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153 黒い悪魔



 薄黄色の髪をした男は地面に顔を埋め事切れていた。

 バング・メルフラフ。勇者の血筋である光爵家に生まれて、俺の手で死んだ男だ。


 右肩からバッサリと両断した肉体は、もうピクリとも動かず確かに死に体。

 だからこそ俺はこれで決着と見た訳であるが、ジグルベインにまだだと言われれば、それはそれでストンと腑に落ちる。


「ジグの言う通り、確かにまだみたいだね」


 違和感を覚えるべきだった。真っ二つになっていて、なんで臓物の一つも飛び出やしない。いや、それどころか剣も地面も、血の一滴ですら濡れていないではないか。


 ゾワリゾワリと背に悪寒が走る。

 なんというか、こう、ホラー映画を見ている時に、次のシーンで絶対驚かせてくるなと感じるあの予感。来るぞ来るぞと感じるあの恐怖。


「ひぃーー!!」


 かくして予想の通りに死体に変化が訪れた。

 身体の切断面から、ズボリと黒い腕が生えてきたのである。


 尻もちを付いていた態勢から咄嗟に後退する。両腕が使えず、もうろくに体力の残らない身体では、尻をずりながら僅かに下がるのが精一杯だった。けれども今は1ミリでも奴から遠くに離れたい。なんだあれ、なんなんだあれは。


 まるで蛹が羽化でもするように死体の内側から新しい生命が這いずり出てきた。


「間に合ったか。奴め、ここまでお膳立ててしくじるとはな」


「…………っ」


 ソイツを見て先ほどとは違う意味で恐怖が湧いてくる。とにもかくにも、存在があまりに異質なのだ。全身に黒い鎧を纏った様な生物だった。本当に全身が真っ黒で、黒光りする外皮は甲虫を思わせるか。そして体も顔もツルリと平坦で、目も口も分からない、そんな不気味な外見だった。


「誰だ、お前」


「おお、勇敢なる男よ。挨拶が遅れたな。非礼を許すがいい、我が名はラヴィエイである」


 思わず口に出た言葉だが、意外にも理知的な返答が返ってきた。

 ラヴィエイと名乗る悪魔は紳士然と腰を折り、まさかに謝罪してきたのである。そんな対応に、俺はおおうとあっけに取られる。


「さて、勇敢な人間は好ましいのだが、すまぬな。悪魔にも義理というものがある故、我はバングの本懐を果たさなければならない」


 それは警告のつもりなのだろう。表情も無いというのにどこか人間臭い悪魔は、暗に邪魔をすれば殺すと告げていた。

 

「ちなみ、何するつもりか聞いていい?」


「……仕上げというやつだ。【影縫い】に、本来の冷徹で残虐な吸血鬼に戻って貰う」


「ああ、なんだ。やっぱりテメエも敵か」


 俺はゴクリと唾を飲み込む。やばいジグルベインと交代するタイミングを逃したかも知れない。下手に魔力でも流して戦闘する意思有りと取られれば、今の俺では赤子を捻るよりも容易く殺されてしまうだろう。


 それでもだ。

 何も出来なかったと、何もしなかった、では違うと思うから。俺は悪魔に向かい、掛かって来やがれと吠えながら闘気を纏う。


「……来ないの?」


「いや、人間とは不思議なものだと思っていた。我らは弱者を糧にするが故、その醜さを良く知る。しかし其方の生き方は、夜空に輝く綺羅星の如く眩しいな」


(カカカ。良く分かっておるな!)


 武人じみた台詞に、このラヴィエイという悪魔の生き方が表れている様だった。

 悪魔の魔力を望んで受け入れる様な人間としか関わりがないならば、そりゃあ自分(強者)に歯向かう人間なんて知らない事だろう。


 けれど褒めて貰ったところ悪いのだが、俺はここで保護者と交代だ。

 まるで早く代われと言わんばかりに霊脈にガンガンと魔力が流し込まれている。

 闘気で魔力が視覚かされているせいでその浸食は一目瞭然。纏う白が黒にベタベタと塗りつぶされて。


 言えよと脅された。

 厨二に名付けたのをちょっぴり後悔しつつ、俺は自分を殺す魔法の合言葉を口にする。


「その唇は吐息をしない」


「!?」



 ザン、と。ジグルベインは肉体を得た直後に黒剣を振るった。

 いつかの悪魔は気づく間も無く首を落としたものだが、黒剣に黒拳が合わされて、ビリビリと衝撃波が広がる。


「ほう、受け止めるか」


「なんという太刀筋。さぞ高位の魔族と見たが」


「おおん? おぬし、儂を知らぬか」


「生憎と初めて見る顔だな!」


 そう言い悪魔の左拳が走る。ジグは反応し剣で切り落とそうとするも、ヴァニタスは相手の拳を切り裂き腕にまで達していた。すぐに抜けないと判断するや、ジグはすぐさまに剣を放棄。カッと喉を鳴らし新たに虚無から取り出した黒剣で左腕を切り落とす。


 けれどもジグは、腕を斬ったところで深追いせずにトンと後ろに飛んだ。その理由は切った腕から黒い靄が槍の様に襲ってきたからなのだが、俺が理解したのは回避行動の後だった。とても視界を共有しているとは思えない判断だ。流石は魔王様。相変わらずの戦闘能力が頼もしい限りだった。


