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150 大暴れ


 殺せ、殺してしまえと偽勇者が金切り声で叫ぶ。

 それを切っ掛けに多くの視線と刃がこちらを向いた。20人余りの武装集団に殺意が伝播していくのが分かる。


 所詮相手は馬に乗った子供一人だ。奴らが躊躇う理由など無いのだろう。

 あるとすれば、それは油断。俺が弱そうに見えるせいか、それとも数で勝っているからか。武器を構えようともその顔にはまだヘラヘラと笑みが浮かび、目に見える余裕があった。


「まず一人」


 ああ、油断するのには俺が素手なせいもあったのだろうか。武器投げちゃったもんね。

 お生憎様と、魔王の愛刀を虚無より引き抜いて問答無用に投擲する。一人が脚を抱え倒れる事態になって、ようやっとに連中は俺の認識を獲物から敵へと変えたらしい。


「どこから武器を!?」


「この人数相手に正気か?」


 その後の行動は敵ながらに迅速。相手は剣や槍を構えながら俺を包囲する様に動き出す。人数的有利を生かすとはまぁそういう事だろう。


 出来るならば油断の内にもう2~3人倒しておきたかったけれど、深追いして囲まれるわけにはいかない。こちらの唯一のアドバンテージといえば、跨る軍馬だけなのだ。幸いに開けた場所なので存分に足を生かそうと手綱を引く。


「よしゃよしゃ。いいぞ素直だ」


 暴れ馬なので指示を聞いてくれるか不安だったのだけど駆け出してくれた。

 走りに特化した生物に人間が易々と追いつけるはずもなく、敵との距離はガンガンと開いていく。


 パカラパカラと山頂に蹄の音を響かせて。そして生まれた少しばかりの時間的猶予で頭をフルに回転させる。


 どうするどうする。人数は圧倒的不利だ。廃城の様に罠を仕掛ける事も出来やしない。一番有効なのは恐らく速度を生かした一撃離脱戦法で数を減らしていく事。でもだ、相手の中に騎士級一人でも混じっているとたぶんそれも出来ないだろう。


(カカカ! 盛り上がって来たのう!)


「やっちまったもんは仕方ない!」


(であるなぁ。っとお前さん、左。弓で狙われておるぞ? カカカ)


「それ笑えないんですけどぉ!?」


 マジかよと思いジグルベインの言葉通りに左を向くと、矢と目が合った。いや、その表現はおかしいか。ちょうど顔面に向かう矢を視認した。咄嗟にしゃがみ、ビュウンと風切る音を聞いてあぶねーと叫ぶ。


「うおっ避けたよ。アイツ後ろに目でも付いてんのか!?」


「付いてるんだなーこれが」


 正直肝が冷えた。軍馬の走る速度に合わせて顔を狙うなんて、走るバイクを狙撃する様なものである。とても弓での芸当だとは思えない。


 その後もひゅんひゅんと矢は飛んできたが、走る馬には到底当たらない。

 やはり最初の一発だけが別格だったのだ。狙う腕もだが、恐らくは弓が特別なのだろう。身体強化を使用してやっと引けるくらいの強弓ならばあの威力にも頷ける。


「やっぱ強い奴も混じってるな」


(カカカ。代わってやろうかや?)


「冗談。啖呵切ってすぐに保護者頼りはちょっとね」


(応さ。いいぞ男の子じゃ)


 とにかく潰す順番はこれで決まりだ。まずは遠距離武器から叩こう。

 大きく旋回し弓兵の隊列に向かい突っ込んだ。弓の部隊は一人の男が指示するのか、横一列に並び、時間差で絶え間なく弓が番えられる。雨の様にとまでは言わないが、矢が大量に飛んでくる中に飛び込むのは結構怖かった。


 しかしそこは暴れ馬の面目躍如だ。

 土埃を舞わせながらジグザグに蛇行する馬には普通の矢など遅すぎる。俺はリーダーらしき男の強弓だけに集中し、弾丸かくやの速度で放たれる矢だけを的確に叩き落としていく。


「バフーン!!」


 それは蹂躙と言うのに相応しい光景だった。矢を避けながらにあっという間に距離を詰めた軍馬が隊列に突っ込む。体当たりでボウリングのピンの様に人が倒れ、四つの蹄がこれでもかと敵を踏みつけた。狂暴すぎる。俺は少し馬という生物を見る目が変わってしまいそうだ。


