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159 尊い犠牲



 それから10日ほどが経った。

 俺は体調を整える為に安静に過ごしたのだが、周囲はやはり慌ただしく動いている。


 その間の大きな出来事といえば、何といっても王様から召喚状が届いたことだろうか。

 勿論俺にでは無くシャルラさんにだ。筋書き通りに事件の参考人として王都へと呼び出されたのである。


 書状を見た時のシャルラさんの顔は酷かった。ああ、遂に来たかとまるでこの世の終わりが到来した様であった。


 逆にイグニスはよしよしと笑っていて。ちなみに俺も手紙の内容を聞いて安心した派である。なにせ召喚なのだ。犯罪者として扱われるならば罪状でも叩きつけられ問答無用で連行されていた事だろう。


 吸血鬼が「ツカサ殿も付いて来てくださいー」と腰にしがみ付いたり、メイドエルフが「それでも領主か!」と主を引き剥がしたりとなかなかに賑やかな出向となり。


 プロクスさんはそんな二人と共に、「じゃあ少しばかり行ってくる」と苦笑いを浮かべながら馬車に乗った。俺は吉報を待ってますと姿が見えなくなるまで手を振ったのだった。



 さて当然領に残った人達も暇ではない。

 とりわけ領主代理を務めるイグニスママなんて目まぐるしく動き回っている。


 主に苦心するのは金策である様だった。

 町が半壊しているのだから、それを復興しようと思えば多くのお金が必要なのは当然だろう。現状は領民に対し仮住まいから食事まで出来る限りの提供をしているので、毎日金貨を湯水の様に使うらしい。


 けれど今回はエルツィオーネの不祥事なので領としての蓄え以外にも私財をありったけ投入するという気構えのようだ。


 ただ貴族の蓄えともなれば何もお金だけでは無い。宝石などの貴金属から壺や絵画などの芸術品まで多岐に渡るので、それを売り払い換金する行程が必要なのである。


 なので家には引っ切り無しに客が来訪していた。

 兎に角現金が欲しいのだと、商人ギルドのお偉いさんを呼びつけ貴金属を買い取らせたり、同じ派閥らしい主婦友を招いて買い取って貰ったりしている様だった。


 その全ての人に手紙を送り、頭を下げながら対応しているのだから貴族というのも楽ではない。


「やあターニャさん。お招き頂きありがとう。プロクスには王都であったよ。大変だったようだね」


「まぁまぁパラノーマさん。遠いところを良くおいでくさださいました」


 そして今日も今日とて客が来る。

 背が低い樽の様な体系の男性。顔は隈を隠す為に濃い化粧を施した賑やか外見だ。

 一度しか会った事はないけれど、人を覚えるのが苦手な俺でもとても忘れられる人物でもなかった。


「確か魔法学の教授だっけ」


「うん。父上の親友なんだ。私も昔お世話になったよ」


 そんな教授の後ろにはぞろぞろと10人程付いていた。服装を見る限り魔導師団の人達だろう。大人の集団がソワソワとしながら並ぶ姿は、なんというか開店前の出待ちをしている様だった。

 

「いやー! 楽しみだねー! ワクワクするねー!」


「イグニス。私は魔法の事はよく分からないからよろしくね」


「うん。ささ、皆さんこちらにどうぞ」


 イグニスママに代わり魔女が客の対応を始める。どうやら今日は魔法関連の物を売り払う様である。亡くなったフランさんの私物は真っ先に売りに出されたが、本やら魔道具が残されていたのは優先したい相手が居たからなのだろうか。

 

「こちらが兄の使っていた物です。気になるものがあったらどうぞお手に取ってください」


 空き部屋には展覧会の様に品物が並べてある。今日の為に俺も一応準備は手伝った。

 置いてある物は本に魔道具に、何かの機材と素材とでも言うべきか、革やら牙やら植物やらだ。


 ついでにプロクスさんやイグニスの持ち物も置いてあるあたり、賢者の血筋に恥ぬ魔法一家だと思う。


「流石エルツィオーネですね。研究室に負けないくらい機材が揃ってますよ先輩!」


「ああ。魔力分離機とかあると便利なんだけど高いんだよな。個人で持つなんて羨ましいよ。いい機会だし買っちゃおうかな」


「うわぁ渋い。第8世代の魔導書が一式揃ってるよ。ちょっと欲しいなぁ」


 イグニスは以前に貴族はいかに便宜を図って貰えるかだと言っていたが、それはあながち嘘ではないのだろう。売り物の対価にジャラジャラと金貨が差し出される。


 正当な価値が分からないので俺には高いのか安いのかも判断付かないが、俺は金貨1枚を5万円くらいの感覚だと思っている。なので惜しげもなく何十枚と出してくれるのは、品物の価値以上にエルツィオーネという家への援助の意味が込められているのだと思う。


