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■「わたくしの中にはそう刻み込まれています」


「ご主人さま、塔への通路を修復いたしました」


 控えの間で、あの日記を再読していると舞彩マイがやってきた。


「じゃあ、上に行って地形を確認しよう」

「あ、それには及びません」


 そう言って彼女が差し出したのは一枚の紙……じゃなくて、羊皮紙みたいな動物の皮を加工した筆写の材料か。


 それには、城を中心とした簡易的な地図が描いてあった。舞彩が作成したのだろう。


挿絵(By みてみん)


 驚くべきは城だけではなく、この辺りの陸地全体が海に囲まれているということだ。つまりここは島なのである。


「わりと絵も上手いんだな」


 地図は大雑把だが、細かな海岸線を含む島の地形が描かれていた。


「ご主人さまほどではありません」


 彼女はかしこまる。まあ、俺は絵描きが趣味だったし。


「これを見ると、この城は北西の島の岬に部分にあるのか?」

「はい、たぶん」

「方角はどうやって知ったんだ?」

「これを使いました」


 彼女が手の平に載せて俺に見せたのは方位磁針。磁気を帯びた石を見つけたのだろう。お得意の材料から創造するという魔法か。


「なるほど」

「ただ、ご主人さまが元居た世界と同じ物理法則が成り立つならば、という条件付ですが」


 異世界だからこそ、元の世界と同じとは言い切れない。魔法が存在する世界だし、あの魔法のペンに関しては完全に物理法則を覆すような存在だ。


「目安にはなるかもしれん。とにかく今は俺たちがいる状況を正確に把握することが大切だ。他に情報は?」

「島の周囲はおおよそですが、五キロほどですね」

「どうやって計ったんだ? そんな魔法あったっけ?」

「ご主人さまの知識にあったナポレオンが川幅を計った方法の応用です。だから、正確な数値ではなくおおよそと言ったのです」


 身体を使った計測方法というのは古今東西どこにでも存在する。特に手を分度器代わりにする方法は、星空を観測するときや軍事方面でも現役で使われていた。


 それらを応用すれば、遠くの場所でもざっくりとした距離を測ることができるのである。


「なるほど。けっこう小さな島なんだな。もしかすると無人島? いや、先住民としてあの小鬼ゴブリンがいるんだよなぁ」

「そのことですが、島の南東部に廃村のようなものが見えました」

「もしかして望遠鏡も自作した?」

「ええ」


 舞彩から手渡されたのは、骨董品にでもありそうな単眼の望遠鏡だ。双眼鏡ではない。


「ガラスとかどうしたんだ? あれがなきゃレンズは作れまい」

「ガラスなら塔の手前の小部屋にありました。ステンドグラスですけどね」

「自分で設定しておいてなんだが、舞彩のその創造魔法って、どの程度のものまで作れるんだ?」


 そう質問したのは、魔法のペンの実体化能力と変わらない気がしてきたからである。つまりなんでも作れるのではないかと。


「ご主人さまの知識があってのことなので、たぶんご主人さまが自作できる程度のものであれば大きさを問わず作れます。ただ、これは修復魔法とは違いますので分けてお考えください」

「どういうことだ?」

「例えば、この世界で作られた何かを直す場合です。ご主人さまはその物が何かを知らなくても、作られた物を分析して材料があれば直すことができます」

「うん、今までもそうやって直してきたもんな」


 城の修復は俺の知識ではできない。


「創造の魔法ですが、フライパンやナイフなどはご主人さまでも簡単に想像できますよね? 現物を見ずに絵に描くこともできますよね? 方位磁針や望遠鏡は外見のわりには構造は単純です。ご主人さまは、部品を与えられれば組み立てできるはずです。わたくしの創造魔法はそういうことになりますね」

