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145 面倒事発生



「はぁ。少年、君はこう、思った以上に考え無しに動くんだな」


「ご迷惑お掛けしまして……」


 お姫様にアトミスさんは建物の二階に居ると聞いて駆けてきた俺。

 しかし二階は王様が居る為に現在厳戒態勢なのを忘れていた。勇者と合流する前に二階で騎士に囲まれたばかりだったのに……。


 前回は武器を所持していたので囲まれたが、今度は王様が居る部屋に走って向かおうとした為か警護の騎士に取り押さえられた。騎士さんはまたお前かと若干キレ気味だった。きっと先ほどフィーネちゃんに回収される時も対応してくれた人なのだろう。


 お仕事増やして申し訳ないが、俺の立場は冒険者。実は未だに市民権すら持っていないので身分の証明は非常に困難なのだった。


 騎士達の間では「勇者の知り合いらしいけど、こいつどうする?」「建物の外に放り出すか……」そんな会話がされているもので、俺はどうかアトミスさんに繋いでください~と平身低頭に頼み込みようやっとに妖女と顔を合わせる事が出来たのだ。


「すまないが作戦行動中だ。手短に頼むよ」


 連れ込まれたのは談話室。アトミスさんは椅子に腰掛ける事もせずに話を促す。

 イグニスに似た赤い双眸は冷たかった。これが軍人としての妖女の顔か。普段の気の良いお姉さんを想定して対面した俺は、少しばかり面をくらう。


 そりゃお仕事中ですものね。団長まで現場に出ているのだから副団長が暇なはずが無かったのだ。ならばせめて時間を掛けさせまいと、挨拶も抜きに本題だけを話した。


「イグニスの行き先を教えて欲しいんです。アトミスさんならご存じですよね?」


「なに?」


 と、発した言葉はそれが最後。アトミスさんは顎に手を当て、赤い瞳を静かに伏せる。

 白い軍服を纏った紫髪の美女の憂いな表情。それはもう絵になる光景だった。

 だが、その反応は俺の予想と違う。この妖女であれば「はっはーアイツならば」と千里眼の様に言い当てると思ったのだが。


(ふむ。別に惜しくない奴を失ったな)


「勝手に殺すな。余計心配になる」


 まさかイグニスはアトミスさんにも行動を知らせていないとは。

 馬鹿な事を考えていなければいいなと思うのだけれど、あの魔女がどこまでこの事件を理解しているのかが分からない。アイツならば黒幕の正体を暴いていようが驚きはしないのだが、アトミスさんにも頼らないというのは明らかに異常だった。


「よし、行くか」


「え、行くとは」


 考えが纏まったのか妖女は顔を持ち上げて、付いて来いと歩き出した。

 流石は軍人、背筋をピンと伸ばして歩く。見習いたい程に綺麗な姿勢であるのだけど、如何せん早足だ。逸れない様にちょっと大股で頑張って付いていくと、着いた先は闘技場であった。


 そこは戦場である。30匹くらいの巨大な悪魔と50名程の騎士が戦っている。

 いや、ほんの少しばかり離れただけで戦況は大きく変わっていた。もう悪魔は両手で数えられるまでに減っていたのだ。


 なんと圧倒的な強さであるか。もとより数で勝っているとしても、巨大生物をこうも易々と制圧する様は感動ものだった。此度の大会で戦った騎士科の少年少女も手強かったが、その一握りが合格し、更にたゆまぬ訓練を重ねたのが正騎士であるのだと、まざまざと見せつけられた気分だ。


「ほえー騎士って強いんですね」


「こんな雑魚共も倒せない奴に騎士は名乗らせないよ」


 アトミスさんは言う。悪魔の力を一番欲する層は魔力を扱えない無い者達だと。

 ああと納得した。つまり彼らは魔力の扱いが初心者なのだ。いや、力を持っただけで争い事自体に慣れていない可能性もある。それでは戦闘のエリート集団の前では少し大きな魔獣と大差あるまい。


「ジーク団長! 報告があります!」


「アトミスかどうした!」


 俺がフムフムと頷いていると、前では妖女が敬礼しながら声を張り上げる。激しい乱戦の中であったがハキハキとした活舌の良い声は良く通り、返事に野太い声が返ってきた。絶賛二刀流で奮闘中の団長のものである。


「面倒事が発生したので処理してきます。これよりエスカ副官に一時副団長権限を預けるので、余裕が出来たら分隊をエルツィオーネ領へ派遣するように。後よろしく!」


「「待て待て待て! ちょっと待て!!」」


 悪魔をぶった切りながら尖り声を出す二人の男性。ヴァンのお父さんじゃない方が名前の挙がった副官か。俺が面倒事を持ち込んだのであるが、急に全部をぶん投げられるとは可哀そうに。


