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182 ちゃんと進んでいる



「ああん。やっと、やっと見えて来たよー!!」


 エーニイちゃんは遠目に町壁を発見し、今にも感涙しそうな程に喜んで見せた。

 まるで長年の旅の目的地に到着したかの様な勢いだがなんのなんの。まだ旅は二日目であり、セトを出てから一つ目の町に着いたに過ぎない。


 ちなみに俺とイグニスだけならばこの町はスルーする予定だった。予想外に詩人の消耗が大きいので休息が必要だと判断したのである。


「まさか初日の夜に魔獣と出くわすとは」


「旅をしていればいつかは見るんだろうけれど、運は無いよな」


 俺の呟きをイグニスが拾ってくれる。今は俺が後ろの席なので口元が彼女の耳に近かったのだろう。


 エーニイちゃんと行動を共にしてみると、やはり勇者一行の面々は肉体も精神もタフであったのだと実感をする。いや、勇者の選んだ英傑達と普通の町娘を比べる事自体が間違っているのか。


 イグニスなんて起きてすぐに犬の死体を目撃しようとも、なんで解体していないのだと不満を漏らすくらいだしね。強い。


 なおその反応は間違っていない。血の匂いはまた次の獣を呼ぶし、死臭に誘われ虫やスライムも湧いてくるからだ。分かっていたのだけど、エーニイちゃんの怯えぶりを見たら傍を離れるのは気が引けたんだよ。


「まあ今回は急ぎでないからね。入門料は余計に掛かるけど、宿でゆっくり寝られると思えば悪くは無いさ」


「そだね」


 先行するエーニイちゃんはイグニスに遠慮してか、言葉にはしないが瞳で早く早くと訴えかけていて。それを見た魔女は今行くよと、足でトンと駝鳥の腹を叩いて加速させた。

 


 まずは宿を取ろうと部屋を探すのだけど、これが中々に大変だった。

 お高い宿ならばベットが二つある部屋、所謂ツインの部屋もある。貴族だと家族や従者を連れて移動する事が普通だからだ。


 けれども普通の宿だと5人くらいで雑魚寝する大部屋か、ベットが1つしかない個室になってしまう。ツインの部屋はあまり需要がないのだ。そもそもに気軽に家族旅行をする世界ではないので、宿の利用者は集団行動を基本とする商人や護衛、それと金の無い冒険者が主な客層である。


 俺とイグニスならば最悪1部屋で済む。だがエーニイちゃんの前でそんな事をするわけにもいかず。かと言って3部屋取ろうとすると中々空きが見つからなかった。


「いいか、君はここから先に入ってくるなよ」


「イグニス様、その言い方は流石にツカサくんが可哀そうでは」


「いいやエーニイ。彼も男だケダモノなんだ。気は許しても淑女として線引きはしないとね」


(カカカ! 酷い言われようよな)


「ほんとにねー」


 結果どうしたかと言えば俺達は大部屋を貸し切った。

 1人小銀貨1枚。1000円くらいで泊まるというか、寝れるスペースだ。なにせ部屋はベッドも無くて、ただ毛布が与えられるだけである。これが冒険者のスタンダードかと思うと俺は本当に恵まれている。


 けれどもこの部屋、貸切って銀貨一枚だった。大体5000円くらいだ。

 小銀貨3枚する個室を3部屋借りるよりは随分と安上がりに済むのである。


 エーニイちゃんは、こんな部屋で貴族を寝かせて申し訳ないとイグニスに恐縮しっぱなしだが、魔法銀をまだ換金出来ていない魔女も実は金欠気味。「一泊くらいなら問題ないから皆に合わせるよ。魔獣の出る野営よりはましさ」と口八丁で乗り切っていた。俺も床で寝るのには慣れているので問題は無い。


「さて。私達は物資にまだ余裕があるのだけど、君はどうだいエーニイ」


「わ、私はちょっと買い足したい物が」


「うん。なら先に買い出しに行って、それから昼食でも取ろうか」


「賛成!」


 思えばエーニイちゃんは初冒険。何から何まで自分で用意しなければならないこの旅では、思いがけない不足の品も出て来て当然だ。ははんイグニスめ。町に寄る目的は最初からこれか。詩人は言い出せる性分ではないので、さり気なくこの状況に誘導したのである。


 ありがとうねと魔女に感謝の視線を向ける。赤い瞳がチロリとこちらを見返し、内緒だよとばかりに形の良い唇の前に指が1本立てられた。



 そんな流れで3人で一緒に市場を回った。

 この町は比較的野菜の値段が安かったので俺も思わず買い込んでしてしまう。


 小物は見ているとついつい欲しくなってしまうのだが、自分の部屋があるわけでもなし、荷物が増えるだけなので我慢だ。その分屋台でみんなで買い食いをした。


 エーニイちゃんと買い物をしていて、へえと思ったのは、こんな内気な子でも値切りの交渉をする事だ。


 俺はした事は無かったが、ちゃんと買うならば多少は負けてくれるようである。そういえばカノンさんはガッツリ交渉していたっけ。逞しいなあと眺めていると、視線に気づかれたのか、詩人は顔を真っ赤に俯いてしまった。照れる事無いんだよ。


