■純粋な想い
王家の墳墓の扉の前に大規模なトラップを作成する。
始まりの島で小鬼たちを飲み込んだ、すり鉢状の大穴だ。もちろん、その表面は偽装して、仮の地表を作っておく。
さらに、大穴の周りには亜琉弓の魔法により魔法樹を仮植えしておき、穴から這い出ようとする魔物たちを自動で攻撃するようにしておく。
とりあえずこれで小型種の魔物はどうにかなるだろう。問題は、ここから這い上がってきた大型種だ。
いちおう大型種用のトラップも用意しておくが、どこまで通用するかだ。
亜琉弓の援護射撃と恵留の近接戦。それと舞彩の作ったトラップへと追い込めれば苦労はしないはずだと思いたい。
時刻は夜の二十二時を過ぎている。できれば明るくなってから扉を開放した方がいいだろう。その方が戦いやすい。
モンファを迎えに行くのは明日でいいだろう。
「よし、雄高の近くに戻ってそこで夜が明けるのをまとう」
それから街の北西にある森の中で一晩を明かす。だが、朝方になって愛瑠からの緊急通信が入った。
――「ハルナオさま! 総督府に陸軍の一個大隊が侵入して、イシアカ総督とモンファを連れ去りました」
その一報で俺は飛び起きた。
「どういうことだ?! いくら陸軍でも総督には手を出せないだろ?」
――「今、総督がいる場所の周辺会話を拾って分析してるんですけど、ようはモンファを誘拐したとして総督が拘束されているのかと」
「ということは、別々に連れて行かれたのか?」
――「ええ、総督は南にある収容所へ、モンファという子は西にある司令部に連れて行かれるところです」
司令部か、まずいな。あそこからモンファを取り戻すとなると、陸軍すべてを敵に回さなければならない。
「愛瑠。できるだけ情報を集めておいてくれ」
――「わっかりました! おまかせください」
「どうしたんですかぁ」
亜琉弓が目を擦りながら起き上がる。続いて、恵留や舞彩も起きてきた。
俺は簡潔に説明する。
「それは困りましたね。モンファという子がいなければ墳墓の扉は開かないでしょうし」
舞彩が頬に手を当てて眉をしかめる。
「そうなんだよな。困ったもんだ」
俺がそう答えると、何を勘違いしたか亜琉弓が憤慨する。
「違うよ! 墳墓なんかどうでもいいの。モンファちゃんが連れ去られたんだよ。あのウチデラとかいうおじさんと結婚させられるんだよ! 助けなきゃ!」
興奮して一人で駆け出そうとする亜琉弓の手を恵留が掴んで止める。
「亜琉弓、落ち着いて」
「落ち着けないよ! モンファちゃん、困ってるんだよ。そうだよね、ハルナオさん。助けに行こうよ!」
「亜琉弓の気持ちはわかるが、連れ去られた場所が問題だ。そりゃ、おまえらなら余裕で司令部を殲滅できるかもしれないが、そんなことをすれば臨安の防衛にも影響してくる」
その言葉に反応して亜琉弓が俺の前に立ち、俺を責めるよう声を張り上げる。
「影響? 影響ってなんですか? モンファちゃんより大切なことなんですか?!」
頭に血が上って思考能力が落ちているのだろう。仕方ないので一から説明してやる。
「おまえ、モンファの願いをきちんと聞いてなかったのか? 彼女の願いは争いをなくすことだ。司令部をぶっ潰して陸軍の指揮系統に影響があったら、膠着していた戦線は夏王国に押されてしまう。最悪の場合、この国は戦場となる。それを彼女が望んでいるとでも思うのか?」
「……でも」
悔しそうに亜琉弓を唇を噛みしめる。
「別に助けないと言っているわけじゃない。焦るなって。効率良く、それでいてこの国に影響をしないように立ち回るべきなんだよ」
「どうやってですか?」
「それを今から考える。モンファを助けたいのなら、亜琉弓も協力してくれ、頼む」
**
あの後、まる一日をかけて状況を正確に把握することができた。
亜琉弓が逃げ出してイシアカ総督の下へ行ったということで、強硬派も焦りだしたのだろう。翌日には婚姻の義を早めると発表していた。
これはたぶん、総督の後任を早く決めるためでもあると見られる。
――「イシアカ総督はまだ生きています。理不尽な取り調べを受けていますね。そのぶん、当分は彼に対して何らかの処分が下ることはないでしょう」
彼を追跡探知している愛瑠からの情報だ。
彼を処刑するにしても、それなりの手順を踏まなくてはならないだろう。こちらはすぐに助けに行かなくても大丈夫かな。
