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166 探し物はなんですか




 小人の口から発せられたワード【魔王殺し】。ただでさえ強い言葉なのにそれが酒だと言うのだからウチの呑兵衛達がもう大変だ。魔女も魔王も興味津々前のめりにほほうと身を乗り出して。その熱量は依頼主であるドワーフがやや身を引く程のものであった。


 俺は少し落ち着けとイグニスの肩を叩く。

 赤い瞳を爛々と輝かせる少女は自分でも浮かれている自覚があったのか、おほんと一つ咳払いをして腰を椅子に戻した。その反応にむしろ俺は眉を寄せて顎を擦る。


「という事はイグニスでも心当たりはないんだ」


「無いね。この国にそんな酒があるならば私は絶対に見逃さないと言っておこう」


 ふんすと自慢気に語るが、流通する酒に詳しいとか嫌な16歳である。

 今更なのでツッコミはしないが、という事らしいですよとドワーフさんを見た。


 人に聞いては同じ答えを貰ってきたのだろう。知らないといわれても髭面のオジサンはそうかと淡泊に笑うだけであった。


「あまり期待はしていなかったからな。気にしねえでくれ」


「まぁ待ちなさい。魔法銀が掛かっているんだ。私は力になるぞ」


 魔女が構わないよなとチロリと赤い瞳をこちらに向けてきた。俺は酒と言われても全然モチベは上がらないのだがジグルベインは既に飲む気満々であった。俺は気軽にいいよと返事をする。


「とは言っても、具体的にどうするの? まさか聞き込み?」


「いや、そんな方法で見つかるならばとっくに見つけているだろう」


 魔女はソコを起点に考えて見ようと、ピンと二つ指を立てる。ソコというのは、酒好きのイグニスが知らないという事だ。


 一つはイグニスの耳にも入らないくらいに無名でマイナーな代物なのか。そしてもう一つは、人間とドワーフで呼び名が違うかだと言う。


「それは俺も考えたがよ。それこそ見つけようがないだろう」


 俺が名前が違う可能性かと思考していると、ドワーフさんはそんな事自分だって考えたと主張した。魔王殺しという名前しかヒントが無い以上呼び方が変わっては見つけようもないだろうと。もっともである。


「そこでだ。私は名前に注目してみたいと思う。魔王殺し。大層な名前だよね」


 魔王でも殺せると思う程に強い酒。或いは実際に魔王も酔っ払ったという逸話でもあるのではないかと魔女が問うと、ドワーフは応と、体格には見合わぬ大きな声で相槌を打った。


「あの酒好きで有名な混沌がひっくり返った程に強えらしい」


(んなぬ?)


 一度は飲みたいものだよなと顎髭をさするオジサンの横で、ひっくり返ったらしい本人が訝しんだ。薄々思ってはいたのだけれど、この国で魔王と言ったらやはりジグルベインの事だよね。


 けれど光明が見えたのは事実。心当たりあるのかと視線をやると、ジグは腕を組みふーむと考えこんでいた。意外にもすぐには思い返せない記憶のようだ。


(いやいやお前さん。儂が酒の事を忘れるか)


「威張る事じゃねーだろ」


 イグニスにはジグの声は届かないので記憶に無いらしいよとボソリと耳打ちをすると、赤髪の少女は何故か逆に得心顔を浮かべる。そしてドワーフさんの名前を呼ぼうと思ったのか「ええと」と口にするが後が続かない。


 思えば俺たちは自己紹介もまだだったので、今更ながらに名前を交換した。小人さんはフォルジュさんという名前のようだ。うっかり可愛らしい名前だと言ったら怒られた。


「フォルジュ。分かったよ魔王殺しの正体。たぶんルコールの実の事だ」


(おお、なるほど。ルコールか!)


「えっ、何。お酒じゃなくて果実なの?」 


 予想もしない答えに頭上に?を飛ばす俺だが、どうやらジグルベインは納得したらしい。

 しかしドワーフはどうにも納得がいかないようで、そんなはずがないだろうと怪訝な表情を見せた。


「ルコールは知ってる。というか好物だ。俺にはあれが魔王殺しとは到底思えんなぁ」


 なんだかこのまま会話が進んでしまいそうなので、俺はすみませんと割って入った。

 ルコール、イズ、ナニ?