「イグニスくーん。いかんなぁ。私はプロクスに会ったと言ったろう。出したまえよー」


「うへへ。流石は教授。皆さんだけに特別ですよ。こちら、ラウトゥーラの森最深部で採れた、聖剣の魔力で育った植物です」


 悪い顔して魔女が奥の部屋から持ってきたのは、勇者達との冒険で手に入れた素材だった。光輝く水を吸い上げ育った植物は、すっかり乾いた今でも仄かに発光している。


 おお、と驚く魔法使い達。早速に机に集まって、う~むこれには一体どんな性質がと手に取っていた。


「魔法使いってどこも一緒なのね」


「みたいですねぇ」


 イグニスママはその光景を眺めながら呟いた。俺も意見に同意する。

 魔女が鼻高々に普通の素材とはどう違うかを講釈し、おまけにこれ程状態が良いものはもう手に入らないかもーなんて仄めかせば、あっという間に金貨の山が積みあがっていくのである。


「……ねえパラノーマさん。少し聞きたいのだけど、その素材とやらの価格は正当な価格なのかしら? 気を使ってくれてない?」


「とんでもないよターニャさん! むしろこんな価格で譲ってくれるなんて申し訳ないくらいさ!」


「ふぅんそう……」


 考えこんだイグニスママは何を思ったのか、どうせだしプロクスさんやイグニスの倉庫の品も見て行かないと声を掛けた。


 瞬間部屋の空気がピタリと固まった。

 何を馬鹿な事をと目を見開く魔女と、ほほうと興味深々な教授以下数名。赤髪の少女はこれは冗談なのであると自分に言い聞かせる様に笑ってみせる。


「ははは。流石に冗談ですよね母上。父上が知ったらなんて言うか。それはもう離婚、いや戦争ものですよ」


「ええ、そうね。やってやろうじゃない。貴女たち、あの広い部屋を埋めるのに一体幾ら使ったのよ?」


 瞬間イグニスは駆けた。コイツこんなにも早く動けたのかと思う程に即断即決で守るべき物の元へと向かったのだ。その表情は見たこともないくらい必死な形相であった。


「あ! お待ちなさい!」


「来るな! 近づく奴は火を付けてやるぞ!? いいな、来るな!」


 自分の部屋の扉の前に仁王立ち、嫌よ嫌よと首を振る少女に俺は少しばかり同情した。

 そりゃあ自分のコレクションを売られたい人間はおるまい。

 

 でも、ママさんの気持ちも分かるんだよね。

 イグニスの名誉の為に言うが、アイツはこの件で蓄えていた金銀財宝を手放した。領のために使ってくれと、もの凄い額を家に入れているのである。5000万円分くらいはあったのではないか。


 魔女の私物目当てにイグニス派なる連中が家に押し寄せてそれはもう大変だったのだ。

 おもにイグニスが身に着けていた物を欲するあまり靴下や下着まで要求した変態紳士どもが火達磨になったからであるが。


 まぁそんな事は置いておいて、ママは気付いたのだろう。

 珍しい素材は高く売れる。ならば惜しみなく金を出す魔女がなおも惜しむ品物とやらは一体幾らの価値があるのかと。


 イグニスママの圧力を筆頭に、男共が「少しだけ」「見るだけ」「触らないから」と少女に掛けるには危険な言葉を発しながらジリジリと魔女ににじり寄って。


「あーあ」


 火を付けると脅したものの、イグニスは肉親に魔法は放てなかった。

 いや、血を分けた兄弟に魔法を向けた後なのだから、彼女にそんな事が出来るわけが無かったのだ。少女の防衛は虚しく母親に強硬突破をされた。


「待ってくれ! 嫌だ。いやいやそれは駄目だって! ああ、それも駄目! あー! あ~!!」


 イグニスは普段のハスキーな声からは想像出来ない甲高い悲鳴を上げた。

 それはもう、実の兄を亡くしても涙を零さなかった女が、外聞も気にせず泣き喚くのだ。


「駄目だね。正直喉から手が出る程に欲しいが、それ故に値段の付けようも無い。正当な価格で売るなら王都で競売に出すべきだよ。そしたら僕は全財産を持って買いに行く」


「そこまでなのね……」


「絶対に売らないからな!!」


 出るわ出るわ超レア物。高名な魔道具制作師の最後の作品だとか、幻と呼ばれる様な素材で作られた杖だとか、手に入れるのも難しくらいに大きな魔石だとか。価値が分かる人にはまさに生唾ものの宝の山だったそうな。


「ふふ。これはあの人の倉庫が楽しみね」


 イグニスはなんとかコレクションを死守したが、プロクスさんのお宝を守ってくれる人は誰もいなかった。教授に相場を聞いて額に青筋を浮かべた貴婦人は、これは領の為なのだと夫のコレクションを競売に掛ける事にしたのである。


「お金、これでなんとかなればいいねイグニス」


「ああ。父上には悪いが尊い犠牲になってもらうしかない」


 自分の趣味の為に父を売った魔女はそう言った。全く美しい家族愛である事だ。

 そんなこんなで日々は過ぎ、何も知らない領主が帰って来たのはそれから二日後の事であった。


 許されたと声高々に家の存続を喜ぶが、その声が悲鳴に変わるのにさして時間は掛からなかった。

 


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