184 休息日
俺は二人の少女に挟まれていた。右側にはイグニス、左側にはエーニイちゃんが居て、二人とも俺の肩に寄りかかっている。所謂、両手に花という奴だ。どうだ羨ましいだろう。
「おい、眩しいぞ。力みすぎ、もう少し力を抜いて」
「ぬ、ぬう。こうかな」
「わーちょっと暗すぎるよー」
「ええ? こ、このくらいかな」
まあやってる事は人間照明なんですけどね。
イグニスに言われて魔力制御の練習で光球を維持し続けているのだ。
俺の右手にはテニスボールくらいの光の球がポウと輝いていて。二人はこれ幸いと読書なんて始めやがった。
「どうだい、意外と難しいだろう?」
「うん。これ難しいわ」
(カー。こんなチマチマしたの儂には出来る気がせんな)
身体強化は魔力を込めれば込める程に強まるので制御という事を意識した事は無かった。
感覚で言えば魔力で5キロくらいの重りを持ち上げ続けているくらいの負荷なのだが、光度を安定させようと思うと魔力が強すぎても弱すぎても駄目なのである。
はてさて。なんでこんな事をしているかだが。
俺達は予定の通りに次の町に到着した。
前回同様に安宿の大部屋を借りて、不足してきた物資も買い足した。それでもまだ午後になったばかりであり、余った時間の使い方をみんなで相談する事になる。
俺はせっかくだし観光をしようと発案したのだが、エーニイちゃんがお恥ずかしいのですがと、やんわりと断って来た。
どうにも所持金が心許ないようだ。
俺に護衛費を払い、町に入る都度に入門料を取られ、宿代や食事代。言われて見れば結構な額を使っていて、更には帰りの分の費用も取って置かなければならないのだった。
新しい街は見て歩くだけでも楽しいものだが、お金を気にしながらでは楽しさも半減だ。そこでイグニスが言う。近くではフラウアの町が一番大きいよと。観光は使える予算の見通しが立ってからでいいではないかと。そっか。コイツも金欠気味だったか。
でも名案である。
エーニイちゃんだって折角遠出したのだから、お土産の一つくらいは買って行きたいだろう。ならばフラウアまで節約し、最後に一緒に観光しようという話に落ち着いた。
という訳で今日は身体の休息日という事にして、宿でダラダラと過ごす事になったのだ。
けれども俺は読書家の二人と違い趣味が無い。あまり退屈だったのでイグニス先生の教えを受ける事にした。何気に野営だと交代で火番をするから授業の時間は少ないんだよね。
「そういえばさ、光る魔道具って少ないよね。あったら便利そうなのに」
「あー分かる。夜でもこんなに明るいと、私もう蝋燭の灯りに戻れないよ」
単純な疑問だった。魔道具の多い貴族の屋敷でも蛍光灯の様な物はまず見ないのである。
光の魔石という物があるのだし、もっと普及していても良いのではと思ったのだ。
「うん。実はね、光の魔石というのは割とどこにでもあるのだけど、その分質が悪いというか、小さいんだ」
そう言いイグニスが荷物から取り出して見せてくれた魔石は黄色く2センチくらいの小さな物だった。どうやらこれが普通の大きさらしい。俺がギルド証に付けてるのは更にこの半分くらいなのだが、ラルキルド領で見た他の魔石は拳くらいあったと思う。
「これの許容量だとね、このくらいしか光らない」
イグニスがささりと用意した魔石を用いた魔法陣は言ってみれば簡易魔道具か。魔力が流れ、俺が今使っているのと同じ光球の魔法が発動されて。俺とエーニイちゃんは思わず口を揃えて「あー」と納得と落胆の声が出た。
しょぼいのだ。
大きさは同じテニスボールくらいのサイズなのに、ぼんやりとした明るさでしかない。
