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■恋をした。


 とびきりの美少女に恋をした。けれど彼女は人間ではない。


 ただのインクの染みだ。


「アリーシャ最高! これこそが俺の理想の女性なんだ!」


 俺、冴木さえき春直ハルナオは、十代の頃に漫画コミックのキャラクターに惚れ込んだ。


 愛らしい瞳、つややかな唇、天使のような微笑み。そして曲線の美しい理想的な体型。どれもこれも、俺の心を揺さぶるようなものであった。


 絵描きが趣味であった俺は毎日のように彼女を描き続け、それはいつしか自分だけの理想の女性を創るという目的に変わっていく。


 学校でも休み時間に描いていたものだから、周りからは変人扱いされていた。中学でもクラスメイトからは表だっての陰口を言われてしまう。


「サエキくんってオタクだったんだね」

「オタクでもあそこまでキモイ人見たの初めてだよ」

「サエキってモテなくて女性に相手にされないから、ああやって女の子描いてるんでしょ?」


 誰に迷惑をかけているわけでもないのに、他人のやっていることにケチをつける女生徒たち。つくづく人間というものが嫌になってくる。


 まあ、三次元の女の子なんてどうでもいいんだ。俺は俺の理想の貫くために日々研鑽するだけのこと。


 もともと女の子と喋るのは苦手だったし、二次元の美少女に比べればリアルの女性の美しさは半減どころか十分の一くらいだろう。


 男子生徒の間で話題にあがるアイドルでさえ、俺の理想とする二次元の美少女には劣る存在だ。


「冴木さぁ。二次元の美少女に恋してどうするんだ? ただの絵じゃねえか」

「現実の女が信じられないなんて、おまえはどうかしてるよ」

「自分の描いたイラストに思い入れるなんて、まるでどっかの神話みてえだな。けど、現実をみろよ冴木。そいつは人間どころか、3Dにもならないんだぞ」


 そんな忠告は気にせず、俺はひたすら描き続ける。


 将来的にはプロのイラストレーターになって、美少女を量産するんだ。なんて野望を持っていたが、現実は厳しく、俺の中途半端な才能は開花しなかった。


 とはいえ、社会人になってからも絵を描くことはやめてはいない。


 継続は力なりとはよく言ったものだ。身につけた技術は、イラスト投稿サイトで日間ランキングのベスト5以内を獲れるくらいには上達する。


 たまに俺のイラストに対して「女性を性的に消費している」や「身体のラインが出過ぎていて不快」等、思考停止をしてSNSで絡んできた女性(自称)の方もいらしたけど、まあ言わせておけってところかな。


 唯一の心の安らぎである絵描きなのだから、好きに描かせてもらいたい。


 そもそも毎日が残業で、多少の体調不良でも出勤しなければならない責任が大きくのしかかる。三十を過ぎて身体にもガタがきていた。


 だからこそ、絵描きという精神的な安定が必要なのである。なぜなら、理想の女性を描くことこそが俺の天命だと思っているからである。


 今日も日付が変わる寸前に帰宅して、食事はゼリー飲料を胃に流し込んだ。PCを立ち上げて、描きかけの絵の作業を再開する。線画は終わっているので、あとは微修正と色づけだ。


 今描いているのは、俺が理想とする百人目の女の子。名前は決めていないが、かなり細かな設定は考えてあった。それこそ、履いているパンツの柄から使っているシャンプーの銘柄まで。


 名前は完成してからって決めるってのが、俺のスタイルだ。


 ペンタブ用のペンを持って液晶画面に視線を向けたところで、ふいに視界が歪む。頭がぼーっとして少し熱っぽい。


 左手で目を擦りながら、頭を左右に振る。そういや風邪気味だったっけ。薬は……買い置きがないからな。


「まあ、いいや。こいつをある程度進めてから考えるか」


 そんな感じで体調の悪さも気にせずにしばらく集中していたが、さすがに体も限界にきたらしく目眩を感じて思考がうまく働かない。


 時計を見ると夜中の三時を過ぎていた。


 さすがに寝ないとマズイので、作業を中断して描きかけの絵を保存してベッドに横になる。


 寝床に入ってもすぐには眠気は襲ってこない。眠くてクラクラしていたわけではないようだ。


 天井を見ると、そこがクルクルと回っているように感じる。これは風邪の症状なのか?


「あれ? マジでヤバイかな……」


 急に体の芯から襲ってくる寒気を感じながら、俺は為す術もなく不快感を抱いて意識を遠のかせていく。


 それは底のない穴へと落ちていくような感覚だった。



**



 目覚めると視界に映るのはドーム状の曲線を帯びた高い天井。


 わずかな頭痛を感じながら起き上がると、そこは廃墟ともいえる場所だった。壁や柱は崩れかけ、正面にあった壁画らしきものは表面がぼろぼろに剥げて、何が描いてあったのかがわからなくなっている。


 おまけに壁の上部に穴が空いており、外からの光が差し込んでいた。明るい空が見えるので、昼間なのだろう。


「は?」


 がばっと起き上がって焦ったように周りを見渡す。


「おいおい、ここはどこだよ?!」


 たしか部屋の中で寝ていたと思うが、これは夢の中なのか?


 きゅるると腹がなった。夢の中だというのに腹が空く。そういや昨日の晩飯はゼリー飲料だけだったな。


 とりあえず立ち上がって、さらに周りを観察する。


 そこは古びた城の広間のようにも思えた。昔、写真で見たドイツの城を彷彿させる。あれは十九世紀に建てられたノイシュヴァンシュタイン城だったか。


 俺が目を覚ましたのは、その広間から少し段を上った場所のようだ。目の前には一つの大きな椅子の背が見える。ここは玉座の間なのか?


 そのまま広間の方へ進もうとする。広さとしては二十メートル四方ほどの場所、天井までの高さは十数メートルはあるだろう。


 途中、椅子のところで何か視線のようなものを感じて振り返った。


 目に入ったのは干からびた顔。


「ぐはぁ!」


 思わず変な悲鳴をあげてしまい、後ずさりしようとしてそのまま倒れ込む。その拍子にグギッと足首をおかしな方向に曲げてしまった。


 冷や汗と、そしてズキズキと痛み出す足首。マズいなこれは。


 もう一度改めて椅子の方を見る。


 そこに座っていたのは二体のミイラだった。僅かな青い光を放っているようにも思える。保存状態もいいので、何かの処置がしてあるのだろうか?


 一人は王冠を被り、魔導師のようなローブを着ている。もう一人はドレスのようなものを着ており髪も長く女性……だよな? 王冠の男の膝に座り、男は女性を後ろから抱き締めるようなかたちである。


 仲の良い夫婦だったのか?


 そう思うと少しだけ恐怖が薄れてくる。


 だが、足を挫いたのは最悪だった。俺はその場から動けず、途方にくれてしまう。


 かなりの痛みが足首から伝わってきた。もし夢なら覚めてしまうほどに。なのに、まったく現実に戻ろうとしない。


 しかも腹が減って体力は極限状態だ。仰向けになって再び天井を仰ぐ。その天井すら空腹による目眩で、ぐるぐると回ろうとしている。


 ふいに甘いバニラの香りがしてきた。


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