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171 冷える理由



 朝だよと、肩を揺すられて目が覚めた。

 目をぐしぐしと擦りながらおはようと挨拶をすると、赤髪の少女は視線が合ったにも関わらずそっぽを向き、ぶっきらぼうにおはようと返してくる。


「え、なにその反応。傷つくんだけど」


「別に何でもない」


(お前さんがついさっきまで抱き枕にしておったのだ)


 イグニスが不愛想な理由をこっそりとジグが教えてくれた。

 なるほど、俺は確かに抱きしめたい派だ。ついでに昨日の夜は寒かったので自然に暖を求めた可能性もあるだろう。


 それはすまなかったと謝るのだけど、それでもイグニスは俯き上目遣いで赤い瞳を向けてくる。ぼそりと一言、このケダモノと罵られるのだけど、俺は一体何をしたのやら。


 まあいいかと、もそりと毛布から抜け出して、テントの入り口をペロリと捲ってみる。

 すっかり薄闇に馴れた目に朝日が眩しい。隙間から入り込んでくる空気はまだひんやりとしていたが、空は青々としていて、夜の荒れ具合が嘘の様に晴れ渡っていた。


「よかった。良い天気だ。これならルコール探しも捗りそうだね」


「ああ、うん。そだね。とりあえず寒いから閉めなさい」


 ハイと閉めると、お茶淹れたよと、はいと愛用の鉄カップを渡された。

 今日は珈琲ではなく紅茶の気分だったようで、受け取りズズリと茶葉をストレートで楽しむ。どうでもいいが、珈琲は無糖にも馴れたのだけど、何故か紅茶は牛乳と砂糖をたっぷりと入れたくなる俺である。


「ツカサ。昨日の話は覚えてるね?」


「もちろん」


 昨日の夜に打ち合わせした事だ。

 このヘグル山ではテントを拠点にルコールを捜索する。寝るだけの場所ならともかく、毎度毎度このレベルのテントを作っていられないからだ。けれど夜の冷え込み具合を考えるにそれは仕方がない事だろう。


 つまり、行動範囲は此処が起点となり、日が暮れる前にはこの場所に戻って来ないと行けないという事だった。必然捜索範囲は狭まる。だけど、発見出来なくても3日で探すのは諦めようという結論を出した。イグニスの想定するスケジュールでは移動時間を考えるとそれがギリギリらしい。


 もとよりイグニスの金策のついでである。ジグルベインも欲しているから出来るならば酒の実を見つけてやりたいが、行程に異論はない。


 だがその上で。捜索の時間を多少無駄にしてでも俺に見せたい光景があるのだと魔女が言うのだ。なんでもこの山が冷え込む理由だそうだが、彼女は見たほうが早いと頑なに内容を口にする事は無かった。


「今日は先にそっち終わらせちゃう?」


「そうだね。山の反対側に行く。君だって気になるだろう」


「そこまで気にはならないのだけどね」


 はてさて、そこに何があるのやら。

 とりあえず行動は朝食を食べてからと言う事なのだが、そこで昨晩に明日へとぶん投げた鍋などの洗い物が返ってきた。トホホ。


「今日はツカサに手綱任せてもいいかい?」


 ささっと食事を済ませ、荷物は一端テント以外は纏めた。山の中なので盗む様な人は居ないと思うのだが、食料などを置いておいて獣に荒らされても嫌だからだ。ボコに鞍を付け荷物を積み、出発の準備は万端に。そんな段になって、イグニスが注文を付くけてくる。


「いいけど、どうしたの」


「なに、君も男だという事を思い知ったのさ」


 ハンと、鼻で笑いながら遠い目をする魔女。具体的な話を聞くのは恐ろしかったので素直に前に座り手綱を取る。本当に一体何があったと言うのか。


(ヒント。朝の生理現象)


「あ、分かった」


「分からなくていい!」



 湿原を抜け沼に嵌る事も無くなったので今日はシュトラオスの背に乗り移動する事が出来た。どれほど駆けたか。恐らくは3~4時間程度。そこに出た時には、日はすっかり高くなっていて。


