■遺跡
ジーマ諸島は千キロに渡って島が散在している。島のいくつかは、鉱石も多く採れ島民も数多く住んでいるということで、各国の植民地となっていた。
「駐留艦隊が多くて近づけませんね」
愛瑠の探知能力での報告では、東の半分近くの島は龍譲帝国、西の方はインフレキシブルが実効支配しているらしい。そのおかげで、ジーマ諸島では小規模な戦闘が行われているようだ。
といっても、現地には近づけないので詳細な情報は解析できていない。いずれも、状況を考慮しての推測でしかなかった。
「しかたない。今日はここで停泊だ。艦を停止したら光学迷彩を起動してくれ」
「うん、わかった」
「了解しました」
恵留と舞彩がすぐに返事をする。
俺は、考え事をしながら「夜間にスバルで行くしかないかな?」と独り言のようにこぼすと愛瑠が嬉しそうに手を上げる。
「お供します!」
まあ、こいつを連れて行かないことには、諸島内部から探知解析が出来ないからな。
とはいえ、二人だけでは心許ない。愛瑠の究極魔法は通常の攻撃に向かないし、ここは無難に恵留も連れて行くか。
「恵留。付いてきてくれるか?」
「うん。まかせて!」
恵留が喜びの声を上げると、愛瑠が「えー、恵留姉さまですかぁ」と毒を吐く。
その声に気分を害したのか、恵留が彼女を睨み付ける。イメージ的に二人の間には火花でも散ってそうな雰囲気だ。
「現状では、恵留がメンバー内最強の近接魔法使いだ。護衛にはぴったりなんだけどな」
「愛瑠一人でだいじょーぶですよ」
ふてくされたように呟く愛瑠に、恵留は目を細めてこう言った。
「愛ぇ瑠ぅー、あとで話があるから後部甲板に来なさい」
一触即発。
「おいおい、作戦前なんだか、喧嘩はやめろよ」
「大丈夫だよ。ハルナオ。ちょっとした打ち合わせだから」
まあ、恵留も常に暴力的ってわけじゃないから、大丈夫だと信じたい。
艦を停泊させると、皆で早めの夕食を摂る。食後、神妙な顔の恵留と愛瑠が食堂を出て行くのをそわそわしながら見送った。
やっぱ心配だな。決闘とかしないよな?
俺が立ち上がって二人を追いかけようとしたところで、舞彩の手が俺の腕に触れる。
「放っておいて大丈夫だと思いますよ」
「でも、二人が喧嘩したら、今回の作戦が……」
艦内での平穏な日常での喧嘩ならいい。けど、緊急事態の最中に二人が険悪になったら、と心配してしまう。
「一ヶ月前のこと覚えてますか?」
「一ヶ月前?」
「あの始まりの島でのビーチバレーの試合をしましたよね?」
「ビーチバレー? ああ、そんなことあったな」
舞彩は亜琉弓と、恵留は愛瑠と組んで試合をしたんだっけ。
「あの二人、仲悪いように見えて、実はコンビネーションプレーが上手いと思いませんか?」
舞彩と亜琉弓も相性いいのだけど、試合はボロ負けだったもんな。
「もしかして、あいつら本当は仲いいのか?」
「良くはないですけど、姉妹ですからね。お互いに大切に想う気持ちはあるんですよ」
「まあ、日常での相性ってのもあるのかな。恵留は真面目だけど、愛瑠はわりかしワガママだからね」
「お互いに譲れない部分はあっても、根っこの部分ではお互いを尊重しています。それに、ご主人さまを守りたいという気持ちは共通なはずです。だからこそ、自然と協力し合えるのかもしれませんね」
そうだな。彼女たちのことはもっと信じてやらなければ。それが彼女たちを生み出した俺の責任でもある。
**
プレイオネを出発して三十分ほどでジーマ諸島の島の一つが見えてくる。今回、スバルの操縦は俺が行っていた。
「恵留、周囲の状況を知らせてくれ」
「半径百キロ以内に機影なし。駐留艦隊はうじゃうじゃいますけど、こっちに気付いていないみたいですね」
夜間飛行でステルスモードなのだから、肉眼でもこの世界のレーダーでも見えるはずがない。
「愛瑠、そろそろ探知を頼めるか? まずはおまえらと同じ波動の魔力が残留していないかだ」
「わっかりました。お待ち下さい」
