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146 全貌



 あふと欠伸を噛み殺して鍋を混ぜていた。朝日はまだ昇らないけれど、夜が仄かに弱まってきたので逃げ出すのはもう間近だろう。そそくさと退去を始める夜空を見ながら、暗闇とは逃げ足の速いものだとぼんやり思った。


「結局イグニスに追い付けなかったなぁ」


 王都を出てから徹夜で走った。アトミスさんの判断ではまだ追いつけるだろうという見通しだったので、もう少しもう少しと粘る内に朝が来てしまった。駝鳥にしろ馬にしろ自動車と違い休憩は必要なので、俺達も一緒に腹ごしらえという所である。


 道中すれ違う馬車に赤髪の少女を見ていないかと尋ねたところ、何人かの目撃情報は得られた。やはり魔女はエルツィオーネ領を目指しているという事が確認出来たのだ。


 けれど軍馬で追いつけない事を考えると、細道でショートカットしているのだろう。小回りの利く単騎ならではの走りだ。こちらは良い足を使っていても馬車を牽いているので通れる道が限られていた。


「ああ、流石に野営は慣れてる様だね。感心感心」


 馬の世話を終えたアトミスさんが戻ってくる。汚れるからか白い上着は脱いでいてシャツの姿だった。胸元が少し緩み腕まくりをしているせいか、普段の歩く規範の様な姿と比べると随分に砕けた印象に見える。


「そういえば馬って商人は使わないですよね。なんかシュトラオスよりも随分体力あるように思うんですけど」


「ハッハー、簡単さ。フェアールは優秀だが、気性が凄く荒くそのくせ賢い。自分より弱い相手には使われてくれないんだ」


 俺はそりゃあシュトラオスが一般的になるわけだと、食事とブラッシングを終えて満足そうにしゃがみ込む軍馬を盗み見た。多少大食らいのようだけど、速度も持久力も半端ない生物である。あわよくば今度背に乗せてもらおうと考えていたのだけど、今の話を聞いては近づくのはやめておこう。


「もう食べられるのかな?」


「はい大丈夫ですよ。今器に盛り付けますね」


 期待を込めながら鍋を覗き込むアトミスさんは、器に盛られる中身を見て露骨に唇を尖らせた。当然だろう。食事は軍の携帯食なのだ。


 日持ち重視の水分の抜けた固いパン。何やら粉を固めたスープの素。干し肉に野菜の漬物に何豆だか知らないが沢山のお豆。こいつは酷いぜ。俺達は旅の最中でももうちょっとだけ豪華である。


「少年ならばと期待したがダメか」


「無茶言わないでくださいよ。というか騎士って確か爵位貰えるんですよね……」


「だからこそだよ。配給品だって国の税金で賄っているんだ。民の血税だからありがたく頂きなさい」


「それで本音は?」


「……飽きた、とだけ」


 アトミスさんはウンザリとした顔で口いっぱいに緑の豆を放り込んで答える。

 二人して暫し無言でモキュモキュと顎を動かした。味の感想はと言えば、一日くらいならまぁしょうがないかなという感じだ。これが二日三日と続いたら少しキツイかも知れない。


「本当は機密なのだが、ここまで付き合わせてしまったから聞いていくれ。深淵の事だ」


「いいんですか?」


「ああ。ほとんどは君とイグニスの手柄だしね」


 職業柄か手早く食事を終えた妖女は空いた鍋に食器を放り込むと、食後のお茶用に小鍋に水を張ってわざわざ火にかけた。わざわざ、というのは軍の鍋は魔力式で、水もお湯も出る魔法の鍋だからだ。


 少し気持ちは理解出来る。待つ、という時間は案外大事な時があるのである。

 鍋の水面を眺めながらアトミスさんは話を頭で纏めているのだろうか。少しばかり遠い視線であった。


「この事件は情報が少なかったり思想が見えなかったりで実に厄介だった。まぁ少年はあまり興味はないかも知れないが、私はそれを追うのも仕事だからね」


「いえ、一応関わったので知ってはおきたいです」


(儂は興味ないんじゃー)


 うっさいジグ。前回お前のせいで聞き逃してるんだよ。

 ここで少し今までの事を整理しておこう。俺と魔女が廃城に調査に訪れた時に悪魔と出会った。これが初めての深淵という勢力との接触である。


 そこでは封印されていた竜のゾンビを解き放つ事を目的としていたが、これは偶々町に居合わせた勇者が解決したらしい。俺は魔女を仲間に旅立つが、旅先のいたるところで深淵の暗躍は見られた。タマサイで起こったゴブリンハザードに、ラルキルドの地脈改変、ナンデヤでの人体変異等である。


 中々目的も見えて来ないが、悪魔の目論見と協力している貴族の企みが交じり合っている様であった。


(あったの。そんな事も)