「モンファはどうなってる?」
――「彼女は司令部の地下にある独房に閉じ込められています。ウチデラ中将自身が多忙なために、彼女とは一言二言口を聞いただけですか。ただ、司令部の警備は通常よりだいぶ厳しくなってますね。助けに行くとなると一戦交えるのは覚悟しないとならないかもです」
陸軍との戦闘はなるべく避けた方がいいだろう、という方針に変わりは無い。
「式場はどこに決まったんだ?」
――「雄高の街の西に二キロほど行った所にある臨安神宮という所で執り行われるということですね。ここは周りは草原に囲まれていますから、侵入者も簡単に見つけられますし、守備隊の配置も簡単でしょう」
「でも、完全に秘密裏に式を行うのではないだろ? それじゃ臨安の民を納得させられないからな」
――「ええ、ですから、臨安内の新聞社やラジオ局、各企業のお偉いさんに招待状が送られています。見本でも入手できれば舞彩姉さまが複製できるでしょう」
「そうだな。なんとか手に入れてみるよ」
――「あと、前にキアサージの基地から情報をぶっこ抜いたのを覚えてますか?」
「ああ、あの時は大変だったよな」
――「その時の情報に、臨安に連合国のスパイが潜伏していること。それから、ウチデラ中将の隠し財産の在処や、彼を操る龍譲帝国の財界の大物の情報が記されていました。あと、お気に入りの娼婦の名前とか」
まあ、最後のはどうでもいいな。
「使えそうな情報は適当にピックアップしておいてくれ、奴らを引っかき回すのに使えそうだ」
――「わっかりました! 引き続き情報入手に集中しますね」
「よろしく」
俺は通信を切ると、皆に向かう。
「恵留はここで待機。いつでも飛べるようにしておいてくれ」
「わかった」
「舞彩は、どこでもいいから新聞社に潜り込め。おまえくらいの年齢なら臨時で雇ってくれる社もあるだろう。式に連れて行ってもらえるもよし、それが無理なら式の情報をなるべく集めるように」
「了解いたしました」
舞彩がそう返事をすると、亜琉弓は自分は何もさせてもらえないのではないかと不安そうに俺を見上げる。
「亜琉弓は俺と来い。非合法な方法で招待状を入手するぞ」
「ひ、非合法ですか?」
「別に盗むわけじゃない。侵入が非合法なだけだよ」
俺はそう笑うと、亜琉弓の手を引いてスバルの外に出る。
そこからは徒歩で街の中心部へと向かい、愛瑠から得た情報で一番近い新聞社の前に行く。
そこで、出入りする人たちの中から原稿の入ったような大きな封筒を持つ男性の顔を指輪型のカメラで映してプレイオネへと転送する。
「愛瑠。今の画像の人間の周辺会話の拾ってくれ。『招待状』って言葉が出来てきたら、場所を特定できるような会話を取りこぼすなよ」
――「まかせてください。メルの情報魔法があれば、キーワード検索なんて造作もないです」
便利だな。merugleさんと呼んであげよう。
「じゃあ、いくつか新聞社を回るから、よろしくな」
それからは、雄高の街にある新聞社とラジオ局を回って愛瑠へと人物データを送る。これだけ回れば一つくらいは引っかかるだろう。
疲れを癒すために広場の噴水前で腰掛けて休んでいると、しばらくして愛瑠から連絡が来る。
――「臨安民報の招待状の場所がわかりました。今、データを送りますね」
例のごとく、脳へとダイレクトに建物の構造図が流れてくる。
「サンキュ、愛瑠」
――「いえいえ、ハルナオさまのお早いお帰りをお待ちしております」
俺が立ち上がると亜琉弓が問いかけてくる。
「わかったんですか? 招待状の場所」
「ああ、街の北西区画にある臨安民報の三階にある局長の机の上だ」
俺たちはその場所へと向かうことにした。そして、現場付近で建物を一周して様子を見る。
「どうするんですか?」
「おまえの魔法は、なんらかの植物を操ることができるだろ?」
「ええ、できますけど……招待状を盗むんですか?」
「こいつを蔦の先につけて、魔法で操って招待状の外観を撮影すればいい」
俺は指輪型の小型カメラを亜琉弓へと渡す。
「でも、舞彩お姉ちゃんの複製の魔法だと、実物がないとコピーできないんじゃないですか?」
「別にコピーじゃなくていい。そもそも宛名を変えなくちゃならないからな。完全なコピーじゃまずい。だから創造魔法の方だ。これなら材質すら真似なくていい。真似るのは筆跡と印影だけだから。重要なのはそっちだ」
