188 フラウアを歩こう
「ツカサ、起きてるか~? 今日は観光に行くんだろー?」
「んー行きゅー!!」
扉越しにイグニスの声が響いて俺は慌ててベットから這い出した。
やばい寝坊だ。暫く野営や床での睡眠が続いていたのでフカフカのお布団の引力が物凄い。
「起こしてよジグー」
(いや、儂のせいで夜更かしさせたでな)
寝巻を脱ぎ捨てながらジグルベインに文句を言う。すると魔王は机に散乱した酒瓶を見ながらそう言った。
エーニイちゃんが居ては迂闊に交代は出来ないので、1人部屋に泊まった時くらいはと身体を貸したんだよね。余ったらイグニスにでも譲ればいいかと多めに酒を買い込んだが、まさか一晩で5本全部を空けるとは。
でもフィーネちゃん達と合流したら次はいつ交代出来るか分からないので、時間のある時の贅沢だ。ジグには気にするなよと言って、急いで出掛ける準備を済ます。
「ごめーん。寝過ごしたー」
「まったく。だらしないなぁ」
「お布団フカフカだったもんねー」
わざわざ廊下で待機していたのか、扉の外には小綺麗な服を着た魔女と詩人の姿があった。準備はとっくに万端のようで、合流と同時、それじゃあ行こうと二人は廊下を歩きだす。今日は1日このフラウアを観光する予定だ。楽しみ!
◆
「フラウア名物! でも無いのだけど、これは食べておいた方が良いよ」
「へえ、じゃあ俺それで!」
「私も!」
まずはと、朝食代わりに甘味処に入った。
焼き菓子でも出しているのか、店内には小麦の焼ける匂いと甘い香りが充満していて、入った段階で何とも食欲が刺激される。
三人で好みのお茶を注文するが、食べ物は全員が同じものを頼んだ。
俺はカフアを飲みながら待つが、そうして出てきた物は、なんだろう。まるでパンケーキの様な外見ではあるのだが、普通のパンだった。厚さ3センチくらいの薄べったいパンが2枚重なって出てきたのである。
「え、なにこれ。ただのパンじゃん。本当に美味しいの?」
「食べて見れば分かるさ。この蜂蜜をね、こう、たっぷりと掛けてさ」
パクリとパンに齧りついた魔女は、顔を綻ばせ「んんー」と幸せそうに身を捩る。
俺もエーニイちゃんもその姿を見て、いそいそと自分のパンへと蜂蜜を垂らした。一口大に切り取ったパンにフォークを突き立てて、あーんと口へ運ぶ。
「「!?」」
なんじゃこりゃあ!
皮はサクサク、中はふんわりモチモチで。焼きたてなのか熱くて香ばしい。
けれど違う。凄いのはこの蜂蜜なのだ。
ねっとり重い黄金色の液体。甘い。それはもう途轍もなく濃厚だ。舌に絡めば口の中が甘さで埋め尽くされる。だというのに何処か爽やかで、花の香りすらも漂う上品な味。
俺は気づけば一枚目を食べ終えていた。一度珈琲で口をリセットし、今度はちゃんと味わうべくパンを口に含む。
そうか。やはりこの料理は蜂蜜が主役であるのだろう。
だからこそパンは極力シンプルなのだ。皮のカリカリザクザクとした食感を楽しみつつ、水分を良く吸うフワフワの生地が受ける。これが一層に味を引き立てているのではないか。ううむ、美味い。
「んふふ。どうだい?」
「生意気言ってすみませんでした!!」
「驚きました。こんなに美味しい蜂蜜があるんですね」
ネタバラしをされると、どうやらエルフの国から輸入されている高級蜂蜜らしかった。
この町は国境付近だからこそ多くの輸入品が楽しめるのだという。これを王都で味わうとなるとパンに掛けるこの一杯で銀貨1枚近くするそうである。運搬費高そうだもんねこの世界。
「え、でもそれだとこの町でも良いお値段するのでは!?」
「そうだね。けれどほら、そこに女の子二人を待たせた悪い男が居るだろう」
「払わせて頂きます!」
だからこれでチャラだぞとイグニスを睨んだ。エーニイちゃんは悪いからとお金を握らせようとするが、いいよいいよとはぐらかす。どの道ご馳走する機会を探していたのである。
◆
軽く腹に入れた所でいよいよ町の散策に出た。時間があるので今日は徒歩だ。
今は丘の上にある貴族街付近に居るので、道沿いから赤煉瓦の屋根を眺めながら歩くだけでも、とても心が弾む。
馬車だと坂道を走るようだが、歩きならば、そこかしこにある階段を利用できるので上下の移動も簡単だ。流石のイグニスも歩道の移動は経験が無いのか、みんなであっちだこっちだと言いながら市場を目指した。
古い都市だとは聞いていたが、裏道に入るとその年季を伺う事が出来る。苔むした石造りの階段や建物が残っているのだ。階段を降って、石橋を渡って、また昇ってと、歩いているだけでも冒険をしている気持ちになった。
「あんまり裏道って歩かないから、なんか新鮮だなぁ」
「ええそうなの? 何処もこんなものだよ」
いかにも庶民の生活道路。表道とは違い、なんとも生活感の溢れる道だった。建物を跨ぐ様にロープが張られ、洗濯物が宙を泳いでいる。そこら中に鉢植えが置かれていたり、開けた場所には木も植えられていたりと緑も沢山だ。
