129 来た見た勝った?
「この度は、我が領地かねてよりの課題でありましたラウトゥーラの森の攻略、まこと有り難く。数多くの探検家が挑み帰らぬなかで、勇者様御一行が無事踏破し帰還したと聞き、このハウロ、そのお力にただ敬服するばかりでございます」
静まり返る会場に男の低い声が響いた。
声の主はテネドール伯爵。ラウトゥーラの森が存在するテネドール領の領主である。
勇者に感謝と世辞を述べる声は固く、頭を下げる姿は誰が見ても嫌々という事が理解出来ただろう。
「言っておくが、これは私の仕業じゃないぞ」
俺が祝いに託けて伯爵を召喚した事にドン引いていると、魔女は犯行を否定した。
お前じゃなければ誰なんだ。そう口に出かかった所で、この会場にはもう一人腹黒が居た事を思い出す。アトミス・シャルール。この魔女の従姉である妖女が居るではないか。
見ればあちらでも愉悦に浸る悪い笑顔を浮かべていた。今日はプライベートだって?全く笑ってしまう話だ。ここまで来れば王族の護衛と銘打ってはいるが、騎士の面々が集っているのも偶然ではないはずだ。公開処刑。そんな言葉が頭を過るほど、見事に敵を本陣におびき寄せていた。
「というか、君は会議の時に一緒に居たよな?」
「いやぁ、結構前の話だし、その、ごにょごにょ」
「まったく。聞いてなかったな」
たぶんあの悪巧みの時ジグルベインが遊びだしたせいで聞き逃した部分だった。ラウトゥーラの森に行く事はほぼほぼ決まっていたので、原案イグニス、監修アトミスさんといったところか。
「テネドール卿、お顔を上げてください。私の方こそ謝罪をせねばなりません。どうか許可なく森に立ち入った無礼をお許しください」
「……勇者の旅とは即ち王の意。フィーネ様が私ごときに許しを請う必要は何もございません」
伯爵は騎士の家系という事伊達でなく、礼服の上からでも分かる鍛えられた身体をしていて、眼光は極めて鋭い。努めて感情を抑えている様だが、隠しきれない仏頂面で、内面を占めるのは恐らく悔しさなのだろう。
会場が静まって伯爵の反応を伺うのは、この人が今回の勇者の行いをどう判断するかが気がかりなのだ。
あの森は何代も前からテネドール家が数多くの冒険家を送りこみ、そして攻略に失敗した場所だった。だが、突如に勇者一行が踏破の知らせを持ってくる。ただの一度での攻略。持ち帰るは伝説の聖剣だ。
俺が伯爵の立場ならばきっと激しく嫉妬した。先祖が発見して代々挑むもどうしてもクリア出来なかったステージを、事前知識無しで初見クリアされたようなものだ。しかし立場上祝いの言葉を言わなければならないなんて、そりゃあ憂鬱にもなるものである。
「よく出席したね」
俺の抱いた感想がそれだった。嫌ならば仮病でも使ってサボればいい、というのは発想が子供すぎるのだろうか。
「ふふふ。来るさ。彼は来なければならなかった」
魔女の持って回った言い回しに首を捻るも、とにかく今は勇者と伯爵のやり取りの方が大事だろう。俺は疑問を飲み込んで成り行きを見守る。
「一つ、勇者様にご確認したい事が」
男は深々と頭を下げる。といえば聞こえがいいが、勇者の顔も見ないように、床と目を合わせながら問うた。凛とした声が何なりとと返し、少し間を置き、再びに重い声が響く。
「何か。何か冒険家の遺品はありませんでしょうか。我が命令で、かの魔境に足を運ばせました。遺族の方にせめて報いたく思います」
俺はその言葉に軽く目を見開いた。
ラウトゥーラの森は確かに人類未踏。そこの可能性は何もかもが未知数だ。今回の様に制覇をすれば名誉もあった事だろう。探索すれば新種の魔獣や魔木もあるかもしれない。
それでもだ。畑にも使えない抉れた大地に領主が拘る理由。
その一つが遺品の回収なのだと知って、どうしてまともな思考に少しばかり面を食らった。会わずして印象の悪かった人だったけれど、クーダオレ家で聞いた前評判の通りに、騎士道というものも持ち合わせているようである。
「中心地です」
「中心地?」
「はい。残念ながら遺品は見つかりませんでしたが、ラウトゥーラの森の中心で大量の白骨を発見しました。日当たりの良い泉のほとりに埋葬してきましたが、彼らは確かに辿り着いていたとご報告させて頂きます」
伯爵はフィーネちゃんの言葉に顔を跳ね上げ、その碧の瞳を覗き込んだ。凝視をされる中、勇者は嘘も偽りもないと、堂々と首を縦に振る。