 あったんだよ。


「とりあえず犯人だが。悪魔と組み深淵を動かしているのは勇者の血筋、光爵家バング・メルフラフだ」


「!?……誰ですか?」


「まぁそういう反応だろうな」


 始まりは四か月前。魔王の爪痕により異界と化していたデルグラッド城が突如に開放された事。そこは混沌の魔王の墓所である。異変に気付いた者が、調査をさせに悪魔を派遣したのだろうと。


 その頃は鉱山に隠されていた転移陣がまだ起動していた頃だ。思えばこの国にはバックドアがあり、裏口から自由に侵入されていたのである。


「その頃は丁度フィーネが勇者として旅立つと賑わっていた頃だ。例えば混沌の配下が耳にしたら面白くないだろうね」


 だが、光があれば影もある。表舞台に立つフィーネちゃんの裏では勇者の子孫なのにと比較され腐る存在も居たのだ。そこを悪魔に目をつけられたらしかった。


「テネドール伯爵を詰問したところ吐いたよ。確かに接触していると。バングは一番最初にテネドールを味方に入れようとして失敗している」


 テネドール伯爵。ナンデヤのクーダオレ子爵の親分である。

 クーダオレ子爵は息子さんが悪魔の影響で肉塊の様に変異してしまい、その事実を隠蔽しようとラルキルド領に送り込んでいた経緯があった。


「狙われたのは、ずばり土地と兵権だな」


 ラルキルド領と事を構えようと思った場合、隣に存在するテネドール領にバレずに進軍するのは難しかった。だから仲間に引き込もうと思ったのだろう。ラルキルド領を狙うのは得策ではないと否定するテネドール伯爵を無理やり動かす為に、派閥の亜人排斥派に働きかけたという事だ。


「なんでそこまでしてシャルラさんが狙われているんですか?」


「それは簡単だね。まずはラルキルド卿が討たれる影響について」


 ラルキルド領を兵糧攻めした事実からも、深淵はシャルラさんに暴れて欲しかった。

 これは派閥の利権である。魔族の最大集落が反乱したとなれば、この事件を皮切りに国の各地で魔族狩り獣人狩りが起こると。


 奪う土地や財産もそうだけど、戦いでは金が動くのだ。人、武器、物資に食料。

 なんて事はない。刺激が欲しい貴族のマネーゲームである。そんなものの為にシャルラさんがと考えると拳は自然に強く握り締められていた。


「力を欲したバングが求めているのは分かりやすい名声だ。打倒旧魔王軍。派閥の連中に煽られて勇者よりも勇者らしいと褒められれば満足といったところかな」


 そしてそれが同時に悪魔の目的でもあるのだと言う。

 シャルラさんは奴らから見れば人間に与した裏切り者である。そして勇者の血筋が暴力に狂い堕落していく姿は、直接勇者に手を掛けるよりも痛快だろうと。


「だが、今日の陛下暗殺未遂。これは確実にやりすぎているんだ」


 お湯が沸いたからとアトミスさんがニチク茶を淹れてくれた。どうやらメイドさんが珈琲を仕入れ始めてから凝っているらしい。俺は熱々の珈琲を息で冷ましながら、妖女の話に耳を傾けた。


 騎士団はこの件を全力で調べる。ならば目立ち過ぎる事はしないだろうと。

 アトミスさんは本来ならばシャルラさんを旗に獣人達が国に反乱する素振りを見せるはずだったと推測した。


 確かに計画は念入りだったのだ。

 ゴブリンハザードの影に隠れて王都の裏町には武器が運びこまれた。それも剣や槍ではなく発破用の爆薬だ。知っている人は鉱山で働く獣人達を連想した事だろう。


「ちなみに、やりすぎた意味っていうのは予想付いているんですか?」


「まぁ……ね。頭が変わっているんだよ」


 だって最初に暗躍していた悪魔は少年が倒しただろうと言われて、俺はああと口を開ける。それは確かに続行しようもなかった。それでも行われた襲撃事件。ならば作戦を引き継いだ人物によって方針も多少変わったという事か。


「裏町に人を潜り込ませて色々と探った。けれど成果はあまり良しとは言えないね」


 ゴブリンハザードの後から深淵の事件を聞かないのは、俺とイグニスの対応で想定よりも早く騎士団が深淵を追いかけ始めたからだろうという事だ。


「つまり私は警戒されているんだよ。警戒されるくらい近い人間なんだよ」


 そのゴブリンハザードで見せた少ない手掛かり。武器の手配をした商人は、何の因果か、ここエルツィオーネ領の商人らしい。


「少年。私は軍人だ。そして貴族だ。だから公と私は分けるし、大の為に小も捨てる。何が言いたいかと言うと」


「イグニスをよろしく、ですか?」


「……ああ。頼んだ」


 それだけ言うと、アトミスさんは熱いはずの珈琲を一息に飲み干した。

 そして言う。さあ行こう、あのバカに説教だと。


 イグニスさんといいアトミスさんといい、この血筋の人間は先を見過ぎていて何を考えているかまるで分らない。だから俺には、イグニスに追いつくくらいの目標のほうが分かりやすかった。




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