー。同じ水なのに地下の水溜まりとは大違い」


 見れば俺を追いかけカノンさんとヴァンも水に浸りに来た様だ。見事にラウトゥーラの森では方針は任せました組だった。またの言い方を難しい話分かりませんチームとも言う。


「そうですね。こんな景色を見ていると心まで晴れますよね」


 日射の関係か、湖の水がまるで鏡面の様に空を映しこんでいた。水平線の境すらも青に溶け、水を眺めているのか空を眺めているのかすら曖昧になる。天井の低い坑道を彷徨っていた後だから、世界とはなんて美しいのだろうと、心までもが広くなった様に感じる。


「おいツカサ。あー。船でティアを助けてくれて、ありがとな」


「礼なんていらねーよ。俺たち仲間なんだし助け合って当然だろ」


 足を波に晒し水の感触を楽しみながら、空を映し出す広大な水面を眺めていた。

 いつの間にか隣にやってきたヴァンが照れ臭そうにそう言う。気持ち悪い。なのですぐに視線を戻し、ぶっきらぼうに答えた。


「でもあれだな。スティーリアさんは、根が素直というか真面目というか、素敵な人だったよ」


「だろー。ティアはうちの奴らと違って可憐なんだ。いいか、世の中には三種類のゴリラがいるんだぜ。カノンみたいな筋肉ゴリラと、イグニスみたいな魔力ゴリラと、フィーネみたいに筋力も魔力もあるゴリラゴリラだ」


 雪女と比べれば他の勇者一行の面子なんてゴリラだぜと、ヴァンは声高く笑ってみせた。

 するとスルリとヴァンの右肩に腕が掛かり、ヴァンの高笑いはピタリと止まる。ギギと青ざめた顔でコチラを見るも、すまない俺も動けなんだ。


 俺の左肩にも同様に腕が回っていた。まるでこめかみに銃を突き付けられている気分だ。

 そして俺とヴァンの間からひょっこりと頭が突き出される。青い髪だった。俯き、特徴であるポニーテールがダラリと下がり表情は見えない。


 俺は期待をした。「男子二人で何話てるのよー」といつもの気さくなお姉さんの声を。

 だが彼女の発した声はこうである「ウホッ」。話は全部聞かせて貰ったという意味を一言に集約したパーフェクトな答えだ。


「犯人はコイツです」


「テメェ!!」


 だって俺は悪口言ってないもん。俺の即答に満足気に頷いたゴリラは少年の首根っこを掴み片手で持ち上げると、オラァと遠投して見せた。巻き込まれる可能性があったと考えるだけで肝が冷える光景だ。


「まったく、あの子は口が悪くてしょうがないわ」


「うわぁ。やっぱりゴリ」


「あん?」


 俺はおっとと慌てて口を噤む。やがて「ぐぼぉ!」と着水したヴァンの悶絶する声が響くのだけど、俺はその死体を見ながら、おやと首を捻った。カノンさんは水に落ちる様に敢えて遠くに投げたのだ。なのに何故か少年剣士は水面の上でゴロゴロと悶えているではないか。


(ほう。馬鹿も偶には役に立つ)


 砂浜を見て陸地はここで終わりと勘違いしていたが、どうやら違うらしい。水は反射しているせいで分かりづらいが、長く浅瀬が続いているのではないか。でかした馬鹿と、俺は大慌てでフィーネちゃんの元へと戻る。


「うわ、本当だ。この辺りは浅いから全然歩けるね!」


「うふふ。まるで空を歩ている気持ちになるわ」


 フィーネちゃんは精霊を呼び出す準備とやらで、すっかり薄着になっていた。

 纏うのは白い前開きのバスローブの様な衣装のみ。金糸の様な髪を結い上げて、晒けだすうなじからは得も言われぬ色気が溢れる。


 まるで風呂上りの姿だなと、妙な感想を抱く。普段と違うところがあるとすれば、身体に書き込まれた赤い紋様か。それには見覚えがあった。かの黒い悪魔ラヴィエイの体表に刻まれていた模様に似ている。

 

 そんな勇者様が、パシャリパシャリと波紋を立てながら空を描く水面を歩く様は、天女でも降りてきたのかと思う程に現実離れした美しさがあった。


「こら、あまり薄着の女性を見つめるんじゃないよ」


 紳士のマナーを欠いただろうか。イグニスが不愉快そうな面持ちで頬を抓ってくる。

 口ではごめんと言いながら、ついつい視線で追ってしまうのは悲しきかな男の性だ。でも大丈夫。俺は軽蔑の視線には慣れているのである。


(ううむ。妙なところが強くなりおってからに)


 ここだなと魔女が全員の足を止めたのは、それからどれほど歩いた時だっただろう。

 砂浜もすっかり遠く、上も下もが一面の青の世界。綺麗ではあるのだけど、空が落ちてきた様な、或いは陸地が消えうせた様な、終末じみた雰囲気のある場所だった。


 勇者は濡れる事も厭わず、地面に片膝を付いてしゃがみ込む。そして手のひらでそうっと足場を撫でると、場所を見定めたのか、ザンと、刀身が透明な剣を深く差し込んだ。


「此の神床に仰ぎ奉る。我は人なり。弱く儚き生を歩む者。恐み恐みも白さく、このか細き声が届くなら、聞き賜え。高き尊き神のまにまに 直き正しき眞心もちて 誠の道に違ふことなく 負ひ持つ業に勵ましめ給ひ」


 剣に流し込む魔力は如何程か。勇者特有の七色の魔力が光の柱となり、ゴウと一瞬立ち昇る。今のが呼び出しの儀式なのだろうか。大きな力を扱ったフィーネちゃんはふうと小さく息を吐きだした。


 それも束の間。地面に片膝を付いていた勇者は、ズリリと両膝を付いた。

 苦しむのか額から大粒の汗を流す少女。異変に思わずみんなで駆け寄りそうになるも、それを勇者は視線で制す。


(お、来たか)


 身体に書いた赤い紋様がパアと輝くと、なんとフィーネちゃんの身体がゴポゴポと水に包まれていく。周囲の水が動いているというよりは、まるで勇者から水が溢れ出ている感じだ。


 湧き出た水は意思ある様に動き出し、やがて宙に向かい大量の水がザプンと飛び出した。

 その水が全て出きるまでの間、勇者は陸に居ながら激流に飲まれた様に身を捩らせる。


「ちょっと大丈夫フィーネ!?」


「はあ、はあ。うん。大丈夫」


 水から解放され崩れ落ちる勇者に僧侶が駆け寄り、抱き起こす。

 フワフワと宙に浮く水は、湖同様に限りなく透明で、けれども勇者の力が混じるのか、時折ヌラリと七色に輝いていた。不定形なそれはさながらにシャボン玉の様だと感じる。


『やたらに上質な巫女だと思えば、其方は勇者か。嗚呼、実に懐かしい気配だ』




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