おお、と言葉にならない溜息には、今までの悪態が全て込められていたかのようで、再び頭を下げ告げる感謝の言葉は、今日初めての混じりけないものだった。
「良かったなハウロよ。最大の障壁であった【黒妖】が排除された今ならば、新たな部隊を編成すれば、きっと辿り着けるだろうさ」
仲介するのに絶好の機と踏んだのか、傍観を決め込んでいた王子が間に入る。
悔しい気持ちは分かるが利があるのだから顔立てて引き下がれといったところか。
「フィスキオ王子よ。王家は【黒妖】をどの様にお考えか」
「どうもこうもないよね。手出し無用だ。初代ラルキルド卿と同じ混沌の四天王だよ? 下手に突けば国が滅びる。いいか、これは国の判断だよ」
フワフワ王子は頭までお花畑でないらしく、軽薄な態度なりに伯爵に釘を刺した。
そして実際に出会ったフィーネちゃんへと感想を求め、勇者は苦虫を噛み潰したような顔で答える。
「はい。私程度では足止めにもならないでしょう。戦闘にならないよう、ラルキルド伯の書状を持ち説得するのが精一杯でした」
華やかな冒険譚を語っていた勇者の告白には流石に会場も動揺をした。それほどの戦力なのかと不安が伝播するのが目に見えるようだった。ほほうと瞳を輝かせるのはどこぞの男装の麗人くらいのものである。
「はいはい静かに。大丈夫だ! 黒妖は勇者の計らいでラルキルド領へと腰を据えた。分かるか、我が国の国民になった。人の法の下に来た。ならばラルキルド伯爵が上手く手綱を握ってくれることだろう」
手を打ち注目を集め、高らかに演説する王子。
まったく貴族というのはこんな巨乳派のチャラ男でさえ貴族としての顔を持っているようで。頼もしさと同時、人間不信にでもなってしまいそうな心地だった。
「分かったろう。ラウトゥーラの森踏破の成果が聖剣だけならば、あるいは君の言う通り来なかったかもしれない。けれどね、シエルなんて怪物が表に出た以上は派閥として必ず国の動向の確認に来る」
亜人排斥派という派閥のせいだ。根っからの差別者というよりは、開拓時代から敵対関係にあった人達が多いようだが、サマタイ付近の獣人の町の様に自治権を主張し人間と混じらない人達もまだいる事は事実で。
エルツィオーネは放置しているけれど、仮に重要な拠点に居座られた場合、排除したいと考える人だって居なくはないのである。
「でもこれ、今度はシエルさんが狙われるって可能性は?」
「聞いたろ。国としては一人でも厄介なのに、影縫いと黒妖の二つの伝説を相手にしたくはないのさ」
聞いておやおやと考える。これは間接的にシエルさんの滞在するラルキルド領への手出しも出来なくなったという事で、つまりは深淵という驚異に対する壁にもなっているのではないか。
「アトミスさんすげえな……」
「騎士団とはいえ武力行使には建前が必要だからね。ハッキリと言うが、アイツの性格は私よりも悪い」
「いや、それはどうだろう」
本当にそれはどうだろう。なんだとぅと魔女が赤い目で圧を掛けてくるが今は無視だ。
「御意に。しかしてこのテネドール、王家が兵を求めるならば、一番に剣として駆けつける事お忘れなく」
「ああ。父上に伝えておこう。そなた等一族の貢献を忘れる王家ではない」
下がれと。王子より解散の言葉を受けた伯爵は、一度キッチリと王子と勇者に礼をし背を向ける。心なしか晴れ晴れとした背中を見て、ようやく俺も会場も、何事も無かったかと気を抜いて。
「深淵」
ボソリと、しかしハッキリと聞き取れる声で紫の妖女は呟いた。
テネドール伯爵は、瞬間湯沸かし器にでもなった様に、顔を真っ赤に、憤怒に染めてアトミスさんを視線で刺す。
妖女を囲うは騎士団長に剣鬼アルス。さしもに伯爵は喧嘩を売ることはせず、フイと視線を戻し、不愉快を隠す事なくドスドスと足音を響かせ消えていった。
なるほどコレか。勇者の前に引きずり出し、ただその一言を浴びせる事がアトミスさんの目的だったのである。
「さて。フィーネが、勇者が見た。結果を聞くのが楽しみじゃないか」
嗤う魔女にやっぱり性格悪いぞと思いつつ、祝いの席で血が流れなかった事に俺は胸を撫で下ろす。さて一段落付いた事だし、フィーネちゃん達と合流でもしようかなと考えていた時、ちょいちょいと後ろから袖を引かれた。
「ねぇ。いつになったら私を紹介してくれるのかしら……」
雪女がく~んとでも鳴きだしそうな子犬の様な目で見上げていた。
ごめんね。忘れてたよ。ごめーん!