「なん、だと」


 驚きの声はリーダー弓兵から。奴ならきっと上手くに馬を避けて俺を狙うと考えた。予想の通りに一人だけ混乱には陥らず、冷静に弓を馬上に向けていた。


 けれどもソコに俺は居ない。接触の瞬間に馬上から飛び降りたのだ。危うく敵と一緒に馬に踏みつぶされる所だったけどね。


「秘技、空蝉の術」


(あの外国人のパクリじゃな)


 そうとも言う。武術大会では頭上を飛び越えるという軽業を披露してくれた人が居たのだ。今回は下に逃げたが、弓の狙うという特性にはドンピシャリで作戦がハマったようだ。剣の間合いならば俺の領分。黒剣による刺突で男の肩を抉った。致命傷だ。もう弓を引くどころか武器も持てないだろう。


「ちっ甘いガキだ」


「うるせえ間抜け」


 頬に熱いものを感じて頬を手で拭う。甲にはべっとりと血液が付着していた。

 この男、俺を見失ったにも関わらず、一瞬で反応して最後の一射を打ったのだ。ギリギリで何とか躱したけれど、実力は騎士に準じるものがあるのではないか。


「とりあえず8人!」


 遠距離武器は潰したし、後は馬上から少しずつ削れば行けるか?

 そんな淡い希望を抱きながら再びに騎乗しようと飛び上がり、俺は大の字で地面に落下した。俺が乗るのも待たずに駆け出しやがったのである。


「ざけんな、あの駄馬ー!!」

 

 敵陣のど真ん中に置き去りにされて、取り合えずにニヘラと笑って見せると、相手も愛想良くニコリと笑ってくれた。意訳すると「この馬鹿め」だろうか。ぐうの音も出なかった。


「【小さき火よ集え】【炎へと姿を変えろ】」


「【硬き石の種】【咲かせ刃の花弁】」


「【空を引け】【風を放て】」


「待って待って待ってー!」


 やはり素人の盗賊団なんかと違い連携が機能している。

 遠距離の弓を潰せば今度は魔法での中距離攻撃だ。それも連射が出来ない自覚があるからか、三人の魔法使いを守る様に槍衾が出来上がっていた。


 どうすんねんコレと、俺はとりあえず全力で駆けだす。

 火の球が地面に着弾すると周囲に炎が飛び散った。まるでガソリン入りの水風船だ。

 風の魔法は速くて見えづらいので何発か貰う。こちらは空気砲か。透明人間にでも殴られた気分である。


 そして厄介なのが土魔法。これ、散弾銃だ。今は距離があったから避けられたけど、小さく飛び散る石の弾を見て迂闊な接近は危険だと悟る。初級魔法のくせにちょっと殺意高すぎませんかねぇ。


「ジグー! どうすればいいと思う!?」


(簡単じゃ! 突っ込め!)


 馬鹿を言うなと思ったが、どうやら真面目な提案らしい。ホレと示すものを見て納得する。相手は視線を俺に向けている為にまだ気づかないけれど、こちらからはソレが良く見えるのだ。剣を構え少しばかりタイミングを計り、ここだと飛び出す。


「突っ込んで来やがった馬鹿め」


「ここで仕留めるぞ! ん? なんだこの音」


「【硬き石の】ぬあー!?」


 背後から馬の魔獣に襲われた集団は陣形が一瞬で崩壊した。

 魔法使いは距離を取る為に逃げ出そうとして、武器を持つ前衛はそんな魔法使いを庇いながら暴れ馬と戦おうとした。魔獣に襲われた時の対処としては恐らく正しい対応だ。


「こっちも忘れるなよ」


 でも挟み撃ちの対応としてはどうだろう。

 俺はノコノコと目に前に出てきた魔法使い共を昏倒させる。さっきはよくも笑ってくれたなと、少し八つ当たり気味に強く殴った。その後は楽な戦いである。敵は相手を俺か馬か選べないままに地を這う事になった。


「ふっ計算通り!」


(お前さん、馬にキルスコア負け取らんか?)


