199 閑話 預かった刃
シュバールに到着し早八日。今日ようやくイグニスとツカサくんの二人と合流する事が出来ました。
おーいなどと呑気に手を振りながら登場した少年は、何故かこの国の民族衣装に身を包んでいます。遅いよ君たち一体何してたの。いや、本当に何してたの。
まあ無事に来てくれたので良しと思っていると、ツカサくんはその足でまさかに私の前に跪くのです。頭を低くしながらも、真摯な視線が焦がす様に私をジイと見つめました。何を言われるのだろうと、心臓が高鳴り顔が火照ります。
「名前はツカサ・サガミ。生まれも育ちも知れぬ風来坊。ラウトゥーラでは成り行きでの同行となりましたが、この度改めて貴女に剣を捧げます」
捧げられてしまいました。けれども私に差し出されたのはお菓子でしたけれどね。
まったく真剣なのかふざけているのか。私は目の前に出された細い長いお菓子を手に取り、パクリと頂きます。
「ツカサくんの心、食べちゃった」
うわ、言ったはいいけど恥ずかしいなこれ。
結果はともかく、少年は私に尽くすのだと。勇者一行に加わると言ってくれました。
もうずっと仲間のつもりでしたが、確かになあなあで済ませていいものでもありませんね。私は自分の首飾りを外し、そっと彼の首に勇者の印を掛けるのです。ふふ、気分はまるで私の騎士様です。
でも、そんな下心を嘲笑う様に、彼の首には既にエルツィオーネ家の紋が入った指輪が下がっていたのです。おのれイグニス。なんて抜け目のない女でしょうか。
とにかく、これでまたツカサくんと冒険が出来るのだなと思いました。
心は感慨に耽っているのですが、口は貰ったお菓子をカリカリと食べ進めてしまいます。
「ああ、そうだ。フィーネちゃんにお土産があるんだよね。喜んでくれればいいけど」
わあ何かなと返事をするのですが、手は止まってくれません。
ティアもお菓子に興味を持ったのか一本くださると指を伸ばして来ました。二本目に手が伸びるのに、そんなに時間は掛かりませんでした。
「あ、女中リーナの恋物語。えっと、お土産ってこれ?」
はいこれと渡されたのは一冊の本でした。少し前王都で大流行した恋愛小説で、当然私も読んでおります。というか擦り切れる程読み込んでおります。私はこの小説の熱狂者なのです。
だから受け取った時はどう反応していいのか分からなかったものです。開いて見てと言われ、言葉の通りに開けば表紙裏には何やら文字が。
ええと、と目で追って。おやおやと二周目に行き、三度目で絶叫致しました。
「ら、ラウトゥーラの森の冒険譚に私は勇気を頂きました。勇者一行の旅路に幸あれ。ハ、ハトヴァリエー!?」
気付いたらツカサくんが失神しかけていました。ごめんなさい、ありがとうございます。
ティアが見せて見せてと手を出してくるのですが放すものですか。駄目です。これは家宝にするのです。
そのうちヴァンが席にやってきて、遅れてイグニスとカノンもやってきます。
見ないと思ったらお酒を用意して貰っていたようで、飲もう飲もうと杯に勝手に葡萄酒が注がれていきました。
しょうがないなあと思うのですが、肴に道中の話でもと言われれば首を横には振れません。ツカサくんになんとも楽しそうに軌跡を語られて、最初はふむふむと真面目に耳を傾けていたのですが、いつの間にかお腹を抱えて笑っていました。
◆
「ツカサくんは覚えているかな。【軍勢】って」
少年の言い訳を兼ねた楽しい旅行記が終わり、今度はこちらの番です。
少し真面目な話なのでお酒の席で話す事でも無いのですが、彼が勇者一行に加わるというならば話さない訳にも行かないでしょう。
ツカサくんは軍勢という単語を聞いて表情を引き締めました。
お酒の入ったグラスをコトリと机に置き、指を組みながら、ああ、アレねと。勿論覚えてるともと、眉に皺を寄せた表情で返したのです。
「ツカサくん。覚えていないなら覚えていないって素直に言おうね」
「ごめんなさい」
嘘でした。彼は微塵も覚えてなどいなかったのです。真実を見抜く勇者の前でこうも堂々と嘘をつくとは何を考えているのか。え、本当になんで覚えてるって言ったの?