「つまり、スマホを作れと言われても創造魔法では作れないということか? たとえ材料があったとしても」

「ええ、そうです。逆に新品のスマホと材料さえあれば、それを分析して修理したりコピーできますよ。材料があればですけど」


 なるほど、便利だと思っていた舞彩の創造魔法だけど、魔法ペンのようになんでもありというわけにはいかないのか。


 そういう意味じゃ、やっぱりスゲぇな、あの魔法のペンは。


「まあ、それよりも俺たちの現状だ。ここまで狭い島だと逃げられる場所があまりない。最悪この島を出るしかないだろう。むろん、ここで備えるのが一番楽だが」


 一つの選択肢として、魔法ペンで船でも描いて脱出する方法も考えておくか。


「ええ、そうですね。今の状態なら、この城の防備を固めるというのが一番でしょう。相手は戦闘力のあまりない小鬼ゴブリンですからね」


 その時、外から美味しい匂いが漂ってくる。恵留エルが料理を始めたかな。


「その件に関しては、恵留の意見を聞いてみないか?」

「そうですね。あの子もご主人さまに仕える身ですし」


 俺たちは部屋を出て、外にいる恵留と合流する。というか、飯だ飯だ!


 晩飯は鍋でコトコトと煮ている。とても優しい出汁の匂いがしてくるな。魚介類でも煮込んでいるのかな。


「あ、ハルナオ。も、もうすぐ用意できるから待ってて」


 俺の顔を見るや、すぐに後ろを向いてしまう恵留。


「座りましょう」


 舞彩の修復した椅子に座る。小鬼ゴブリンに壊されたテーブルと椅子はすぐに彼女が直したみたいだな。


 そして舞彩は優しげな瞳で、恵留が料理をする姿を見守る。


「舞彩は、その……恵留のことどう思っているんだ?」


 初対面の時は修羅場になりかけたからな。舞彩の本心が知りたかった。


「恵留はかわいい妹ですよ。たぶん、わたくしの中にはそう刻み込まれています」

「刻み込まれる?」

「魔法のペンにナンバリングがしてあったのはご存じですか?」


 そう言われて改めてペンを見る。キャップの頭の所に小さな数字が書いてあった。


 舞彩を描いた橙色のペンには【1】。恵留を描いた赤のペンには【4】の文字が見える。といっても、これは俺の脳で変換された文字だ。本当はたぶん、解読不能な現地文字だったはず。


「これは?」

「ペンが作られた順です。たとえ実体化の順番が逆であっても、わたくしはあの子のことを妹だと認識したでしょう」

「ということは、舞彩はやっぱり長女なんだな」

「ええ、そういうことになりますね」

「だから面倒見がいいのか」

「そういう性分ですから」


 と、苦笑いする舞彩。こういう表情は珍しいな。俺を見ていたときの優しい目とは違った。妹の話題で、少し照れているのもあるのだろう。


「あ、あの舞彩姉、相談が」


 舞彩の方を向いて手招きをする恵留。姉の顔はしっかり見られるのか。無愛想というより、人見知りの方が強いのかな?


 舞彩は恵留の元へと行き、何かを話し始める。


 そんな彼女たちを俺はぼんやり見ながら考えた。


 女性が苦手の俺が恵理の顔をこれだけ見てられるのに、彼女の方が俺を見られないなんて……なんだか不思議な気分だ。むしろ、俺が彼女を避けるのが本来の姿だってのに。


 恵留のことはまだよくわからないが、たぶん嫌いじゃないと思う。嘘を吐くような子じゃないし、俺の言うことはしっかり聞く。気を遣っている素振りさえある。


 なんだよ。けっこういい子なんじゃないか。


 女性不信とはいえ、俺が描いた女の子だからな。嫌うってのも、避けるってのもおかしな話だ。


 これからはもう少し、彼女と真摯に向きあってみるかな。とはいえ、まだ彼女が実体化してから一日も経っていなかったっけ。


 そういや、恵留にも魔法を注ぎ込んでやらないと消えてしまうんじゃないか?


 あれ? もしかして舞彩よりハードル高い? ただでさえ、あの子と二人っきりは気まずいというのに……どうする俺?


 と、その前に舞彩だよなぁ。そりゃあ彼女なら、俺の全てを受け入れてくれそうだけど……それでも躊躇する俺はかなりのヘタレだ。


 とりあえずその件は後回しにするか。今は小鬼の対策が重要だ。


 恵留の攻撃力があれば小鬼も怖いものではないけど、一匹一匹ちまちまと倒すってのも効率が悪い。


 どうせなら一気に殲滅すべきであろう。


 その為の策略は、すでに頭の中で構築されつつあった。


 小鬼ごときに好き勝手させるわけにはいかない!


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