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189 芽生え



 再会とは予期せぬものである。

 その巨体と筋肉隆々の厳つい女子は、間違えようも無く、かつて武術大会で対戦した強敵に違いなかった。


 ゴリラ。もといアニーは、殴り飛ばした男の胸倉を掴み、グイと引き寄せて言う。この人は私よりも強いぞ。死にたくなければ詫びてさっさと失せろ、と。


「ひぃ! すみません! すみません!」


 そうしてエーニイちゃんにぶつかり難癖を付けてきた男は、謝罪の言葉を命乞いの様に叫びながら人混みへと姿を消してしまう。


「兵士にでも渡したかったかい?」


「いや、そこまでじゃない。よね?」


「は、はい。私も注意不足でしたので」


 被害者のエーニイちゃんも納得するなかで、魔女だけが不満気に舌を鳴らす。どうせならば私にぶつかればよかったのにと。その場合はきっと正当防衛と不敬罪で男は火達磨になっていたのだろうと思う。命拾いしたな。


「よし。くよくよしないで続きを楽しもう!」


 アニーにお礼を言って、観光の途中だからじゃあまたねと背を向ける。

 しかし大きな手がガシリと肩を掴み、おいおいそれは無いだろうと、ズイと顔を近づけて来た。


「ま、まだ何か?」


「いやね、観光の邪魔をしたい訳じゃないんだよ。ただ、空いた時間でいいから少しだけお願いを聞いて貰いたくてね」


 聞いてくれるならば詩人は自分が責任を持って送ろうと。そう言われては無碍にするわけにもいかず、何かなと、一応は聞いてみた。


 獲物を定める様な視線で何となしに察していたのだけどハッキリと言葉にされて。やはりかと思いながら、俺は分かったと頷く。



「一応言っておくが、コルデラがちゃんと金を払うのだから無理に要望を叶える必要は無かったんだぞ?」


「分かってるよ。ごめん」


「あ、あの。応援してるね!」


 俺はイグニスにコレ持っててと上着を渡す。そして虚無からゾルゾルと黒剣を引き抜きながら、ハンターギルドの試し場へ。剣構え待ち焦がれる戦士の元へと歩いた。


「二つ返事。それも今すぐやろうなんて驚いた。それともアタシ程度じゃ片手間かな?」


「いや。嬉しくてつい」


 アニーは言った。武術大会でのヴァンとの試合に感銘を受けた。国を出る前にどうかもう一度剣を交えてはくれないか。俺はイグニスに睨まれながらも、いいよと即答をした。

 

 武術大会。ヴァンの糞野郎に負けてベスト8止まり。悔いの残る結果であったが、唯一戦った彼女は、俺を戦士として見てくれていた。嬉しくないはずがない。


「やっぱり良い男だね。ブルーク流剣術門下、アニー・ミッタール。推して参る!」


「……! 俺は、ええと。カカカ流剣術、免許皆伝。相模司だい!」


(カカカ。なんじゃそら。免許皆伝はまだやれんぞ)


 恥ずかしい。勢いでテキトーな事を言ってしまった。なんだよカカカ流って。

 さておき、ルールは以前に経験したギルド式決闘法だ。武器は真剣、先に血を流した方の負け。ただし死んでも自己責任。実に分かりやすい。


 かすり傷だろうと出血した時点で負けなので、通常ならばフェンシングの様に剣を突き出し距離を取り合うのが定番で。


 だが相手はどうか。武器は大会で使用していた様な身の丈程の大剣ではない。それでも刃渡り1メートルはあろうロングソード。それを、腰溜めに構える。己の身体を刃に晒す事を気にも留めずに、最高の一撃を放つ事に全霊を注いでいる。


 なんとも豪快。

 ああ、それでこそアニー。それでこそ強敵だ。


 自然と頬が吊り上がる。本当に趣味が合うようだ。ちまちま戦うのは俺も性分ではない。

 ルール的にも試合がどう転ぼうと短期決戦になるだろう。ならばこちらも一撃に賭けて最高火力をぶつけてやろうじゃないか。


 いつも通りに左半身に黒剣を構え、魔力は最初から大活性にぶち込んで。

 審判は居ない。視線が合う。それだけ合図も無く勝負は始まる。


「おおーー!!」 


 アニーは大きな身体を小さく縮こませ、やがて溜め込む力を爆発させた。

 捩じり込まれたつま先が腰を回す。腰と連動する腕は如何ほどに力を籠めるのか、ミチミチと音が聞こえそうな程に力こぶは膨み。


 振るわれるは剛腕一閃。


 全身を、全霊を、ただの一振り、切っ先に乗せたかの様な斬撃だった。

 軌道は左からの切り上げ。地面を擦る程の低さから天をも切り伏せる勢いで跳ね上がる。


 獲物が軽くなった分か。それとも修練の成果か。大剣の迫力に見劣りする事無く放たれる長剣は、以前より速さと鋭さを一層に増し襲い来た。


「うんにゃー!!」


 対し俺は左手に魔力を一点集中させる。

 部分的に魔力を集める纏は以前から使用していた技術。これは、それを更に一歩踏み込んだ技だ。


 名を纏鱗(てんりん)。勇者に習った勇者の得意技術である。イグニスに初級魔法を習い始め、より精密に魔力を扱う事でようやっとに辿り着けたのだ。魔力を漠然と集めていた時とは密度が違うのだよ、密度が。