「お前、嘘だよな?」
「嘘って何だよ。じゃあお前知ってんのかよ」
ヴァンが正気を疑う様な表情でツカサくんの顔を覗き込みました。喧嘩腰に反論するツカサくんですが、カノンやティアの視線に気付いて困惑をしていました。
「え、俺なにか変な事言ったかな」
「いや、私が教えて無かったのが悪いんだ。【軍勢】はね、現存する最古にして最強の魔王なんだよ」
「へー」
その態度に私も絶句します。イグニスの言う通り、【軍勢】は古くから魔大陸に君臨する魔王です。それはもはや、ランデレシア王国どころか、世界中での常識だと思っていました。
記憶喪失という嘘を付いているツカサくんですが、思えば私は彼の生まれた国を知りません。【軍勢】の名前が聞こえない程の僻地だとでも言うのでしょうか。ねえ、君は一体何処から来たの。言葉にはしませんが、そう思います。
「君、本当に忘れていたんだな。殺されかけた相手だぞ」
「ええ、だって結構前の事だよ?」
「前の事だからって死に掛けたら普通忘れないと思うのだわ」
ティアが突っ込み、私もうんと頷きます。一体どれだけ死に掛けてきたのでしょうか。
これは軍事秘密で世間に公表はされていませんが、小鬼の繁殖爆発の裏には深淵の他に軍勢が関わっています。
というよりも、他ならぬツカサくんが唯一の証言者なのです。きっとイグニスが居なかったら与太話で終わっていたのではないでしょうか。
私は王に特使として任命され、先に起こった深淵の事件と、軍勢が動いているという事実を国外に広め、有事に協力出来る態勢を作るのが目的なのだと伝えました。
「あれ、なんか精霊なんちゃらが目的だって聞いたような?」
「精霊巡羅ね。うん。私の動きとしては、とりあえずそっちが最優先だよ」
精霊巡羅。過去、勇者ファルスが行った様に四大精霊から加護を得るというものです。正直、今魔王と争いになっても人類に勝ち目は無いでしょう。私の成長は急務なのです。
実は師匠に鍛えられ、少しばかり強くなったと浮かれていました。みんなとラウトゥーラの森を冒険し、この手に伝説の勇者の愛剣を握った時は、物語の主役にすらなった気持ちでした。
ふざけるなくそったれ。
お前なんかは魔王はどころか、現役を退いた元幹部にすら敵わないじゃないか。
あの森から生還出来たのは奇跡。シエル・ストレーガの気紛れと、謎の覆面のおかげなのです。
「というわけで! 私は強くなる為に世界を回ります。こんな未熟な勇者ですが、ツカサくん。貴方にも力を貸して欲しいの。いえ、違う。貴方の命を、私に下さい」
なるべく直接的な表現にしました。
勇者一行の証を渡したばかりではありますが、きっとこれからの冒険は楽しいばかりではありません。先の見えない険しい旅。一度魔王が動けば、私は勇者として最前線に赴く事にもなるでしょう。
だから私は、勇者として今一度彼に覚悟を問います。
命が惜しいならば、付いてくるべきではない。これだけは言っておかなければなりませんでした。
「……ごめん。俺にはまだ、覚悟とかはよく分からないや」
嘘偽りの無い言葉でした。暗く落ち込む彼の顔見て、私の心も少しばかり曇ります。しょうがないのです。彼は一般人で、幾ら強くても、まだ剣も握り始めたばかりなのですから。
「だからね。俺が勇者一行に相応しく無いっていうなら、印は返すよ。けど俺は、フィーネちゃんが辛い時には必ず駆けつける。立場なんて無くても助けたい」
俺はそんな気持ちで剣を預けたよと。少年ははにかみ言いました。目頭が熱くなります。きっと真実その通りなのでしょう。彼は覚悟が無くても、勇者一行という立場が無くても、私の為に立ち上がってくれる人間なのです。
「ツカサー! 良く言ったー!」
カノンがツカサくんとイグニスの間に大きな尻を割り込ませ、脇でツカサくんの頭を挟みました。もしかしなくても酔っているのでしょう。イグニスと合流出来たのが余程嬉しかったのか、随分とお酒が進んでいるみたいです。
「流石は特攻野郎だな! 一人で敵陣に乗り込む馬鹿が言うと説得力があるぜ!」
ヴァンもヴァンで友人と会えたのが嬉しいのか、珍しくティアを放ってツカサくんに絡みます。うざ絡みです。私にされたら殴りますね。ツカサくんからは照れ隠しかうるせーと上擦った声が上がりました。
「という事らしいよフィーネ。私としては、危なっかしいから近くに置いておいた方が良いと思うけどね」
悔しながら、イグニスが彼にべったりな片鱗が伺えました。
私はとんでもない剣を預かってしまったものだと思います。それはまだ勇気では無く、無茶無謀の類。けれど、きっと魔王にさえ躊躇なく刃を向ける黒い剣なのでした。
いよいよ次は200話だ!
本当は普通にツカサ視点だったのですが、仕事中にふとフィーネ視点を書くのじゃとお告げがあったので書き直しました。




