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197 異国情緒



 イカダで川下りをして来た俺たちを、船頭を務めてくれたカルゴさんは桟橋のある港まで運んでくれた。


 波の穏やかな汽水域には俺たち以外にもイカダや小舟がズラリと並んでいる。

 見慣れぬ景色におおうと周囲を見渡すと、物資の運搬だけでなく漁もしているのだろう、樽一杯にまだぴちぴちと跳ねる魚の姿なども見えた。


 風がフワリと潮の匂いを運んできて、今度はふと視線を遠くに向ける。

 高い塔が見えるが、あれは灯台か。向こうはもう海なのだろう。水面が小波でキラキラと眩しい。そちらには風受け進む大きな帆船が出入りしている様であった。


「カルゴ、助かったよ。釣りは要らないから受け取ってくれ」


「おい、金貨4枚って。こんなに受け取れねぇよ。魔獣だって任せちまったし」


 受け取り渋る中年男性だが俺はその手に金貨1枚をプラスした。増やしてどうすると困惑気味に声を荒げるけれど、これは特急料金という奴だ。


 俺たちは物流の仕事をするカルゴさんに無理を言って船を出して貰った。

 結果人間2人とシュトラオスを乗せる事で、運搬予定だった荷物を積めなかったのである。イカダも木材として売り物になるらしいけれど、補填くらいはしなければね。

 

「だからってこんな、いいのかこんな? 返さないぞ!?」


「構わないよ。本当に助かったからね。帰り道に美味しい物でも食べておくれ」


「また機会があったら宜しくお願いします!」


「おお、達者でな。若いからってあんまり無茶すんじゃねえぞ!」


 手を振り爽やかに別れたのだけど、本音を言えばイカダであの川を下るのはもう嫌だな。

 さあ行こうかとボコを引くと、駝鳥は犬の様に体を震わせて羽毛につく水分を飛ばした。こいつめと思うけれど、よく見れば俺もびしょ濡れで、立っていた場所に水溜まりを作っている。


「……ねえイグニス。ちょっと寄り道してもいいかな」


「奇遇だね。私もそうしたいと思っていたんだ」


 真っ先にサンダルを買いに走った。

 いや、ブーツの中にまで水が溜まっていて、歩くたびにぐっぽぐっぽと音を鳴らし気持ち悪かったのだ。行き交う人達を眺めて見るとお国柄か濡れる事が前提な靴が多い。


 郷に入っては郷に従え、という奴か。衣食住という生活に直結したものは、周囲の環境が反映されているのだなとしみじみと思う。


 上から下まですっかりシュバール風の装いになってしまった俺たち。

 今はもう町の中だけど、港から町への間には町壁があって、ランデレシア同様に入門料を払わされた。


 町の様子はといえば、なんとも素敵だ。こういうのを異国情緒とでもいうのだろうか。

 ベネチアの様に水上に町とまではいかないのだけど、多くの水路が街中を走っているのである。違う世界に迷い込んだ様で、ほうと景色に見惚れてしまう。


 水面では小舟やカヌーの様な乗り物がスイスイと移動していて。中にはプカリと浮かぶピンク色の河馬ポポタモスの姿まで見えた。


 ならば陸地は不便をするかと言えば、そうでもなさそうだ。水を跨ぐ橋が至る所に掛けられているのである。迷子になりそうな景色ではあるけれど、余程町の奥に入らなけば袋小路には出会うまい。


 なんというか、水害から残った古い町であるだけに、草原の民と川の民、両方の起源を見た気分だ。


「で、フィーネちゃん達とは何処で合流するの?」


「大使館に居るはずだよ。この国にはレオーネ、ほらあの赤金髪のお姫様が滞在してるからさ、そこに集合だって」


「ああ、あの眼光の鋭い人か」


「そうそう。あの目つきの悪い女。好奇心の塊みたいな奴だから気を許してはダメだよ。君なんかではいい玩具だからね」


 ふーんと生返事で答えた。自己紹介だろうか。なにせこの魔女も目つきの悪さは視線で人を焦がせるレベルだし、好奇心で秘境まで足を運ぶ変態だ。仲良しだけあり似た者同士なのだろう。


(コイツが二人になるとか地獄の様な空間じゃな)


 俺もそう思う。まあイグニスはこれでいいと思うし、変わって欲しいとも思わないのだけどね。


「じゃあ、その大使館ってのはどっちに向かえばいいかな?」


 宿に寄らずに直接向かうのだろうと聞くと、魔女は「うん」と短く答えながらも、周囲をキョロキョロと見渡すだけで明確な指示を言わなかった。


「宮殿の付近なのは覚えているんだけど、流石にこんな端から歩いた事は無いからね」


 分かりませんと素直にお手上げをするイグニス。俺はそりゃそうかと苦笑う。

 質問をすればついつい何でも答えが聞ける気がするが、当然魔女にも分からない事はあるものだ。特に異国で土地勘の必要な知識を求めるのは酷だろう。


「じゃあ観光しながら行こうか!」


「君はすぐそれだな。どうせなら合流してみんなで行こうよ」


(えー。儂はすぐがいいのじゃが。じゃが)


