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160 守れたもの



 王都より無事に帰還したプロクスさん。

 別荘にあった資金を持ち帰ったのか、馬車の中にはどっさりと金貨や宝石類が積まれていて。まずは使用人達に迷惑を掛けたなと、これからもよろしくと、一人一人に言葉を掛けながら金品を握らせた。


「「っ旦那様……!!」」


 本当に、本当に良かったと、老若男女が涙した。その姿を見て、俺は馬鹿かと自分を殴りたくなった。

 

 俺が療養している間にも甲斐甲斐しく世話をしてくれたメイドさん。睡眠時間を削り働くイグニスママに文句の一つも言わずに付き合う執事さん。みんな顔に出さないだけで、押し潰されそうな程の不安を抱えこんでいたに違いないのである。


 俺よりも余程にエルツィオーネ家との縁が深いのだから、それこそ今日この瞬間まで一時たりとも安心出来る事は無かったはずだ。うわんうわんと声上げて泣く若いメイドさんと、そっと頭を撫でるイグニスママを見て、改めて事態の重さを思い知り愁眉を開いた。


「父上、シャルラ殿達は?」


「彼女達とは王都で別れたよ。流石に領が恋しくなったらしい」


 プロクスさんはそう言いながら、優し気な眼差しでラルキルドの方角を見た。

 どうやら王都では王と謁見したり裁判に出たり、貴族の会食に出席をしたりと中々にハードなスケジュールを過ごしたらしい。


 シャルラさんなりに伯爵として振舞おうとするならば、貴族の華やかな場や初対面の偉い人との会話は結構な負担であったのだろう。数日で目に見えて疲弊していたようだ。


 吸血鬼はそれでもと、最後までプロクスさんに付き合おうとしたらしいが、シャルラさんの用事は終えていたのでイグニスパパの方から徐々に慣れればいいのだと諭したのだとか。


「そうだ。ツカサくんとイグニスに彼女からだ」


「なんですか? ……あ!」


(ほう。悪くないデザインじゃな)


 イグニスの父親から手渡されたものは蝙蝠の紋章が掘られた金板だった。

 家紋を預かる。それはこの世界での信用の形。特に金を素材に作られた物ともなれば、最上級の信用の現れだ。


「挨拶回りに必要だから職人に急いで作らせたんだ。そしたらラルキルド卿は是非に君の分もということでね」


「ありがとうございます!」


 まるでツインテ少女の想いが形になった様な代物だった。

 旅に出れば顔を合わせる機会も減るだろうが、確かな絆の証を受け取った様で、俺は無くさない為にその場でプレートを首飾りに通した。


「あらぁ。シャルラ様帰っちゃったのね。寂しいわ」


 俺がいそいそと作業しているとイグニスママがおっとりと頬に手を当て言った。なんでも既にお茶会に連れ出す計画を立てているらしかった。この人はあれだ。きっと猫とかを構いすぎて嫌われるタイプではないか。


「まぁ最初はそんなもんだよ。正式な場よりは気楽だろうからドンドン顔出して知り合いを増やしておいた方が後々得さ」


 味方は多いほうがいいだろうと、魔女が自分の貰った金板を見せびらかす。

 俺は、それはそうだと頷いた。この一家も大貴族とはいえ様々な人に支えられているのを目の当たりにした。


 シエルさん、ルーランさん、エルツィオーネ家。なんとも頼もしい仲間を作った吸血鬼だが、その輪が広がる事が悪いわけが無いではないか。



 それから身内の話をするからと執務室に場を移す。どうでもいいが、その身内に普通に俺が混じるのは変ではないだろうか。


「俺、居ていいんですかね」


「君は結果を知っておくべきだと思ってね」


 よっこらしょと領主の椅子に座るプロクスさん。

 するとどうだろう。表情はすっかり引き締まり、もう領主の顔であった。

 初対面の時を思わせる圧には、奥さんに尻に敷かれる情けなさは微塵も存在しない。


「今回の事件。光爵家メルフラフの根切りが決まった。分かるかな。主犯であるバングの親、兄弟、子供。その血縁を処し血を絶やすという意味だよ」


「……そうですか」


 その話を聞いて、俺はどんな表情をすればいいのか分からなかった。

 ざまぁ見ろとは思わない。どちらかと言うと、血縁とはいえ無関係の人まで巻き込まれるやるせなさと、王族に手を出すという罪の重さの再認識。


 だってつまり、この家もそうなっておかしくは無かった。使用人の人達は皆理解をしていたからこそ存続を泣いて喜んだのである。


「そう。それだけの罪だった。私も、いや我らもその罪を背負い罰されるはずだった。けれども数々の幸運が命を繋いでくれたようだ」


 ありがとうと、机に額をぶつけるのではないかと思う勢いで、領主の頭が深々と下げられた。俺は謙遜も無しに、ハイと感謝を受け取る。


「お力に成れたのなら良かったです」


「本当に君たちには感謝をしてもしきれないよ」


「たち?」


「ああ。君とイグニスを含めた、勇者一行さ」


 スピード裁判の裏側の秘密。そこには勇者フィーネ・エントエンデの協力もあったようだ。なるほどと腑に落ちる。アトミスさんの計画。シャルラさんという重要人物。ついでに真偽を見分ける勇者までもが味方に付いたのならば、勝利はもう盤石のものであった事だろう。


