表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/602

149 手綱を握れ



「ひあ~~!! 言う事聞けよ、このバカ馬ー!!」


 俺は手綱を握っていた。否、手綱が命綱だった。

 フェアールという馬の魔獣。事前に気性が荒いとは聞いていたけれど、まさかここまでだとは。


 バカ馬は背に乗れるものならば乗ってみろと言わんばかりの荒々しさで、まるで暴走列車の如く進む。加えて速度が厄介だ。あまりに速すぎるのである。まだ流しているにも関わらず、時速100キロはゆうに超えている様に感じた。


 走る道は急こう配。整備もされていない自然の山道なので岩がせり出て石もゴロゴロ転がっている。そこを猛スピードで駆け上がるものならば、ロデオの方が幾分簡単なのではと思うほどにその背は暴れるのだ。結果見事に俺は振り落とされて、辛うじて手綱で馬にしがみついている状態なのであった。


「アトミスさんの時は素直だったくせにー!」


(カカカ! 完全に舐められとるのう!)


 しかしこの速さに救われた。

 アトミスさんがまず向かった先はエルツィオーネ領で最も王都に近い町サマタイだ。

 ゴブリンハザードからすっかり日常に戻った町の様子に懐かしさを覚えるが、その時は何故こんな場所にと疑問に思う。


 馬車という重りを外すためだった。予想外に早いイグニスのペースに追いつく為に、コイツの全力を開放したのである。


 アトミスさんの後ろでそのポテンシャルを味わった時は、ちょっとした感動があったものだ。駝鳥とも馬鳥とも一味違った乗り心地。ああ、この生き物は走る為に生まれたのだなと感じる程に、力強く大地を蹴り躍動した。


「この野郎……」


 そうして到着したルギニアの町は……燃えていた。

 ルギニア。イグニスの生まれ育った町。俺がこの異世界で初めて訪れた町。

 綺麗だと感じ、文明に感激し、言葉や文化を覚えた最初の一歩。その美しい思い出を、炎が崩す。黒煙が覆い尽くす。


 許せなかった。とても悲しかった。俺なんかでこんな心境なのだから、イグニスはどう感じるのかと考えたら、それこそ心が張り裂けそうだった。


 アトミスさんは言った。「私は叔父上と合流して町をなんとかする。君はイグニスを頼むと。

 恐らくは山に向かっているはずだと聞き、俺はこの馬を預かったのだ。預かったのだけれども。


「言う事を、聞けっつーの!!」


 こっちも遊んでる場合では無い。綱を引き無理やりに背に張り付く。

 先ほど山に向かって炎の槍が飛んでいくのが見えた。あれは間違いなくイグニスの仕業だ。イグニスはもう到着し、既に戦いを始めているのだろう。


 加勢をしに行くべきか。いや違う。

 あの魔女ならば上手くやる。仮に俺にやるべき事があるとすれば、それは俺にしか出来ない事をするべきだ。


「お前の力が必要なんだ。頼むよ!」


 首元に腕を回し力を込めて、なんとか挙動を制御しようと頑張った。

 イグニスは目的を果たす事を最優先にすると、今までの付き合いから分かる。ならば俺のやるべき事はラルキルド領へ向かう敵の進行を防ぐ事だ。それを防げないようではきっと強く自分を責めるに違いない。


 これ以上アイツを悲しませるか。だから彼女がまだ山腹にいるのであれば、優秀な馬を持つ俺が山を駆け上がり最前線に向かわなければ。


(お前さん、それではいかんよ)


 手こずっているとジグルベインからアドバイスがあった。載せられるな、乗れと。

 出来ればやってると文句を言うと、いつもの通りにカカカと笑い飛ばす。


(馬は不思議に感情を読む。動いてくれなどと思っているようでは駄目じゃ。自分が動かしているのだと思え。それはお前さんの足であるぞ)


 状況もあり、正直何を言っているのだか全然理解出来なかった。

 でもジグが言うのであればと、身体強化を大活性にして無理やりに騎乗の姿勢を取る。


 その感覚を何と表そうか。車の助手席で運転する真似。ゲームの動画配信を見ながら、操作法をトレースする。まぁつまり、馬の挙動を予測する事から始めた。段差があると思えば衝撃に備えた。道に岩がある。右に避けるだろうと、体重を右に傾ける。


「おお?」


 乗れている。少なくとも、これならば振り落とされる事はない。

 駆ける時に出る上下運動の振動、曲がる跳ぶの負荷。行動を予測し動きを同調させる事で反発は一気に減ったのだ。


 そして、暫くすれば本当に自分が操っている様な心地にさえなる。

 本当に不思議だ。手綱から俺の考えを汲み取る様に馬が駆ける。いいぞ、前に進むという意思が一致した。これならば、行ける。


「ハイヨー、シルバー! 行け、行け、行けー!!」


「バフフーン!!」


「鳴き声ダッサ……どうにかなんないのかな」


(無茶言いおるな。カカカ!) 



