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黒塗りの転校生 三

「それじゃあ。加納、お前の席はあそこだ。窓側の一番後ろ」


 教師が指を指したのを見て、思わず俺の体が震えた。窓側の一番後ろ。その一つ前の席に俺が座っているからだ。


 転校生が来るのは知っていた。情報が早い生徒から噂が広まり、自分の席の後ろに新たに席が用意されているのを見たのだ。仲良く出来たらいいな、と俺もぼんやりと考えていた。


 でも、無理だ。一歩一歩近づいてくる黒い塊。机の上に置いた手は痛いほど強く握られ、ほどくことが出来ない。


 全力で目を閉じた。体が動かないのに、よく目を閉じられたと自分を誉めてやりたい。ざわつく教室の中、自分の荒れた呼吸と近づいてくる足音がやけにはっきりと聞こえた。


 ーーあれが、すぐ横を通りすぎた。


 一秒が凄く、凄く長く感じられた。握られた拳は震え、歯が噛み合わずかちかちと音を鳴らす。その音よりも足音がやけに耳に響いていた。


 やがて足音が止まり、椅子を引く音と鞄を置く音、椅子に座ったであろう音が聞こえて、恐る恐る目を開けた。視界に黒い塊はいない。それを確認して安堵のため息を吐いた。ようやく気付いてほどいた両手は小刻みに震え、手のひらに食い込まれた爪跡からじわりと血がにじんでいた。


 深呼吸をして心を落ち着かせようと試みる。少しずつ呼吸が落ち着いて思考も働いてくれるようになった。なってしまった。そして、気付いてしまった。


 ーーあれが、俺の後ろにいる。


 ーーこれからも、ずっと?


 絶叫しそうになる口を両手で無理矢理閉じる。ここでようやく自分の感情に気付いた。


 これは恐怖だ。得体の知れない何か。引き込まれてしまう何か。それがすぐ後ろにいる。


 怖い。怖い、怖い怖い! でも、怖くて動けない。金縛りにあったかのように、両手で口を押さえる姿勢のまま固まってしまっていた。


 どうしよう。怖い。助けて。どうすればいい。苦しい。嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ助けて!!


 その時、教室のスピーカーからチャイムが鳴り響いた。それをきっかけに教師がホームルームを終える旨を伝えて教室を出る。


 もう駄目だ。席を立ち、教室から出ようと急いで扉へと向かう。しかしクラスメイトが道を塞ぐ。転校生に興味があるのだろう、みんなが我先にとこちらに迫ってきている。その気持ちは少し前の自分であれば理解できたはずだ。でも、今の自分にそんな余裕はない。


 彼らをかき分けるようにして少しずつ、もどかしさを感じる程に少しずつ進み、ようやく廊下に出ることが出来た。壁に手を置いて荒いままの息を必死に整えようとする。


 これからもずっと、あれと? そう考えてしまった途端、一気に吐き気をもよおした。急いでトイレへと駆け込み、便器へこみ上げた吐瀉物をぶちまける。


 しばらくそのまま吐き続け、落ち着いたところでチャイムが鳴り響いた。授業が始まる。教室に戻らなくてはいけない。


 だが、あれが思い浮かんだ途端に体がびくりと震えてしまう。吐瀉物まみれになった手と口を洗って、我ながらに酷い顔になった自分を鏡越しに見る。青白く、血の気の引いた顔がそこにあった。


 今の自分は、どんな色なんだろうな。


 感情の色は、鏡越しには見えない。この能力について色々調べてみた時期があり、自分がどんな色の光を出しているか確認しようとして試行錯誤してわかったことである。


 しかし、今はそんなことはどうでもいい。ひりひりと痛む喉に手を当てながら、教室ではなく保健室へ向かった。




「しばらく横になってなさい。先生には私から伝えてあげるから」


 養護教諭の優しい言葉に甘えて、備え付けられているベッドで横になる。保健室にお世話になるのは初めてだった。シーツや布団がやけに固く感じられたが、いざ入ってみるととても暖かく感じられた。


 目を閉じていると少しずつ気持ちが楽になる。加納縁と名乗る何かへの恐怖は拭えないが、思考能力も回復してきたことで様々な考えが浮かび上がる。


 ーーあれは何か?


 当然、人間だ。教師も転校生と言っていたではないか。


 ーー何故黒い塊のように見えた?


 いつも通り、能力で彼女の感情が出たのだろう。感情が強ければ強いほど、俺から見える光は濃くなる。喜びが大きいほど、悲しみが深ければ深いほど、強く強く怒るほどに。


 ーーでは、黒い色の意味は。


 何度か見たことがある。例えば中学生の時、野球部のピッチャーだった琢磨が、一回だけで六失点した試合を見た時。マウンドでうずくまっていた琢磨は黒い光で覆われた。姿が見えなくなるのではないかと思えるほどに。


 黒い光は……絶望だ。それも彼女は姿を見ることが出来ないほどに強く、強く絶望していることになる。


 時期外れの転校生。絶望している女子生徒。一体彼女に何が起きたのだろう。ぐるぐると思考が渦のように回り、いつしか飲み込まれるかのように意識を手放していた。


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