116 初めての魔法
朝は勇者に叩きのめされ、昼の移動時間は僧侶に文字の読み書きを習い、そして夜は魔女に魔法の知識を授かる。そんな生活をしてもう3日が経つのだが。俺は絶賛初級魔法に躓いていた。
イグニスから言わせても、どうやら魔法習得に向け全員がぶち当たる最初の壁らしい。
その正体はズバリ感覚だ。
魔力というのは最初から人間に備わっている機能らしいが、ほとんどの人間は習わなければそれを知覚せずに終わる。なので魔力を強引に目覚めさせる方法として御霊分けという手法が用いられていた。
魔力を使える人が、分け与える人の体に魔力を流し込む事で魔力が流れるという感覚を掴むのである。
ちなみに正式な御霊分けは切っ掛けを与える程度の作業であり3日くらい掛けてゆっくりと魔力を馴染ませながら行うものだそうだ。間違っても無理やりに魔力を押し込んだりしてはいけないらしい。普通に死ぬという。そこカカカではない。
まぁその御霊分けのお陰で俺も魔力が体内に流れる感覚を知ることが出来たのであるが、段階は次に向かう。魔法の習得には魔力を体外に放出し属性を変化させる感覚を身に着けなればならないのである。こればかりは自分で感覚を掴むしかないそうだ。
果たしてそれは如何なる感覚であるのか。いや、よしんば放出だけならばまだ分かる。しかし、そもそも何をどういう風に魔力を動かしたら属性変化なんてする事が出来るのか。例えるならば自分の身体に翼や尻尾などの器官が生やし、器用に使いこなしてみせろという無茶ぶりだ。
イグニス先生は言う。「魔道具を使うと道具に魔力が流れる感覚あるだろう?それと似た感覚だ。意識するのは流し込むという点かな」教えるのが好きなだけあり実例と要点を捉えたアドバイスだった。
フィーネちゃんはこう。「こうね、雷出ろーって絞り出す感じなんだけど……分かんないよね、ごめんね」剣の指導ではあれだけ頼りになるのに意外と感覚派というか天才肌なのか言語化は苦手なようだった。
更にはカノンさんにも聞いてみた。「魔法は分からないけど、たぶん神聖術と似た感覚でしょ。なら気合よ、気合。それで大体なんとかなるわ」有難すぎるお言葉に涙が出そうになった。
(意地張らんと儂が教えたるちゅうに)
デロデロデロともはや呪詛をまき散らす俺に、ジグルベインはため息を吐き言う。
そう。ジグは魔法を使えるのだから交代してしまえば問題は一発で解決なのである。
なにせ感覚を共有しているのだ。普通は知りえない魔力操作という感覚を俺は実際に味わう事が出来る。というか一回体験した記憶もある。
この裏技をイグニスが思いつかないわけないので、禁止しない以上は黙認という事なのだろう。でも、教わっているのだからズルはしたくないのであった。
「やなの! これは俺が成功させたいの!」
(カカカ。まぁ構わんさ。好きに頑張れよ)
放出するという漠然としたイメージは簡単に出来るのである。それこそ日本のサブカルチャーに触れていれば、手のひらから魔法なり気なりを出す作品は幾らでもある。
だが、それを実際にやってみろと言われるとなんと難しい事か。手のひらにまでは確実に魔力が集まっているのだが、それが限界なのである。これではただの纏だ。
「うーん。出来ない。なんでだー」
「おうやってんな。属性変化で躓いてるんだって?」
欠伸を噛み殺しながら薄緑の髪の少年が対面に座る。今は火の番をしている最中なのだが、相方をしていたイグニスは時間だからとヴァンと交代をしたのだ。俺も本来はカノンさんと交代なのだけど、もう少し粘らせて貰う。冗談抜きで最近夜寝てない。
「そうなんだよ。感覚が全く掴めなくてさ。まさか頭から躓くとは思わなかった」
「ははは。そりゃそうだ。属性変化なんて最初は魔石使って感覚覚えるのが普通だよ」
集中していた為にへぇと流しそうになったが、どうにも聞き捨てならない言葉だったので、なんですとと少年剣士を睨みつけた。ヴァンは怯みもせずカラカラと笑いながらお湯貰うぞと自分で茶を淹れ始める。
「俺も前に魔剣技覚えたくてイグニスにコツを聞いた事があるんだ。そんときゃ魔石を渡されて習ったぜ」
普通の行程では魔石を補助に魔法を覚え、だんだんと補助具を使わなくなるようだ。何せ魔法陣や詠唱など覚える事は幾らでもあるので最初に躓いては話にならないと。どうやらイグニスに意図的に伏せられていた知識のようだ。
「ちょっと抗議してくる」