「はぁ-、なるほどぉ」
「裏表忘れずに両方撮影しろよ」
「わかってますよ」
亜琉弓もだいぶ冷静になってきている。モンファを助けるという目的があるからこそ、俺の指示をきちんと聞いているのだろう。
彼女は臨安民報の脇に生えている木に操樹の魔法をかけ、招待状の画像を撮る。もちろん、机の周囲に人がいないことは愛瑠の探知魔法で確認済みである。
あとは舞彩と合流して招待状を作ればいい。
彼女の方は上手くいっているだろうか? まあ、俺なんかよりコミュ力ありそうだから、どっかには潜り込めそうである。
「ハルナオさん。ちょっといいですか?」
総督府を通り過ぎて、スバルの場所まで戻ろうとした時に亜琉弓がそう告げる。
「ん? どうした?」
「ここから陸軍の司令部は近いですよね? 少しだけ様子を見に行っていいですか?」
「行っても中には入れないぞ」
「わかってます。けど、わたしの魔法でせめて手紙だけでも渡せないかなって」
「手紙?」
「目立つようなものは渡せないでしょうから、本当にメッセージ程度のものをモンファに伝えたいんです。彼女、今、すごく不安でしょうから。せめてそれを和らげるためにも、わたしたちが助けるよってことを伝えたいんです」
「亜琉弓は優しいな」
彼女は他人のことを第一に考えて一途に行動しようとする。でもそれは、昔の俺みたいに後先考えずに誰かを助けようとして、あとで痛い目にあうタイプだ。
亜琉弓にはもっと冷静沈着に行動できるように俺は教え込んでやるべきなのか? それとも個性を尊重し、彼女の心が健やかに育つよう俺がフォローしてやるのか。
前者を選び、厳しく指導して亜琉弓が亜琉弓でなくなってしまうのも少し悲しい。だからといって、甘やかしていたらいつまでたっても危ないことに首を突っ込んで暴走してしまう。
彼女の純粋さは正直羨ましい。愛瑠とは違った自分の感情に素直な純粋さだ。
それは俺が理想に求めた少女のかたちのひとつ。
だからこそ、それを無理矢理矯正するなんてことはしたくない。
「なあ、亜琉弓。おまえとはたぶん意見の食い違いがこれからも出てくると思う。だけど、俺はおまえの言葉を無視するようなことはしない。だから、何があろうが遠慮無く言ってくれ、もちろん無理なことは無理と言う。でもさ、俺はなるべくお前の願いを叶えてやりたいんだ」
彼女の純粋な願いは、とても脆くてすぐに壊れてしまう。だからこそ、俺はそれを守るべきなのだ。
なんだよ、答えは出てるじゃないか。
「ありがとうございます。ハルナオさん。やっぱりハルナオさんはハルナオさんです」
嬉しそうに俺の腕に抱きついてくる亜琉弓。この子の場合は、愛情表現というよりは、単純に俺に懐いて心を許しているだけなのかもしれない。
そういや、亜琉弓は実体化してから九日目。こいつにも魔力を注いでやらなければならないのだろうけど、調子に乗ってこいつも幼くしすぎたからな。愛瑠より年上設定とはいえ、まだ見た目がJCだし……。
というか、亜琉弓って愛瑠みたいに魔力の注入をせがんでこないんだよなぁ。使い魔にとってはそれが普通なのか、それとも愛瑠の方が本来の使い魔の姿なのか。
「なぁ、変な事聞いていいか?」
「はい、なんでしょう?」
純粋な笑顔を向けてくる彼女に下世話な事を聞くのも心苦しい。
いくら亜琉弓のことをよく理解できていないからと、何を聞いても構わないということはないだろう。セクハラになりかねないからな……と、ついつい女性不信で悩んでいて、結果的に女生徒は何も話せなくなった時のような思考に陥ってしまう。
「いや……まあ、いいや」
俺がそう言って誤魔化す。亜琉弓は不思議そうに首を傾げていた。
さらに歩いて行くと、かなり大きな塀で囲まれた建物が見えてくる。門の所には『龍譲帝国陸軍西方方面司令部』という銘板が見えた。
その手前にある商店の小屋近くへと回り込み、そこで亜琉弓に呪文を唱えさせる。
「優しき緑の精霊よ。我が想いを書き記した木の葉を友へと届けたまえ」
彼女は魔法を行使すると、ほっと吐息をつく。安心したのだろうか。
「うまくいったか?」
「はい」
彼女の安堵したような笑顔がこちらに向く。
この笑顔を守るのも俺の仕事なのだろう。
次回 勇気をください
亜琉弓と、そしてハルナオの覚悟