 ジグルベインの意見も分かるのだけど今回はイグニスが有利か。俺はみんな一緒にという意見に賛成を表した。



 道が分からない時はどうするのか。簡単である。分かる人に聞けばいいのだ。

 そこで俺たちは水路で客を待つ水夫の元を訪れる。やはりギルドがあるのだろう。カヌーの様な看板を掲げているので実に分かりやすい。


「あのー、ランデレシア王国の大使館まで乗せて欲しいんですけど」


「んー。大使館か。そりゃ貴族街の中だな。入るには許可証が必要なんだよ。手前の貴族街までで良ければ乗ってくれ」


 オジサンの返事にどう?と魔女を見る。それで大丈夫だと赤髪の少女が頷くもので、俺はひゃほーいと河馬の背に乗った。いや、タクシーならカヌーが普通なのだけど、乗りたかったんだ。どうしてもポポタモスに乗ってみたかったんだ。


「おおう。本当に沈まないんだね」


 鞍を付けた3メートル程の河馬は、背に大人3人と駝鳥1匹が乗ってもびくともしない。

 御者さんがクイクイと手綱を引くと、河馬は何とも緩慢な動作で水上を進みだした。地球の河馬よりも若干に長い脚で頑張って漕いでいる様である。


「おっそ!」


「ははは。お兄ちゃんポポタモスは初めてかい? こいつは大人しくてのんびり屋なんだ。普段は人じゃなく重い物を運んでくれるんだよ」


 へぇーと相槌を打ちながら俺は街並みを眺める。

 水路の水位は舗装路より少し低いくらい。気分次第ではぴょんと陸に飛び乗って買い物も出来てしまいそうだ。


 陸も水も人はとても多い。港町なので商品も多様なのだろう、賑わう市場などを横切った時には早くひやかしに行きたいと感じた。


「ねえイグニス。あれは何?」


 結構な頻度で水面に何やら屋台の様な船が浮かんでいるのだ。船で買えるのは便利かも知れないが、なんでわざわざと思いイグニスに聞いてみた。


「見た通りの屋台さ。なんで水の上かと言うと、この町の影市と言えば伝わるかな」


「うわーそういう事かー。相変わらず商魂逞しいね」


 影市は町の外ならばギルドの範囲外だと屁理屈を捏ねて出店している訳であるが、ならば屋台船は水の上ならば土地の上ではないとでも言い訳をしているのだろうか。


「最近多いのさ。大人しく自由市に行けばいいのにな。まあ俺たちは客が喜ぶからいいんだけどさ」


「なるほど。あ、じゃあ食べ物の屋台あったら少し寄って貰ってもいいですか」


「こら、観光はみんなでって言ったろうもう」


「ちょっとだって。せっかくだし何か食べながら行こうよ」


(カカカ、お前さんも分かってきたのう)


 お願いお願いと上目遣いで媚びたらイグニスには落ちた。ちょろいぜ。

 何か手に持って食べれる軽食が欲しいと言ったら、タクシーの運ちゃんにハディーという料理をお勧めされる。


 じゃあそれでと買ってみると、20センチくらいの細い棒状の食べ物が容器にドッサリと出て来た。なんでも魚の骨を揚げたお菓子らしい。


「へえ、カリカリカリカリ」


「ほお、ポリポリポリポリ」


(ええい、感想を言えよ!)


 カリポリとした軽い食感で、ついハムスターの様にひたすらに食べ進めてしまう。

 味付けはあっさり塩風味なのだけど、それがまた飽きずにいけるのだ。どことなく魚の出汁も効いていて癖になりそうだった。


 イグニスと二人で小骨をポリポリと食べながら、優雅に水上散歩を楽しんで。気づけばさあ着いたよと貴族街の入り口まで到着をしていた。此処まで来れば道は分かるというので、ボコの手綱を魔女に任せる。


 辿り着いたのは、お姫様も滞在しているというだけあり立派な門構えの大きな館だった。

 勇者一行は別棟に居ると執事さんに案内される。そして扉を開いた先の共用スペースで見慣れた顔の4人が寛いでいた。


 凛々しい女勇者、フィーネ・エントエンデ。

 二刀流のバカ剣士、ヴァン・グランディア。

 フェヌア教の僧侶、カノン・ハルサルヒ。

 新入り魔法使い、スティーリア・ウェントゥス。


 別れてまだ一月だけど、懐かしく安心する顔ぶれを見て、俺はおーいと手を振り再会を喜んだ。俺の声を聴き勇者一行の視線は一斉に集まり、声も四人同時に重なった。


「「「「遅い!!」」」」


 あっれぇ?



ちょっと残業が続き更新ペース落ちてますが頑張りますのでお許しください。

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