 それを言うなよと、唇を尖らせながらに地面に指を向ける。

 えっと、魔法使いが3人。戦士が11人。さっきの弓兵を合わせると22だ。これは粗方片付いたかなと周囲を見渡そうとして。


 そこでジグセンサーが反応した。右だ構えろ。指示の通りに構えた黒剣に襲い来る衝撃、一体なんと例えよう。


(お前さん!?)


「ぐんぬぁああ!!」


 大活性での纏。俺の渾身の力で防ごうにも、刃を押し返すどころか押し戻されて。

 ふと、地面を踏ん張る足の感触が消えた。


 あの野郎だ。偽勇者が剣を振り切った姿が見えた。そして見る見るアイツの姿が小さくなって、後頭部と背中に激しい痛みが襲う。


 視界が赤く染まり一瞬意識が混濁。なんとか立ち上がろうとするも足が震え、彷徨った手は後ろに岩を見つけた。


「たった一人になんて体たらくだ。やはり僕の力が無いと駄目なようだね。ほら勇者の力を受け取るといい。影縫いとの戦いを前にこんな奴に情けない姿を見せるな!」


「おおお? なんだこれ、魔力が湧いてくる」


「なんと、これが勇者の力か。これなら騎士も目じゃないぞ」 


 あらあら嫌な雰囲気だ。まるで子供が新しい玩具を与えられた様な喜びと歓声。

 どうやら悪魔由来の力とは知らないようだけど、新しい物って試さずにはいられないもので。そこで絶好の的がここに居た。


 さんざんにヘイトを稼いだ俺に、ヒャッハー!とでも言いそうな顔で、我先にと武器を手に襲いくる。まさかこんな時にモテ期が来ようとは。困っちゃうねと若干の眩暈を感じながら剣を構える。


「すげえ! すげえ! すげえ!」


 その効果、まさに段違い。さっきまで活性程度の動きだった男が、大活性の俺とまともに切り結ぶ。流石に身体能力ならまだ負けはしないけれど、これ元から強い奴はどうなるのさと疑問を抱き。これが答えだとばかりにノッポの剣士が動いた。


「ひゃあーう!」


 もはや奇声の領域の掛け声。遠間も気づけば間合いが詰まる。嫌な予感をビンビンに感じ、振るわれる一閃はしゃがんで全力で回避した。パラパラと埃が落ちてくる。嘘だと言ってくれよ。背後に在った岩が両断された。


「ははははは! どこまでも湧いてくる! 魔力すんごEー」 


「だからどうした!」


 もうとっくに身体強化は大活性。それでもとガンガンに魔力をつぎ込んでいく。

 ヴァンとの戦いで発現した闘気。あれから練習する時間も無かったけれど、再びに力よ宿れと手を伸ばす。


 ブゥンと身体を覆う白い魔力。これが暴力だと、黒剣を上から振り下ろす。

 咄嗟に剣で構えるノッポだが、遅い。ずるりと腕が落ちてから斬られた事に気づいて、腕が腕がと泣き叫びながらに地面へと倒れた。


「まだ抵抗するのか。この絶望的な状況が理解出来ないのか?」


「ちょっと何言ってるのか分かんないですね」


「僕の勝ちだと言っているんだよ」


 バッと腕を広げ高らかに勝利宣言する偽勇者を見て、本格的に頭がおかしくなったのかと訝しんだ。


 確かにこの力は危険だ。深淵のラルキルド侵略。一見無謀にも思えたけれど、こんなに簡単に強い兵士を量産出来るならば、万が一があると思う。けれどもだ。今更奴が力を与えようと、既に動ける敵は2~3人なのだ。この状況を見てまだ作戦が成功するとは到底に思えなかった。


「……ねぇジグ。この人数どう思う?」


(勝ちに行くなら、少ないわなぁ)