「口を挟んで悪いが、そのまま無罪という事は無いんだろう? 課せられた罰は?」


「勘の良い娘だ。お前の想像通り、罰はある。10年の増税とラルキルド伯爵の正式な後見を務める事になった」


「まあそんな所だろうね。事情を知らない貴族からすれば今エルツィオーネ領を貰っても何の罰だって感じなわけだ」


 ははん。どうやら対外的にはシャルラさんの面倒を押し付けられた形らしい。確かに大きな領地だろうとこれでは治めたい人は居ないのかも知れない。


 ついでにアトミスさんの陰謀で山はシエルさんの怒りを買って吹き飛んだと認知されているようで猶更なんだとか。嘘の報告をしてないあたり恐ろしい妖女である。


「とりあえずラルキルド卿には道の開拓を依頼したんだ。エルツィオーネ領とラルキルド領を結ぶ、馬車が通れる正式な道を作って貰う事になった」


「なるほど。良い案だね」


 その言葉にすぐさまに魔女が反応した。

 やはり魔族の町は一般的には近づき難いのだろうと。だが、街道が出来れば寄るメリットが出来る様だ。


 俺も頭を回し意味を探す。そしてすぐにああと納得出来た。宿場町を目指しているのだ。

 エルツィオーネ領は盆地であり山に囲まれている。今までは北に行こうと思えばタマサイの町から北上し峠を越える必要があった。


 しかしラルキルド領経由の道が通るならば、この町から直接北上する事が出来てしまうのだった。


「そう。そうなればきっとラルキルド領は栄えるよ。まぁそんな道が出来るのは暫く先だろうけどね」


 ハハハと笑うプロクスには悪いが、俺もイグニスもそっと視線を外す。

 ああ見えてシャルラさんは領のためならば割と手段を選ばないのだった。ラウトゥーラの森の帰りには凸凹だらけだった道が魔法で吹き飛び平になっていたのを思い出す。


(カカカ。シエルなら崩れた山など簡単に吹き飛ばしてくれよう)


「聞きたくない!」


 ともあれまぁ、本当に一段落だなと胸を撫で下ろす。するとプロクスさんは無言のままに、すっと布袋と手紙を渡して来た。


 袋の中からはチャリリと金属音が漏れて中身の想像は容易い。金策に奔走しているのを知っているので受け取れませんよと俺は手をパタパタと振る。


「違うんだよ。これは私の方こそ受け取れないんだ。君が持っててくれ」


 俺がまごまごしている間にもイグニスは手紙の内容を確認していて。

 横から覗き込んでいたイグニスママは、なるほどこれは受け取れないわねと口元を隠し笑った。


「フィーネ達からの寄付だ。大変な時に力に成れなくてごめんってさ」


「フィーネちゃん……」


 それこそ何を言っているのか。先日の教授を含め、王都から来た客は沢山居た。だから王都の大変さも耳には挟んでいるのである。


 深淵のテロ行為の後にも、捕まりたくない貴族達が逃げたり立ち籠ったりで騎士団も魔導士団もてんやわんやだったらしいのだ。顔を見せないという事はきっと彼女達も忙しい日々を送っているのだと思う。


「……どうやらフィーネは次の冒険の行き先を決めたらしい」


「旅に路銀は必要だろう。イグニスは貯金を吐き出した様だし、せめてそのお金は君たちが使って欲しい」


「大事に使わせて頂きます」


 そう言われて何故断れようか。俺は袋を受け取り、そのままホイとイグニスに手渡した。

 赤髪の少女ははにかみながらも、餞別確かにと懐にしまう。


「聞いてるかも知れないけど、ツカサ君にはイグニスをあげるからね」


「母上言い方!」


「こんな娘だけどよろしく頼むよ」


「だから言い方ー!」


 俺はしばしの間、ギャーギャーと吠える魔女を眺めていた。

 偽勇者やフランさんの凶行で被害も失ったものも沢山あった。でも、そもそも俺の手なんて何もかもを守れる程大きくは無くて、そしてこの世界の人は俺に守られる程弱くもない。


 だから、この光景が。

 イグニスが守りたいと願った、家族とのささやかな団欒が無事続き良かったと、心の底から思ったのだった。



次回くらいでこの章も終わりです。さっさと冒険に出て欲しいです。

感想貰えたら嬉しいです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] イグニスさんの行き先がとりあえず決まりましたねフフフッ
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