 けれどもアトミスさんは両人を無視してさぁ行こうと無慈悲に踵を返した。

 俺がいいのかなぁと後ろ髪を引かれていると、「早く来なさい追い付かれるだろう」と急かす辺り悪い事という自覚はある様だった。


(なんじゃろ。凄く見覚えのある身勝手さじゃ)


 まぁ身勝手さでジグルベインには勝てまいが、イグニスに通じるものはあるなと俺も思った。あるいはイグニスが真似ているのだろうか。


「ところで、アトミスさん。エルツィオーネ領って言いましたけど、イグニスは王都から出てるんですか?」


 歩きながらに聞いてみた。妖女は相変わらずの早いペースでカツカツと廊下を歩き、こちらを振り返る様な事はしなかった。けれども律義に返事はくれるので好きである。


「ああ。襲撃と同時に消えたのであれば、街の門が封鎖される前に移動するのが目的だろう。すでに王都を出ていると見て間違いない」


 居なくなったというだけの情報からそこまで推測するのかと呆れるものだ。

 考えてみれば今の段階では闘技場は被害のあった現場の一つというだけなのだ。街規模での被害の確認は当然するだろうし、混乱を防ぐ意味でも犯人と捕らえる意味でも街の出入りは制限されて然るべきだった。


「そうとも。そもそも外の安全が確保されていれば王族なんて真っ先に城へ戻すさ」


 アトミスさんは「だから人手に余裕なんて無いのだがね」と、バンと大扉を開ける。

 外だった。見慣れない景色なので入場の時に使った出入口とは別の場所だ。厩舎と馬車の倉庫が並んでいるので裏口なのだろう。

 

 待ってなさいという指示を受けて成り行きを見ていると、妖女は管理者に大きな馬を出させ馬車に繋がせる。


 どうやら騎士団の乗り物らしく、非常時に備え簡易装備が常備されているようだった。

 目視で装備を確認すると、アトミスさんは御者台に乗り込み手綱を握る。さあ乗れと、クイと顎が動かされた。


 正直、マジかと思った。これはきっとイグニスの実家があるルギニアまでの特急便だ。話がトントン拍子どころかワープしている。自分からイグニスの居場所を聞きに行ったのだけど、それがまさか旅に化けるとは誰が思おう。特に今回はなんの支度もしてない。心の準備すらも出来ていないのだ。


 けれど、だからどうしたとバチンと頬を叩いた。それはアトミスさんとて同じである。この人は一瞬で決めて見せた。準備が出来ていないのなら、今するのである。俺がお願いしますと荷台に飛び乗ると、馬は低い声でバフーンと嘶きながらに駆け出していく。


「今更ですけど、アトミスさんに手伝って貰って良かったんですか?」


「ハッハー! それは本当に今更だな少年。なぁに可愛い妹の為だ、と言えれば良かったのだけどね。残念ながら私情ではないよ」


 だいたいアイツ可愛くないしなと、冗談を口にしながらも妖女は目を尖らせ言う。

 深淵は想定通りに王都を襲撃した。ならばこれからどの様にラルキルドを巻き込む気だったのかと。


「色々動いてはいたようだけどね。結局の所、一番簡単なのは領という鎖を断ち切る事なんだよ」


「それは、どういう意味ですか?」


 いや、伝わった。けれども頭は光景の想像すらもしたく無かったのか、耳には言葉だけが入ってきた。

 

「ラルキルド伯爵は一体何人の住人が死ねば、領を捨て不死身の怪物として牙を剥くかね。100か? それとも500? 守る物を失った死兵というのは実に厄介だ」


 これはそういう話なのだという。

 速さが勝負だと。兵を編成すれば、人員の選抜や装備の準備にどうしても時間が掛かる。ならば副団長が現地で騎士の命令権を奪った方が速いのだ。


 アトミスさんが動く理屈は分かった。

 だから俺は何故イグニスの失踪からそんな話になるのかと考える。きっと理由は迷いなくエルツィオーネ領に向かっている所にあるのだろう。


 見えてくる。

 ラルキルド領は、かつての魔王城の城下町の住人が作った町だ。

 人間の追っ手を振り切る為に険しい山を越えたから、今は山を挟みエルツィオーネ領の反対側にある。


 それってつまり、山を越えれば簡単にラルキルド領の背後が取れるという事ではないだろうか。


「叔父上の領だからと任せていたが、今あの子が動くならば確認だけはしなければ」


「そうですね」


 激しい性格の魔女だけど、奴には更に逆鱗がある。魔法使いとしての矜持、そして貴族としての義務だ。自分の育った領での出来事ならば、イグニスが一人飛び出していくには十分な理由だと思った。



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[良い点] 赤髪さんは何故誰にも相談しなかったのか…
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