 俺はバッとラルキルド領の方角を振り向いた。

 偽勇者はテネドール伯爵を始め亜人排斥派という派閥と関わっていた。まだ合流する部隊があるとは言え、そんな男の兵がたった20数名という事があるのだろうか。


「そう僕は影縫い達を逃がさない為に背後から襲う役割だ。本命の1千の兵は今頃、くふふ。なぁ一体誰が小石に躓くのか、もう一度教えてくれよぉ」


 耳障りな笑い声を聞きながら、俺はシャルラさんに無事でいてくれと祈る。

 その時だ。カランコロンと金属片が降ってきた。


「「???」」 


 俺も偽勇者も思わず、それを凝視する。

 何せありえないのである。ここは山頂だ。山のてっぺんに居て、一体誰が下に物を落とす事が出来ようか。


 降ってきた金属はどうやら盾の様だった。ただし斜めに見事に切断されている。

 内側にはべっとりと赤い液体が付着していて、これは盾としての役目を果たせなかったのだなと推測出来た。


「アハハハハ!」


 今度はコチラが笑う番だった。盾が降ってきた理由が分かったのだ。

 巨大な竜巻が見えた。土を木を人を、何もかもを巻き込んで黒く染まる大暴風である。

 そんな事が出来る人物に一人だけ心当たりがあった。きっとあの場所にはアルスさんが居るのだろう。アトミスさんも人が悪い。


「今度はなんだ!?」


 苛つきを含んだ怒声が聞こえた。次はエルツィオーネ領側での出来事だった。

 麓で何か大規模な魔法が行使されたのではないか。


 山を揺らす程の衝撃。まるで巨大生物が駆け回る様な走る破壊音が山頂にまで轟く。

 ビュウと岩肌を逆巻く風が吹き込んだ。冷たい空気に混じり生暖かい空気が含まれている。不思議とうちの赤い魔女様の姿が脳裏に浮かんだ。

 

「何度でも言ってやるぜ偽物。お前はここで、俺に躓く!」


「ああああああ!!」


 ダンダンと子供の様に地団駄を踏む偽勇者。

 みっともないとは思うが多少に哀れだ。綿密に計画していた侵攻が、何事も無く上手く行っていると思った所で最後の最後にひっくり返されたのである。まぁ掛ける言葉は慰めではなくざまぁ見ろが相応しいが。


 そしてギロリと持ち上げた瞳には狂気の色が映っていた。

 興奮状態にあるのか息荒く、拠点を一瞥すると、何を思ったか軍馬に駆け寄る。

 素直に背に乗せる奴ではない。でも乗りこなせるならば厄介だと俺も阻止に走った。


「ラヴィエイ!!」


 偽勇者が声を上げると、俺の道を塞ぐ様に三つの影が飛び出してくる。

 その一つは俺が確かに腕を斬ったノッポだった。その姿は瞳に光なく、顎は開き切り涎が垂れ流しだ。とても正気には見え無かった。


「くそ、馬までもが僕を馬鹿にするのか!!」

 

 無理やりに背に張り付き振り落とされて、八つ当たりか凶刃が軍馬へ向けられる。

 俺は三人を無理やりに突破し、横合いから偽勇者を思いきり蹴飛ばしてやった。

 危ない危ないと思うのも束の間。敵と距離が離れた事で油断したが、ジグが叫ぶ。


(お前さん、後ろの奴らはまだやる気じゃ)


 しまったと思う。三人同時、間に合うかと迎撃に出て。ノッポを蹴飛ばす、ガリを切り伏せる、そして最後の槍は、駄目だった。


「ブルルン!」


 槍は俺の脇腹を貫通して、運悪くも馬の胸にまで深々と突き刺さった。こなくそと槍持つデブを殴り飛ばす。


「ごめんな。怪我させちゃったな」


 歯を食いしばりながら、馬と繋がる槍を力任せに引き抜いた。

 俺は今が使い時かと、胸元から虎の子を取り出す。アトミスさんからもしもの為にと渡されたポーションだ。


(よいのか? お前さんとて深手じゃぞ)


「連れてきてくれただけで感謝なのに討伐数まで負けてるからね」


 馬にも効くのかなと思いながら金属の筒から傷口に液体を垂らす。ジュウと煙を立てて無事に肉が塞がっていく。俺はその結果を満足に眺めた後で、お前はもう帰りなさいと、首元を一撫でした。短い毛並みはとても触り心地が良かった。


 賢い生き物というのは本当なのか、まるで言葉が伝わった様に俺の胸元に頭を擦り付けてから軍馬は駆けだして行く。


 さて。この場に残るのはもはや俺と偽勇者だけである。誰にも知られず決着をつけよう。俺にもお前にも、こんな最後がお似合いだ。



とうとう150話です。

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