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■魔法のペン


 何か甘い物を食いたくなるような匂いだ。疲れもとれていないので、身体がそれを欲しているのだろう。


 俺は、その匂いの元へとたどり着こうと懸命に這っていく。


 だが、せっかく匂いの元へとたどり着いた俺の目の前にあったのは、万年筆のような橙色のペン。これが匂いを放っているらしい。たぶんインクにそんなフレグランスが含まれているのだろう。


 食べものを期待していただけに、落胆どころか絶望寸前だ。おまけに空腹と痛みで意識が朦朧としてきた。


 そんな中、俺はペンを持ち、ほぼ無意識に手を動かしていた。そのペンで床に、バニラクリームのたっぷり入ったロールケーキの絵を描いてしまう。


 こんなもの描いてもどうにもならないと理性でわかっていても、俺の手が勝手に脳内のイメージを描写するのだ。絵描きの極限状態の本能だろうか。


 幻を脳内で作り出して幻想を見るのではなく、自ら描こうとしているところが俺らしくもあった。


「お腹空いた」


 描き終わってからも、俺の設定画を描くクセが抜けていないのか、そのロールケーキがどんな材料を使っているのか、どんな味なのか、どんなに美味しいのかを注釈として書き込んでしまった。


 そして、最後に「特製ロールケーキ」と題名を付けて俺は気力を使い果たし、それ以上は動けなくなってしまう。


 ところが、バニラクリームの甘い匂いが、さらに濃くなってきたような気がした。まるで目の前にそのケーキがあるように。


「あれ? 腹減りすぎて幻が見えるようになったか?」


 手を伸ばしたその先には、幻ではなくあのロールケーキのふわふわした感触が伝わってくる。


 それを思わず口にした。


「あまーい!」


 脳内が活性化される。むしゃむしゃと夢中でそれを食べきった。ふいに床を見ると描いたはずの絵が消えている。


「ん? 絵を描いたのは俺の勘違いか? それともロールケーキを食べたことが幻か? いや、この手にはさっきのロールケーキのバニラクリームが残っているよな」


 指に付いたそれをペロリと舐める。甘い。たしかにケーキは幻ではない。


 まさか? と思いながら、今度はそのペンで熱々のフライドチキンを描く。


 だが描いただけでは何も起こらず、説明書きとタイトルを書き加えたところでそれが実体化された。


 恐る恐る口にすると、若干バニラの香りのするフライドチキンだった。


「だが、美味い!」


 このペンは描いたものが実体化される魔法のアイテムなのか? とはいえ、若干能力の無駄遣いをしている気がしなくもない。


 空腹は満たされたが、足の痛みは取れない。仕方がないので湿布薬を描いて実体化した。バニラ臭がするが、効果には問題ないだろう。


 とはいえ、こんなものですぐに治るはずがない。きっと捻挫だ。完治までに三日以上はかかるはず。


 足を動かせず、這うように移動するので階段は降りられない。この狭い玉座の間から俺は出られないでいる。まるでスマホアプリの脱出ゲームのようだ。


 こういう時は何かアイテムを組み合わせるんだっけ?


 それも足の痛みが治まるまでか。食事は問題ないけど、排泄はどうしよう? そんなことを考えながら周りをさらに観察する。


「ん?」


 ミイラの座る椅子の足元に、本のようなものが落ちていることに気付いた。


 地金で閉じられたような重厚な製本のされた古書。まるでお伽噺に出てくる魔導書のような感じだった。


 女性の横顔のシルエットが、表紙に金色で箔押しされていた。そのシルエットは女神のような雰囲気がある。


 それを手に取ると本を開く。はたして俺の読める文字で書かれているのか?


 ページを開くとまったく見知らぬ文字が目に飛び込んでくる。が、次の瞬間、視界が歪む。すると見知らぬ文字が日本語へと変換されて脳内に入ってきた。


【赤の月、鳶の日。魔法のインクが完成した。これは描いたものを実体化できるものだ。本日より実験結果をこれに記すこととする】


 このペンは俺の想像した通りのものであった。


 俺は日記をぱらぱらとめくって速読する。時間がないので重要な箇所だけわかればいい。


 数分後、大まかな日記の内容を読み終える。


 要約するとこのペンは七本あるうちの一本らしい。あと六本はどこかにあるということだ。


 一番驚いたのは、このペンで描くものは生物でも構わないということ。つまり、人間を描いてもそれが実体化されるのだ。


 実際、このペンを作った魔導師も女性を描いて実体化し、使い魔として従属させたという。


「あ、そうか!」


 閃いたのは、この最悪な状態から抜け出す道。


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