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176 閑話 ラルキルド領経営日記1



 ベルノン山。過去、このラルキルド領がただの集落だった頃より、我らの背後をずっと見守ってくれていた御山だ。高く険しいその山は、在るだけで天然の町壁なのである。私を含め、町の年寄り達は、寝る前に必ず山へと祈りを捧げる程度には、ラルキルド領の象徴的な場所であった。


「よもや御山が崩れるとは。考えた事も無かったです」


「そうかシャルラは若いから知らないか。昔はこんなの茶飯事だったぞ」


「嫌な日常もあったものですね。あと、そろそろ私を若者扱いするのはやめてください」


「ははは。そうだな、ちんちくりんだったお前も今は立派な領主だものな」


 シエル様はそう言って少し寂しげに目を伏せた。恐ろしくてとても年齢は聞けないが、少なくとも300年前から変わらない容姿を保ち続ける女性。しかし今その横顔は、年相応の老婆の様にも思えた。


「もう覚えている方が少ないのだろうな。空を竜が飛び回るあの恐ろしい時代を」


「お父様から話くらいは聞いておりますけどね。なんでも混沌の君が解決したのだとか」


「ああ。珍しく。本当に珍しく、ジグルベインのした良い事の一つだ」


 それは誇らしい話だと相槌を打つと、シエル様は懐かしむ様な優しい眼差しで御山を眺め、くくくと喉を鳴らす。


「馬鹿は死んでも治らぬか」


「何かおっしゃいましたか?」


「いいや。それよりもほら、みんなお前の言葉を待っているよ、領主様」


「おおっといけない。そうですね!」


 シエル様にポンと背中を叩かれ、私は広場に集まる若者達に声を掛けた。

 仕事をしたい者はいないかと。内容はラルキルド領からエルツィオーネ領への道作りだ。これはラルキルド領初の公共事業という奴である。


 道路作りを依頼したエルツィオーネ智爵は箱一杯の目も眩む大金を私にくれた。

 よーし御山だろうが崩れたならば残りは私が吹き飛ばしちゃおうと考えていたら、シエル様に拳骨を落とされた。


「仕事の内容は道作りだ。期限は1年で考えている。人数は20人も居ればいいと思っているが、これは交代制で行きたいと思う。日当、ええと。一日働いてくれれば、銀貨一枚を出すぞ。どうだ、働きたいという者はいないか!」



