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201 魔女二人



 その部屋には二人目の魔女が居た。

 目立つ赤金色の髪の毛をふんわりと巻いたド派手な頭髪。深い知性を感じる翠色の瞳は獲物定める猛禽類の如くギラギラと鋭く。口元に常に浮かぶ微笑は王者の貫禄すら漂わせている。


「ねえイグニス。目上の人に挨拶するのは常識だと習わなかったのかしら。私、第一王女。貴女、智爵家長女。分かるわね」


 笑顔、ではあるのだが、その仮面の下に燃え滾る様な怒りを抱え込んでレオーネ姫は言った。

 しまったと反省をする。何をしていたと聞かれたので俺達は食べ歩いていたと返したのだ。もしかしなくても火にガソリン注いだだろうか。


 しかし魔女。赤髪で赤眼の、心の中まで真っ赤な炎の様な女は、叱責を浴びせられながもぬけぬけと言い放つ。


「居たの知らなかったんだ、しょうがないだろ。ご機嫌いかが? レオーネ殿下」


 知ってたろお前。知らない訳ないだろお前。だって道中に王女様に気をつけろって教えてくれたじゃん。そう思うけれど、俺は賢いので顔にも声にも出しはしなかった。


(顔には出とるぞ)


 ここは大使館にあるお姫様の私室だ。部屋に来た時はイケメン執事を侍らせていたが、姫様がポポンと手を叩くとお茶だけ出してササりと退出していった。つまり、この部屋には魔女が二人と俺だけだ。帰りたい。


「私を避けている理由当ててあげるわー。その子にちょっかいを出されたくないのでしょう。珍しくお熱なのねーイグニス」


「残念。ツカサはもう勇者一行だ、特権で保護されている。そもそも、エルツィオーネの客人に手を出すんじゃねーよ。ブチ殺すぞテメェ」


 執事の前では背筋を伸ばし、ウフフオホホと実にお姫様然としていたレオーネ殿下。

 だがどうだ、ガンと机に脚を投げ出して、いよいよ笑顔の仮面も脱ぎ捨てた。喧嘩売ってんのかとメンチを切る様はまるでヤンキーだ。


 もう一度言おう。帰りたい。

 何処にだと言われると困るのだが、とりあえずこの部屋から出たい。そんな心境だった。


「っは。お家騒動で腑抜けては無さそうね。勇者一行になんて入らずに大人しく私の下に付けば良かったのに」


「嫌だよ、お前性格悪いもん。フィーネとどちらを選ぶかなんて瞭然さ。なあツカサ?」


 よりにもよってそこで振るんじゃねえよ。俺はえへへと曖昧な笑みを浮かべ誤魔化した。

 だがいつまでも置物ではいけないのだろう。用事があるならばさっさと終わらせたいと思い、俺は呼び出された理由を問う。


「あの、レオーネ殿下。挨拶が遅れた事は誠に反省をする所なのですが、何故私めも御呼ばれになったのでしょうか」


「嫌だわ堅苦しい。他に誰も居ないのだからレオーネでいいわよ。私ね、人と本音で向き合う時に肩書なんて要らないと思っているの」


 つまり今はランデレシアの王女様ではなく、ただ一人の性悪女だと。

 なるほど、心根が本当にイグニスと似ている。誰も見ていなければ行儀の悪い仕草などまでそっくりである。俺は貴族のお嬢様がみんなこんなで無ければ良いなと憂いた。


「ええと、じゃあ。なんででしょうか」


「正直おまけ」


「えー」


(カカカ。酷い扱いよな)


 いくらなんでも正直すぎるのではないか。じゃあ帰りますねと、腰を浮かすと、座ってなさいとイグニスに強引に席に戻らされて。


 イグニスは肘置きにドスリと肘を立て、頬杖をしながら赤い瞳でお姫様を眺めていた。

 まるで何を考えているのかなと見定める様な、表情、呼吸、仕草から思考を読み取らんばかりの熱い視線だ。


「じゃあ今度はこちらが当てようか。君、余裕が無いよね。結構本気で怒ってるんだ。私たちが遊び歩いていた事に。さて、じゃあ私の到着が遅れた事で何に支障が出るかなぁ。例えば、そう、勇者がこの国に滞在している事なんてどうだい?」


