壱
最後にさらっと残酷描写があります。
愛してる、また明日━━━━━。
昔話をしましょうか。
あるところに天を統べる記憶を持つ女がいました。
その女は数多いる兄弟姉妹の中の1人でした。
人間にとっては、そう、天界と呼ぶような場所に住んでいました。
そしてその天界で、数多いる兄弟や姉妹たちと仲良く過ごしていました。
ある日のことです。
その女は1人で時間を過ごしていました。
ふと思い立った女は、天の隙間から地上を覗いてみることにしました。
これまでも覗いたことのある地上は、いつもと変わらない風景でした。
ある場所は栄え、ある場所は貧しさで飢え、戦いを仕掛け、負け、勝って、一時の平和に安堵して、また不安に駆られて。
しかし、天界にいる女と同じ存在はとても気まぐれで、自由で、それも人間の選択なのだと知っていました。
同じ世界であって異なる秩序があるのだと彼等は知っていました。
時々人間が神様と呼んで天に向かって何か言っていることを知っても、声が聞こえるのはそのまた数少ない数人だけ。
いつもと変わらない風景に女が飽き、姉妹たちのいる場所に戻ろうとした時。
地上にいた1人の男と目が合いました。
その男は瀕死のようでした。
顔は赤黒く腫れて、所々に切り傷があって、ぼろぼろの泥のような着物をかろうじて着ていましたがその身体には矢が刺さっていて大量の血が流れた痕がありました。
女はずっとその男を見ていました。
その男もずっと、女を見ていました。
いえ、実際には空を見ていました。
当然です。
だって、女は雲の小さな隙間から顔を覗かせていただけで、只人の人間が見ることが出来るわけがないのですから。
けれど、男の視点はずっと変わりませんでした。
女はその男を見つめながら、人差し指を出して1滴の血を流しました。
その血は瀕死の男にたどり着き、身体の中に入り、男の傷はやがて少しずつ癒えていきました。
それを最後まで見ることもなく、女は姉妹たちの元に戻っていきました。
数年が経ったでしょうか。
姉妹たちとお喋りに興じていた女は、ふと、自分が呼ばれているような感覚を覚えました。
けれども、姉妹の誰も名前を呼んだ者はいません。
勿論、兄弟からも。
女は歩き出しました。
その感覚が強くなる方向へ。
そして、行き着いた先は、女がある時地上を垣間見た場所でした。
けれども女はそれを忘れていました。
だってそんな一瞬前のことなんて、永遠に等しい時間を生きる彼等にはなんてことありませんもの。
たどり着いた場所には、僅かな隙間がありました。
女は久しぶりに、その隙間から地上へと顔を覗かせました。
そして、ある1人の男と目が合いました。
その男は綺麗な身なりをしていて、身体付きも健康な人間そのもの。
地上から天界が見えるはずがありませんでした。
しかし、男があの時の男だと女が気付いた瞬間に、女は落とされて真っ暗な世界へと連れて行かれて男に組み敷かれていました。
男は綺麗な笑みを浮かべていました。
女が逃げられぬように、両の手首を床に縫い付けて。
これで、やっと貴女を手に入れられる。
そう囁いた男は女の身体に己を刻み付けた瞬間に、女の心臓を抉り取ってそれを全て口に含み、死にました。
女も息絶えておりました。
男は、女の心臓部分に頭部が沈むように、重なり合って息絶えておりました。