「「「俺! シャルラ様、俺やりまーす!!」」」


「まあそうだよなー」


 皆が一斉に手を挙げるもので、少し落ち着けと窘める。分かりきっていた反応だった。

 まだ貨幣を使い始めて日の浅いこの領では、恥ずかしながらお金を稼ぐ手段が少ないのである。


 そこで町に金を行き渡らせる為に、領主である私が領民に仕事を出す事にしたのだ。

 これからはお金の流れというものを考えるのも私の役目なのだった。


「ふふふ」


 労働意欲の高い若者達を見ながら、この町も活気付いたものだと思う。

 いやいや道が繋がればもっと賑やかになるのだろうと考えると、私は自分の頬が吊り上がるのを止められなかった。


 これはあの日、あの二人がこの町に訪れてくれたからこその変化だろう。

 コンコンと、おっかなびっくり扉を叩く少年の声は、きっと生涯忘れる事が無いに違いない。


「シャルラ様。いよいよ新たな道を作るんですってね」


「うん。楽しみにしとけよティグ。きっと一番に通るのはお前達だぞ」


「そいつは楽しみだ! なあルーラン!」


「ええ。けどティグはレーグルですぐに怪我しますからねぇ。程々にしてくださいよもう」


「怪我しようとお前の護衛だけは他の奴には譲らねえよ!」


 道の建設という事でルーランには様々な意見を貰っている。

 やはり主に商人が使うのだから、商人が望むものが好ましいと思ったのだ。

 踏み固めた平な道。馬車のすれ違える広さ。脇道には適度に野営の出来る広場。要求は全て満たすつもりである。


「ああ。でもそうすると、いよいよウチだけじゃ足りないですね」


 ティグがチョビ髭商会の事をウチと呼ぶ。その心の変化がなんとも微笑ましい。

 ティグはやんちゃで悪ガキの筆頭だった子だ。それが今や、誰よりも真面目に仕事に取り組むなんて、去年では想像も出来ない話だった。ここにもきっと、彼の良い影響がある。


「分かってる。だから1年だ。その内に、客を迎えられる町にしよう。よろしく頼むぞお前達」


「「はい」」


 今のラルキルド領は無い無い尽くしだ。宿も無い。食事処も無い。湯屋も無い。だって必要無かったから。けれど領の外から商人が来るならば、今後はそうも言ってはいられないだろう。


 なので只今町の者を頑張って指導中なのだ。

 目標はエルツイオーネ領と繋がるまでの間に準備が出来ればいいと思っている。

 ルーランやルーランの奥方も協力してくれているので、この商人には本当に頭が下がるばかりだ。

 

「いやー。この調子で開発出来たら、ツカサくんが次に来た時はビックリするでしょうね」


「というか、驚いて貰いたい。うふふ。楽しみだな」


 「シャルラさん、一度、俺達と外の町を見に行きませんか」いつまでも耳に残るこの言葉。

 この言葉が全ての始まりだった。私が長らく閉ざしてしまっていたこの町を、彼が外へと導いてくれたのである。


「まずは、人間に町に来て貰おう。そして我々に慣れて貰おう」


 私は一度王都へと足を運んだ。エルツィオーネ家当主プロクス殿に良くしてもらい、国王や他の貴族とも顔を合わせた。


 誰しもが私が300を超える齢だと聞き目を剥く。仕方がない。私の肉体は、父に血を分け与えられた13の時に成長が止まっているからだ。


 この町は下半身が馬や蜘蛛、蛇など異形の者はざらである。

 外見は人間な私が好奇の目に晒されるのだから、一目で魔族と分かる者たちでは迫害されるのではないか。そんな負の感情が無い訳ではない。

 

 でも。でもだ。扉はもう開いてしまった。町の者は外を知り、興味を抱いている。

 そりゃあ全員が肯定的とはまだ行かないけれども、お金を稼ぐという利からは誰も目を反らす事が出来ないだろう。


 畑が魔法で駄目にされ、飢えに苦しんだ事は記憶に新しい。

 でなくとも、冬になれば山の恵みは減り、狩りに失敗すればひもじい思いをする事も多々あった。


 けれどもお金があれば。他の町と取引が出来れば、食料を買える。布が買える。薪が買える。そう説けば、族長達とて否定は出来なかった。そもそもナンデヤ産の腸詰とかみんな大好きだしね。


 今はみんな手一杯だから言わないけれど、私は密かにパン屋の開店も狙っている。

 税金対策になるらしいし、フワフワのパンが食べられるのはとても魅力的だ。


「本当に、全部あの二人のおかげだな」


 マヨネーズという調味料を与えて貰った。クーダオレ子爵という取引先も、ルーランという得難い人材までも貰い受けた。


 代わりに私には貴族としての責務が課せられるが。

 なに。今まで遊んでいたのだから、少しは働かなければ父に申し訳もたたないだろう。


 ああ、ツカサ殿イグニス殿。

 この胸一杯の感謝は、とても言葉だけで言い表せるものではなくて。

 貴方達との出会いを無駄にしませんでしたと、きっちりこの町を幸福に導く事こそが報いとなるのでしょうね。


 私は町を見渡した後に、そっと目を閉じた。

 いつの日か、魔族が王都だろうと大手を振って歩けたらいいのになと思いながら。


「よーし行くぞみんなー! 目指すはエルツィオーネ領だー! 繋ぐぞー!」


「「「オオオオ!!」」」


「シャルラ、お前は執務だよ馬鹿」


「っく! シエル様、今日くらいは堪忍を」


「だーめ」


「ひーん」



次は本編です。

切りのいい時にいずれまた

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