「今のを躱すとは。しかし貴人よ、我と戦う理由はあるのだろうか」


「お前は罪を犯した。儂の物に手を出してしまった。もはや遍く全ての未来にお前の生は無いと知れ。しかし儂は慈悲深いのでな。死に方くらいは選ばせてやろうぞ。頭を垂れ首を差し出してもよいし、惨めに足掻く事も許そう」


「それはお優しい事だ。だが、これは混沌の意思と知っても我に立ちはだかるか?」


 んあ?と物凄く間抜けな声がジグルベインの口から出る。

 話の内容に興味が出たのか、聞かせてみろと上から目線で悪魔に語り掛けていた。



 一応に黒剣は切っ先を地面に差し込むが、柄には手が添えられていて、つまらない話ならば即座に殺すといわんばかりである。


「実は混沌は復活している。今はまだ力を取り戻さぬが、かの御方は再びにこの大陸を支配するおつもりなのだ。なので手始めに裏切り者の」


 そこまでだった。

 話の内容的に仲間にならないか、とでも言うつもりだったのだろう。顔無しの悪魔は顔に剣を突き刺され話を止める。表情も分からないので彼の心境は読み取れなかった。


「儂の名を知らぬならば冥土の土産に持っていけ。我が名はカオス・ジグルベイン。あの泣き虫吸血鬼を裏切り者と呼ぶのは許さぬ」


「ば、馬鹿な! 貴様、あの御方が偽物だと言う気か。もはや絶滅した種族、それも12翼の天使など混沌以外にはあり得ぬ!」


「おお、であればそやつは【混沌】ではなく【深淵】よ。ドゥオめもはや共に分かち合えぬなぁ」


 寂しそうに言い放つジグを見てラヴィエイは真と判断したのだろう。或いは目を背けていただけで、薄々は感じていたのかも知れない。頭に手を当てぐぬぬと深く絶望し失望していた。黒一色ののっぺらぼうが、途端に影法師の様に薄っぺらくなり、存在自体が揺らいでいるようで。


「ほう、戦るか」


 それでも彼は構えた。奇しくも両腕を畳み拳を構える姿は、ボクサーが戦闘続行の意思を伝えるファイテングポーズに似ていた。


「偽物だからなんだと言うのだ。我は名に忠誠を誓ったわけでは非ず! 貴様が本物の混沌であれば相手に取って不足無し!」


「カカカ! 良くぞ吠えたものだ。褒めてつかわすぞラヴィエイ」


「恐悦至極!!」


 そうして再開した戦いは、自慢ではないが俺ならば即死だったのだろうなと思った。

 間合いの外から放たれる右ストレート。届かないだろうと思ったが、まるで某海賊の如くミヨンと伸びた。


 当然拳はジグルベインには当たらないけれども、拳を避ける動作にしては大きく避けて。

 瞬間、伸びた腕は逆立つ猫の尻尾の様にトゲトゲに。読めるかそんなもん。そう敵は悪魔。人型をしてるが人間ではない。


「いいかよ、お前さん。闘気はこう使う」


 棘付きの鞭の様に振るわれる腕をあろうことか鷲掴みにした。その光景に思わず痛いと思い込むが、手に痛みは感じない。如何な握力か針ごとに腕を握り潰したジグは、そのまま逆に悪魔を振るう。ビュンビュンと黒い塊が空を散歩し、最後はドカンと地へと叩き落とされ土に埋まった。


(ただの力任せじゃん)


「カー。その力任せが大事なんじゃい。儂の体、闘気でこれだけ出力上げても痛まぬじゃろ」


(ああ、そういえば)


 俺の両腕は過剰な威力に耐え切れずにへし折れたというのに、ジグの体は剣を振ろうともちっとも堪えていなかった。

 

「いかに儂のパーフェクトボディーでも普通に何倍もの威力出したらそりゃ壊れる」


 違うのは魔力の浸透率だと言う。本来は魔力は霊脈にしか流れないもので肉体は魔力に負けて損傷するようだ。だが、遂に肉体が魔力を受け入れる時、それはつまり身体全体が一つの霊脈になると同義なのだと。


「カカカ。凡百とは出力が違うのだ出力が!」


(ジグに交代すると身体が壊れる理由が良く分かった)


「…………」


(何か言えよ)


「すまにゅ」


 そういう間も魔王様は地面から生える無数の岩の刃をひょいと躱す。悪魔は地面に潜みながら魔法でも使っているのだろう。意に介さずゆっくりと穴へと近づいていくジグ。見ーつけたと陥没で出来た穴を覗き込むとドヒュンと大量の石針が炸裂した。


 地属性魔法の上位版か。それはまるで大口径の散弾銃である。ジグルベインは慌てもせずに黒剣を一閃。斬撃の衝撃で全てを蹴散らして。


 グラリと地面が揺れた。悪魔がダメ押しにと自然の岩でも蹴飛ばしたのではないか。地中から巨大な岩が大砲の様に飛んできて、事も無くそれも両断。


 切り崩れる岩の影には紛れる様にラヴィエイが潜み、ヌンと拳を叩き付けてきた。刃と触れ合う拳の音は、まさかのゴキン。鋼にも勝る強度を容易に想像させる。


「くっ。流石に魔王を名乗るだけはあるな」


「たわけ。上級悪魔がこの程度でないのは知っとるわ」


 もしもあの悪魔に表情が有ったのならば、きっと奴はニタリと笑っていたのだろう。




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