「ガハハ。なんだルコールも知らねえのか坊主。実が熟れると自然に酒精が出来んのよ。簡単に言えば酒の実ってとこだな」


 へぇそんな果物がと感心していると、イグニスが隣で元は特殊な地域に生えていた魔木なのだと教えてくれる。どうやら数十年前に栽培に成功し、今では割と流通している果実のようだ。


 もっともスーパーもコンビニも無い世界である。運搬が馬車での移動なので地域限定というのは前提のような話であるが。そしてイグニスの説明にジグルベインはほうと感心した声を漏らす。


(なんと人間はルコールの栽培に成功しおったか。カカカ、人間にちっとだけ生かす価値出来たのう!)


 どれだけ人間の価値低いのだろうか。でも数十年前というからにはジグの生きる時代ではかなり希少なものであったのだろう。


「で、だよフォルジュ。貴方の知っているルコールって、流通しているものだろ?」


「ん? ああ。当然そうだが」


「ふふふ。ならルコールの性質をちゃんと知っているか?」


「ええい回りくどい喋り方しやがって。何が言いたいんだよ」


 赤髪の魔女はニチャリと笑い、ルコールという果実の驚きの性質を語りだす。

 なんと枝に付いている果実は腐らないらしい。天然の酒漬けだからと聞いてなるほどと思う。だがそれがどうしたのだろうと思い、話の続きを促した。


「今は収穫の兼ね合いがあるから寝かせる事はあまり無いけどね、天然物しか取れなかった時は、普通に年単位で木になったままの物もあったそうだ」


 どうなると思う?と凄む魔女。寝かせると聞いて酒の熟成を連想したのだろう。酒飲みのドワーフはどうなるんだと、ゴクリと喉を鳴らす。


「糖を生成しつづけ、そのまま酒精も増していく。葡萄などの自然発酵ではせいぜいが15度程度。しかし年を跨いだルコールは40を超える」


「40!?」


「……凄いんですか?」


「蒸留酒と変わらねぇよ。もはや火が付くぜ」


 なんとなくヤバい果物だという事はこの段階で俺でも理解出来た。

 だがイグニスは話を続ける。いやいやと。この果実、何がヤバいって上限がない所なんだよと。


 アルコールの度数というのは割合である。つまりどうあがいても限界は100%。

 否。蒸留にも限度はあり、実際は100%というのも不可能らしい。


 ならルコールという果実はどうか。果実という時点で不純物は沢山だ。実と酒精の割合で言うならばやはりせいぜいが40%そこそこのようで。


 しかし、成分はひたすらに濃縮していくと。無理矢理に言うならば、酒の成分だけは100%を超えて行くというのだ。


(儂が食ったのは10年ものだった。しょせん果実と油断して丸かじりしたら、確かにひっくり返りそうであったわカカカ!)


「ねぇ。例えば10年物の実なんてあったら、どのくらいの度数になると思う?」


「そうだね。おかしな言い方だけど、400%はあったんじゃないかな」


 そりゃ魔王も死ぬわ。

 だけど不思議な事にその話を聞いてなお、髭面のオッサンはまるで子供の様に目をキラキラと輝かせるのである。


「そ、それで手に入るのか?」


「うーん。2~3年物くらいは酒好きな貴族の間で流通する。私も食べた事はある」


 ならば頼む。食ってみてえと、今度はフォルジュさんが腰を浮かし前のめりになった。

 もはや魔王殺しという酒の真実よりも、純粋に熟成したルコールの実に興味が移ったのだろう。


「よし来た。少なくとも3年物は保証しよう」


「ん? 少なくとも?」


 言い回しを疑問に思いツッコムと、魔女はこれまたサンタさんのプレゼントを待つ子供の様な瞳で俺をのぞき込んで来た。


「ルコールの実は流通してるからさ、わざわざ狙う人なんて少ないと思うんだよ。運が良ければあるんじゃないかな、長期熟成の天然物」


 つまりは現地に取りに行こうと言うのだろう。どう思うとジグルベインを見ると、魔王がまるで菩薩の様な顔でいいのではないかと囁くもので、俺は黙って首を縦に振った。もはやコイツらは何を言っても止まるまい。


「よし分かった! お前らが冒険に行っている間に、俺は責任持って魔法銀を作り上げとくぜ!」


 どうやらこれで商談は成立したようだ。

 ドワーフはルコールの実と引き換えに魔法銀を作ってくれる事を約束してくれた。


 しかし、こう。ウキウキの三人と違い特にメリットの無い俺は、どうにも徒労を感じるのだが。まぁイグニスもジグルベインも楽しそうだし、いいか。



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― 新着の感想 ―
この酒の成分だけは100%を超えて行くというのが理解出来ないな
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