「お昼はここでどうかな?」


「は、はい」


「酒はあるようだね。いいよ」


 お昼は歩いていて見かけた食堂にフラリと立ち寄った。

 エーニイちゃんが詩人として有名とはいえ、俺を雇うのに大分出費をしているので庶民向けの安いとこだ。


 何が違うかと言えば、まずメニューが無い。

 大体こういうお店は2~3種類くらいが基本で、入ると何が出せるよと教えてくれる。


「今日は狸肉の料理だよ」


「じゃあ俺それで。大盛りでお願いします」


「私もそれを。少な目で大丈夫です」


「私は肉を焼いてくれ。あと酒を」


 狸なんて牧場で育てているはずがないのでハンターが狩った肉か。確かハンターギルドは魔獣を競売に掛けて卸していたはずだ。時折こういう肉に出会えるのは面白いと思う。外れだと蛙肉の時もあるけど。


 料金は先払い。お勧めランチで銅貨4枚だった。おばちゃんはあいよと返事し木の色板を代わりに置いていく。これが何を頼んだかの識別になる。全部同じ色なので纏めて狸肉という括りなのだろう。


 メニューが無い代わりに、イグニスの様に要望を伝えると割と聞いてくれる事は多いか。

混んでる時とかは無理だけどね。


 真っ先に酒がドンと置かれ、魔女がみんなは飲まないのかと聞くも、俺も詩人も首を横に振る。ああそうかいと、若干に不貞腐れながらも赤髪の少女は1人エールを煽った。


「ぷはー。偶には麦酒も悪くないね」


「ごめんなさいイグニス様。お貴族様を私なんかの生活に合わさせてしまって」


「君は気にしすぎだよエーニイ。レクシーはこのくらいで気を損ねるのかい?」


「い、いえ……」


 まあ貴族の生活ぶりを知っているからこそ詩人は恐縮するのだろう。

 レクシー嬢は男爵の娘だが、イグニスは智爵の娘。立場的にはこんな奴でもお姫様扱いされるレベルに上級階級なのだ。


「おい、言いたい事があるならはっきり言えよ」


「いい飲みっぷりだなと思っただけだよ」


(カカカ。嘘が下手じゃの)


 ちなみにだが、階級というのはこの世界だと結構身近だ。実はこんな飲食店でもハッキリとある。一つは魔道具が使えるかどうかが大きな区切りらしい。


 考えてもみれば当然だ。方や火も自在に起こせて冷蔵庫、冷凍庫も完備している。

 これに対し庶民は、巻きを燃やし火を焚いて、新鮮な食料の確保に必死なのだ。同じ条件でやっていける訳がなかった。


 ここでギルドというものが作用する。魔道具が使える店には安売りをさせないのだ。

 宿でもそうだが客層を分ける事で、なんとか市場を保っているのだとイグニスから聞いた覚えがあった。


「はい狸肉定食お待ちー!」


「「わーい!」」


 鉄板の上で一枚肉がジュウと音を立てていた。

 軽く小麦粉を塗したっぷりの油で焼いたのか、表面は揚げ焼きされていてカリッカリだ。


「へえ美味しそうじゃないか」


 ナイフで刃を入れると、閉じ込められていた肉汁がジュクリと溢れて来て。その光景だけで頬が吊り上がる。それではいただきますと、パクリと口に運んだ。


「んー。美味しいですー」


「そうだね!」


 味付けは塩でサッパリ風味。肉はやや癖があるが俺も嫌いではない。

 これは腿肉だろうか。赤身が多く噛み応えがあり、満足感は十分な一品だった。


「今日は足を止めさせてごめんなさい。明日からまた頑張りますので、よろしくお願いします」 


 食後に詩人は俺たちに向かって頭を下げた。足を引っ張ったと思ったのだろう。

 しかしイグニスの行った通りに急ぐ旅ではないので問題は無いのだ。


「いいんだよエーニイちゃんの歩調で。一歩一歩進んで行こう」


「……はい!」


 そうして俺たちは宿に戻る。

 詩人は部屋の隅で何やら書き物に夢中だが、俺もイグニスに勉強をさせられていた。

 女子のスペースに入ってくるなと言う割に、平気で男子のスペースに入ってくるのは何なんだろうね。淑女の一線はどうした。


「うるさい。今は男女ではなく師弟だ」


「屁理屈だ」


「いいからサッサとやって御覧なさい」


「えっと? 【手の内の煌めき】【光を掴み今束ねる】」


 わっと、突如起こったその現象にエーニイちゃんは顔を上げた。

 日も沈みランタンと蝋燭で照らしていた室内が、まるで夜が明けたかの様に明るさを取り戻したのである。


「おお。で、出来た?」


「うん。おめでとう。それが光の初級魔法【光球】だ」


「わー! 凄い、凄いです!」


「えへへ。ありがとう」


 イグニスの魔法講座は進み、属性変化から形状変化の段階に進んだ。

 どうやら形状変化の第一歩が球を形成する事らしく、今俺の右手にはテニスボールくらいの光の球が形成されている。


(うむ。やったのお前さん) 


「うん!」


 光球で何が出来るかと言われても、今は室内を照らすくらい。

 でも、一歩だ。いくら歩幅が小さかろうと、挫折し止まらなければ前進である。

 読書に便利そうだと酷い事を言う師匠を無視し、俺はへへへと笑った。



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