後部席の方から愛瑠の声が聞こえてくる。俺はスバルの速度を緩めて、少し旋回するような感じでしばらく待つ。
「ハルナオさま。同系統の魔力は探知できません」
「そっか、次は遺跡の類を頼む。臨安にあったような」
「あー、めっちゃくちゃアバウトな探知条件ですよね。精度が落ちてしまいますけど、仕方ありませんか」
そしてさらに彼女からの報告を待つ。
「ハルナオさま。遺跡かどうかわかりませんが、土に埋もれた古い建築物を見つけました。おおよそですが、建てられたのは五千年以上前だと思われます」
「よし、それでいいから場所を教えてくれ」
「はい、……えっと……あ、これプレイオネじゃないから脳へのダイレクト転送ができないんですね。んしょ」
愛瑠はそう言うと、席を離れてコックピットの方へと歩いてくる。
「恵留姉さま、地図を出してください」
「これでいい?」
恵留は副操縦席のサブパネルにジーマ諸島全体が映る地図を出す。
「はい。ありがとうございます恵留姉さま。えっと、ハルナオさま、遺跡らしきものの位置としてはここらへんですね」
愛瑠の小さな指がモニタの一点を指す。そこは、ほぼ中心部に位置する小さな島があった。
「そこまで行ってみるか」
座標と進路方向を確認しならが操縦桿を動かして、機体を傾ける。
しばらく進んでいくと恵留が驚いたように声を上げた。
「霧……だけど、スバルの特殊な視界だと関係ないみたいね」
「ここらへんは霧がかっているのか」
「うん、なんか濃い霧に包まれているみたい。ただでさえ、夜間で真っ暗なのに霧が濃いから通常の機体なら進めないよ」
「生体レーダーは?」
「魔物はいないみたい。今のところ小動物しか反応してないかな」
「とりあえずは一安心か」
目的地付近に着くと、まずは旋回して周囲を警戒する。
「恵留、どうだ?」
「大丈夫みたい。愛瑠の探知魔法は何か引っかかる?」
恵留は後ろにいる彼女にそう問いかける。
「ん? こっちも大丈夫みたいですね」
そう答えが返ってきたのを確認して、おれは着陸準備に入る。旋回しつつ速度を落とし、ティルトローターを徐々に下に向けていく。
ヘリのような垂直着陸ができる状態になったところで、高度を下げていった。
「ふぅー」
着陸した俺は、ほっと吐息を吐く。いつもながら着陸は緊張する。操作を間違えば機体バランスを失って地上に叩きつけられるからな。そういう意味じゃ、上方向に障害物がない離陸の方がいくぶん楽である。
「あたしが先に降りるよ」
まずは恵留が先鋒として外に出る。この中で一番攻撃力があるのだから当たり前か。
次に俺が降りてみる。戦闘服を着てヘルメットを被っているので万全だ。外は薄い霧がかかっている。が、この辺りはホワイトアウトするほどの濃霧ではないようだ。
辺りを見回すと、山の斜面に埋もれた石造りの建物が所々に見える。土が半分以上被っているので全景はわからないが、それなりに大きなものだ。
「入り口を探すかな。愛瑠、降りてきていいぞ」
俺の指示に、タラップを踏みしめず「はぁーい!」と元気よく一気に飛び降りてくる愛瑠。
まあ、タラップは四段くらいなので大した高さではないが、愛瑠らしい子供っぽい行動ではあった。
「愛瑠。周辺の解析をしてくれ。遺跡の中に入る入り口がないか探してほしい」
「わっかりました。お待ち下さい」
例によって魔法の呪文を唱え、お目当ての場所を探し当てる。
「えっとですね。方向としてはあっちですね」
愛瑠が指したのは右斜め横方向。
「距離は?」
「三百メートルくらいです。歩いて行ける距離でしょう」
遠かったらスバルに戻ろうと思ったのだが、そんなに近いなら大丈夫だな。
三人で歩いて行くと、地上にぽっかりと空いた穴……というか、入り口が見える。直径が五メートルはある、地下へと下る洞窟のような穴。で、その奥にはわずかに人工物らしい石造りの建造物が見えた。
俺はヘルメットのバイザーを締め、暗視モードにする。同様に恵留と愛瑠は眼鏡型の暗視装置を身につけた。