ちなみに鉢植えで育てているのは花では無く野菜だという。確かに畑だと税金が掛かるのだとラルキルド領で聞いたか。個人で消費する分なら無税なそうな。わいのわいのとお喋りをしながら歩けば、大通りまで出るのも一瞬だった。
「うーん。フラウアは古い都市だから教会とか歴史的建造物を見ても面白いとは思うんだけど」
「時間が余ったら、かな」
「そのようだね」
イグニスはそう言い肩を竦めた。なにせ俺もジグも市場に興味津々だし、エーニイちゃんもお土産を買いたいのだろう、目はお店の品物に釘付けである。
「じゃあ自由市でも見てみるかい? ここは外国の品も多いから面白いよ」
「ああ、この町にも自由市があるんだ。いいね!」
自由市は場所代を払う事でギルドに所属しなくても店が出せるフリーマーケットだ。
国外の品も並ぶのであれば、それは面白そうな場所であった。
「あ、見て見て。リーリャの焼き物も並んでる!」
「うん。あの町は腕の良い職人が多いからね。外国でも人気なんだよ」
故郷の品を見つけはしゃぐエーニイちゃんにイグニスは今日も説明をする。
けれどまぁ納得であった。でなければ職人の町などというものをわざわざ作ったりはしないだろう。
「そういえばエルツィオーネ領は名産品とか無いの?」
「ウチかい? そうだなぁ。強いて言えば魔道具とかは結構は有名かな」
ああ。プロクスさんも魔法使いだものね。やはり得意な方向に進むのだろうか。
そうなんだ、と空返事をしつつ、俺は出店に視線を移す。
町の整理された区画と違い、出店はとにかく雑多だ。
革製品が売っているかと思えば、その隣では果実を売り、またその隣では日用雑貨と、何とも目が楽しい。まるで宝探しでもしている気分になれる。
「おや」
「なに? 珍しい酒でもあった?」
「君は私をなんだと思っているんだ」
呑兵衛だよ。それは置いといて、イグニスが足を止めたのは装飾品屋だった。
というかエーニイちゃんが座り込んで、真剣に品定めをしていた。宝石が主体のお店なのか、綺麗に磨かれた色とりどりの石がネックレスやイヤリング等に付いている。
「気になるのかい、エーニイ?」
「あ、イグニス様。綺麗なので見ていたのですが、お土産に宝石もどうかなと思いまして」
「なるほど。十分ありだよ。きっとシュバール産だ。あの国は川が多くて宝石が良く採れるのさ」
へえ宝石って川でも採れるのかと思っていると、若干興味が出てきたので値段を聞いてみる。どれも一律小金貨1枚らしかった。意外と安い。
大きさ等で値段のバランスを取っているのか。いや、ここは自由市だ。たぶん価値が無いのも平気で混じっているのだろう。
「うん。まあ価値があるのも混じっているよ。買うならこのどれかが良い」
魔女がアドバイスで5つ程の装飾品を指さすと、お店のオジサンはあからさまに嫌そうな顔をした。たぶん大当たりの品なのだろう。さすがお嬢様、目が肥えている。
「小金貨1枚……。あの、イグニス様。お貴族様がですね、その、安物の装飾品なんて貰っても、迷惑に思わないですかね」
なんでもないです、とすっと立ち上がった詩人に、イグニスは迷惑なはずがあるかと真剣な声で答えた。どうでもいいけど、安物と言われてオジサンしょんぼりしてるよ。
「私のこの胸飾りなんて小銀貨1枚だよ。けれど、とても気に入っている」
安物ですまない。けれどその言葉が後押しになったのか、詩人はコレくださいと、腕輪を購入していた。どうやらペアの商品のようで、片方をレクシー嬢にでも贈るのだろう。仲の良いことだ。
俺は買い物を楽しめている様で何よりだと、その様子を眺めていた。
昨日イグニスが送迎の約束を取り付けたので、帰り道の護衛費にとって置いた分がまるまる浮いたんだよね。
「ところでイグニス様、その胸飾りってもしかして、きゃっ!!」
「痛えなあ! どこ見て歩いてるんだよ!」
エーニイちゃんがイグニスと喋っていると、脇から男がぶつかってきた。
突き飛ばされた少女を俺は大丈夫かと抱え起こす。確かに混んでいる場所で話していたのだが、今のは明らかにぶつかりに来ていて。
「おい、ちょっと待てよ」
装飾品を買っていたから金を持っているとでも思われたか。俺は何をするんだよと男の前に立ちはだかった。
「ぶげら!!」
男の最後の言葉はそれである。
男の顔面に拳が突き刺さり吹き飛んだのだ。残念ながら俺ではない。
(お、お前は!?)
ジグルベインは多分ノリで言っただけだろう。無視無視。
それでも、男の代わりに拳をバキバキと鳴らしながら登場した人物には見覚えがあった。
180に届きそうな立派な背。恵まれた体格に鍛えた筋肉を搭載した逞しい身体。洒落っ気の無い短い柿色の髪。
そうゴリラだ。いや違う。
「へへ、会いたかったよツカサ・サガミ。セトまで送り届けて欲しい人がいるんだって?」
「え。あ、はい」
アニー! アニーじゃないか!!
PV3万超えました。
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