 領境のある山を抜けたら、そこは南極であった。


 何を言っているのか分からないと思うが、俺にもサッパリ分からない。一体全体何があったらいきなり氷の世界になるというのか。


 俺の頭で理解出来た事と言えば、ただ一つだけ。そりゃ寒いわと、腕を摩りながらに思った。


 山から覗ける景色は、多少下った先にある平野部だ。そこが、ある区切りを境にピカピカと光を反射する氷塊になっているのである。見るからに不自然。まるでそこに南極の氷をそのまま運んで来ましたとでも言わんばかりの出鱈目な景観だ。


「あそこはウェントゥス領。フィーネが、勇者一行が最初に攻略した場所さ」


 目を丸くする俺に魔女がそう説明をする。

 この場所は氷の山からの風が直接当たるので、拠点側よりも更に温度が低く周囲は薄っすらと凍っている。俺もイグニスも身震いしながらに会話をした。


「それっていつだかの……」


 確かナンデヤの町で吟遊詩人が歌っていた詩だ。勇者一行が南の地方の特異点を開放したと。そうかあれがと、氷で覆われた大地を眺めながら、俺はゴクリと唾を飲み込んだ。


 特異点。それは魔王の力の爪痕と聞く。

 言うなれば、余波だ。魔王という存在が暴れただけで、その影響が土地を深く変貌させてしまうらしい。


 けれど。けれどだ。完全に見誤っていた。誰がこれ程の規模を話から想定出来るだろうか。まさに百聞は一見に如かずという奴である。


「あそこの土地は永遠凍土と呼ばれていてね。解けない氷に覆われていたんだ。今は徐々に溶け出しているけどね」


 イグニスの代わりに新しく勇者一行に入った、スティーリアさんの事を思い出す。

 彼女の苗字はウェントゥスだったはず。恩と言うのは、解けない氷の呪いを消した事に他ならないのだろう。


「これが、イグニスが俺に見せたかったもの?」


 そうだよと、隣で赤髪の少女が頷く。

 そして継いだ言葉は、この爪痕が残った原因となる戦いの事だった。


「あそこで【混沌】の魔王と【氷獄】の魔王が争ったんだ。勝ったのは混沌。君の良く知る、ジグルベインという存在だ」


(カカカ! うむ儂じゃ。寒いからぶち殺した記憶がある)


「ええ、理由軽い」


 イグニスは別に俺を責める為にこの光景を見せたかった訳ではないらしい。

 ただ記憶しろと言う。


 勇者と行動するならば、いずれ挑むであろう特異点という場所の異常性。

 そして魔王という存在がどれほど強大で恐ろしい能力を持っているのかをだ。


「魔王の能力は世界を侵す。その意味が伝わってくれれば嬉しい」


 俺はただ茫然と目の前に広がる氷の世界を眺めるしかなかった。

 ジグルベインの強さを知ったつもりになっていたが、その脅威を暴力としか認識していなかったのである。


 今日はっきりと魔王が人類の敵と呼ばれる所以を理解した。

 世界の理を塗り替える。それは環境破壊とかそんなちゃちなものではない。その在り方は、まさしく星の侵略者そのものだった。


 俺は言われた通りに記憶しなければならないのだろう。

 魔王に身体を与える事が出来る俺は、いわば、世界を滅ぼす爆弾のスイッチを握っているのと同義なのであると。


「ありがとう、イグニス。俺はこの光景を忘れないよ」


「うん。そうしてくれ」


 けれども、俺はジグをどうしても生き返らせたくて。

 間違っていないよねと、縋るようにジグルベインに目を向ければ、魔王はそのまま消えてしまうのではないかと思うほど儚げに笑って言った。


(お前さん。儂はそんな事どうでもいいから早くルコールが食いたい)


 ぶっ飛ばすぞテメェ。




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