ヘルメットを二人分持ってきてもよかったのだが、愛瑠に関してはサイズが大きすぎてブカブカになってしまうし、格闘系の恵留は動きが鈍くなってしまうと考え、事前に俺が魔法のペンで描き上げたものだ。
「進むぞ」
「メル、ワックワクしてきました。いかにもな感じの建物ですね。メルの事前解析だと、この建物が作られたのは五千年以上前みたいですし」
「かなり前だよな?」
「ええ、大当たりですよ。臨安の墳墓以上の何かが見つかる予感がします」
石造りの建物の入り口に入ると、中はぼんやりと光っていた。これならば暗視モードはいらないだろう。
「なんで光ってるのかな?」
恵留が不思議そうにこちらに顔を向ける。
「そりゃ、人が通りやすいようにだろ」
「これって、五千年以上前の遺跡じゃないの?」
「あのプレイオネが時空を超えて出現した地点だ。プレイオネの技術を応用したものが使われているんだろ? 魔導機関に使われているような永久的なエネルギーを」
「じゃあ、これって」
恵留も俺と同じ答えにたどり着いただろう。あとは愛瑠の答え合わせか。
「愛瑠、そろそろ解析終わったか?」
「終わりましたけど、これ、オーバーテクノロジー過ぎますよ。メルの頭も所詮、ハルナオさまの知識が元なんですから、完全に理解できるわけないですって」
「でも、材質くらいはわかるだろ?」
「材質はそうですね。魔鉱石に近いんじゃないですか?」
「愛瑠、大丈夫なの? 魔物溢れたりしない?」
恵留が心配そうにそう告げる。俺たちはそれで苦労してきているからな。
「大丈夫ですよ。この魔石は制御されているものなんで、今までの集めたカードやペンみたいに暴走して魔力を垂れ流したりしませんから」
さらに奥へと進んでいくと広間に出る。広さは、野球場くらいだろうか。天井は半球状でドームのようになっていて、何か絵が描かれている。
内容は臨安にあったものの前半部分と同じ絵もあった。
ただ、あちらよりは邪神たちとの戦いが詳しく描かれている。
邪神たちに拐かされたであろう魔女が、街から少女たちを攫い、それを手下の悪魔に餌として捧げている。むしゃむしゃと頭から喰う様子は、けっこうグロい描写でもあった。
「あれが勇者なのかなぁ?」
恵留が指す方向には、黒髪のイケメンらしき男が剣を天にかざし、その周りには数十人の少女たちが彼の無事を祈っていた。
「どっかのハーレム小説みたいですね」
愛瑠がニヒヒと笑う。
たしかに勇者以外に男がいないじゃないか。しかも皆うら若き乙女たちだ。女性不信の俺にはまったく考えられないシチュエーションである。うらやまけしからん!
その隣の絵では戦いは最高潮となり、邪神たちが地上へと魔物を何百体も堕としていた。
それを仲間たちの少女とともに討ち滅ぼす勇者。ところが、魔女を倒したのは意外にも彼の仲間の魔法使いの幼女であった。名を「シズル」という。すでに数百年を生きてきたと書かれているので、いわゆる「ロリババア」なのかもしれん。
そして最終決戦。
人間に憑依したという邪神の一人に伝説の剣を刺してすべては終了した。
勇者の名はエル……読めねえぞ。
「せっかくの勇者の名なのに、一部が削れていて読めませんね」
まあ、名前なんてどうでもいいか。それより、この神話には戦艦は出てこない。
「戦艦が出てくるのはもう少し後の話なのか?」
「ここと似たようなホールがあるのか、それともこの遺跡は戦艦がくる前に建てられたものか」
「後者の場合は、通路の魔力を封じた石……魔鉱石はもともとこの世界にあったということになりますね」
「じゃあ、この世界って本当は魔法が存在した世界ってことか?」
神話を見る限りでは魔物はいるし、勇者の仲間の少女たちも魔法を使って戦っている。太古の昔、魔法が使われていてそれは失われた。
現在の技術に魔法を使ったような痕跡が見られないのはたぶん……。
「その世界は滅びたんでしょうね」
愛瑠が俺と同じ結論に至る。
次回 黄金の瞳
遺跡の内部で出会った人物とは?!