 イグニスが攻撃したタイミングを思えば、案外敵は遠くに行っていないのでは。なんて考えもあった。


 けれども上へ上へ。ラルキルド領への侵入を許すなと馬を走らせた。

 とはいえ一帯が山岳地帯だ。そんな中で敵と遭遇するのはあまりに運に頼りすぎる。

 だから敵の思考で考えた。自分ならば山越えをする時に何処を目指すかと。


 そう考えれば実に明白。そんなの山頂の一番低い場所に決まっているではないか。

 目安を定め馬を繰れば、たまには勘も当たるものである。果たして俺は無事に敵を発見する。


 誤算があったとすれば、先回りしたつもりだったのに既に集団が待機していたという事だろうか。少し離れた場所で馬上からとそろりと周囲を見渡す。その様子を見て、俺はなるほどねと納得した。


 たぶん下に居た部隊とは別の部隊なのだろう。周りは野営地となっている。テントが張られていて火の跡もある。恐らくはルギニアを襲った連中とここで合流する腹積もりだったのではないか。


 とりあえず見張りは2人。だが、全部で一体何人居るのやら。テントの数から言えば20人は超えそうである。


 俺はどうするかと悩んだ。恐らく敵も味方も暫く合流はない。ならばこの人数相手は辛いかなと思ったのだ。まぁそんなのは一瞬の事だった。誤算にも馬が勢い良く敵陣に乗り込んじゃったからだ。もうやるしかない。


「ごっめーん待たせたー?」


「え?」


 先手必勝。黒剣を宙から取り出しては槍を構える男に投げつけた。

 右肩に深々と刺さるヴァニタス。男は倒れ、ギャアと悲鳴を上げながらのたうち回る。どうせ悪魔には効かないだろうと思ったのだけど、効果あるならまぁいいか。


「ひっ……て、敵」


 味方がやられた事に頭が追い付いていないのか、もう一人の見張りはキョロキョロと目を振るだけだった。わかるー。こういう時どうしていいかわかないよね。寝てろ。


 馬の脇腹を踵でトンと叩くと、豪快な馬キックが炸裂し、憐れ男は吹き飛ぶ。これぞ人馬一体のコンビネーションという奴だ。


(お前さんが一番驚いた顔しちょるじゃないか)


 だって敵に寄って貰おうと思ったら蹴るんだもん。いきなり超信地旋回からの後ろ蹴り食らわせるとか気性が荒いにも程があるぞこの馬。


「何事だ!?」


「敵襲! 敵襲~!!」


「あーあー」 


 馬に蹴られた見張りがテントに突っ込んだもので、異常を察した連中がゾロゾロと出てきた。

 やはり人数は20より多い。けれども30まではいかないだろうか。全員武装をしているが、幸いにリーダーらしき男が制止をしたのでまだ襲い掛かってはきていない。


「フランが遅れていると思えば邪魔が入っていた様だね。その馬は軍馬か、騎士団の者かな?」


「フラン? お前今フランって言ったか」


 薄黄色の髪と水色の目をした男だった。背も体格も普通なのだけれど、どこかナヨナヨとした印象を受けるのは、筋肉が少なく撫肩のせいだろうか。鎧姿がお世辞でも似合っているとは言いづらい。


 それよりもだ。この男が口した名前に俺は唇を噛む。

 フランはイグニスのお兄さんの名前だった。もしかして町をあんな風にしたのは。もしかしてイグニスが下で戦っている相手は。そんな想像をしたら、胃がきゅうと痛む。


「そうだよ。フラン・エルツィオーネ。由緒正しき賢者の血筋だ。彼には僕の勇者一行に入る資格がある」


(はん? 何言っとるんじゃコイツ)


 俺はあまりにバカバカしくて言葉も出なかったが、感想はかねがねジグと一緒である。

 少し怖いのは、目が笑っていないというか。たぶん本人は真剣だった。


「君に機会を上げよう。これから僕達は邪悪【影縫い】を討伐する。そうすれば王とて僕を真の勇者と認めるだろう! 我が軍に下り給え。正義はこちらにあるんだ!」


 焦点の合わない目で男はペラペラと喋り始めた。


 やれ正統な勇者の子孫なのだから認められなければいけない。フィーネ・エントエンデなど所詮は紛い物。魔族なんていう汚らわしい種族を放置するなんて勇者を名乗る資格も無い。何を言おうが結局は僕が正しいに帰結する、明日の天気の方がまだ興味をそそる内容である。


「いいよ。もうその口閉じろ」


 腸が煮えくり返るとはこの事だろうか。この男はまるで地雷原でタップダンスをする様に、俺の心を爆発させる。思わず黒剣を投げつけた。流石に弾かれて、剣はカキンと良い音を立てて明後日の方角に飛んでいく。


「答えは嫌でいいのかな。仕方ない、だが聖戦の邪魔はさせないぞ。君にも勇者の力というものを思い知らせてあげよう!」


「ごちゃごちゃうるせえな。身の程知れよ偽勇者。お前程度があの伝説の【影縫い】に敵うわけねぇだろ。お前はここで、路傍の石に躓くんだよ!」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