今までの努力は何だったのだと、性悪魔女を懲らしめるべく腰を上げる。
だがヴァンはまぁ待てと俺を止めた。三白眼の鋭い目つきは、どこか穏やかに寝所を見つめている。
「俺の場合は魔力を絞り出す感覚だな。そして遠くに飛ばす事を意識している。変化した魔力をどう扱いたいのか考えるんだ」
剣を振るうのと変わらねぇよと、少年は焚火に向かい指を弾いた。風が出たのだろう、ボヒュリと炎が大きく揺らめいた。ヴァンも当然の様に属性変化はマスターしているのだ。
その例に習うなら、俺は光れと念じるべきなのであろうか。そんな事を考えながら腰を下ろし直す。
「珍しいじゃん。ヴァンが助言くれるなんて」
「なんか俺だけ手を貸してないみたいだったからな。俺だってツカサにはもっと強くなって欲しいとも思ってる」
「んだよ。余裕か」
俺の悪態をヴァンは鼻で笑った。違うと否定する声は真剣そのもので、持ち上げられた眼差しは思わず唾を飲み込むほどに強かった。
「【黒妖】と対面した時、動けたのはお前だけだ。俺だけじゃねぇ。フィーネもカノンもビビってる中、お前だけがイグニスを助けようと動けた。俺はそんなツカサを尊敬しているし、だからこそ勝ちたいと願ってるんだよ」
「……」
謙遜ならば幾らでも出来たのだが、俺はありがたくその言葉を貰う事にした。
武術大会で全力で戦う事を楽しみにしていると、その台詞に嘘が無い事が伝わってきたのである。
ヴァンは俺の事を一人の剣士として認めてくれているのだ。てっきりイグニスのおまけ程度としか思われていないと考えていたので、なんともむず痒くも嬉しい言葉だった。
強くなりたいという俺の動機は不純である。
最初は魔獣から生き残る為に剣を握った。次はジグに負けて欲しくないから力を求めた。
少しばかり強くなった俺は、それでも変わらずに訓練を続けていて。思えば今求める強さは何の為なのか。
「俺もヴァンと戦うの、楽しみだ」
きっとその理由の中には彼らの存在もある。勇者一行。花道を征く強く眩しい人達。
共にした時間はまだ短いけれど、俺は強く彼らに憧れた。お荷物にならない様に頑張ろうと思ったし、負けない様に肩を並べたいと感じた。
うん。何かを守る為にとか格好いい事を言えないのは残念だが、俺なんてこんなものだろう。ジグやイグニス、そして勇者一行。頑張る彼らにがっかりされない為に頑張っているではないか。
我ながらなんと主体性の無い話だ。
でも、だから。人から認められるのは嬉しいし、やる気というのも湧いてくるのである。
「見てやがれ、俺に助言した事を後悔させてやるぜ」
「おう頑張れ。俺にゃ勝てないだろうが、頑張れ」
◆
それは火番の最中に愛飲のニチク茶を淹れている時に閃いた。
作り方はいわゆるドリップコーヒーなのだが、砕かれた粉末にお湯を垂らすと、濾過された黒々とした液体がコップに溜まる。
これだ。これなのだ。人にはそもそも相性の良い属性というものがあるという話だ。ならば属性を変化させるというのはつまり濾過するのだ。自分の中の光属性の魔力だけを押し出すのである。正直、自分の才能に震えた。いや、まじで天才だと思ったね。
(や、やめろお前さん。それはいかんだろ。やっちゃいかんだろ!?)
「あのさジグ。これ、子供の頃からの夢だったんだよ」
その工程を思いついた時、俺には一つの技が頭の中をよぎった。自分をもう止められなかった。中腰になり右構えに両方の手のひら合わせる。手はちょうど、見えないボールを包み込む感じだ。
「日本の少年。いや、世界の男性。いや、地球のみんなの……夢。俺が果たすよ」
両手に纏をかけ更に押し出す様に魔力を集めた。手は仄かに発光し、溢れる魔力はチロチロと中心に集約していく。小さいながらもイメージ通りの光の玉が出来上がった。
(ずるいー! そんなん儂だってやりたいわ! ずるいー!!)
「か~め~か~め~」
もう一片の悔いは無いとありったけの魔力を込めた。光はリンゴくらいの大きさまで育ち、夜には少々眩しいほどに明かりを放っている。
「波ーー!!」
なれど光。しょせん光だ。質量も無い輝きがいくら伸びようと、それは懐中電灯で夜道を照らすのと大差はあるまい。しかし胸を満たす達成感は別格だった。うっかり手から迸る光柱に涙しそうである。
魔法の勉強を始め6日目の夜。王都に着く前日の事だった。俺はなんとか属性変化を身に着け、魔法の入り口へと立つ。




