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203 気の弛み



 俺は船の甲板の上からそうっと湖を覗き込んだ。

 湖の中には山がそのまま水に浸かっている。地表はほとんどが泥や苔で覆われているけれど、輪郭と樹木はまだ残り、かつては陸地であったのだろうと思わせた。


 その深さは如何程か。正確に判断はつかないが、木がこうも小さく見えるのであれば、きっとかなりの深さなのであろう。だと言うのに、はっきりくっきりと水底の見える不思議。

 

 水が澄み渡っているのだ。いや、澄み渡り過ぎていた。水中を自在に泳ぐ魚達が、まるで空を駆けている様に見える程で、それを上から俯瞰する俺は神様にでもなった気分である。なるほど聖地。少なくとも特別な場所である事だけは十二分に理解する事が出来た。


「なあヴァン。俺は偶然にも針と糸を持っているんだが」


「まじか。なんとこっちには偶然竿がある。肉でも付けてちょっと糸垂らして見ようぜ」


(偶然とは一体?)


 獲物が丸見えなのである。これなら釣り放題だぜと、ヴァンとどの魚を狙うかウキウキで相談を始める。だがカノンさんに魔獣をおびき寄せるんじゃありませんと、使う前に釣り具は没収されてしまった。殺生な。


「おお、水中でも木が生えているな。透過率が高いから十分に光合成出来てるって事か」


 いつの間にやら俺と同じ様に水面を覗き込んでいたイグニスが呟く。

 言われて俺もああと思う。道中に生えていた木はまだ水面から顔を出していた。けれど、この湖に沈む樹木は完全に水没してしまっているのだ。それでも残っているのは凄い事なのだろう。


「昨日聞いた話だと清らかな水にウィンデーネが住むんじゃなくて、ウィンデーネが住むから清らかな水になるんだってね」


「ええ。きっと水の魔力が濃いのでしょう。精霊に見初められるなんてまさに聖地ね」


 しばし船を止め風景を味わっていたのだけど、眺めていても進まない。フィーネちゃんがさあ行こうかと、舵輪を握り魔力を回す。すると帆が風受けフワリと張って、船は水面を滑る様に動き出した。


 この透明度なら座礁はありえまいが、魔獣を警戒してカノンさんが船頭に立つ。そしてスティーリアさんはロープをちょいちょい引っ張り帆の角度を調整し始めた。ヴァンはまだ水面を眺めている。


「魔導船って便利だよね。馬車とかには使えない技術なの?」


「一応開発はしているんだよ。けれど今の所はまだ実用段階じゃないね」


「そうね。みんな一度は考える事なのだわ」


 俺の素朴な疑問に魔法使いの二人が渋々と首を横に振った。魔力で動かす事は簡単なのだけど、それを馬並みの速度で長時間はまだ無理だと。この船は自然の風の補助という形だからこそ成立しているそうだ。


 なるほど。魔力と言えば便利そうだが、結局人力という事なのだ。魔力式の自転車なんて物があったとしても、多分普通の自転車を身体強化で漕いだ方が楽なのだろうと想像出来た。


「とりあえず昨日聞いた島に行くね。一応私達もお祈りしとこ」


 フィーネちゃんの打ち出す方針にみんなでういと頷く。

 エルフさんの話だと、ここはみだりに人は来れない場所なのだけど、年に一回だけ鎮水の祈祷を行いに来るらしいのだ。


 加護を授けてくれる本当の神様が居る世界だが、それはそれ。やはり自然という大きな物と向かい合う時、人は祈りたくなる。あるいは、祈るくらいしか出来ないのではないか。


「そういうの、カノンさん的にはどうなんでしょう?」


「全然ありでしょ。少しでも心から不安が消えるなら、それだけで祈る価値はあるってもんよ」


 振り向きニカッと笑うポニーテールのお姉さん。信心深い聖職者なのに迷わずに言い切られてしまった。恰好良すぎて惚れてしまいそうである。


「ま、この有様じゃあね。まさに神にも縋るってやつなんだろうさ」


 こっちは信仰心なんて欠片も持ち合わせていなそうな魔女の台詞だった。

 赤い瞳は遠くの山間を見つめている。この湖は岩場の高い山にグルリと囲まれているのだけど、その高い山には所々に滝が見えた。


 きっと山の裏側にも湖ないし川があるのだろう。その水場から溢れた水が、低地であるこの場所に注ぎ込んだのではないか。まるで蛇口の捻られた風呂桶にでも浮かんでいる気分にさせられる。