「んな、素手で弾きやがった!?」


 流石にフィーネちゃんの様に真正面から受け止める事は出来ない。それでも振るわれた剣の側面を叩き軌道をずらす。


 下から掌底で弾かれた長剣は、ブォンと大きな音立て頭上を走った。

 前回、アニーの大剣は打ち合うだけで手が痺れる程に強烈だった。その威力は今回も健在で、鋼を叩いた左手は激しい痛みを訴える。


 一瞬俺の剣を平気で受け止めていたフィーネちゃんの顔が頭を過った。同じ技術でもまだここまで差があるのか。背中は遠い。けれど、血は出ていない。ならば。


「いくぞ。今度はこっちの番だ」


「ーー!! おお、来いやー!!」 


 纏鱗を解き、狂わんばかりに魔力を回す。くるり、クルリ、狂り。

 体内で嵐さえも可愛く見える程に魔力が暴れまわり、やがて霊脈を超え溢れ出る。


 吹き出す白い靄が全身を包んだ。魔王直伝の戦闘法、その名も闘気法だ。

 型は習っていない。技も教わっていない。使えないぞカカカ流。

 しかして魔王は謳う。圧倒的な力は全てを蹂躙し神さえ捻じ伏せる。故に暴力なのだと。


「食らえ。これが今の、最高の一撃!」


 アニーは長剣を垂直にし盾の様に構えた。側面には左腕を添え、十字を作り衝撃に備えている。俺はそのガードの上から問答無用で黒剣を叩きつけた。


 ギャリンと鋼の音色。

 接触と同時、衝撃により相手の防御姿勢は崩壊した。腕は畳まれ、長剣を身体にめり込ませながらに巨体は宙を舞う。


 6メートル程後ろに吹き飛んで、ゴロゴロと三回程地面を転がり、バタンと仰向けに。

 やり過ぎた、なんて心配は彼女に失礼なのだろう。だから、生きているかいと、上から顔を覗いてみた。鼻血をダクダクと流すが元気そうである。


「ご期待に応えられたかな?」


「アハハハハ! そりゃもう大満足だよ」


 それは良かったと腕を差し出す。俺よりも大きな、剣ダコだらけの手がガシリと掴まってくる。アニーが起き上がると、自然と握手をしている形になった。


 俺は彼女の顔を見る為に、若干視線を上に持ち上げる。いや本当にデカいな。

 確かまだ学生で、年下だよなと考えていると、俺は一つの事実に気づいてしまった。


 14歳。それはエーニイちゃんと同い年なのである。

 方や180センチ、方や140センチ。体重で言えば倍違うのではないか。これが同じ生物なのかと、俺は人体の神秘を見た気がした。


「言いたい事があるならハッキリ言いな」


「お、大きいね」


「でも、貴方の方が強いじゃないか」


 ぎゅっと手に力が込められて、俺は謙遜もせずにウンと頷く。

 こんな言い方は失礼だが、結果は見えていた。いや、剣を競う試合なら分からないけど、少なくとも力比べは。


 何せ俺は武術大会の時点で彼女の渾身の一撃を跳ね返しているのだ。

 あれから更に闘気を習得しているので、ヴァンとの試合を見ていたアニーは理解をしていたと思う。


「あれから頑張ったんだけど、差は開いちゃったね。でも――」


 次は負けないから、と。

 顔が熱を持つのが分かった。照れ臭さの余り笑いで誤魔化すが、きっと見るに堪えない表情をしている事だろう。


 ジグルベイン。フィーネちゃん。そしてヴァン。俺の周りは強い人が沢山で、がむしゃらに背を追いかけていた。けれど、いつの間にか俺も追われる側の人間になっていたようで。


「うん。またいつか勝負をしよう」


 今日もう一度彼女と戦えて良かった。

 この戦士と対面して、勝ちたいという気持ちも、負けたくないという気持ちも、俺には良く理解が出来たのだ。それってつまり、俺ももう立派な戦士という事ではないだろうか。


 初めて剣を握った日に知らず心に植えた戦士という種。あれからどれくらい経ったか。沢山の汗を流し、血を垂らし、涙を零して、ようやくひょこりと、自覚という芽を出した気がする。




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