 ドヤ顔を超えたニチャリ顔を披露する魔女。俺はうわぁとドン引きするが、対し、お姫様はニコリとも笑わず、静かに静かに眼力だけを高めていく。


「待った待った」


 お前ら一体何の話をしているのだと。聞きたくはないけれども、聞くしか無かった。

 仮にもランデレシア王国の大使として訪れているフィーネちゃんにその国のお姫様が居ると不都合だと言うではないか。


「はーん。当たりか。なるほど、随分と面倒な状況らしいな」


「理解が早くて助かるわ」


 その理解が出来ないのですがと言うと、イグニスはピッと人差し指を立てて言う。

 特異点だよと。特異点。魔王の爪痕と呼ばれる異常現象が残る場所。この国シュバールは止まない雨により大洪水に襲われていた。


 俺は一層に疑念を深める。勇者は、勇者ならば、その特異点を破壊出来るはずだった。

 イグニスも雨により掛かる忌々しい万年虹も勇者の手で消える事になるだろうと語っていたのだ。


「そこは利権だろう。考えてごらん。特異点が消えて雨が止めば、やがて水も干上がる。すると川の民と草原の民の力関係が崩れる」


「そうね。今このラメールでは川と草原だけでなく、小人(ドワーフ)森人(エルフ)の族長も集まり、特異点の扱いを話し合っているわ」


(カカカ! 人間とは全く救いようのない。一回滅べばいいのに)


 俺もその話を聞き、なんて事だよと頭を抑える。

 魔王の爪痕が消えるのはこの国の悲願だと思っていた。勇者は歓迎されるのだろうと安易に考えていたのだ。けれどどうだ。人は爪痕が消える前から利益を争う。


 いや、これは穿ち過ぎか。

 今を生きる人達は、生まれた時からこの環境だったのである。特に川の民などは水が無くなるくらいならばと思っても仕方がないのではないか。


 シュバールは良くも悪くも環境に適応したのだ。そして今は再びに環境が変わる境目で、未来を案じるのは悪い事ではないはずで。


「それで、内緒話で私に何をさせたい? どうせフィーネには特異点の攻略は会議の結果待ち、くらいしか伝えていないのだろう」


 俺もそこが話の肝なのだろうなと思う。フィーネちゃんは水精に会いに行く段取りしか行っていなかった。自分の存在がこの国に混乱を招き寄せているとは考えてもいないだろう。


「本音を言えば、私は勇者に政治に関わって欲しくないの。さっさと目的を果たしてシュバールを出て欲しいわ」


 姫様の考えでは会議の結果が出る前に国を出るのが理想の流れの様だ。

 今回の特異点の破壊はどう転んでも不和を生む。慈善事業で恨みを買う事は無いと。

 だからチンタラしていた俺たちにお怒りだったのか。


「あの子は楽しく冒険でもしていれば良いのよ。ただの町娘が勇者なんて運命を背負っただけで十分な重石でしょう。これ以上は不要だわ」


 深緑の視線は鈍らない。未来を見据える様な、運命を睨みつける様な、猛禽類の眼だ。

 あるいはこれが彼女なりのノブレスオブリージュか。ただ王の娘に生まれただけで国なんて背負った少女は、それでも勇者に栄光だけを掴ませようとしているのだ。


「つまり話というのは、俺たちが帰って来た時に会議の結果が出ていた場合の事ですね」


「あら、さすがイグニスが目を掛けるだけあって頭の回転は悪くないのね」


 いやいや。ここまで話をされれば誰でも分かるだろう。ついでに言いたい内容だってボンヤリと見えるさ。フィーネちゃんに汚れ役をやらせたくないと言うならば、代わりに汚れる人間が必要だと言いたいのではないか。


「いや違う。君はレオーネを分かってなさすぎる。うへへ、この性悪女はこう考えるのさ。勇者が力を振るうならばしょうがない、一番美味しい状況、最大の利益を確保出来るように動くべきだと」


「当たり前でしょう。結果が同じならば得るものが大きい方を取るまでよ。んふふ、一緒にシュバール狂騒曲を奏でましょう」


「やっぱ帰っていいすかね」


 赤い魔女と赤金の魔女は、口元に不敵な笑みを浮かべながら手を取り合った。

 



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