「あ、おい見ろよ。下に建物っぽいのも見えるぜ」


 まだ水を覗き込んでいたヴァンがそう言って。俺はどれどれと再びに水を覗き込んだ。

 本当に建物が。というか町と呼べる規模の物が沈んでいた。石造りの文化の為か、水底にあろうと朽ちず立ち続けたのだろう。


 今は当然に人は住まない建物は、代わりに水棲生物の巣になっている様で、魚の群れが我が物顔で町を遊泳していた。


「あーあの島かしらね。確かに教会っぽいのが見えるわ」


「あ、見えた? そうだと思うよ。崖際の一番近い島って言ってたし」


 俺とイグニスが合流する前に船の操縦訓練を受けていたという勇者一行は、初運航だろうに器用に船を操って、そしてどうやら目的地まで辿り着いたようだった。


 その島は湖を囲う岩山の傍だった。近づくと脇では滝がドバドバと流れ落ちている。

 確かに人の手が入っているようで、三日月型に抉れた入江には桟橋が掛けられていた。奥には僧侶の言った通りに大きくはないが建築物があるのが分かる。


「おお。砂浜になってるな。ありゃ泳いだら気持ち良さそうだぜ」


「それ良いな。こんな透明な水で泳いだら楽しそうだ」


「もうヴァンもツカサくんも遊びに来たんじゃないんだからね! だから……帰りにちょっとだけ、ね?」


 勇者からお叱りの言葉が飛んで来る。けれど本人もテヘリと舌を出して、意外と水遊びには肯定的らしい。さすがフィーネちゃん、遊び心もちゃんと持ち合わせている様だ。


「聖地で泳ぐなんて不謹慎なのではないかしら」


「大丈夫っしょー。それくらいで水精が怒るなら文句言ってやるわ」


「泳ぐのはともかく環境には興味あるな。時間があるなら調査したい」


 冒険の進みは順調で、遊び場に丁度良さそうな離島まで有って。

 勇者一行は警戒はしているつもりだったのに心は何処か弛んでいたのではないか。


(お前さん、上を見ろ! ヤバいヤバいぞ!!)


 この中で唯一気が弛んでいなかったのは、皮肉にも魔王であるジグルベインであり。そんな彼女が俺にだけ聞こえる大声でがなり立てた。


 ドガン!と爆音が響いた。ジグの言う通り、上だった。

 吹き飛んだのは岩山の一部であり、ちょうど滝の噴き出る口である。


 瞬間、影に覆いつくされた。パラパラガラガラと岩が降り注ぐ。これだけでも十分にヤバいのだが、もっとヤバいのは注ぎ口が拡張した事により、瀑布となり注ぐ分厚い水の壁だろう。


「こう、来るか!」


 最悪の光景だった。逃げようにも四方は水に囲まれている。船の足はこの危機を躱せる程速くも無い。先の脅威として水に押し出された岩石が砲撃の様に降り注ぐ。船への直撃はまだ無いが、バシャバシャと水面が激しく叩かれて。打ち寄せる波紋は波となり大きく船体を揺らした。

  

 突然の衝撃に態勢を崩し、おおうと全員で船にしがみついく。けれどこうしては居られないと、俺とヴァンは即座に身体強化を施し、船と仲間に向かう岩を迎撃に向かう。


「イグニス!」


 フィーネちゃんが叫んだ。見れば右手には虹色の輝きが。勇者の力を使うから時間を稼げと言うのだろう。言われなくてもとばかり、勇者の声に遅れず魔法陣が展開された。


 それは如何な魔法か。展開と同時、拳で魔力を叩きつけられた魔法陣は詠唱も無く奇跡を発動させたのだ。指向性のある爆発だった。円陣から爆発が噴き出た様にも感じる。


 鼓膜を揺るがす轟音に耳をやられながらも、俺はどうだと魔法の結果を見やった。

 爆風は膨大な量の水を見事に吹き飛ばしている。けれど相手は流体、そして押し寄せる水。


 幾ら手前を吹き飛ばそうと、瞬時に補完されるのだ。数秒と経たず、目の前には変わらぬ光景が迫っていた。


「キャアー!!」


「ティア!?」


 イグニスに続き、スティーリアさんも魔法を放とうとしていたのだろう。

 けれどそれで両手を空に向けたのが運の尽き。不意に傾いた船の揺れで、雪女の身体が船体より投げ出されてしまったのだ。


 咄嗟にヴァンが駆け付けようとするが俺の方が近い。任せろと、少年に視線を投げてスティーリアさんに手を伸ばした。


「ティア! ツカサくん!?」


 無事に腰に抱き着くが、そこは既に空中で。俺が水に落ちる間際に見た光景は、意を汲んでくれたのかイグニスの手を取るヴァンの姿だった。




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