これでは昼だと光っているのを確認出来るかも怪しいだろう。
魔石は属性を変化させる為の媒体だ。魔道具は魔石を埋め込む事で自分の属性に関係無く使用出来る。だから俺でも水差しから水が出せる訳だが、その出力は魔石の大きさに左右されてしまうわけか。
「だから明かり用の場合はね、火と光を合わせて使っている場合が多いんだよ」
「あ、レクシーの家はなんで同じ火でも明るいんだろうと思ってたらそういう事だったんですね」
詩人は何やら心当たりがあった様だが俺は全く気付かなかった。そうか、蝋燭型や松明型の魔道具の火は同じ火よりも明るかったのか。ふむふむと頷き、ついでに詩人の口からレクシー嬢の名前が出たので興味本位で聞いてみる。
「そういえばさ、エーニイちゃんとレクシーさんの関係は聞いたけど、イグニスとレクシーさんはどんな関係なの?」
「レクシーかい? 同級生なんだよ。彼女も本が好きでね。図書室に行くとよく会ったよ」
成程そういう繋がりだったのかと思っていると、エーニイちゃんはそれは違いますよと首を横に振る。
「イグニス様目当てで通っていたと言ってましたよ。高確率で出会えるし、お薦めの本を読めば話題も増えるからって」
やだこわい。打算しかないじゃないか。
あまりの恐怖に魔力を込めるのを忘れ、光球がへにゃへにゃと霧散しかかるので、慌てて魔力を込めた。
(ストーカーの素質、あるのう)
当の本人は本を目で追うのも止めて、ややげんなりとした顔で一体何の目的でと言う。
エーニイちゃんは親友であるレクシー嬢の話で気分が盛り上がって来たのか、声を弾ませて憧れていたのだと続けた。
「レクシーのお家はまだ比較的新しい家柄みたいで、同じ男爵家の令嬢からもよく歴史が無いと揶揄されていました」
「あーそういえば新興だったか」
そんな時颯爽と現れた、と語るが、きっと偶々通りすがっただけなのだろう。
イグニスはそんな男爵令嬢に注意をしたのだ。新興だろうと爵位を授かるのは凄いのだぞ。貴女にとって爵位を授かるのは恥ずかしい事なのだな。
「そして言ったのです。誇りなさい。歴史を作るのはただ継ぐ以上に素晴らしい事だと。その娘はもう涙目で逃げて言ったと聞いてますよ!」
「そりゃイグニスにそんな事言われたらねぇ」
領主の娘で賢者の血を継ぐ歴史がありすぎる家系だ。喧嘩を売る相手ではないし、なんなら魔女の眼力が怖くて逃げていたとしても不思議ではなかった。
「そこからです。レクシーが自分の事を笑わなくなったのは。貴族の一員なのだと胸を張れる様になったのは!」
まるで自分の事の様にレクシー嬢の話をするエーニイちゃんを見て思わず頬が緩む。
レクシー嬢もエーニイちゃんの為に町内を駆け回ってイグニスを探し出したくらいだ。本当に仲が良いのだなと感じた。
「そんなにイグニスが好きなら、どうせなら一緒にくれば良かったのにね」
俺はハハハと笑いながらに冗談を言ったのだが、エーニイちゃんは笑う事無くきゅっと唇を結ぶ。
「ううん……これは私が一人でやんないとだから」
薄々感じてはいたが、この子、ひょっとして何か訳ありなのだろうか。
事情を聴こうか迷ったが、右肩にそっと手が載せられる。振り向くとイグニスは無言のままに聞いてやるなと見つめてきた。
「そっか。星見の丘まで後もう少しだよ。がんばろ」
「……うん」
「どうでもいいが出力落ちてるぞ」
「はい」
この日は身体を休めるには良い休日になったのだが、いい加減に魔法消したいなと思っても、まだ駄目、あともう少しと、読書家二人に粘られて。結局寝る間際になるまで俺は光球を維持し続ける羽目になった。




